歌集未収録歌

●歌集にまったく収録されていない古い歌

※新しい歌は、一部、「最近の活動」にアップします。


雑誌等に発表しても、歌集をまとめる都度、かなりの歌をボツにした。

自分として最善の言葉を最善の配置で組み合わせた、という手応えのものを自分の作品としたいのだが、

雑誌の締切に間に合わず、思いを残しながら発表してしまうことがある。

歌集はできるだけそういう「甘い」歌を排除してまとめている。

単純にボツにしたケースのほか、同じようなテーマの歌のいくつかを淘汰してボツにしたり、

元歌をバラしてフレーズを別の歌に作り変えたケースもある。


新年シリーズ 年賀状に書いた歌

みじかい尾ながい尾ひいて家系図のかたちに集う鼠の新年

吟鳴の望遠性を野に競う父よ負けるな 牛の新年

年かさから重心低く歩み寄り無事を嗅ぎあう虎の新年

雪やまず誰か口火をきらぬかと耳をならべるうさぎの新年

次々に飛来し海を放尿で泡立ててゆく竜の新年

まどろみのうちに抱いた石ひとつ磨きあがるころ蛇の新年

心いれかえて駆けます祖霊様 風の臀追う馬の新年

乳ねだるみんなの声のそろうとき雲がうなづく羊の新年

身を離し思い思いの方角に年神を拝む猿の新年

親兄弟とべぬ空ゆえ奪いあう不仲のままに鶏の新年

女の子の靴がたくさん脱いである野の話など犬の新年

闇は乳首だらけだ生まれ出よ口をとがらせて猪の新年

その他の新年の歌

この世では遠慮もあるがあの世では大爆笑の穴の新年

心やさしすぎて手足まだ生えぬ ごつんと触れ合う岩の新年

なぜひとり逃げおおせたか おおおおと燃え尽きる流れ星の新年

真顔にてここが世界のまんなかと定めてうんこ 犬の新年

人間の町遠ざかりしめしめとおもちゃにもどる列車の新年

「回文兄弟」出版の直後、新たなテーマが見つからず、穴の歌ばかり作った時期がある。

これはその一部で、残りは消去した。


この穴を火を吐く竜が幾匹も出た昔からあたしは咲いてる

どの穴の魂も留守 この星にふたたび穴の時代が来るまで

あきらめた穴から水がたまりだす この世のことは穴八分目

穴ひとつ相手に一日ほほえんで 面白がり屋になったおじいさん

穴飼いは穴どもを追い 穴どもは笛吹きを追う 世間がわらう

穴売れず一日分の汗埋めて帰る穴売り 世間がわらう

もの言えば大声になる日暮れどき 穴にも不平のひとつやふたつ

手がふたつ出てうらめしや へそまがりの穴にも友のひとりやふたり

禿げ頭見え隠れして穴泥棒何匹いるか 月下の百穴

海底

時期不明 角川「短歌」発表のうち一部だけ歌集『潮汐性母斑通信』の「顔の海」に収録した。

収録しなかったデータは消去したつもりだったが、少し残っていた。


空っぽのまなざしが僕を透過して通りがかりの船を沈める

何であれ負けじと僕もぽかりぷかり海原に産み捨てる大卵

はるばると鮫にまたがり影ふたつ海溝を落ちのびてみたいの

何気ないつぶやきの綺麗な声に嘘だ嘘だと群がる鰯

鮫になって追いつ追われつ ずんずんとおなかにたまる液状の虹

虹色の鮫を脱ぎ淋しくなれば あぶくだらけでするせっせっせ

蛸が嗚咽している 何かが殺されに埋められに月へと向かうらしい

おじいさん鯨がお年玉だよと冥府の闇をおならしてゆく

まわりじゅうの君の気配に言ってみる ゆうべ吸い出した目玉返して

水中では大声で言うほかなくてたちまちいろんな目が泳ぎ寄る

(かわるがわる寄って離れて みなさまの目のいちいちがなんて美しい)

厭きた僕を追っ払うのはいいとして なんて恰好で鮫を呼ぶんだ

目覚めても目覚めてもやっぱり僕は君の枕にされたマンボウ

あれ犬が泳いで渡る 深みから仰ぐ僕らの海の真顔を

姉妹

三音を九回と四音の歌 。『潮汐性母斑通信』に少し収録した残りもの。


姉もわれも蟹のように売られてきて頬にくすぐりあうむかしよ

翳るこころ血止め草をぶらり摘みに握る牛の角のはんどる

舟のように眠りながら歌う姉妹ゆめの赤いココアぐるぐる

砂糖まぶしあったあとは忘れものを掴み消えるまぼろしのひと

もらい泣きの巨人たちも山へかくれんぼに戻る洗濯日和

ちくり子宮ぽちり黒い目のかまきり腕をひろげ計るうちのり


「あいうえごっこ」の残りもの

「あいうえおごっこ」を書いていた頃は、書物は一切読まず、辞書だけをひたすら読んでいた。

そして、こういう頭韻を使った歌をいくつも作って、各音一首だけを「あいうえおごっこ」に収録。

当然、残り物が山のようにあったが、ほとんど消去。以下は、最後まで収録するかどうか迷ったためにデータが残った。


強髭も凍る木枯らしこん畜生 怖い顔して恋する小人

とんとむかし唐変木が投網したとこしえがまだ届かないとさ

妊娠した人魚の数だけ虹かけて逃げる仁王さんはにこにこ

轢死者もいて烈風と冷雨の歴史に霊能者の列

1996年ごろ「かばん」誌に発表した歌

『潮汐性母斑通信』に入れるかどうか迷ってボツにしたもの。


ほほえみのまっくらくらの仏壇を出獄してゆくトンボの大群

内壁の 兄よやわらかいカマキリよわたしの唾はいま銀の味

たましいのタロウに抱かれわだぼうと仰げば母の目鼻落ちてくる

1997年ごろ「かばん」誌に発表した歌

『潮汐性母斑通信』に入れるかどうか迷ってボツにしたもの。


南北に二門の姉妹配置する世にも婉曲な ひとりぼっち

そのとたん時をざくざく刻むかな 九百億の清いキューピー

青あげて あおむけに浮けお父さんアジアの秋はあきすとぜねこ

サルビアに砂糖をまぶす 水の世をさらわれてきた青おんなどす

1995年読売新聞に発表 タイトル記憶なし

『潮汐性母斑通信』に入れるかどうか迷ってボツにしたもの。


前掛けをきちんとたたみ「では死ぬよ布団を敷いて見守っとくれ」

おばあちゃんのいのち抜錨 はるか手を振っているのは白髪雛たち

おばあちゃんが羽化した朝のまだぬるいゆたんぽ 孵らぬ卵

白い布めくる背におばあちゃん声で「君が代」歌うインコの忠義

燃え殻の春夏秋冬 「春」の字に似ていたなおばあちゃんの肋骨

赤や黄の小鳥煮とけた金臭い闇をすたすた行く足袋の裏

おびただしい松ぼっくりに一瞬で「おばあちゃん」とルビをふる雨


ぼうしからでたうさぎ

「かばん」100号記念号に発表。

各句の頭を横に読むと、

「百号わっしょい。何もかもおめでたい。懐かしく語る日は、 煮ても焼いても私、帽子から出たウサギ」

となっている。(が、たいした意味はない。)

7首目の「幸せは」の歌だけ表記を少し変えて「あたしごっこ」に収録。


左目は涙のたびになつかしむ苦い羊水 暮色の宇宙

やましさよ 憎んだ母と月ひとつ手のひらふたつで運勢かたる

首えいともぎ捨てて寝る 母さんはもうこの家を支配しません

五階でもカカシ一家がしかめ面やめて生きだす「家庭」がんばれ

失ったものをかぞえて暮らすこと一日許せ 欄外の父母

わが家でも大きな鶴が家族らのてんでの夢から出てまたぎ合う

壺抱いて冥府の祖父母立ち戻りもぬけの家でため息を汲む

幸せは出来心でした 累犯の私は帽子にうさぎをしまう

翼竜を高く頭上に飛翔させたくさん泣いてさよなら さよなら

犬という犬を放って母の国しらみつぶしに吟行させる

この世にて

1990年9月「短歌往来」


帆を連ねこの世の海に帰還した大船団がみるみる黄ばむ

術くらべ月はこうこう草ぼうぼう どろんどろんの掛け声ばかり

立ちどまるたびに木になり愛犬のおしっこでめざめ のんきな散歩

両肩に夕暮れ重い遊園地 迷子に幾人「母」名のり出る

呼び止めてしまった悪魔より怖いその背のなにやら暴れる袋

数億の虫の鳴く野原をへだて去る人の おや一人ふりむく

農夫

「かばん」に入会すぐの頃「黄金時代」に発表


やめようと思いつつ首植えて農夫が去れば哄笑おこる

発芽してひと月すでに首の実はどれも農夫に似た顔を持つ

やじとばすしか能がない首たちに歌を教える農夫の娘

首畑に目玉吸い出す魔物来て一夜明ければ片目が並ぶ

日に一度てのひらの葉のいろづいた森に隠れて首はずす農夫

野に山に野性の首がほほえんで手草足草元気な季節

まだ熟れぬ首らがはやしたてるなかまどろみがちの熟れ首を刈る

夜晒しの鉢植えの鳥霜枯れて詮索好きの頭を垂れる

北風が吹きつけるたび哀しげないななきおこる馬首畑

切り株に雪が来るころ枯れがちの耳あたたまる農夫の夕餉


おばあちゃん

1995年5月「歌壇」に発表した「おばあちゃん」のうち歌集に収録しなかった歌


おばあちゃんがこさえては潰す手拭いの坊主の真下 ゆらぐふるさと

真夜中に「花嫁人形」 おばあちゃんの桃色の子宮がオルゴール

女の子用の草むら おばあちゃんの半径百年の闇の隅っこ

お迎えのマッコウクジラの背に正座 いざおばあちゃん天の臍へと

どこまでも帰る

1995年11月「雁」に発表したもののうち歌集に収録しなかった分。

地名を詠み込むという趣向だった。


思い出を戸田第二小校庭を田螺がおばあちゃんが縦断する

中山道暮れれば灯るあたま載せ郵便局長帰るどこまでも

くしゃみするたんびに星が倍になる ママふしあわせ荒川の土手※


※くしゃみの歌はワタシ的には平凡な着地で気に入らなかった。

後日作り変え、『潮汐性母斑通信』の「十の世」(一の世から十の世まである連作)にはめ込んだ。

くしゃみするたんびに星が倍になる九の世に頭くぼむクラーケン


「頭くぼむクラーケン」というフレーズに出会ったときは嬉しくて嬉しくて、

「やっぱり、ちょっとでも気に入らないものは最善じゃないんだ。粘るべきだ」と思った。



その他時期不明不明の歌会や題詠の歌など


喉元まで詰まった蝉が発火してストリッパーあなたは焼死する

薄明を行きつ戻りつ育苗の撒語いそしむ微声の一族

蟻の背の姉妹が影法師もまじえ受け渡しあう 器のかたち

超巨漢蜂須賀教授のクロッカスみたいな細君超略語主義

寝いりばな死にばなどうしてばなばなにイヌの吠えつくまがりかどある


思い出し笑いしながら幽霊が念入りに手を洗う真夜中※

※「かばん」に入会して間もないころの幽霊シリーズのひとつ。5~6首あったがこの一首の他は消去。


変装の兄すれちがう“ゑ世界”に月面を掃く老婆百人※※

※※時期発表先不明