ユモレスク

『ユモレスク』1985年5月(沖積舎)

ピープル・ユモレスク


殺人鬼出会いがしらにまた一人殺せば育つ胃癌の仏像

肝臓が大牛に化けてのし歩くあっと驚く瀕死の富豪

嗤われて胸に蛙をしまうときピアニストたちは無口湖に死す

軍人の死体やさしく触れあって口臭もなし不凍港の沖

他界する天文マニアの碧眼に遠ざかりゆくポボスとディモス

知りぬいた目をした罪の刑死者と誹謗の木とに雨ふりかかる

乱暴に抹殺された占い師何を知るためか知るひまもなく

いつの日か命取りとなるその音痴海図の上で爪切る船長

晩年の詐欺師駝鳥に魅せられてあわれ来世は放火魔となる

吸血鬼よる年波の悲哀からあつらえたごく特殊な自殺機

のろわれた私は王女にあるまじきことをするため片足あげる

夕暮れの少年探偵影二つ 五パーセントは幽霊を見る

泥棒は月を背負って逃げてくる半分の月半分の俺

お月さまもほほえむ金貨の冷たさにふるえる泥棒だぢづでどろぼう

青白い少女霊媒のこめかみを競ってなめる痩馬の霊

描かれた性器に落馬痩身の植物学者以後馬車に乗る

布教終え行ってしまった神父らの不快な息もて滅ぼされた街

追憶のつまらぬ穴を嘴と指で拡げる小鳥と小鳥屋

柵抜ける者撃ち殺す番人の握って隠せぬ掌の穴

自転車で「不幸」をさがしにゆく少年日は暮れてどの道もわが家へ

あばかれる秘密のように一人ずつ沼からあがってくるオーケストラ

大和尚ここにかしこに目印を残したがまだ何事もない

真夜中の客は黒馬あさはかな約束を思い出せない鍛冶屋

瓜売りは瓜の顔して橋の上一つまた一つ投げ落とす瓜

早起きの老人ばかりの暗殺団不吉なことは内緒にされる

泣き面に脱いでも脱いでもあらわれる帽子の妖怪負けるなピエロ

たんぽぽの綿毛欠けゆく裏庭に歯科医無用の歯をぶちまける

老王は名すら忘れた妻たちの葬儀にあけて葬儀にくれる

姦通の騎兵が真珠を噛みながら野こえ山こえ捨てにゆく愛

淋しさが肩から背中に這いおりて魔法使いは影長くする

謎を売る謎かけ娘の屋根裏でしのび泣くのは内気な謎姫

風吹けば心ときめく馬鹿地蔵タヌキの匂いキツネの匂い


アニマル・ブルース

完成した羽の模様におどろいて蛾はあと少し子供でいたい

身を揺らすあの夢この夢腥いアシカの空を周る日と月

果物の垂れさがる影けだものの夢にも小さな月が出ている

空をゆく大中小の人礫笑いこらえて歪む蝶鮫

青息で海青くする海亀の肺を潰して採る回春剤

火刑台死者に頷く禿鷹は性的要素のない夢をみる

葱を嗅ぐたびにずるさを増してゆきロバは右目で右だけを見る

慈悲深い年月とやらのあいだじゅう歩きつづける行列毛虫

ユーモアを欠く凍原に出没するマンモスとマンモス狩りの篝火

トンネルで大きな奴とはちあわせモグラに悪夢語る友なし

ほおづえに顔をゆがめる死神とみつめあうため亀がのぞく池

太陽の歌を歌って飛翔する迷信深いトウゾクカモメ

時がくれば墓生えだして墓地となる草原の馬の歯にしみる風

ふせられた帽子の闇に蝶たちは互いの翅でぼろぼろになる

談笑する人魚と魚人雑婚のすえはつまらぬ人と魚に

まじないも今では娯楽海亀の尾を切る人魚のふりかぶる斧

怪獣は白煙黒煙吐くばかり誰も殺しに来てくれぬ日々

闇を脱ぐ闇姫見にゆくイタチおいで私はこんなに裸


スペース・ララバイ

幾世代語り継がれるシンデレラ星団をゆく人類の船

第一次星間移民船ノアは流行性の殺意に悩む

第三次星間移民船団を祖とあおぐ由緒正しい海賊

飛行士もコックも僧侶も夢に泣く巨大な船は子守歌の時間

幸運を祈ることばよ人類を信じて帰る船帰らぬ船

戒律のきびしい宇宙の隊商はしのび笑いも堕落のしるし

由来など忘れられたがはじめての星では鳩を放つならわし

置き去りの猫百獣の王となり百葉箱に神秘宿る星

流刑星姿かわいい生き物をブタと名づけて喰らう悲しみ

辺境の星ではやくも美化される奴隷商人たちの行跡

文献は焼かれあるいは散逸しどの星もみな地球をなのる

アマノジャク男爵が避暑惑星に飼う美しい手をした生き物

脱落者の処刑の間も読経して日課をこなす火星の苦行僧

金星は硫酸の雨 赤黒いドームに幽閉された貴族ら

牧童が地球の悲しい物語せがむ射手座の星牛牧場

伝統的な敵意をころし上陸する処女生殖に疲れた種族

人類の長い余生の庭先に夢見心地に卵抱く鳥

地球人狩りの合図はトランペットかつては地球の天使の楽器

使い捨てられてあの星この星と人類の灯がともっては消える

人類の遺跡発見樹木という無口な種族にやかましい虫

この星はまさしく地球伝説の満ちては欠ける不気味な衛星

人類の無用の過去を消すためにやとわれたわれら惑星破壊技師

無人星となって久しく人間を拒む地表の凶悪な相

大宇宙広く分布して人類が足したり引いたりしている不安


センチメンタル・カノン

いつもいつも視野のはずれに降っている目障りな葉が今日も色濃い

猟犬が掘りあてたものまたそっと埋めるくりかえし涙ぐむため

一粒のドロップ溶かす湖にゆっくり生じつつある混乱

浜にきてみだらな臓器いやしめばうすやみの海をわたってくる虎

満月の夜の猥談戸外では固い地面に草が生えだす

降りあおぐ老樹のくらがり死者とみて樹はおしげなく葉をふりそそぐ

めくられてゆくトランプのてっぺんで一瞬憂い深まる絵札

昆虫に食害された荒野から三つ目の偶像掘り出す作業

人影にかけよってみれば頬固くつねることさえできぬ彫像

破獄する夢さめるたびかたわらに死骸みいだす変身時代

かぎりなく伸びてゆく母のまぼろしを踏みたどるのはアヒルのまぼろし

不倒翁みごと魚腹に葬られ水の中ではおくれる喝采

花びらの浅いふくらみ泣きはらす赤いまぶたにたとえてはならぬ

朝な夕な胸から迷い出る蛇をしめ殺す祖母の雑巾しぼり

胸深く抱きとめてしまった鶏を放すため月に駆け登る伯父

死神よ何をためらう回想はとうに終わって長い「君が代」


ラブ・ソング

紙細工の炎のように枯れた草わたしが枯らしたあなたの野原

めくってもめくってもうすくうかび出る「それは愛ではないかもしれない」

花を摘む花占いにみせかけてパパの昔の恋人ちぎる

消え残る男の輪郭くぐるため美貌の二瘤駱駝を選ぶ

犬は尾を男は手を振る青空にあおいあおいと楽しい遠吠え

つけてくる運命の鰐に向きなおれ私を愛しはじめたあなた

目を瞠る不倫の恋の闇をうめ震える黒いウサギひしめく

立ち上がり服着て帰る道草にそっとなでてみる愛の髭面

その愛に報いられない人のためほほえみ絶やさぬ眠り姫の口

むかいあい後悔を注ぐチューリップ男は狼女も狼

ぬいぐるみの心臓(ハート)を焦がし燃えさかる焚火ごしにみるあなたの分別

やさしいかむごいか心離れても毎日同じ微笑を向ける


ゴースト・マーチ

一人は円一人はうずまき描いている砂地に影をおとせぬ幽霊

死出の山こえる頭上をふとよぎる遠い日の紙飛行機の影

立ちションの背をノックして消え失せる街灯の霊の眉あげる癖

出るたびに違った男友だちを見せてははしゃぐ母の幽霊

マンションの死体今夜も魂が鍵穴抜けて海を見にゆく

家々の押入れの中でおとなしく肋骨などを数える骸骨

気がつくと我が身は幽霊みじめにもなぜかしきりと灰をかぶって

大石や小石目鼻もないくせに笑いころげる河原の祭り

骸骨ら他には何もないからと大骨小骨贈りあう聖夜

にぎやかな列のうしろに加わるとふり返る世にも恐ろしい顔

てのひらで計算をする死神の黒衣花粉にまみれる季節

幽霊船ためしに二隻となってみるさらに四隻もういやになる

セイレーンも口をむすんでやりすごす幽霊船がふとすきとおる


オールド・スウィング

うつむいて何を囲むか手も触れぬ少女たちの輪と老婆たちの輪

焚刑の老婆まんまと昇天すあらゆる先祖の姿を脱いで

炎天が続けば何を思ってか老婆群がりおがむ噴水

しかるべき日が来るまでは覗かぬと決めた谷今日も出なおす老婆

嘘泣きとつくり笑いは皺のもといつしか老婆剥いでも老婆

ゆきずりの老婆のあとを歩きだす地蔵しきりと額をなめる

地蔵どもに遠まきにされるけはいして闇に薄目をあける老婆ら

順ぐりに体折り曲げ水を呑む泉で老婆の行列たわむ

老婆であることにたえきれず雨の夜は狐に化けて去る者もある

火をみつめる老婆をよそに川はさみ石を投げあう地蔵と少女

野を枯らし森を朽木の原にして老婆たちを追う地蔵の大群

追いせまる地蔵を逆に追いつめて老婆が海辺にあげる勝どき

海老のように蟹のように老婆たち四ツ葉ばかりの野にたどりつく

春夏は水葬野葬秋冬は風葬鳥葬老婆死に果て