あたしごっこ

『あたしごっこ』

(あたしごっこ・あいうえおごっこ所収)1994年9月(沖積舎)

こちらにアップしていませんが献辞も「献辞ごっこ」になっています。

あたしごっこ


まちがってあなたが迷いこむように真っ暗になれ あたしの夜

誰かしらつまづく音で毎晩のありかが知れるあたしのバケツ

満月を尾で掃き消した夜空からあなたをつまむあたしの狐

その愛もどうせいつかは鳩の餌 と言いにはるばるあたしの捨て犬

「ほらネッ」と言いたいために恐ろしい予言続けるあたしの金魚

ただのミルク怪しんでひと舐めごとに青ざめて死んだあたしの猫

丸顔に箱かぶせたらロボットになって行っちゃったあたしのマー君

亡霊に号令かけてうらめしやを順に言わせるあたしの廊下

ひとり逃げおおせた者がつっぷして泣く野に立てるあたしのカカシ

風に吹きなぶられながら犬抱いて吸わせるあたしの酸っぱいおっぱい

ジャンケンのためならいつもとっておきの手が出るのだが あたしのポケット

気をつけて ひとりぼっちの子と遊ぶジャンケンおじさん あたしの鋏

かわいがれず撫でまわすうちに一夜明け蜜柑になったあたしの赤ちゃん

むかし火事で燃えたピアノが化けて出る四畳半あたしのどまんなか

沖を泳ぐ父を見てから皮一枚下でときどきあたしは鮫

生きているかぎり乳房を大切に洗うおまえはあたしのママ

しあわせは出来心でした累犯のあたしは帽子に兎をしまう

風船をやってお払い箱にするあたしのすぐめそめそする道化師

もぎ捨てる 誰かにとんでもないことを打電するあたしの薬指

鈴虫を売り一日で老いぼれてしまおうとするあたしの叔父

昔ひとを殺したらしいひまわりがバリバリ枯れるあたしのまうしろ

薄笑い二度とさせぬと縫いすぼめご覧よあたしの彼のおちょぼ口

みんな淋しいのに忘られただけで黴びてあたしの蜜柑の弱虫!

粉々のこころを食べてまばたきができなくなったあたしの鳩

捨てようか食べてしまおか古蜜柑 誰かあたしを抱きしめなさい

そのたびにいろんな人があらわれて泣く花の底 あたしの底

遙かだと言うために山を蹴とばしておいてあたしの年寄りごっこ

牙の抜けかわる今夜は腕ぐみの兄があたしの夢の番人

また役にたつ日来るまでトランプに戻すあたしの髭の兄たち

胴長の人魚でも笑いのめしつつ無駄遣いしようあたしの冥福

何もかもうすうす知って頻尿の 藪から藪へとあたしの兎

葉っぱのふりなんかするから踏んじゃった(ことにしてある)あたしの芋虫

裸になりたくてまた誰かの闇へ髪を垂らすあたしのラプンツェル

くちびるからほどけて長い紐になる 一筆書きのあたしを手繰れ

月よ みなおもちゃになって遠ざかる例えばあたしの自転車どろぼう

死んでいる父という父さかさまに覗いて通るあたしの短歌

明日はもっと困らせてやる 真っ黒な窓を鏡に塗るあたしの口紅

思い出の要所要所で放ちやるあたしの犬ども「ごめんね」の顔

大雪ふれ 今夜あいつの父性から犬つれ帰るあたしにだけふれ

でこぼこで戻ったロボットマー君にキスで切らせるあたしの電源

流れるのを見届けたのにまだ聞こえるあたしのトイレの口笛男

いい天気 手に手に死んだ蛇さげてあたしのご町内のみなさん

目で追った隙に寂すべくシャボン玉吐くとは あたしの言霊の馬鹿

嘘つきの弟も悪い人形も呑んであたしを待つおもちゃ箱

なにもかもがらがら声で言いなおすあたしのオウムの真っ黒な舌

その「嫌い」負け知らずだったオウムめもガチンガチンあたしの冷凍庫

残酷な童話は語り尽くしたと足腰伸ばすあたしの老婆

「隣房の看守はもっとやさしいさ」言ったな蛙 あたしの囚人

早食いの囚人どもにもう一杯食わせるあたしのハナクソ御飯

豪雨のなかそっとはぐれてゆく気配 馬のかたちのあたしの一人

大喧嘩の末にあたしの右左 生まれかわり合うキバタンコバタン

まっ白けになる日のためにとってあるクレヨン あたしの幼友達

そっちからも股覗きしてごらん数億の虫がなくあたしの野原

ぴかぴかに磨いて夜空に返すべきものがある あたしの……くすくす

顔かいてあげるからのっぺらぼうにおなり あたしの読者のみなさん

あいうえおごっこ

穴ひとつあけて阿呆があの世へと謝ればおつり アキアカネ出る

妹の生霊がいないいないバア いやまて僕に妹いない

腕生えるうれしい疼き 薄闇の海に沈んでウバザメを抱く

遠景に役行者が選り分ける海老の涙よ 会釈しておく

温順なお化けをなおも殴打しておいおい泣かす落ち葉の季節

カラスらの空咳数えて枯れ野行き悲しい歌人片眉なくす

喜悦したきんきん声で麒麟までも跪拝し曰く「君が嫌いだ」

暗やみは食いでがあるろう鯨くん 黒いくちびるくあんくあんだ

巻積雲 けちょんけちょんで毛脛から煙たてて去った賢者のあたり

国語辞典腰だめに コンコン咳の鴻儒オバカサン光線くらえ

殺意あり さりとて今は鯖雲と砂塵のかなたへ犀を冷ましに

しまいには四百四病にも死にも飽きシーツの皺も「し」の字の寝台

数世紀すったもんだで過ぎる間をすすり泣く好きよ好きよの鈴虫

雪月花せせらぎに濯ぐ先祖らの性生活の背中千枚

そそかしい走禽即死 空涙そおっと注ぐ蘇生せぬよう

多島海 垂れ耳の神たずねあて祟りたまえと倒す竪琴

長考の父よあたしは宙ぶらりん 膣に小さな蝶うかばせる

つま先の冷たさ さては月にまた吊してきたか罪もない鶴

鉄砲雨に手柄顔するていたらく 手荒に作ったテルテル坊主

踏破したとこしえの先でトンボ捕りとぼとぼ帰る虎でしたとさ

謎尽きてなお謎姫の中指は涙ぬぐえばなめくじとなる

乳歯でも にせ者決めのにらめっこ西日の中なら兄ちゃんに負けぬ

盗んでとぬかしたあたし糠雨に濡れて重たいぬいぐるみになる

妬むべく捏造したのは眠る姉 ネグリジェの胸にねこじゃらしの夢

のしかかる野良如来と喉のぞきあいのたうち笑うのが望みなの

はて あれは俳句畑の果てにある肺が放ったはるかな「はくしょん」

百万の泌尿器どもを冷やすべく雹を降らせる狒狒の左手

ふと鱶のフンより孵化したふりちんの「不思議」伏目で不問に付す月

へたな字のへなへな紳士は変名の変貌じつはへのへのもへじ

放心の頬をかすめた箒星 惚れてつまらぬ仏ほっとけ

またの世は股の間の摩天楼 窓のひとつにママがまどろむ

耳ぺろり霙を食べた味蕾してミケも短い身の上話

ムク犬を毟るしぐさも無造作に娘が無言でむしかえす昔

名探偵目玉焼でも召し上がれ 冥土の雌山羊めえと鳴くまで

凭れれば木星の渦 もう撫でてもらえぬ父の猛毒手袋

疚しさのヤマイダレ 闇の野営地をヤットコヤットコ椰子蟹とおる

ゆうべはみな愉楽のおねしょ 許せまばゆい金魚など夢に放して

弱虫も余罪だろうか横歩き 黄泉路の果ての与那国蚕よ

落日の駱駝ねぎらう磊落な裸神の歌がラ音の濫觴

留意して輪郭なぞれ 力詠が離発着する両肩はここ

累犯を縷々語りだす涙眼の流人をカンガルーがぐるぐる

煉瓦道 霊能ゆえに冷罵あび轢殺された麗人あるな

論駁する驢馬に揺られてロボットが朗読するのは論語じゃないか

笑いぐさ 忘れ形見は悪い子で腋臭の鰐をわざとかわいがる

合唱だ!合掌じゃない 頑固さはがらんどうゆえがんばれ骸骨

仰臥するぎょろ目がギラリ銀河へと魚影をひとつ義絶してやる

偶蹄にぐるり囲まれ愚詠する群青の夜 寓意ぐしょぬれ

元気出せ ゲジゲジに人に「迎春」と原始の神が拳固をひらく

ゴツンあらごめんあそばせ誤植めくご婦人だらけ五月のご不浄

戯れごとも残暑も尽きたザアザア降り ザリガニがさめざめと泣き出す

自画像を順に銃殺 渋面の十一枚目にジャンケンで負ける

ずけずけと図星さされてずり下がるズボンの中はずぶ濡れ鼠

絶叫で前編終えた喘鳴の舌下に泡立つゼロがいっぱい

存分に憎悪つのれば雑巾も象になり騒々しく叫ぶぞ

誰もかも橙色の大団円 抱いておくれよだいだらぼっち

でも恋は出もの腫れもの出くわしたでんでん虫のでっかい殿下

どうしよう道徳心が泥まみれ どうどうめぐりのどんぐり林

罰として爆弾男の晩年は薔薇の話とばば抜きばかり

びっくり箱のびよよよよんから憫笑は尾骨までしなびて戻りくる

文語というブラジャー取ればぶら下がる不気味な心に分度器あてる

べそかいて弁解するべーべー言葉 便座はあなたを別人にする

亡霊はボサボサ頭 棒立ちの坊やの膀胱ぼんぼり灯る

パパの心配顔見たさにパッと純白で飛び込む( )(パーレン)の中

ピーナッツでピアノに飼われるピアニスト ピザで飼われるピューマが嘲う

ぷいと春風を乗り捨てプロポーズ プテラノドンのプリンスであれ

ペチャパイのペコちゃんがいてペダルこぐ ペテン師の薄っぺらな舌先

ポルカやみポツンちっぽけポチが見たポンヌ図法のぽんこつ世界 ※

※「ポンヌ図法」というものはありません。

この歌を作ったときは、「ボンヌ」をまちがって「ポンヌ」と覚えていたのです。

「ボンヌ図法」は、地球がハート型につぶれた形で、まるでぼこっと殴られて頭がへこんだような感じなので、「ぽんこつ」と続いたのですが……(笑)