かばん投稿例

仮想題詠 8首 2012・12月作成~2015年9月作成

(「かばん」会員向けに、歌稿提出例として使用したものです。)

所属誌「かばん」は、詠草提出メールの書き方の例を提示するときに、どうせなら楽しもうと、毎回、なんらかの題材の歌を「闇鍋」を使って抽出。

数年ぶん集めると、なかなか読み応えがあるので、2012年末ぶんから、ここにアップしておきます。(それ以前のデータは喪失しました。)

【ご注意】

・2016年12月現在、データベース「闇鍋」には11万ほどの句歌(うち短歌7万5千)が収録されていて、都度点検しておりますが、誤りを見逃している場合があります。

下記の歌をどこかに引用する場合は、文言や表記を、何らかの方法で確認してください。

・「かばん」内部の詠草提出例なので、「かばん」所属の歌人の歌をやや多くしていますが、 原則として高柳のその日の好みで、斬新だと思う歌を気楽に選んでいます。

(たまに自分の歌をまぜてしまいました。すみません。)

・投稿例を作成し始めた当時と現在では「闇鍋」のデータ数が倍ぐらいに違います。古いものは、今のデータベースで選びなおすと、また違ったものになると思います。

・半年分、一年分先のぶんまで選んでおくもので、今後約1年ぶんは既に選んであり、そのぶんは使いきった後に追加でアップします。

目次

■2012・12月~

光りモノ/ からっぽは好きですか / タクシー/ XみたいなY/ 家具たち / 続・家具 / 鶴八首/ まっすぐマニア/ ぐちゃぐちゃとくしゃくしゃ / むかしの/ なんという! / 前髪 / 水道の国

■2013年8月~

はらはら/ 理由 / しりー / しんぞうがいっぱい/ とびだす/ チャック/ 百千万/ 見あげれば/ おやめください/ まぶしいな/ サボテン/ スシ

■2014年1月~

たたかう/ しらない(前編)/ しらない(後編/ ) ゆるゆる/ 肘 / 膝/ 切符 / ゲーム/ 禁止 / あれでなくこれだ(前編)/ あれでなくこれだ(後編)/ 私ではない/ タコさん イカさん/ ほんとう

■2014年10月~

へそたち/ 抱きしめよう / かもしれない / 馬鹿/ いろいろ / 始発/ 終電/ 寝言 / なわとび/ ねえ/ めぐる/ 目薬(前編)/ 目薬(後編)/ どうしても/ 跳ねる(前編)/ 跳ねる(後編)/ 交差点 / すれちがう / ラーメン / 一分~四分/ 五分/ 春の身体

■2015年9月~ new

足の裏 / だめ / グレーと灰色/ しっぽ / ぞっとびくっとひくっと/ ひっぱれ / ゼブラゾーン/ なら・だろう/ もうすこし・あとすこし / 足りない/ かじる(その1)果物編 / かじる(その2) / ずる / パズル / 怪物/ しゃっくり / 名前(その1)/ 名前(その2)/ 名前(その3)/ 天気予報 / おお日没だ/ 沈む/ 祈る/ ひらがな


■2012・12月~

★光りモノ

セロファンに包まれたるを春の野に光らせながらほどくおむすび

椎骨のひとつひとつを光らせて真夜は巨きい古い生きもの

氷嚢の下より/まなこ光らせて、/ 寝られぬ夜は人をにくめる

青嵐 教室の中鬱として発光しだす君の「さびしさ」

夢を見るちから失わないために吠え声のごと 光らす陰毛

空からも地からも夜の雪ふれば発光エビとなるまで歩む

おでこからわたしだけのひかりでてると思わなきゃここでやっていけない

かなしみは光となりて額より放射するゆゑにわれはひれふす

★実際の作者

セロファンに包まれたるを春の野に光らせながらほどくおむすび 柳宣宏

椎骨のひとつひとつを光らせて真夜は巨きい古い生きもの 佐藤弓生

氷嚢の下より/まなこ光らせて、/ 寝られぬ夜は人をにくめる。 石川啄木

青嵐 教室の中鬱として発光しだす君の「さびしさ」 入谷いずみ

夢を見るちから失わないために吠え声のごと 光らす陰毛 陣崎草子

空からも地からも夜の雪ふれば発光エビとなるまで歩む 杉崎恒雄

おでこからわたしだけのひかりでてると思わなきゃここでやっていけない 今橋 愛

かなしみは光となりて額より放射するゆゑにわれはひれふす 斎藤茂吉

★からっぽは好きですか

俺はいま空ろな牡牛地平に立つ白き稲妻に照らされながら

あれみんな空っぽじゃない? うたがいぶかい奴は卵屋にはなれません

透明なたましいをひとつ住まわせる砂時計この空っぽの部屋

ピーマンの青い空洞には夭折の詩人の住んだ痕跡がある

黄金虫【こがねむし】飛ぶ音きけば深山木【みやまぎ】の若葉の真洞春ふかむらし

空洞を籠めてこの世に置いてゆく紅茶の缶のロイヤルブルー

からっぽのからだかかえて鳴りやまぬ蝉を礼拝堂と呼ぶべき

空洞の如きさびしき音のする吾がうつしみを搔きて居たりき

★実際の作者

俺はいま空ろな牡牛地平に立つ白き稲妻に照らされながら 佐佐木幸綱

あれみんな空っぽじゃない? うたがいぶかい奴は卵屋にはなれません 飯田有子

透明なたましいをひとつ住まわせる砂時計この空っぽの部屋 杉崎恒夫

ピーマンの青い空洞には夭折の詩人の住んだ痕跡がある 杉崎恒夫

黄金虫【こがねむし】飛ぶ音きけば深山木【みやまぎ】の若葉の真洞春ふかむらし 北原白秋

空洞を籠めてこの世に置いてゆく紅茶の缶のロイヤルブルー 佐藤弓生

からっぽのからだかかえて鳴りやまぬ蝉を礼拝堂と呼ぶべき 佐藤弓生

空洞の如きさびしき音のする吾がうつしみを搔きて居たりき 近藤芳美

★タクシー

翼のないタクシーばかりの街と思ふ世界に負けてゐる二、三年

タクシーはどこへ行くんだおれを棄て君を下ろしてしまったそのあと

思ってたよりは元気だね流れてく星をタクシーみたいに止めて

ミュンヘンのかっぱえびせん売りを乗せタクシードライバーが笑いだす

青によし赤と通行人によし 指さし確認する奈良タクシー

青森市にてタクシー乗客と乗用車運転手口論、乗客刺殺

厳密の扉の前に立つだろう地平に光るタクシーが来て

斎場へ急げと請えば迅速に路地をぬひ行く〈つばめタクシー〉

★実際の作者

翼のないタクシーばかりの街と思ふ世界に負けてゐる二、三年 荻原裕幸

タクシーはどこへ行くんだおれを棄て君を下ろしてしまったそのあと 植松大雄

思ってたよりは元気だね流れてく星をタクシーみたいに止めて 小島左

ミュンヘンのかっぱえびせん売りを乗せタクシードライバーが笑いだす 笹井宏之

青によし赤と通行人によし 指さし確認する奈良タクシー 平川哲生

青森市にてタクシー乗客と乗用車運転手口論、乗客刺殺 藤原龍一郎

厳密の扉の前に立つだろう地平に光るタクシーが来て 加藤治郎

斎場へ急げと請えば迅速に路地をぬひ行く〈つばめタクシー〉 小笠原和幸

★みたいな

母親はうつろな器くるぶしに糸みたいな血がおりてゆきます

髪質のよく似た妹とすごすチョウのくちばしみたいな日曜

電話してまず謝ろう ベランダに芽キャベツみたいな月が出たなら

ごっとんとさも投げやりに転びでるジュースみたいなおまえの態度

ねむりながら笑うおまえの好物は天使のちんこみたいなマカロニ

負けたとは思ってないわ シャツはだけかさぶたみたいな乳首を曝す

身めぐりをかこむ記憶のみっしりと果肉みたいなあなたを愛す

砕かれたピーナツみたいな夕焼けに約束された明日などない

★実際の作者

母親はうつろな器くるぶしに糸みたいな血がおりてゆきます 東直子

髪質のよく似た妹とすごすチョウのくちばしみたいな日曜 北川草子

電話してまず謝ろう ベランダに芽キャベツみたいな月が出たなら 植松大雄

ごっとんとさも投げやりに転びでるジュースみたいなおまえの態度 杉崎恒夫

ねむりながら笑うおまえの好物は天使のちんこみたいなマカロニ 穂村弘

負けたとは思ってないわ シャツはだけかさぶたみたいな乳首を曝す 飯田有子

身めぐりをかこむ記憶のみっしりと果肉みたいなあなたを愛す 佐藤弓生

砕かれたピーナツみたいな夕焼けに約束された明日などない 田村元

★家具たち

きみが歌うクロッカスの歌も新しき家具の一つに数えむとする

ねえ二本ともにぎっていてねあかねさすあなたの未来家具のようにね

家具たちの配置わくわく考える北枕とか気にしない主義

家具としての音楽といふ論ありていかなる椅子かマイケル・ジャクソン

売約済みの傷入り家具にふれながらががんぼ風に少しうかれる

冬陽入る家具屋の家具はうつくしきあまたの指紋燃やしておりぬ

四月二十九日の宵は深酒のかがやく家具に包まれて寐し

しんしんと背中がさむし冬野からいま連れてきたような家具たち

★実際の作者

きみが歌うクロッカスの歌も新しき家具の一つに数えむとする 寺山修司

ねえ二本ともにぎっていてねあかねさすあなたの未来家具のようにね 飯田有子

家具たちの配置わくわく考える北枕とか気にしない主義 柴田瞳

家具としての音楽といふ論ありていかなる椅子かマイケル・ジャクソン 香川ヒサ

売約済みの傷入り家具にふれながらががんぼ風に少しうかれる 東直子

冬陽入る家具屋の家具はうつくしきあまたの指紋燃やしておりぬ 東直子

四月二十九日の宵は深酒のかがやく家具に包まれて寐し 岡井隆

しんしんと背中がさむし冬野からいま連れてきたような家具たち 杉崎恒夫

★続・家具たち

恋人も恋人の恋人もアホ(タンスを先に積んでテレビだ)

岩国の一膳飯屋の扇風機まわりておるかわれは行かぬを

うらがわで勝負するなら洗濯機よりも冷蔵庫のほうがつよそう

腕組みをして僕たちは見守った暴れまわる朝の脱水機を

ふるさとの炬燵の足はすべっこく桜の幹でくみ立っている

愛が趣味になったら愛は死ぬね… テーブル拭いてテーブルで寝る

土屋文明の破調の如く本棚よりあふれたる本を丁寧に積む

パソコンのZたたけり にんげんを必要とする動物すくなし

★実際の作者

恋人も恋人の恋人もアホ(タンスを先に積んでテレビだ) 増尾ラブリー

岩国の一膳飯屋の扇風機まわりておるかわれは行かぬを 岡部桂一郎

うらがわで勝負するなら洗濯機よりも冷蔵庫のほうがつよそう 鈴木有機

腕組みをして僕たちは見守った暴れまわる朝の脱水機を 穂村弘

ふるさとの炬燵の足はすべっこく桜の幹でくみ立っている 山崎方代

愛が趣味になったら愛は死ぬね… テーブル拭いてテーブルで寝る 雪舟えま

土屋文明の破調の如く本棚よりあふれたる本を丁寧に積む 松木秀

パソコンのZたたけり にんげんを必要とする動物すくなし 大滝和子

★鶴

かうがうし鶴はこの世のものならず幽かに啼けば生きたるらしも

真白羽を空につらねてしんしんと雪降らしこよ天の鶴群

荒梅雨の夜のバスより降りんとしわたくしにある鶴のくちばし

おびただしき鶴の死体を折る妻のうしろに紅の月は来たりき

気持ち悪いから持って帰ってくれと父 色とりどりの折り鶴を見て

湿原の高草に透きて立つ鶴よ白き嚢【ふくろ】となりて闇にねむれ

春の日はしずかなりけりつぎつぎと鰌は鶴の喉くだりゆく

動物園に行くたび思い深まれる鶴は怒りているにあらずや

★実際の作者

かうがうし鶴はこの世のものならず幽かに啼けば生きたるらしも 北原白秋

真白羽を空につらねてしんしんと雪降らしこよ天の鶴群 岡野弘彦

荒梅雨の夜のバスより降りんとしわたくしにある鶴のくちばし 小島ゆかり

おびただしき鶴の死体を折る妻のうしろに紅の月は来たりき 小池光

気持ち悪いから持って帰ってくれと父 色とりどりの折り鶴を見て 東直子

湿原の高草に透きて立つ鶴よ白き嚢【ふくろ】となりて闇にねむれ 葛原妙子

春の日はしずかなりけりつぎつぎと鰌は鶴の喉くだりゆく 山崎方代

動物園に行くたび思い深まれる鶴は怒りているにあらずや 伊藤一彦

★まっすぐマニア

蝙蝠のひとつまっすぐ落ちてくる夕ぐれ脳に罅入るあたり

わたくしの水のほうへとまっすぐにブタイビジュツは歩いてくる

ロジカルに来る朝がある 低地からまっすぐ晴れるミュンヘンの霧

まっすぐにわれをめざしてたどり来し釧路の葉書雨にぬれたり

まっすぐな棒を一本刺してくれ脳のだるさにねじれるぼくに

洪水の夢から昼にめざめれば家じゅうの壜まっすぐに立つ

軽蔑をはじめて軽蔑おわるまでまっすぐ地平線をみている

まっすぐに落ちる水あり眼裏が河馬の欠伸のように明るい

★実際の作者

蝙蝠のひとつまっすぐ落ちてくる夕ぐれ脳に罅入るあたり 佐藤弓生

わたくしの水のほうへとまっすぐにブタイビジュツは歩いてくる 杉山モナミ

ロジカルに来る朝がある 低地からまっすぐ晴れるミュンヘンの霧 中沢直人

まっすぐにわれをめざしてたどり来し釧路の葉書雨にぬれたり 岡部桂一郎

まっすぐな棒を一本刺してくれ脳のだるさにねじれるぼくに 俵万智

洪水の夢から昼にめざめれば家じゅうの壜まっすぐに立つ 吉川宏志

軽蔑をはじめて軽蔑おわるまでまっすぐ地平線をみている 笹井宏之

まっすぐに落ちる水あり眼裏が河馬の欠伸のように明るい 今井恵

★ぐちゃぐちゃとくしゃくしゃ

なかぞらのつきのいくとせぐちゃぐちゃのふたりの閏二月のわかれ

「ぐちゃぐちゃのあたしの頭に風穴をダーティーハリーがあけてくれたの」

弾丸が右のコマより飛来して左ぺージのママのぐちゃぐちゃ

日本の中でたのしく暮らす 道ばたでぐちゃぐちゃの雪に手をさし入れる

大切なものだったんだねくしゃくしゃに丸めてしまった今日の夕暮れ

ナイル川のみどりの鰐のうつくしき鞄の底のメモのくしゃくしゃ

こうもりの寝顔のようにくしゃくしゃできみは自動車学校にゆく

組み立てた昭和の団地ぐしゃぐしゃに壊してわたしの天国はどこ

★実際の作者

なかぞらのつきのいくとせぐちゃぐちゃのふたりの閏二月のわかれ 佐藤元紀

「ぐちゃぐちゃのあたしの頭に風穴をダーティーハリーがあけてくれたの」 藤沢賢二

弾丸が右のコマより飛来して左ぺージのママのぐちゃぐちゃ 古谷空色

日本の中でたのしく暮らす 道ばたでぐちゃぐちゃの雪に手をさし入れる 永井祐

大切なものだったんだねくしゃくしゃに丸めてしまった今日の夕暮れ 植松大雄

ナイル川のみどりの鰐のうつくしき鞄の底のメモのくしゃくしゃ 東直子

こうもりの寝顔のようにくしゃくしゃできみは自動車学校にゆく 加藤治郎

組み立てた昭和の団地ぐしゃぐしゃに壊してわたしの天国はどこ 三好のぶ子

★むかしの

むかしの女がしろくさまよふ背戸裏の夢より覚めて汗ぬぐひをり

もろともに秋の滑車に汲みあぐるよきことばよきむかしの月夜

晩秋の深紫のクロイツェル・ソナタむかしの澱浮かびくる

人はいさ心もしらず古郷は 花ぞむかしの香ににほひける

殴らむといふに/殴れとつめよせし/昔の我のいとほしきかな

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして

さつき待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする

おどろきて見つつ勇気を覚えたる昔の冬のさかんなる霜

★実際の作者

むかしの女がしろくさまよふ背戸裏の夢より覚めて汗ぬぐひをり 岡井隆

もろともに秋の滑車に汲みあぐるよきことばよきむかしの月夜 今野寿美

晩秋の深紫のクロイツェル・ソナタむかしの澱浮かびくる 佐藤弓生

人はいさ心もしらず古郷は 花ぞむかしの香ににほひける 紀貫之

殴らむといふに/殴れとつめよせし/昔の我のいとほしきかな 石川啄木

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして 在原業平

さつき待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする よみ人しらず

おどろきて見つつ勇気を覚えたる昔の冬のさかんなる霜 馬場あき子

★なんという!

大股の一歩が青空を超えてゆくみずたまりのなんという怖さ

なんという青空シャツも肉体も裏っかえしに乾いてみたい

なんにんもの人を愛する来世ならいいね、ねえ、なんという青空なの!

なんという重さ上も下もなくかかえる桃桃桃を落とせない

なんという無責任なまみなんだろう この世のすべてが愛しいなんて

短夜のこころを殺す なんといふ上べばかりの花野であるか

なんという日々の小さき抱擁をあるいは生の限界として

君がフォークをタルトに刺してなんといふなんと愚かな夕暮だらう

★実際の作者

大股の一歩が青空を超えてゆくみずたまりのなんという怖さ 井辻朱美

なんという青空シャツも肉体も裏っかえしに乾いてみたい 佐藤弓生

なんにんもの人を愛する来世ならいいね、ねえ、なんという青空なの! 東直子

なんという重さ上も下もなくかかえる桃桃桃を落とせない 三好のぶ子

なんという無責任なまみなんだろう この世のすべてが愛しいなんて 穂村弘

短夜のこころを殺す なんといふ上べばかりの花野であるか 岡井隆

なんという日々の小さき抱擁をあるいは生の限界として 内山晶太

君がフォークをタルトに刺してなんといふなんと愚かな夕暮だらう 森本 平

★前髪

前髪はこの社会からういている? いいえわたしがうかせているの

散るさくら 同じくらいの引力を帯びた前髪ひとはかきあぐ

焼却炉にてすこし焦がした前髪を掻き鳴らしゆく指はあり 秋

いにしえの王【おおきみ】のごと前髪を吹かれてあゆむ紫木蓮まで

紅梅にあわ雪とくる朝のかどわが前髪のぬれにけるかな

持つてゐますか? 前髪がみな風に切らるる額【ぬか】というふこの岸辺

前髪を切りそろえてあなたと暮らします鉄のお皿に歯を吐きました

重さうに前髪を払ふひとの後ろくらげ殖えてゆく棒状の海

★実際の作者

前髪はこの社会からういている? いいえわたしがうかせているの 杉山モナミ

散るさくら 同じくらいの引力を帯びた前髪ひとはかきあぐ 吉川宏志

焼却炉にてすこし焦がした前髪を掻き鳴らしゆく指はあり 秋 佐藤弓生

いにしえの王【おおきみ】のごと前髪を吹かれてあゆむ紫木蓮まで 阿木津英

紅梅にあわ雪とくる朝のかどわが前髪のぬれにけるかな 山川登美子

持つてゐますか? 前髪がみな風に切らるる額【ぬか】というふこの岸辺 笹原玉子

前髪を切りそろえてあなたと暮らします鉄のお皿に歯を吐きました 飯田有子

重さうに前髪を払ふひとの後ろくらげ殖えてゆく棒状の海 辰巳泰子

★水道の国

水道管埋めし地の創なまなまと続けりわれの部屋の下まで

星しずか かんかん照りの庭先の水道管に花の緋の降る

水道管凍った夜は幻の家族をひとつ真中におく

十字なす銀をひねりてひとすじの水道水の影呼びだせり

考えがすべて体言止めになる 生ぬるくて勢いのいい水道水

さ夜なかに地下水道の音きけば行きとどまらぬさびしさのおと

水道をとめて思へば悲しみは叩き割たき塊をなす

窓の奥にふらふら揺れるシャツがある町の水道水の水質

★実際の作者

水道管埋めし地の創なまなまと続けりわれの部屋の下まで 塚本邦雄

星しずか かんかん照りの庭先の水道管に花の緋の降る 佐藤弓生

水道管凍った夜は幻の家族をひとつ真中におく 東直子

十字なす銀をひねりてひとすじの水道水の影呼びだせり 大滝和子

考えがすべて体言止めになる 生ぬるくて勢いのいい水道水 大滝和子

さ夜なかに地下水道の音きけば行きとどまらぬさびしさのおと 斎藤茂吉

水道をとめて思へば悲しみは叩き割たき塊をなす 大西民子

窓の奥にふらふら揺れるシャツがある町の水道水の水質 東直子

■2013年8月~

★はらはら

寄せては返す人恋しさよ 上をゆくカモメの腹にへそを探せり

逢いたくてふらふらゆけば月光に腹をうねらす夜の鯉幟

かくばかりわれをもとむるいのちあり網戸を隔て蚊の裏をみつ

五月雨の夜を硝子戸に腹見せて守宮はをりき燈火消すまで

みごもるといふ連想は夢のうちに揚羽の腹の息づくを見き

夢の中の街がほんとうにあるような無情に青い翼竜の腹部

カミソリを当つればスッと切れそうな蛙の白き咽【のみど】と腹【おなか】

旅客機の腹を見ながら甘えても良いかといちいち許可をとるひと

★実際の作者

寄せては返す人恋しさよ 上をゆくカモメの腹にへそを探せり 石川美南

逢いたくてふらふらゆけば月光に腹をうねらす夜の鯉幟 入谷いずみ

かくばかりわれをもとむるいのちあり網戸を隔て蚊の裏をみつ 雨谷忠彦

五月雨の夜を硝子戸に腹見せて守宮はをりき燈火消すまで 前川佐美雄

みごもるといふ連想は夢のうちに揚羽の腹の息づくを見き 石川不二子

夢の中の街がほんとうにあるような無情に青い翼竜の腹部 井辻朱美

カミソリを当つればスッと切れそうな蛙の白き咽【のみど】と腹【おなか】 奥村晃作

旅客機の腹を見ながら甘えても良いかといちいち許可をとるひと 柴田瞳

★理由

アロエの葉きみを複製することを思いつくほどの水滴だから

彗星をつかんだからさマネキンが左手首を失くした理由は

いいからここにおすわりなさい胸にある言葉は夢の薬莢だから

青嵐ぬける図書室「きれいだから」すぐに盗られる『宝石図鑑』

結局は一人ぼっちのボクだから顔ぶら下げてそのままに行け

起立性貧血症の薔薇だからきゅうに抱きあげたりはしないで

だからってカスタネットの赤と青塗りわけたのは神様じゃない

むちゃくちゃに窓の多いビルだから月はいちいちのぞいておれぬ

★実際の作者

アロエの葉きみを複製することを思いつくほどの水滴だから 加藤治郎

彗星をつかんだからさマネキンが左手首を失くした理由は 穂村弘

いいからここにおすわりなさい胸にある言葉は夢の薬莢だから 東直子

青嵐ぬける図書室「きれいだから」すぐに盗られる『宝石図鑑』 入谷いずみ

結局は一人ぼっちのボクだから顔ぶら下げてそのままに行け 奥村晃作

起立性貧血症の薔薇だからきゅうに抱きあげたりはしないで 杉崎恒夫

だからってカスタネットの赤と青塗りわけたのは神様じゃない 村上きわみ

むちゃくちゃに窓の多いビルだから月はいちいちのぞいておれぬ 杉崎恒夫

★しりー

グリム嫌ひイソップ嫌ひ父に臀百叩かるる夢を愛して

銀の尻の象のごとくに浮かびいる飛行船など 秋の教室

整形前夜ノーマ・ジーンが泣きながら兎の尻に挿すアスピリン

若いひとがあんまりいないのでさみしい長椅子の端にお尻をひっかけて待つ

おしりからピースを埋めてゆきました ららら冬の日らららゆふやけ

柴犬のむっちり臀部の筋肉がドーブツドーブツ歩いています

だれもしあわせになっていないけどいいやビュッフェにならぶ尻たち

尾瀬沼はましづかにわが臀部にあり坐してひろごるさざなみのおと

★実際の作者

グリム嫌ひイソップ嫌ひ父に臀百叩かるる夢を愛して 塚本邦雄

銀の尻の象のごとくに浮かびいる飛行船など 秋の教室 井辻朱美

整形前夜ノーマ・ジーンが泣きながら兎の尻に挿すアスピリン 穂村弘

若いひとがあんまりいないのでさみしい長椅子の端にお尻をひっかけて待つ 早坂類

おしりからピースを埋めてゆきました ららら冬の日らららゆふやけ 東直子

柴犬のむっちり臀部の筋肉がドーブツドーブツ歩いています 久保芳美

だれもしあわせになっていないけどいいやビュッフェにならぶ尻たち 柳谷あゆみ

尾瀬沼はましづかにわが臀部にあり坐してひろごるさざなみのおと 渡辺松男

★しんぞうがいっぱい

人形の手首曲がりて花を嗅ぐかくもしずかな心臓をもち

欠けたまま空うけとめて鳥の巣は冬のけやきの心臓である

はたはたとはかなし冬の陽のもとにヘリコプターは空の心臓

街あかりのなかに薄れしさそり座の心臓の赤い熱帯夜です

背から抜く赤乾電池 メアリーのとてもしずかな心臓ふたつ

煮られゐる鶏の心臓いきいきとむらさきに無名詩人の忌日

電話きてどきんとゆれた心臓が壁画の劣化すすめてしまう

ざわめく樹海の緑もみくちゃの心臓ひとつかかえていたる

★実際の作者

人形の手首曲がりて花を嗅ぐかくもしずかな心臓をもち 井辻朱美

欠けたまま空うけとめて鳥の巣は冬のけやきの心臓である 古谷空色

はたはたとはかなし冬の陽のもとにヘリコプターは空の心臓 佐藤弓生

街あかりのなかに薄れしさそり座の心臓の赤い熱帯夜です 杉崎恒夫

背から抜く赤乾電池 メアリーのとてもしずかな心臓ふたつ 村上きわみ

煮られゐる鶏の心臓いきいきとむらさきに無名詩人の忌日 塚本邦雄

電話きてどきんとゆれた心臓が壁画の劣化すすめてしまう 雪舟えま

ざわめく樹海の緑もみくちゃの心臓ひとつかかえていたる 加藤克巳

★とびだす

叫びながら目醒める夜の心臓は鳩時計から飛びだした鳩

ひゃっといい始発列車が飛び出してしまった口をあわててふさぐ

暮れながらたたまれやまぬ都あり〈とびだすしかけえほん〉の中に

銀紙を圧せば飛び出すカプセルは蛾の産卵に似てさびしきを

光る夏わたしのタンスをとび出したメロンは街へ街で生きてる

生きている証にか不意にわが身体(からだ)割(さ)きて飛び出で暗く鳴きけり

ぽつぽつと雀飛び出づ薄の穂日暮まぢかに眺めてゐれば

焦点をここ→*←に合わせて見て下さい。一首がとび出して見えます。

★実際の作者

叫びながら目醒める夜の心臓は鳩時計から飛びだした鳩 穂村弘

ひゃっといい始発列車が飛び出してしまった口をあわててふさぐ 笹井宏之

暮れながらたたまれやまぬ都あり〈とびだすしかけえほん〉の中に 佐藤弓生

銀紙を圧せば飛び出すカプセルは蛾の産卵に似てさびしきを 杉崎恒夫

光る夏わたしのタンスをとび出したメロンは街へ街で生きてる 杉山モナミ

生きている証にか不意にわが身体(からだ)割(さ)きて飛び出で暗く鳴きけり 前川佐美雄

ぽつぽつと雀飛び出づ薄の穂日暮まぢかに眺めてゐれば 北原白秋

焦点をここ→*←に合わせて見て下さい。一首がとび出して見えます。鈴木有機

(鈴木有機のこの作品は、実際にはもっと文字の配置に視覚的工夫がなされた形で発表されました。)

★チャック

わらう鳥わらう神様わらう雲チャックゆるくてふきだす涙

きみの背の感触残るわが背骨 チャックを開くように別れき

翅なんか持たないくせにジッパーの背中が割れて出てくるサナギ

巨大なるジッパーに時が停りいる化石鳥類の長い頸椎

拒まれて帰るゆうぐれチャック状の傷跡のあるトマトを選ぶ

噛んでどうにもこうにも動かないファスナーよりはましだね君は

胸から腹へ断ちおろすごとくジッパー下げ中身のわれを取り出し居り

順番がやうやく来るがさつきから財布のチャック咬んであかない

★実際の作者

わらう鳥わらう神様わらう雲チャックゆるくてふきだす涙 東直子

きみの背の感触残るわが背骨 チャックを開くように別れき 田中槐

翅なんか持たないくせにジッパーの背中が割れて出てくるサナギ 杉崎恒夫

巨大なるジッパーに時が停りいる化石鳥類の長い頸椎 杉崎恒夫

拒まれて帰るゆうぐれチャック状の傷跡のあるトマトを選ぶ 中沢直人

噛んでどうにもこうにも動かないファスナーよりはましだね君は 久保芳美

胸から腹へ断ちおろすごとくジッパー下げ中身のわれを取り出し居り 斎藤史

順番がやうやく来るがさつきから財布のチャック咬んであかない 佐藤理江

★百千万

少女らの足裏幾百軽々と春の王墓を踏みつけてゆく

霧ふかき谷の工場に幾千の納豆巻の横たわる夜

幾千の種子の眠りを覚まされて発芽してゆく我の肉体

楠【くすのき】は幾万の青き実を結び一つ一つはどうするつもり

同じものばかりを食べて幾万の夜をすごした民のともしび

幾万の交差点みな赤と青間違うことなく交互に光る

幾億の風に吹かれた髪たちをいつもの色に染めてください

まだ地上にとどいていない幾億の雨滴をおもう鞄をあけて

★実際の作者

少女らの足裏幾百軽々と春の王墓を踏みつけてゆく 入谷いずみ

霧ふかき谷の工場に幾千の納豆巻の横たわる夜 鯨井可菜子

幾千の種子の眠りを覚まされて発芽してゆく我の肉体 俵万智

楠【くすのき】は幾万の青き実を結び一つ一つはどうするつもり 奥村晃作

同じものばかりを食べて幾万の夜をすごした民のともしび 東直子

幾万の交差点みな赤と青間違うことなく交互に光る あまねそう

幾億の風に吹かれた髪たちをいつもの色に染めてください 柴田瞳

まだ地上にとどいていない幾億の雨滴をおもう鞄をあけて 加藤治郎

★見あげれば

天井の染みに名前を付けている右から順にジョン・トラ・ボルタ

天井に手洗水のてりかへしゆらめく見れば夏は来にけり

天井の木目の渦がゆっくりと銀河に溶ける 死を知りそめて

人質のごとく差し出す履歴書の写真の顔は天井を向く

天井の白にふれては消えていく想像でしかない悲しみは

天井を逆しまにあるゐてゐるやうな頸のだるさを今日もおぼゆる

天井低きホテルに我ら逃げこみぬウォッカオレンジのような二時間

天井に金魚が泳ぐ裕福な家に生まれた醜い娘

★実際の作者

天井の染みに名前を付けている右から順にジョン・トラ・ボルタ 木下龍也

天井に手洗水のてりかへしゆらめく見れば夏は来にけり 三ケ島葭子

天井の木目の渦がゆっくりと銀河に溶ける 死を知りそめて 佐藤弓生

人質のごとく差し出す履歴書の写真の顔は天井を向く 松村正直

天井の白にふれては消えていく想像でしかない悲しみは 東直子

天井を逆しまにあるゐてゐるやうな頸のだるさを今日もおぼゆる 前川佐美雄

天井低きホテルに我ら逃げこみぬウォッカオレンジのような二時間 俵万智

天井に金魚が泳ぐ裕福な家に生まれた醜い娘 榎田純子

★おやめください

口笛を吹くなら小室メロディーはやめろよ記憶の芯が痛いよ

知んないよ昼の世界のことなんか、ウサギの寿命の話はやめて!

逆さまに持つのはやめて冬咲きの薔薇のあたまに血がのぼるから

恋愛のことはやめろと諭されて嫁入り道具の一つか歌も

そのへんでやめておけよと北風の向かうから赤城山がつぶやく

がくがくと夕暮れていくもう君は人の形をやめてください

ははそはの母の話にまじる蝉 帽子のゴムをかむのはおよし

乗るときにやたら車体を触る癖やめてくれよと言われてやめる

★実際の作者

口笛を吹くなら小室メロディーはやめろよ記憶の芯が痛いよ 千葉聡

知んないよ昼の世界のことなんか、ウサギの寿命の話はやめて! 穂村弘

逆さまに持つのはやめて冬咲きの薔薇のあたまに血がのぼるから 杉崎恒夫

恋愛のことはやめろと諭されて嫁入り道具の一つか歌も 俵万智

そのへんでやめておけよと北風の向かうから赤城山がつぶやく 田村元

がくがくと夕暮れていくもう君は人の形をやめてください 永田紅

ははそはの母の話にまじる蝉 帽子のゴムをかむのはおよし 東直子

乗るときにやたら車体を触る癖やめてくれよと言われてやめる 柴田瞳

★まぶしいな

横禿の男が笊で売りあるく青き蜜柑に日の暮れそめぬ

あかがねの色になりたるはげあたまかくの如くに生きのこりけり

禿頭のダンサー匙をふと置いて腕の先より語りはじめる

秋の陽に先生のはげやさしくて楽譜にト音記号を入れる

十円ハゲはいちど百円まであがりデフレにて十円にもどった

ハゲアタマ、ハゲアタマとぞののしりし少年の日は単純なりき

「ひいふうみい……九つここにも禿があり」橋の擬宝珠叩いて渡る

黙礼して過ぎれば何か言いかけてみるみる禿げる御尊父様よ

★実際の作者

横禿の男が笊で売りあるく青き蜜柑に日の暮れそめぬ 吉岡実

あかがねの色になりたるはげあたまかくの如くに生きのこりけり 斎藤茂吉

禿頭のダンサー匙をふと置いて腕の先より語りはじめる 佐藤弓生

秋の陽に先生のはげやさしくて楽譜にト音記号を入れる 東直子

十円ハゲはいちど百円まであがりデフレにて十円にもどった 松木秀

ハゲアタマ、ハゲアタマとぞののしりし少年の日は単純なりき 奥村晃作

「ひいふうみい……九つここにも禿があり」橋の擬宝珠叩いて渡る 永井陽子

黙礼して過ぎれば何か言いかけてみるみる禿げる御尊父様よ 高柳蕗子

★サボテン

たまさかに水をそそげばほの暗きサボテンの土ふうとふくらみ

血の色のサボテンのよう生きているこの世の辻の四角いポスト

ゆふぐれはサボテンと化すこころかな夕陽にトゲが突き刺さりゐる

サボテンはサボテンの子がかわいくて棘にすっぽり包んであげる

スヌーピーのすみかを探す日常をサボテンにまで嗤はれてゐた

神の旅 鋼の把手つよく引きサボテンの花仕舞ふひきだし

サボテンに水をあたえる 寂しさに他の呼び名をふたつあたえる

グレイハウントバスから眺めるサボテンはのどかにラジオ体操しており

★実際の作者

たまさかに水をそそげばほの暗きサボテンの土ふうとふくらみ 佐藤弓生

血の色のサボテンのよう生きているこの世の辻の四角いポスト 井辻朱美

ゆふぐれはサボテンと化すこころかな夕陽にトゲが突き刺さりゐる 永井陽子

サボテンはサボテンの子がかわいくて棘にすっぽり包んであげる 杉崎恒夫

スヌーピーのすみかを探す日常をサボテンにまで嗤はれてゐた 荻原裕幸

神の旅 鋼の把手つよく引きサボテンの花仕舞ふひきだし 古谷空色

サボテンに水をあたえる 寂しさに他の呼び名をふたつあたえる 法橋ひらく

グレイハウントバスから眺めるサボテンはのどかにラジオ体操しており 田中章義

★スシ

コンビニ中のお寿司二人であおむけに楽にしてやる夜討ち朝焼け

夫婦にて働くさまを見ておりぬ小さな町の小さな寿司屋

オセキハン・オニギリ・オスシ・クリゴハン・・・おんがくには2人の指揮者がいる

革靴が流れてきてもチャップリンのように食べてる回転寿司屋

回転の寿司こそよけれ軍艦もイクラをのせてイラクへいかず

いっぴきの蛾の全力であらわれてお寿司のうえをはばたき渡る

スーパーの寿司のまぐろはひとつずつ白くきれいなものに張り付く

アメリカのまみみたい娘【こ】がSUSHI【寿司】をみて、ははーん、だからMAH-JONG【麻雀】なんだ

★実際の作者

コンビニ中のお寿司二人であおむけに楽にしてやる夜討ち朝焼け 鈴木有機

夫婦にて働くさまを見ておりぬ小さな町の小さな寿司屋 俵万智

オセキハン・オニギリ・オスシ・クリゴハン・・・おんがくには2人の指揮者がいる 杉山モナミ

革靴が流れてきてもチャップリンのように食べてる回転寿司屋 松木秀

回転の寿司こそよけれ軍艦もイクラをのせてイラクへいかず 吉岡生夫

いっぴきの蛾の全力であらわれてお寿司のうえをはばたき渡る 内山晶太

スーパーの寿司のまぐろはひとつずつ白くきれいなものに張り付く 鯨井可菜子

アメリカのまみみたい娘【こ】がSUSHI【寿司】をみて、ははーん、だからMAH-JONG【麻雀】なんだ 穂村弘

■2014年1月~

★たたかう

探偵が犯人である頁過ぎ最終章をヒトはたたかう

どのような闘いかたも胸張らせてくれず闘うたたかうだなんて

「愛は勝つ」と歌う青年 愛と愛が戦うときはどうなるのだろう

ベーゴマのたたかう音が消えるとき隣町からゆうやみがくる

軒下に正座しながら縄文の風を含んだ土と闘う

わたしたち戦う意味は知らないし花火を綺麗と思ってしまう

約一名闘う主婦がむんむんと夜中覚醒しているのです

さかしまな闘う女それなのに ナリタイモノニハマダナレナイ

★実際の作者

探偵が犯人である頁過ぎ最終章をヒトはたたかう 川合大祐

どのような闘いかたも胸張らせてくれず闘うたたかうだなんて 平井弘

「愛は勝つ」と歌う青年 愛と愛が戦うときはどうなるのだろう 俵万智

ベーゴマのたたかう音が消えるとき隣町からゆうやみがくる 笹公人

軒下に正座しながら縄文の風を含んだ土と闘う 本多忠義

わたしたち戦う意味は知らないし花火を綺麗と思ってしまう 野口あや子

約一名闘う主婦がむんむんと夜中覚醒しているのです 久保芳美

さかしまな闘う女それなのに ナリタイモノニハマダナレナイ 榎田純子

★しらない(前編)

春の子は恋もシアン化カリウムの漏えい措置もたぶん知らない

この家にくるひとは眼鏡がすごく曇るっていうそんなのしらない

一家あげ写真館にてアリバイづくりよそゆき顔で何も知らない

駅長の頬そめたあと遠ざかるハロゲン・ランプは海を知らない

八月の暦がひらり「会えない」と「会わない」の差を君は知らない

ブックエンド贈れば非道な女だと罵るお前は歌も知らない

川の街わたりわたりて行き交うに川の前世をたれも知らない

旋律のうねりを波に喩えつつ王も王妃も海を知らない

★実際の作者

春の子は恋もシアン化カリウムの漏えい措置もたぶん知らない 笹井宏之

この家にくるひとは眼鏡がすごく曇るっていうそんなのしらない 雪舟えま

一家あげ写真館にてアリバイづくりよそゆき顔で何も知らない 笠井烏子

駅長の頬そめたあと遠ざかるハロゲン・ランプは海を知らない 東直子

八月の暦がひらり「会えない」と「会わない」の差を君は知らない 俵万智

ブックエンド贈れば非道な女だと罵るお前は歌も知らない 柳谷あゆみ

川の街わたりわたりて行き交うに川の前世をたれも知らない 佐藤弓生

旋律のうねりを波に喩えつつ王も王妃も海を知らない 佐藤弓生

★しらない(後編)

ねえさんのスカーフすべすべ ぼくはまだ夢のうちあけかたをしらない

天気予報ばかり気にするあの人はヨシキリという鳥を知らない

立入禁止区域に雨が滞る わたしたちのことみんなしらない

ざくざくと凍み雪つぶしゐる坊や浅川マキの声を知らない

鳥の絵のくるくるまわる夢を見きそれからさきの君を知らない

水草にひしめく愛をすりぬけて光はたわむことを知らない

だしぬけに孤独のことを言う だって 銀河は銀河の顔を知らない

冬晴れの大通り【ブールヴァール】をあるきつつあなたの貌をついに知らない

★実際の作者

ねえさんのスカーフすべすべ ぼくはまだ夢のうちあけかたをしらない 加藤治郎

天気予報ばかり気にするあの人はヨシキリという鳥を知らない 渡邊志保

立入禁止区域に雨が滞る わたしたちのことみんなしらない 東直子

ざくざくと凍み雪つぶしゐる坊や浅川マキの声を知らない 辰巳泰子

鳥の絵のくるくるまわる夢を見きそれからさきの君を知らない 三好のぶ子

水草にひしめく愛をすりぬけて光はたわむことを知らない 佐藤弓生

だしぬけに孤独のことを言う だって 銀河は銀河の顔を知らない 佐藤弓生

冬晴れの大通り【ブールヴァール】をあるきつつあなたの貌をついに知らない 佐藤弓生

★ゆるゆる

ビラカンサ夜の火の棘死の方へわれらまづゆるゆるとまゐらう

卵黄のゆるゆる流れてゆくようにあなたの恋ははじまっている

ねじ花のねじゆるゆると咲きつぎてこの子に淡き記憶力生るる

地球【テラ】に軟禁される生物ゆるゆると髪とかいうもの洗いおわんぬ

バーの客ゆるゆる減ってこの人とカップルみたいに取り残される

たしかなるものありやなし三月の牡蠣ゆるゆると胃に腐れり

とにかくにTVをつければゆるゆると傾く脳も世界とつながる

ゆるゆるとガーゼに苺包みつつある日つつましく膝を立ており

★実際の作者

ビラカンサ夜の火の棘死の方へわれらまづゆるゆるとまゐらう 塚本邦雄

卵黄のゆるゆる流れてゆくようにあなたの恋ははじまっている 東直子

ねじ花のねじゆるゆると咲きつぎてこの子に淡き記憶力生るる 前田康子

地球【テラ】に軟禁される生物ゆるゆると髪とかいうもの洗いおわんぬ 大滝和子

バーの客ゆるゆる減ってこの人とカップルみたいに取り残される 柴田瞳

たしかなるものありやなし三月の牡蠣ゆるゆると胃に腐れり 西王燦

とにかくにTVをつければゆるゆると傾く脳も世界とつながる 笠井烏子

ゆるゆるとガーゼに苺包みつつある日つつましく膝を立ており 加藤治郎

★肘

下顎の痛む夜ゆえ肘をつきサル科のヒトは物思いする

両肘をからませその場を踏み鳴らす怒りは垂直のままにあるべし

テニス肘若かりし日の母を知らねど肘とおぼしき骨の一片

あらわなる肘より先を差し入れてあなたの無菌操作うつくし

窓に向く肘掛け椅子は束の間の月の光を腕に抱く

塩壷と梅干壷と陽の下に肘きりきりと磨き夏を待つ

片肘をついたころから言の葉に蔦がからんでゆくバーの夜

手首から肘まで黒き毛の渦まく腕のとなりに三時間をり

★実際の作者

下顎の痛む夜ゆえ肘をつきサル科のヒトは物思いする 田中槐

両肘をからませその場を踏み鳴らす怒りは垂直のままにあるべし 井辻朱美

テニス肘若かりし日の母を知らねど肘とおぼしき骨の一片 鈴木照子

あらわなる肘より先を差し入れてあなたの無菌操作うつくし 永田紅

窓に向く肘掛け椅子は束の間の月の光を腕に抱く 伊津野重美

塩壷と梅干壷と陽の下に肘きりきりと磨き夏を待つ 斎藤史

片肘をついたころから言の葉に蔦がからんでゆくバーの夜 田村元

手首から肘まで黒き毛の渦まく腕のとなりに三時間をり 花鳥佰

★膝

いつもわたしとおなじ飛行機にのっている膝カックンはへんなカックン

相槌のリズムで啜るジンバック とにかく膝が近い。近いよ

その膝に枕しつつも/我がこころ/思ひしはみな我のことなり

ぼくたちは時間を降りているのかな膝をふわふわ笑わせながら

膝ひらいて搬ばれながらどのような恥かしくなき倒されかたが_

夏空の飛び込み台に立つ人の膝には永遠【えいえん】のカサブタありき

春 はつか膝をひらいてあずかったあなたのあたまもてあましつつ

ファックスを白鳥といひし人ありきいま膝に乗る白鳥のことば

その膝の傷に口づけしたる夏 まぐれみたいに優しかったね

★実際の作者

いつもわたしとおなじ飛行機にのっている膝カックンはへんなカックン 杉山モナミ

相槌のリズムで啜るジンバック とにかく膝が近い。近いよ 柴田瞳

その膝に枕しつつも/我がこころ/思ひしはみな我のことなり 石川啄木

ぼくたちは時間を降りているのかな膝をふわふわ笑わせながら 東直子

膝ひらいて搬ばれながらどのような恥かしくなき倒されかたが_ 平井弘

夏空の飛び込み台に立つ人の膝には永遠【えいえん】のカサブタありき 穂村弘

春 はつか膝をひらいてあずかったあなたのあたまもてあましつつ 佐藤弓生

ファックスを白鳥といひし人ありきいま膝に乗る白鳥のことば 坂井修一

その膝の傷に口づけしたる夏 まぐれみたいに優しかったね 飯田有子

★切符

一首より多くの文字の印【シル】された切符が導く夕日の街へ

地下鉄の切符に鋏いれられてまた確かめているその決意

鳥を飼うことのなかったいままでが切符だらけのひきだしにある

ワンダーランドという言葉 その気持ちわるさに震え切符は燃えた

凸入れし[こどものくに]へゆくきっぷ兄のズボンに忍ばせて待つ

完璧な所作で一枚わたされし切符の中の「行」をみつめる

鉄道で自殺するにも改札を通る切符の代金は要る

山の手町がさくらの花に霞む日にわが旅行切符きられたるなれ

★実際の作者

一首より多くの文字の印【シル】された切符が導く夕日の街へ 千葉聡

地下鉄の切符に鋏いれられてまた確かめているその決意 岸上大作

鳥を飼うことのなかったいままでが切符だらけのひきだしにある 佐藤弓生

ワンダーランドという言葉 その気持ちわるさに震え切符は燃えた 鯨井可菜子

凸入れし[こどものくに]へゆくきっぷ兄のズボンに忍ばせて待つ あまねそう

完璧な所作で一枚わたされし切符の中の「行」をみつめる 東直子

鉄道で自殺するにも改札を通る切符の代金は要る 山田航

山の手町がさくらの花に霞む日にわが旅行切符きられたるなれ 斎藤史

★ゲーム

俺の名前で○×ゲームするなって井上くんが怒っています

矢印にみちびかれゆく夜のみち死んだ友とのおかしなゲーム

奥州の野は麦の秋寝たふりをしてる間にゲームは終われ

浴槽に浮かんだ写真ほほえみは遠い伝言ゲームのように

あまやかな言語ゲームの振出しに舌を出す死よ泡立つ「ブルー」

「人生はゲーム」と南佳孝が歌い下りのスロープ永し

リセットという羨【とも】しき機能を持つゲーム鞄に下げて少女らは行く

五円玉 夜中のゲームセンターで春はとっても遠いとおもう

★実際の作者

俺の名前で○×ゲームするなって井上くんが怒っています 柴田瞳

矢印にみちびかれゆく夜のみち死んだ友とのおかしなゲーム 杉崎恒夫

奥州の野は麦の秋寝たふりをしてる間にゲームは終われ 入谷いずみ

浴槽に浮かんだ写真ほほえみは遠い伝言ゲームのように 東直子

あまやかな言語ゲームの振出しに舌を出す死よ泡立つ「ブルー」 江田浩司

「人生はゲーム」と南佳孝が歌い下りのスロープ永し 藤原龍一郎

リセットという羨【とも】しき機能を持つゲーム鞄に下げて少女らは行く 俵万智

五円玉 夜中のゲームセンターで春はとっても遠いとおもう 永井祐

★禁止

泣くことは許されません頭蓋では夏の発芽がもう始まった

指も息も「ガラスにふれてはなりません」おそらく命は時間を殺す

知らないひとについて行ってはいけませんたとえばあの夕陽など

人魚などいけません今宵とげとげと発語しながらよそる薄荷飯

はしゃいでもかまわないけどまたがった木馬の顔をみてはいけない

そんなこと簡単に言つちやあいけない 薄明を互みに告げてすれちがひたる

家計簿をきちんとつけているような人を不幸にしてはいけない

わたくしは死んではいけないわたくしが死ぬときあなたがほんたうに死ぬ

★実際の作者

泣くことは許されません頭蓋では夏の発芽がもう始まった 田中槐

指も息も「ガラスにふれてはなりません」おそらく命は時間を殺す 井辻朱美

知らないひとについて行ってはいけませんたとえばあの夕陽など 佐藤弓生

人魚などいけません今宵とげとげと発語しながらよそる薄荷飯 高柳蕗子

はしゃいでもかまわないけどまたがった木馬の顔をみてはいけない 穂村弘

そんなこと簡単に言つちやあいけない 薄明を互みに告げてすれちがひたる 辰巳泰子

家計簿をきちんとつけているような人を不幸にしてはいけない 俵万智

わたくしは死んではいけないわたくしが死ぬときあなたがほんたうに死ぬ 永田和宏

★あれでなくこれだ(前編)

わたくしは少女ではなく土踏まずもたない夏の皇帝だった

隣人にはじめて声をかけられる「おはよう」でなく「たすけてくれ」と

槍を持つドン・キホーテではありませんあれは八月の避雷針です

砂時計のあれは砂ではありません無数の0がこぼれているのよ

真夜中の窓に来たのは世界一好きな少女、ではなくて雪です

六月のアイコンタクト人にではなく花束に三たびぶつかる

サツマイモのイモではなくて赤い茎食いて育ちき少年われは

カンヴァスの白ではなくて丹念に塗りこめられた白なり津軽

★実際の作者

わたくしは少女ではなく土踏まずもたない夏の皇帝だった 飯田有子

隣人にはじめて声をかけられる「おはよう」でなく「たすけてくれ」と 木下龍也

槍を持つドン・キホーテではありませんあれは八月の避雷針です 杉崎恒夫

砂時計のあれは砂ではありません無数の0がこぼれているのよ 杉崎恒夫

真夜中の窓に来たのは世界一好きな少女、ではなくて雪です 松平修文

六月のアイコンタクト人にではなく花束に三たびぶつかる 杉山モナミ

サツマイモのイモではなくて赤い茎食いて育ちき少年われは 奥村晃作

カンヴァスの白ではなくて丹念に塗りこめられた白なり津軽 俵万智

★あれでなくこれだ(後編)

SでなくMでもなくてNでしてニュートラルにてノータリンです

むこうからやってくるのは馬だろうブルース・ウィリスではないだろう

おそはるの雨デジタルに降り出して変わるのではなく戻るのだろうか

「あの、それはドアではなくて空です」と うろたえながらメガホンをとる

「中央線ではなく西武鉄道を自殺に選ぶ程度の個性」 松木秀

過ぎるたびなにやらひとりになる カーブ、あれは海ではなくてダマスカス

海ではなく大都市に流れ着くことのどうしようもなき両手を洗う

ママンあれはぼくの鳥だねママンママンぼくの落とした砂じゃないよね

★実際の作者

SでなくMでもなくてNでしてニュートラルにてノータリンです 久保芳美

むこうからやってくるのは馬だろうブルース・ウィリスではないだろう 木下龍也

おそはるの雨デジタルに降り出して変わるのではなく戻るのだろうか 杉山モナミ

「あの、それはドアではなくて空です」と うろたえながらメガホンをとる 笹井宏之

「中央線ではなく西武鉄道を自殺に選ぶ程度の個性」 松木秀

過ぎるたびなにやらひとりになる カーブ、あれは海ではなくてダマスカス 柳谷あゆみ

海ではなく大都市に流れ着くことのどうしようもなき両手を洗う 齋藤芳生

ママンあれはぼくの鳥だねママンママンぼくの落とした砂じゃないよね 東直子

★私ではない

芍薬の茎のかそけさ苦しんでいるのは水だわたし、ではなく

もう顔と名前が一致しないとかではなく僕が一致してない

ぼくの知らない人にほめられているぼくはぼくではなくてたぶん柴犬

転がっているのは一個の空き壜だワインを飲んだ私ではない

俺でなくぼくでもなくて「ここにいるこの子」と呼んでみたい、自分を

油でもさすか空しかみえないしけれどわたしは空ではないし

海のようなわたしではない ぬるま湯を満たして帆布の鞄を洗う

ベーコンが次々跳んでわたしではないひとになることができない

★実際の作者

芍薬の茎のかそけさ苦しんでいるのは水だわたし、ではなく 天道なお

もう顔と名前が一致しないとかではなく僕が一致してない 木下龍也

ぼくの知らない人にほめられているぼくはぼくではなくてたぶん柴犬 牧野芝草

転がっているのは一個の空き壜だワインを飲んだ私ではない 杉崎恒夫

俺でなくぼくでもなくて「ここにいるこの子」と呼んでみたい、自分を 俵万智

油でもさすか空しかみえないしけれどわたしは空ではないし 望月裕二郎

海のようなわたしではない ぬるま湯を満たして帆布の鞄を洗う 柳谷あゆみ

ベーコンが次々跳んでわたしではないひとになることができない 兵庫ユカ

★タコさん

よろこびの失はれたる海ふかく足閉ぢて章魚の類は凍らむ

まっ青な蛸が欲しくてシュノーケル咬めば泡・泡・泡に抱かれる

むずがゆいかさぶたのごとなつかしい人と見つめる蛸の酢の物

蛸が自分の足食うごとくみずからの作品創るあわれを読みぬ

タコが釣れるかもしれません海沿いの地下鉄ホームと電車の隙間

二百円で買ったゆううつタコ焼きの湯気にちぢれていく花がつお

海近き中学なれば蛸壺をみんなでえがく美術の時間

寂しさに海を覗けばあはれあはれ章魚【たこ】逃げてゆく真昼の光

★実際の作者

よろこびの失はれたる海ふかく足閉ぢて章魚の類は凍らむ 中城ふみ子

まっ青な蛸が欲しくてシュノーケル咬めば泡・泡・泡に抱かれる 穂村弘

むずがゆいかさぶたのごとなつかしい人と見つめる蛸の酢の物 東直子

蛸が自分の足食うごとくみずからの作品創るあわれを読みぬ 奥村晃作

タコが釣れるかもしれません海沿いの地下鉄ホームと電車の隙間 杉崎恒夫

二百円で買ったゆううつタコ焼きの湯気にちぢれていく花がつお 杉崎恒夫

海近き中学なれば蛸壺をみんなでえがく美術の時間 高野公彦

寂しさに海を覗けばあはれあはれ章魚【たこ】逃げてゆく真昼の光 北原白秋

★イカさん

特大のアオリイカ浮く水槽に百億の死をみつけてしまう

大王イカの長身にさむく対峙して海の左手 気圏の右手

夜の道来つつし見れば凍りたる立方体の烏賊(いか)をほどける

冷蔵庫から取りだしたヤリイカの目玉のひかりひえびえと昼

妹の混じる「友だち」カテゴリをきらめくホタルイカが横切る

冷凍のイカリングしろく積み上げてあなたの嘘の放つあかるさ

深閑と氷の上の螢烏賊すきとおり投降のテロリスト

穴子来てイカ来てタコ来てまた穴子来て次ぎ空き皿次ぎ鮪取らむ

★実際の作者

特大のアオリイカ浮く水槽に百億の死をみつけてしまう 田中槐

大王イカの長身にさむく対峙して海の左手 気圏の右手 井辻朱美

夜の道来つつし見れば凍りたる立方体の烏賊(いか)をほどける 玉城徹

冷蔵庫から取りだしたヤリイカの目玉のひかりひえびえと昼 佐藤弓生

妹の混じる「友だち」カテゴリをきらめくホタルイカが横切る 雪舟えま

冷凍のイカリングしろく積み上げてあなたの嘘の放つあかるさ 鯨井可菜子

深閑と氷の上の螢烏賊すきとおり投降のテロリスト 加藤治郎

穴子来てイカ来てタコ来てまた穴子来て次ぎ空き皿次ぎ鮪取らむ 小池光

★ほんとう

藍色の夜に溶けてしまわないようにほんとうの名で呼んでください

一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております

夜ごと背をまるめて辞書をひくうちに本当に梟になってしまふぞ

発売の初年のころは本当に喉に美味【うま】かったスーパードライ

夢の中の街がほんとうにあるような無情に青い翼竜の腹部

本当の男らしさを思うとき階段が逆流をして来る

地区内の全頭殺処分本当にやむを得ざりしか 一二六〇〇〇頭

三年間みんな本当に( )←空欄に好きな言葉を入れ卒業せよ

★実際の作者

藍色の夜に溶けてしまわないようにほんとうの名で呼んでください 北川草子

一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております 山崎方代

夜ごと背をまるめて辞書をひくうちに本当に梟になってしまふぞ 永井陽子

発売の初年のころは本当に喉に美味【うま】かったスーパードライ 奥村晃作

夢の中の街がほんとうにあるような無情に青い翼竜の腹部 井辻朱美

本当の男らしさを思うとき階段が逆流をして来る 吉野裕之

地区内の全頭殺処分本当にやむを得ざりしか 一二六〇〇〇頭 伊藤一彦

三年間みんな本当に( )←空欄に好きな言葉を入れ卒業せよ 千葉聡

■2014年10月~

★へそたち

寄せては返す人恋しさよ 上をゆくカモメの腹にへそを探せり

ほそぼそと出臍の小児【こども】笛を吹く紫蘇の畑の春のゆふぐれ

淡雪をあるけば臍【ほぞ】があたらしい 空と抱きあう力士に出会う

臍がまるで櫻のやうだ掻き分けてかきわけてみる櫻のやうだ

母ならぬ電気毛布のへその緒につながれている一と夜のねむり

いぬのへそ見つけてごらん母いぬが噛み切つたあとのすずしいへそを

ベトナムの臍 港町ホイアンに日本人町ありて 滅びき

ご先祖のお臍のにおいまき散らし月が砕ける 歌えぼるぼる

★実際の作者

寄せては返す人恋しさよ 上をゆくカモメの腹にへそを探せり 石川美南

ほそぼそと出臍の小児【こども】笛を吹く紫蘇の畑の春のゆふぐれ 北原白秋

淡雪をあるけば臍【ほぞ】があたらしい 空と抱きあう力士に出会う 東直子

臍がまるで櫻のやうだ掻き分けてかきわけてみる櫻のやうだ 新明さだみ

母ならぬ電気毛布のへその緒につながれている一と夜のねむり 杉崎恒夫

いぬのへそ見つけてごらん母いぬが噛み切つたあとのすずしいへそを こずえユノ

ベトナムの臍 港町ホイアンに日本人町ありて 滅びき 奥村晃作

ご先祖のお臍のにおいまき散らし月が砕ける 歌えぼるぼる 高柳蕗子

★抱きしめよう

洋梨にナイフを刺せば抱擁の名残りのように芯あたたかし

6月は抱擁機械。だれもみな抱かれて歩くことを恥じない

抱擁に閉ぢしまぶたの暗がりに石切場見ゆ石の母見ゆ

抱擁のひとつひとつは輪郭をうしない美しき花とうがらし

シュレッダーごみ復元のプロたちの息吹を想う抱擁の中

抱擁をしらざる胸の深碧【ふかみどり】ただ一連に雁【かりがね】わたる

流星がやけに飛び交う熱帯夜は龍の抱擁に溶けていました

陶製のつめたき馬の首すじに雨すべるさえとおき抱擁

★実際の作者

洋梨にナイフを刺せば抱擁の名残りのように芯あたたかし 東直子

6月は抱擁機械。だれもみな抱かれて歩くことを恥じない 杉山モナミ

抱擁に閉ぢしまぶたの暗がりに石切場見ゆ石の母見ゆ 水原紫苑

抱擁のひとつひとつは輪郭をうしない美しき花とうがらし 鯨井可菜子

シュレッダーごみ復元のプロたちの息吹を想う抱擁の中 雪舟えま

抱擁をしらざる胸の深碧【ふかみどり】ただ一連に雁【かりがね】わたる 富小路禎子

流星がやけに飛び交う熱帯夜は龍の抱擁に溶けていました 横井紀世江

陶製のつめたき馬の首すじに雨すべるさえとおき抱擁 内山晶太

★かもしれない

にせものかもしれないわたし放尿はするどく長く陶器叩けり

色鉛筆の緑ばかりが減っている我に足りない色かもしれず

この夕べ抱えてかえる温かいパンはわたしの母かもしれない

例えば 羊のようかもしれぬ草の上に押さえてみれば君の力も

洗面器の水面ふるえやまぬなり人語を解す水かもしれず

窓の外に映るランプがほんたうであるかもしれず確かめにゆく

なめらかな肌だったっけ若草の妻ときめてたかもしれぬ掌は

雪よ わたしがすることは運命がわたしにするのかもしれぬこと

★実際の作者

にせものかもしれないわたし放尿はするどく長く陶器叩けり 飯田有子

色鉛筆の緑ばかりが減っている我に足りない色かもしれず 俵万智

この夕べ抱えてかえる温かいパンはわたしの母かもしれない 杉崎恒夫

例えば 羊のようかもしれぬ草の上に押さえてみれば君の力も 平井弘

洗面器の水面ふるえやまぬなり人語を解す水かもしれず 東直子

窓の外に映るランプがほんたうであるかもしれず確かめにゆく 光森裕樹

なめらかな肌だったっけ若草の妻ときめてたかもしれぬ掌は 佐佐木幸綱

雪よ わたしがすることは運命がわたしにするのかもしれぬこと 雪舟えま

★馬と鹿

ながくながく使ひし洗濯ばさみかなバカになつたと言ひつつ捨てる

【「バカになつた」に傍点】

生きてるよ当たり前だろばかやろう俺はウサギじゃねえんだからよ

ばかを乗せ飛び立つ機体朝焼けってばかのひとみにうつくしすぎる

妻は夫を馬鹿だと言ひたがるもので豆の莢むきながら煮ながら

ばか、やめれ 遠くで母の声がする 人差し指で人を差すとき

ここは銀河系のわらじ さむがりや馬鹿者どもがすあしをつっこむ

佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず

コアラのマーチぶちまけてかっとなってさかだちしてばかあちこちすき


★実際の作者

ながくながく使ひし洗濯ばさみかなバカになつたと言ひつつ捨てる 大松達知

生きてるよ当たり前だろばかやろう俺はウサギじゃねえんだからよ 辻井竜一

ばかを乗せ飛び立つ機体朝焼けってばかのひとみにうつくしすぎる 鯨井可菜子

妻は夫を馬鹿だと言ひたがるもので豆の莢むきながら煮ながら 林和清

ばか、やめれ 遠くで母の声がする 人差し指で人を差すとき 柴田瞳

ここは銀河系のわらじ さむがりや馬鹿者どもがすあしをつっこむ 笹井宏之

佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず 小池光

コアラのマーチぶちまけてかっとなってさかだちしてばかあちこちすき 飯田有子

★始発

新橋で乗り込む始発電車には時に呑まれて眠る人々

なまぬるく拒まれていた 明け方のひ弱な雲と始発で帰ろ

少年のように走ってくる電車どこの夕日が始発の駅か

血液型刻んだプレート握りつつ 始発電車に河のきらめき

捨てしにあらず逃げしにあらず能登輪島終着駅はわが始発駅

ひゃっといい始発列車が飛び出してしまった口をあわててふさぐ

夜の人と朝の人とが交差する始発電車の首のびてくる

この町の始発電車は濁らずにててんてててん宙を走るの

★実際の作者

新橋で乗り込む始発電車には時に呑まれて眠る人々 千葉聡

なまぬるく拒まれていた 明け方のひ弱な雲と始発で帰ろ 横井紀世江

少年のように走ってくる電車どこの夕日が始発の駅か 久保明

血液型刻んだプレート握りつつ 始発電車に河のきらめき 穂村弘

捨てしにあらず逃げしにあらず能登輪島終着駅はわが始発駅 三井ゆき

ひゃっといい始発列車が飛び出してしまった口をあわててふさぐ 笹井宏之

夜の人と朝の人とが交差する始発電車の首のびてくる 東直子

この町の始発電車は濁らずにててんてててん宙を走るの 久保芳美

★終電

吊革のいづれを引かば警笛が鳴るかと試す最終電車に

終電に抱きしめられて胸のうち暗きブロッコリーの生えゆく

終電を降りてきれいな思い出を抜けて気付けばああ積もりそう

終電の一本前で帰りますトレンチコートに薔薇色の染み

いま死んでもいいと思える夜ありて異常に白き終電に乗る

終電の窓が切り取る一瞬のおばさんの欠伸を見て僕も

終電を見捨ててふたり灯台のなぞを解いてもまだ月の謎

終電車の吊り革たちが今日遭いしたくさんの手を夢にみている

★実際の作者

吊革のいづれを引かば警笛が鳴るかと試す最終電車に 光森裕樹

終電に抱きしめられて胸のうち暗きブロッコリーの生えゆく 鯨井可菜子

終電を降りてきれいな思い出を抜けて気付けばああ積もりそう 永井祐

終電の一本前で帰りますトレンチコートに薔薇色の染み 柴田瞳

いま死んでもいいと思える夜ありて異常に白き終電に乗る 錦見映理子

終電の窓が切り取る一瞬のおばさんの欠伸を見て僕も 望月裕二郎

終電を見捨ててふたり灯台のなぞを解いてもまだ月の謎 穂村弘

終電車の吊り革たちが今日遭いしたくさんの手を夢にみている 杉崎恒夫

★寝言

「男の子はまるで違うねおしっこの湯気の匂いも叫ぶ寝言も」

いもうとが寝言で愛を叫んでる、天道虫の毒がぐるぐる

耳の穴からひゅるひゅると寝言でて誰かのくちへ戻っていった

おばあちゃんの寝言とまらぬ家じゅうで十円玉が薄目をあける

それだけで会いに来たのか 寝言にて「喫水線までお辞儀できます」

夏の夜のカレー三杯食べてのち寝言にもわれは「うまし」と言ひき

花粉降り積もるくちびる 寝言でも顧客満足とか言わないで

見そこねた映画のやうに知恵熱のきみの寝言のつづきをおもふ

★実際の作者

「男の子はまるで違うねおしっこの湯気の匂いも叫ぶ寝言も」 穂村弘

いもうとが寝言で愛を叫んでる、天道虫の毒がぐるぐる 穂村弘

耳の穴からひゅるひゅると寝言でて誰かのくちへ戻っていった 笹井宏之

おばあちゃんの寝言とまらぬ家じゅうで十円玉が薄目をあける 高柳蕗子

それだけで会いに来たのか 寝言にて「喫水線までお辞儀できます」 飯田有子

夏の夜のカレー三杯食べてのち寝言にもわれは「うまし」と言ひき 田村元

花粉降り積もるくちびる 寝言でも顧客満足とか言わないで 柴田瞳

見そこねた映画のやうに知恵熱のきみの寝言のつづきをおもふ 秋月祐一

★なわとび

灰色の事務机の上しろじろと母乳で縄跳びしている人形

「ねえ、気づいたら暗喩ばかりの中庭でなわとびをとびつづけているの」

髪けむらせ縄跳ぶ少女 ハンガリア少女と遠く恐怖を頒【わか】ち

少女死するまで炎天の縄跳びのみづからの圓駆けぬけられぬ

縄とびす少女の腕のあせばみて青く血脈ふくるる朝なり

縄跳びを教へんと子等を集め来て最も高く跳びをり妻が

夜の路地に縄跳びをする男ゐてぱしぱしと地面をうち鳴らしをり

甘やかに呼ばれて入りし縄跳びの大波小波まだ抜けられぬ

★実際の作者

灰色の事務机の上しろじろと母乳で縄跳びしている人形 飯田有子

「ねえ、気づいたら暗喩ばかりの中庭でなわとびをとびつづけているの」 笹井宏之

髪けむらせ縄跳ぶ少女 ハンガリア少女と遠く恐怖を頒【わか】ち 塚本邦雄

少女死するまで炎天の縄跳びのみづからの圓駆けぬけられぬ 塚本邦雄

縄とびす少女の腕のあせばみて青く血脈ふくるる朝なり 吉岡実

縄跳びを教へんと子等を集め来て最も高く跳びをり妻が 奥村晃作

夜の路地に縄跳びをする男ゐてぱしぱしと地面をうち鳴らしをり 杜澤光一郎

甘やかに呼ばれて入りし縄跳びの大波小波まだ抜けられぬ 久々湊盈子

★ねえ

手作りのつり針にサビ 追憶の味は苦いのねえロビンソン

ねえ二本ともにぎっていてねあかねさすあなたの未来家具のようにね

あつくなりましたねえと声かけて咽喉の奥から透けてゆくひと

ねえ夢に母さんがいたとおいとおいとおい日の母さんがいた

「ねえ、気づいたら暗喩ばかりの中庭でなわとびをとびつづけているの」

今だけを必死に生きていますので「昨日言った」と言われてもねえ

ねえ僕は何を殺した遊ぶ金欲しさにワイングラスを磨く

ねえここに横たわってて良いですか海の静けさつかまえた夜

★実際の作者

手作りのつり針にサビ 追憶の味は苦いのねえロビンソン 北川草子

ねえ二本ともにぎっていてねあかねさすあなたの未来家具のようにね 飯田有子

あつくなりましたねえと声かけて咽喉の奥から透けてゆくひと 東直子

ねえ夢に母さんがいたとおいとおいとおい日の母さんがいた 東直子

「ねえ、気づいたら暗喩ばかりの中庭でなわとびをとびつづけているの」 笹井宏之

今だけを必死に生きていますので「昨日言った」と言われてもねえ 辻井竜一

ねえ僕は何を殺した遊ぶ金欲しさにワイングラスを磨く 木下龍也

ねえここに横たわってて良いですか海の静けさつかまえた夜 柴田瞳

★めぐる

背中からさぐられているさびしさに船は地球のうすかわめぐる

めぐりきてここはしずかな銀歯世界おはなしは空からはじめましょ

両性具有の長き髪垂る回廊をめぐりてたれか青空にいたる

ああ船首 人は美し霜月のすばるすまろう夜半めぐるらう

花の名の気象衛星めぐる夜のきれいで恥知らずな獣たち

やわらかくひとめぐりして完【おわ】るという 次目覚めたらももになろうか

くつおとは薄暮の街を過ぎゆけりつめたい星を巡るキャラバン

せかいじゅうひとふでがきの風めぐるどこからはじめたっていいんだ

★実際の作者

背中からさぐられているさびしさに船は地球のうすかわめぐる 佐藤弓生

めぐりきてここはしずかな銀歯世界おはなしは空からはじめましょ 杉山モナミ

両性具有の長き髪垂る回廊をめぐりてたれか青空にいたる 井辻朱美

ああ船首 人は美し霜月のすばるすまろう夜半めぐるらう 山中智恵子

花の名の気象衛星めぐる夜のきれいで恥知らずな獣たち 穂村弘

やわらかくひとめぐりして完【おわ】るという 次目覚めたらももになろうか 柳谷あゆみ

くつおとは薄暮の街を過ぎゆけりつめたい星を巡るキャラバン 鯨井可菜子

せかいじゅうひとふでがきの風めぐるどこからはじめたっていいんだ やすたけまり

★目薬(前編)

いちにちの読点としてめぐすりをさすとき吾をうつ蟬時雨

目薬の成分表をよみあげる声ゆるやかに春の消灯

このみずは、目薬? ここにないものになりたいわけは きっと、目薬。

確信が罪にちかづくゆうぐれをあやまちて頬にさせる目ぐすり

目薬の一滴で眼がいっぱいになりいたる子よ我を見つめる

目薬のつめたき雫したたれば心に開く菖蒲【あやめ】むらさき

のけぞりて目薬をさすにんげんの頸は90度まがらぬものなり

句読点をどこに落としてきたんだろう 左目に差すぬるい目薬

★実際の作者

いちにちの読点としてめぐすりをさすとき吾をうつ蟬時雨 光森裕樹

目薬の成分表をよみあげる声ゆるやかに春の消灯 北川草子

このみずは、目薬? ここにないものになりたいわけは きっと、目薬。 杉山モナミ

確信が罪にちかづくゆうぐれをあやまちて頬にさせる目ぐすり 穂村弘

目薬の一滴で眼がいっぱいになりいたる子よ我を見つめる 前田康子

目薬のつめたき雫したたれば心に開く菖蒲【あやめ】むらさき 岡部桂一郎

のけぞりて目薬をさすにんげんの頸は90度まがらぬものなり 杉崎恒夫

句読点をどこに落としてきたんだろう 左目に差すぬるい目薬 柴田瞳

★目薬(後編)

めぐすりをみぎめひだりめつかひわく 夏来たりなばもうひとつ来よ

目薬の遮光袋をきゅっと閉じいつか訪れたい町の数

すでになにごともなけれど目薬が鞄の中で泡だっている

性欲が目薬のように落ちてきてかみなりのそらいっぱいの自殺がみえる

ともかくも眠るとききて壁面に大きな影が目薬をさす

目薬をこわがる妹のためにプラネタリウムに放て鳥たち

めぐすりを差したるのちの瞑目に破船のしづくしたたりにけり

目薬をさしてる人ののどぼとけ曝されているやさしさはよい

★実際の作者

めぐすりをみぎめひだりめつかひわく 夏来たりなばもうひとつ来よ 光森裕樹

目薬の遮光袋をきゅっと閉じいつか訪れたい町の数 柴田瞳

すでになにごともなけれど目薬が鞄の中で泡だっている 佐藤弓生

性欲が目薬のように落ちてきてかみなりのそらいっぱいの自殺がみえる 瀬戸夏子

ともかくも眠るとききて壁面に大きな影が目薬をさす 杉崎恒夫

目薬をこわがる妹のためにプラネタリウムに放て鳥たち 穂村弘

めぐすりを差したるのちの瞑目に破船のしづくしたたりにけり 葛原妙子

目薬をさしてる人ののどぼとけ曝されているやさしさはよい 田中槐

★どうしても

どうしても思ひ出せない夏がある滝壺のふちに口つけて飲む

どうしても声のかわりに鹿が出る あぶないっていうだけであぶない

どうしてもいやになれない 戦争よ もっとはらわたはみだしてみて

どうしてもこの集団の指先は雲雀の卵を潰してしまふ

どうしても消去できない悲しみの隠しファイルが一個あります

どうしても歩幅の合わぬ石段をのぼり続けている夢の中

どうしてもあなたへかへる感情のあるいは稜線のごとき起伏は

どうしても<父たち>としか語れない元型がある 戦ひしものら

★実際の作者

どうしても思ひ出せない夏がある滝壺のふちに口つけて飲む こずえユノ

どうしても声のかわりに鹿が出る あぶないっていうだけであぶない 笹井宏之

どうしてもいやになれない 戦争よ もっとはらわたはみだしてみて 佐藤弓生

どうしてもこの集団の指先は雲雀の卵を潰してしまふ 山田富士郎

どうしても消去できない悲しみの隠しファイルが一個あります 杉崎恒夫

どうしても歩幅の合わぬ石段をのぼり続けている夢の中 俵万智

どうしてもあなたへかへる感情のあるいは稜線のごとき起伏は 中山明

どうしても<父たち>としか語れない元型がある 戦ひしものら 井辻朱美

★跳ねる(前編)

海にふる雨より醒めぬレコードの溝の終りに針は跳ねつつ

水中より一尾の魚跳ねいでてたちまち水のおもて合はさりき

墓石店【ぼせきてん】春泥はねて運命のごとくに墓を磨く人あり

爪先で水を跳ねあげ虹にする 好きで嫌いな誰かのために

飛ぶ雪の世界に凍る跳ね橋にはつこいびとの名を冠したり

公園のすべての青を洋服に吸わせて夏のぼくらは跳ねる

知らぬ間に解けてしまつた靴紐がぴちぴち跳ねて夏がはじまる

たった一つのこころと跳ねるきもちありいくつもの重心わたしに積もる

★実際の作者

海にふる雨より醒めぬレコードの溝の終りに針は跳ねつつ 加藤治郎

水中より一尾の魚跳ねいでてたちまち水のおもて合はさりき 葛原妙子

墓石店【ぼせきてん】春泥はねて運命のごとくに墓を磨く人あり 石田比呂志

爪先で水を跳ねあげ虹にする 好きで嫌いな誰かのために 千葉聡

飛ぶ雪の世界に凍る跳ね橋にはつこいびとの名を冠したり 穂村弘

公園のすべての青を洋服に吸わせて夏のぼくらは跳ねる 田中ましろ

知らぬ間に解けてしまつた靴紐がぴちぴち跳ねて夏がはじまる 山田航

たった一つのこころと跳ねるきもちありいくつもの重心わたしに積もる 杉山モナミ

★跳ねる(後編)

生まれたての仔猫の青い目のなかでぴちぴち跳ねている寄生虫

「愛」という形に口をうごかしてもつまらないだから跳ね起きる

ドラムスの撥に合せて跳ねまわる鼓膜の裏の古きアメリカ

鈍行のはねる夕陽によろめけばどう転んでもあなたは遠い

とびはねて君がバナナをもぐたびにすすり笑う不憫な妹さん

弾丸は二発ぶちこむべしべしとブリキのように頭は跳ねて

交差路にともに在ること能(あた)はねば車は人を跳ね飛ばしたり

光あび電子は跳ねてうごめくよ足並みそろえりゃ太陽電池

★実際の作者

生まれたての仔猫の青い目のなかでぴちぴち跳ねている寄生虫 穂村弘

「愛」という形に口をうごかしてもつまらないだから跳ね起きる 陣崎草子

ドラムスの撥に合せて跳ねまわる鼓膜の裏の古きアメリカ 澤田順

鈍行のはねる夕陽によろめけばどう転んでもあなたは遠い 増尾ラブリー

とびはねて君がバナナをもぐたびにすすり笑う不憫な妹さん 高柳蕗子

弾丸は二発ぶちこむべしべしとブリキのように頭は跳ねて 加藤治郎

交差路にともに在ること能(あた)はねば車は人を跳ね飛ばしたり 内藤明

光あび電子は跳ねてうごめくよ足並みそろえりゃ太陽電池 筑井隆

★交差点

交差点その真ん中で秋雨を聴いた 母音で終わる宿命

〈自転車に乗りながら書いた手紙〉から大雪の交差点の匂い

セミナーのビラは交差点に散乱す「神経症は君だけじゃない」

着ぶくれて行くスクランブル交差点 翼をたたんだ番のように

交差点を行く傘の群れなぜ皆さんさう簡単に生きられますか

交差点の信号がみな赤になる一瞬ずつを集めて投げる

交差点でならんで嗅いだ排気ガス三時の月のゆくえは知れず

骨盤のゆがみをなおすおかゆです、鮭フレークが降る交差点

★実際の作者

交差点その真ん中で秋雨を聴いた 母音で終わる宿命 千葉聡

〈自転車に乗りながら書いた手紙〉から大雪の交差点の匂い 穂村弘

セミナーのビラは交差点に散乱す「神経症は君だけじゃない」 中沢直人

着ぶくれて行くスクランブル交差点 翼をたたんだ番のように 俵万智

交差点を行く傘の群れなぜ皆さんさう簡単に生きられますか 山田航

交差点の信号がみな赤になる一瞬ずつを集めて投げる 佐伯紺

交差点でならんで嗅いだ排気ガス三時の月のゆくえは知れず 佐藤弓生

骨盤のゆがみをなおすおかゆです、鮭フレークが降る交差点 笹井宏之

★すれちがう

風の交叉点すれ違うとき心臓に全治二秒の手傷を負えり

夕闇の交叉点にてすれちがう若き日の我はいたく急げり

この風のなかすれちがふ絵皿のやうにわたしとそなたの永遠のたましひ

お相撲さんとすれちがう度にんげんについてハッと考えてきた

針と針すれちがふとき幽【かす】かなるためらひありて時計のたましひ

すれちがう人のどれかは天からの使者であるかもしれない登山

ていねいに図を描くのみの答案に流水算の舟すれちがふ

菖蒲村字走水【しやうぶむらあざはしりみづ】水中にみどりごとちちははがすれちがふ

★実際の作者

風の交叉点すれ違うとき心臓に全治二秒の手傷を負えり 穂村弘

夕闇の交叉点にてすれちがう若き日の我はいたく急げり 齋藤史

この風のなかすれちがふ絵皿のやうにわたしとそなたの永遠のたましひ 井辻朱美

お相撲さんとすれちがう度にんげんについてハッと考えてきた 杉山モナミ

針と針すれちがふとき幽【かす】かなるためらひありて時計のたましひ 水原紫苑

すれちがう人のどれかは天からの使者であるかもしれない登山 木下龍也

ていねいに図を描くのみの答案に流水算の舟すれちがふ 光森裕樹

菖蒲村字走水【しやうぶむらあざはしりみづ】水中にみどりごとちちははがすれちがふ 塚本邦雄

★ラーメン

太平洋高気圧列島に張り出してトンコツラーメン〈キムチ入り〉食う

ラーメンに眼鏡が曇る春の雪低い空からふっふっと飛ぶ

世界じゅうのラーメンスープを泳ぎきりすりきれた龍おやすみなさい

湯の中にわれの知らざる三分をのたうち回るカップラーメン

面白きこともなき世のラーメンにちよつと加へる行者ニンニク

ラーメンの湯気の中にはいつだってシャワーを浴びるメーテルがいた

あやまりたいし別れたいしラーメンにぶちまけているかやくの袋

よせて引く大闇小闇のとらやあやあ父島ラーメン母島ラーメン

★実際の作者

太平洋高気圧列島に張り出してトンコツラーメン〈キムチ入り〉食う 奥村晃作

ラーメンに眼鏡が曇る春の雪低い空からふっふっと飛ぶ 入谷いずみ

世界じゅうのラーメンスープを泳ぎきりすりきれた龍おやすみなさい 雪舟えま

湯の中にわれの知らざる三分をのたうち回るカップラーメン 田村元

面白きこともなき世のラーメンにちよつと加へる行者ニンニク 田村元

ラーメンの湯気の中にはいつだってシャワーを浴びるメーテルがいた 笹公人

あやまりたいし別れたいしラーメンにぶちまけているかやくの袋 鯨井可菜子

よせて引く大闇小闇のとらやあやあ父島ラーメン母島ラーメン 高柳蕗子

★一分~四分

「一分で食えたら無料【ただ】にしろ」なんて言う中村をみんなで殴る

七時間かけたレポート助教授は一分弱でBとつけおり

駅歩二分新築南東角部屋のようでありたい新人ゴトウ

白【はく】驟雨過ぎたるのちの二、三分街ぢゆうに空【くう】のにほひ満ちたり

三分でレースが終わる菊花賞はカップラーメン作りに適す

駅までのラストスパート三分で殺し文句をくれなきゃ帰る

四分間ジャムが煮え立つ夜の中 今日のはなしを今日するために

してもらうことの嬉しさ君が作る四分半のボイルドエッグ

★実際の作者

「一分で食えたら無料【ただ】にしろ」なんて言う中村をみんなで殴る 千葉聡

七時間かけたレポート助教授は一分弱でBとつけおり あまねそう

駅歩二分新築南東角部屋のようでありたい新人ゴトウ 鯨井可菜子

白【はく】驟雨過ぎたるのちの二、三分街ぢゆうに空【くう】のにほひ満ちたり 小島ゆかり

三分でレースが終わる菊花賞はカップラーメン作りに適す 松木秀

駅までのラストスパート三分で殺し文句をくれなきゃ帰る 田丸まひる

四分間ジャムが煮え立つ夜の中 今日のはなしを今日するために 柳谷あゆみ

してもらうことの嬉しさ君が作る四分半のボイルドエッグ 俵万智

★五分

菖蒲湯ぬるし五分沈まば死に得むにそのたのしみは先にのばす

白毛布は銀河の如しその中で5分くらいはもたせてみます

バケツより雑巾【ざふきん】しぼる音ききてそれより後の五分【ごふん】あまりの夢

岩根橋を通る電車を見んとして待てば銀河の五分流れる

一時間たっても来ない ハイソフトキャラメル買ってあと五分待つ

ナポレオンの睡眠時間をうらやんで昼休みあと五分を眠る

五分間レンジで蒸(む)した鶏肉の指もてつまみよく裂けるなり

自分史をためしに作ってみたら三十歳までに五分かかった

★実際の作者

菖蒲湯ぬるし五分沈まば死に得むにそのたのしみは先にのばす 塚本邦雄

白毛布は銀河の如しその中で5分くらいはもたせてみます 無頭鷹

バケツより雑巾【ざふきん】しぼる音ききてそれより後の五分【ごふん】あまりの夢 斎藤茂吉

岩根橋を通る電車を見んとして待てば銀河の五分流れる 俵万智

一時間たっても来ない ハイソフトキャラメル買ってあと五分待つ 俵万智

ナポレオンの睡眠時間をうらやんで昼休みあと五分を眠る 田村元

五分間レンジで蒸(む)した鶏肉の指もてつまみよく裂けるなり 奥村晃作

自分史をためしに作ってみたら三十歳までに五分かかった 辻井竜一

★春の身体

春あさき郵便局に来てみれば液体糊がすきとおり立つ

さびしさに死ぬことなくて春の夜のぶらんこを漕ぐおとなの躯

春なのよ開花開花よからだじゅうポップコーンがはじけるように

痙攣をくりかえしくりかえしする春のからだは、ゆでたまご

夕雲の指をもたないにんげんと交わる春のからだはさびし

明け方のわが枕辺に体温計置きゆきしは白き春の手と思ふ

風いでて白鯨一頭たちまちに解体さるる春の青空

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして

★実際の作者

春あさき郵便局に来てみれば液体糊がすきとおり立つ 大滝和子

さびしさに死ぬことなくて春の夜のぶらんこを漕ぐおとなの躯 内山晶太

春なのよ開花開花よからだじゅうポップコーンがはじけるように 鈴木風花

痙攣をくりかえしくりかえしする春のからだは、ゆでたまご 村上きわみ

夕雲の指をもたないにんげんと交わる春のからだはさびし 佐藤弓生

明け方のわが枕辺に体温計置きゆきしは白き春の手と思ふ 中城ふみ子

風いでて白鯨一頭たちまちに解体さるる春の青空 久々湊盈子

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして 在原業平

■2015・9・13~

★足の裏

足裏の影飼いならし堤防をあるけばいつか着く春の国

着地した足の裏から朝になる繭をほどいて洗面所まで

足裏にあかるい氷あてがわれわたしから離岸していくわたし

テーブルの脚のくらがりひそかなる沼ありてひたす日々の足裏を

健康なる五月の夜はふたひらの足の裏どこへ向けて眠ろう

透明な硝子のうえに夜がきて花のごとくに守宮の足裏

生じろいわが足のうらを見てゐるとあの蛇のやうに意地悪くなる

足裏を離れ地上で踊るのはもう死んでいる自分の影だ

★実際の作者

足裏の影飼いならし堤防をあるけばいつか着く春の国 桐谷麻ゆき

着地した足の裏から朝になる繭をほどいて洗面所まで 法橋ひらく

足裏にあかるい氷あてがわれわたしから離岸していくわたし 田丸まひる

テーブルの脚のくらがりひそかなる沼ありてひたす日々の足裏を 内山晶太

健康なる五月の夜はふたひらの足の裏どこへ向けて眠ろう 杉崎恒夫

透明な硝子のうえに夜がきて花のごとくに守宮の足裏 入谷いずみ

生じろいわが足のうらを見てゐるとあの蛇のやうに意地悪くなる 前川佐美雄

足裏を離れ地上で踊るのはもう死んでいる自分の影だ 作者不詳(進撃短歌)

★だめ

口に火をくわえて向かう人ひとりだめにするため使う言葉と

誕生日(はしゃいではだめ)これからをしまい込んでおく冬の棚

妻と車は似ているんだといいながらあなたは回転恐怖症でドアノブもだめ

渡されたロープ睨んでみるけれどダメあれはもう飛行機雲だ

鹿の角は全方角をさすだめな矢印、よろこぶだめな恋人

触れちゃだめ正夢だもの 夏の夜こびとが嘗めにくる塩だもの

玉手箱ぎゅっとしばった組み紐をほどいてはだめですよ、ソムリエ

忘れ去るべきは温度で寒椿そんなところで燃えるのはだめ

★実際の作者

口に火をくわえて向かう人ひとりだめにするため使う言葉と 雨宮真由

誕生日(はしゃいではだめ)これからをしまい込んでおく冬の棚 井上法子

妻と車は似ているんだといいながらあなたは回転恐怖症でドアノブもだめ 飯田有子

渡されたロープ睨んでみるけれどダメあれはもう飛行機雲だ 法橋ひらく

鹿の角は全方角をさすだめな矢印、よろこぶだめな恋人 雪舟えま

触れちゃだめ正夢だもの 夏の夜こびとが嘗めにくる塩だもの 佐藤弓生

玉手箱ぎゅっとしばった組み紐をほどいてはだめですよ、ソムリエ 東直子

忘れ去るべきは温度で寒椿そんなところで燃えるのはだめ 桐谷麻ゆき

★グレーと灰色

過ぎた駅が薄いグレーになっているわたしに期待してもいいのに

七階のあかるい部屋に染みているよくわからないグレーのにおい

恥ずかしいプレゼントを容れ黒っぼい、いや白っぽいグレーの鞄

灰色の三面記事を切り抜いてそこから見える十代の膝

キリン象みたこともない動物をクレヨンで描く 檻は灰色

三億年の歳月海を漕ぎいたる鮫の裸身のかなしき灰色

ただひとり引きとめてくれてありがとう靴底につく灰色のガム

灰色の事務机の上しろじろと母乳で縄跳びしている人形

★実際の作者

過ぎた駅が薄いグレーになっているわたしに期待してもいいのに 兵庫ユカ

七階のあかるい部屋に染みているよくわからないグレーのにおい 鯨井可菜子

恥ずかしいプレゼントを容れ黒っぼい、いや白っぽいグレーの鞄 中沢直人

灰色の三面記事を切り抜いてそこから見える十代の膝 藤本玲未

キリン象みたこともない動物をクレヨンで描く 檻は灰色 榎田純子

三億年の歳月海を漕ぎいたる鮫の裸身のかなしき灰色 井辻朱美

ただひとり引きとめてくれてありがとう靴底につく灰色のガム 野口あや子

灰色の事務机の上しろじろと母乳で縄跳びしている人形 飯田有子

★しっぽ

だまし絵のしっぽの置き場にしゅたしゅたとふしぎなしろい日がさすようだ

もう頭・首・胸・腹はいっぱいな新幹線のしっぽに座る

わがしっぽのびゆくごとし満月を見上げてわたる横断歩道

あたたかい十勝小豆の鯛焼きのしっぽの辺まで春はきている

冬生まれの小川先生革製のベルトはしっぽ焼く匂いする

絵のなかで尻尾をつけた動物と見つめあう一枚のおじさん

貝になりたいといふなら巻貝になりなさい 尻尾の苦い

私から降りてゆくのは草臥れた尻尾の垂れた不器用な夢

★実際の作者

だまし絵のしっぽの置き場にしゅたしゅたとふしぎなしろい日がさすようだ 井辻朱美

もう頭・首・胸・腹はいっぱいな新幹線のしっぽに座る 木下龍也

わがしっぽのびゆくごとし満月を見上げてわたる横断歩道 糸川雅子

あたたかい十勝小豆の鯛焼きのしっぽの辺まで春はきている 杉崎恒夫

冬生まれの小川先生革製のベルトはしっぽ焼く匂いする 杉山モナミ

絵のなかで尻尾をつけた動物と見つめあう一枚のおじさん 笹井宏之

貝になりたいといふなら巻貝になりなさい 尻尾の苦い 魚村晋太郎

私から降りてゆくのは草臥れた尻尾の垂れた不器用な夢 江田浩司

★ぞっとびくっとひくっと

ぞっとするぞっとするわと自【し】が下肢の薄くなれるをひとは見るたび

しょーもない夢から覚めてほっとしてちょっとしてぞっとするこの傷

眠りながら口笛を吹くその深さを聖夜はぞっと兆すのだよ

ふるい手紙をひらいたら消しかすががたっと動いてびくっとする

ときどきはぴくっと動くこの鳥の最後のことをひかりのことを

なめてたらひくっとしたね海底にまいあがる砂きみはくぷくぷ

お相撲さんとすれちがう度にんげんについてハッと考えてきた

髪を掴まれてひっと言い、あわれな弱いもの振りまわされている

★実際の作者

ぞっとするぞっとするわと自【し】が下肢の薄くなれるをひとは見るたび なみの亜子

しょーもない夢から覚めてほっとしてちょっとしてぞっとするこの傷 増尾ラブリー

眠りながら口笛を吹くその深さを聖夜はぞっと兆すのだよ 高柳蕗子

ふるい手紙をひらいたら消しかすががたっと動いてびくっとする 雪舟えま

ときどきはぴくっと動くこの鳥の最後のことをひかりのことを 岩尾淳子

なめてたらひくっとしたね海底にまいあがる砂きみはくぷくぷ 加藤治郎

お相撲さんとすれちがう度にんげんについてハッと考えてきた 杉山モナミ

髪を掴まれてひっと言い、あわれな弱いもの振りまわされている フラワーしげる

★ひっぱれ

鳥の巣のように溜まっていく髪を排水口からひっぱり上げる

月華燦々孤独はついに木の耳をひっぱったりしてたわむれにけり

右こめかみと左こめかみ白糸でひっぱりあっているような頭痛

おとうとに髪ひっぱられ姉ちゃんは六十年後のはつなつの顔

天頂の月にあたまを引っぱられ冬の小さな町を歩くよ

一枚の布だとしたら引っ張ってこちらを雨にしたいような日

ゲームセンター跡地でちょっと彼女らが靴下留めをひっぱった夏

湖が秋という名の空を抱きその風景がわれを引っ張る

★実際の作者

鳥の巣のように溜まっていく髪を排水口からひっぱり上げる ながや宏高

月華燦々孤独はついに木の耳をひっぱったりしてたわむれにけり 渡辺松男

右こめかみと左こめかみ白糸でひっぱりあっているような頭痛 古野朋子

おとうとに髪ひっぱられ姉ちゃんは六十年後のはつなつの顔 佐藤弓生

天頂の月にあたまを引っぱられ冬の小さな町を歩くよ 吉川宏志

一枚の布だとしたら引っ張ってこちらを雨にしたいような日 木下龍也

ゲームセンター跡地でちょっと彼女らが靴下留めをひっぱった夏 早坂類

湖が秋という名の空を抱きその風景がわれを引っ張る 吉野裕之

★ゼブラゾーン

ゼブラゾーンはさみて人は並べられ神がはじめる黄昏のチェス

夕暮れのゼブラゾーンをビートルズみたいに歩くたったひとりで

夕焼けのゼブラゾーンを渡り来る善人悪人みな夕映えて

影もたぬものもの往けり踏みしめることなく朝のゼブラゾーンを

空をゆく鳥の上には何がある 横断歩道【ゼブラゾーン】に立止まる夏

描きかけのゼブラゾーンに立ち止まり笑顔のような表情をする

盛衰史。渡り切れずにご先祖が、横断歩道【ゼブラゾーン】につくった町の

死者として素足のままに歩みたきゼブラゾーンの白き音階

★実際の作者

ゼブラゾーンはさみて人は並べられ神がはじめる黄昏のチェス 光森裕樹

夕暮れのゼブラゾーンをビートルズみたいに歩くたったひとりで 木下龍也

夕焼けのゼブラゾーンを渡り来る善人悪人みな夕映えて 香川ヒサ

影もたぬものもの往けり踏みしめることなく朝のゼブラゾーンを 佐藤弓生

空をゆく鳥の上には何がある 横断歩道【ゼブラゾーン】に立止まる夏 梅内美華子

描きかけのゼブラゾーンに立ち止まり笑顔のような表情をする 穂村弘

盛衰史。渡り切れずにご先祖が、横断歩道【ゼブラゾーン】につくった町の 鈴木有機

死者として素足のままに歩みたきゼブラゾーンの白き音階 大塚寅彦

★なら・だろう

袖口を水に濡らしてしまうこと雪の日ならばさみしいだろう

ここにある関係すべて水ならばすずしいだろう 楽なのだろう

かたちあるものなら蔓が巻いていくだろうに蔓が心に刺さる

わたくしはたぶん紫外線なのだろうもしも未来が虹色ならば

飛び上がり自殺をきっとするだろう人に翼を与えたならば

夜 空がおんなのこならば指先で突いてるだろうかがやくほくろ

ふれたなら幼い耳であるようにとれそうなノブ、ふれたのだろう

あの青いストッキングに触れたならぶん殴られたりするんだろうな

★実際の作者

袖口を水に濡らしてしまうこと雪の日ならばさみしいだろう 吉野裕之

ここにある関係すべて水ならばすずしいだろう 楽なのだろう 榛葉純

かたちあるものなら蔓が巻いていくだろうに蔓が心に刺さる 溝井亜希子

わたくしはたぶん紫外線なのだろうもしも未来が虹色ならば 松木秀

飛び上がり自殺をきっとするだろう人に翼を与えたならば 木下龍也

夜 空がおんなのこならば指先で突いてるだろうかがやくほくろ 柳谷あゆみ

ふれたなら幼い耳であるようにとれそうなノブ、ふれたのだろう 加藤治郎

あの青いストッキングに触れたならぶん殴られたりするんだろうな 望月裕二郎

★もうすこし・あとすこし

この川は記憶を甘やかす川と雪柳もうすこしだけ見てる

むしろもう少し世界を狭くしてしまうべきではないのでしょうか

とてもよくしてくれたミシンかかえてもう少しあなたを待ってみる

もう少し太いパスタがよいのだがするする進む論を巻き取る

もうちょっと滅茶苦茶な生活がいいはずだったのに何していたの

あと少しの寒さとおもうオーバーの碇もようの大きなボタン

あとすこし、すこしで星に触れそうでこわくて放つ声――これが、声

あと少しのぼれば空が見えますよ抱きしめているもの捨てなさい

★実際の作者

この川は記憶を甘やかす川と雪柳もうすこしだけ見てる 吉岡太朗

むしろもう少し世界を狭くしてしまうべきではないのでしょうか 辻井竜一

とてもよくしてくれたミシンかかえてもう少しあなたを待ってみる 笹井宏之

もう少し太いパスタがよいのだがするする進む論を巻き取る 中沢直人

もうちょっと滅茶苦茶な生活がいいはずだったのに何していたの 辻井竜一

あと少しの寒さとおもうオーバーの碇もようの大きなボタン 杉崎恒夫

あとすこし、すこしで星に触れそうでこわくて放つ声――これが、声 佐藤弓生

あと少しのぼれば空が見えますよ抱きしめているもの捨てなさい 東直子

★足りない

海辺には町も言葉も熱もあるけれど足りない心中理由

甘い水のみほして終点に立つわたしたちには空が足りない

双腕に接岸する喇叭あかるさがいますこし足りないようだ

吸えるだけ枯葉のかおり吸いこんでわたし、かなしみかたがたりない

色鉛筆の緑ばかりが減っている我に足りない色かもしれず

話し足りないように降る三月の雪に離陸をはばまれており

寸法のすこし足りないカーテンに寄りそうような箱庭の春

水を裂く舳先どこまであいしてもあいしてもあいしてもたりない

★実際の作者

海辺には町も言葉も熱もあるけれど足りない心中理由 田丸まひる

甘い水のみほして終点に立つわたしたちには空が足りない 藤本玲未

双腕に接岸する喇叭あかるさがいますこし足りないようだ 井辻朱美

吸えるだけ枯葉のかおり吸いこんでわたし、かなしみかたがたりない 佐藤弓生

色鉛筆の緑ばかりが減っている我に足りない色かもしれず 佐藤弓生

話し足りないように降る三月の雪に離陸をはばまれており 中沢直人

寸法のすこし足りないカーテンに寄りそうような箱庭の春 北川草子

水を裂く舳先どこまであいしてもあいしてもあいしてもたりない 村上きわみ

★かじる その1 果物編

いきなり齧ってはだめ深紅のりんごはどこも痛点だから

バランス良く林檎を齧り合いながら「こころがあるのはこころにわるいね」

夕暮れに齧る林檎の嚙み跡のあなたの感情は担わない

齧りゆく紅き林檎もなかばより歯形を喰べてゐるここちする

りすんみい 齧りついたきりそのままの青林檎まだきらきらの歯型

摘み取られたことにこの子は気づかない、まだ夢みてる苺を囓る

あの日々の歪んだ時間ととのへてゐるかたはらで檸檬を齧る

予感といううすいふくらみ唇をぬらしてアプリコットをかじる

★実際の作者

いきなり齧ってはだめ深紅のりんごはどこも痛点だから 杉崎恒夫

バランス良く林檎を齧り合いながら「こころがあるのはこころにわるいね」 鈴木有機

夕暮れに齧る林檎の嚙み跡のあなたの感情は担わない 堂園昌彦

齧りゆく紅き林檎もなかばより歯形を喰べてゐるここちする 光森裕樹

りすんみい 齧りついたきりそのままの青林檎まだきらきらの歯型 山田航

摘み取られたことにこの子は気づかない、まだ夢みてる苺を囓る 穂村弘

あの日々の歪んだ時間ととのへてゐるかたはらで檸檬を齧る 荻原裕幸

予感といううすいふくらみ唇をぬらしてアプリコットをかじる 東直子

★かじる その2

玻璃の戸をがりがりとかじる夜の風の白き歯すごし我は見むとす

ぶどうパンと信じて齧る一塊にぶどうなかりしような夕暮れ

美術史をかじったことで青年の味覚におこるやさしい変化

その日その風の中にて生徒らとともにかじりし焼きソーセージ

すわりなほして独活かじりつつおもへらく晩年と呼ぶうら若き年

妄想が低く飛ぶ夜はぐにゃぐにゃのかばんを齧る齧って眠る

コーンの先を齧ればなみだするアイスクリームのわが愛しかた

むせながらドーナツかじる制服のこどもかなしいことばかりある

★実際の作者

玻璃の戸をがりがりとかじる夜の風の白き歯すごし我は見むとす 北原白秋

ぶどうパンと信じて齧る一塊にぶどうなかりしような夕暮れ 松村由利子

美術史をかじったことで青年の味覚におこるやさしい変化 笹井宏之

その日その風の中にて生徒らとともにかじりし焼きソーセージ 俵万智

すわりなほして独活かじりつつおもへらく晩年と呼ぶうら若き年 塚本邦雄

妄想が低く飛ぶ夜はぐにゃぐにゃのかばんを齧る齧って眠る 横井紀世江

コーンの先を齧ればなみだするアイスクリームのわが愛しかた 杉崎恒夫

むせながらドーナツかじる制服のこどもかなしいことばかりある 佐藤弓生

★ずる

つきの光に花梨が青く垂れてゐる。ずるいなあ先に時が満ちてて

かげろうを消え入りがてに描いてみせるエミール ガレってずるいんだから

ズル休み朝に流れるせせらぎの(親子愛ってなあに?)だってさ

「二組だけ国語の時間に合唱をやってずるい」と陽だまりで泣く

無神経ずるい最低不誠実ゆびをなめたらにんげんの味

透し細工の鉄看板が掲げられている魔法の青空〈ずるい狐亭〉

ずるいから黙つてゐたのくちびるに触れてちつとも湿らない指

いやな女くそ蝿のような女ずるい女また得をしてあんなきれいな顔

★実際の作者

つきの光に花梨が青く垂れてゐる。ずるいなあ先に時が満ちてて 岡井隆

かげろうを消え入りがてに描いてみせるエミール ガレってずるいんだから 杉崎恒夫

ズル休み朝に流れるせせらぎの(親子愛ってなあに?)だってさ 白辺いづみ

「二組だけ国語の時間に合唱をやってずるい」と陽だまりで泣く 千葉聡

無神経ずるい最低不誠実ゆびをなめたらにんげんの味 鯨井可菜子

透し細工の鉄看板が掲げられている魔法の青空〈ずるい狐亭〉 井辻朱美

ずるいから黙つてゐたのくちびるに触れてちつとも湿らない指 結樹双葉

いやな女くそ蝿のような女ずるい女また得をしてあんなきれいな顔 フラワーしげる

★パズル

空の青保つ役きて地球の蟻は水星人のパズルになった

抱きあえば夜明けの床に蝿と蝿叩きのジグソーパズルばらばら

えびせんの袋がひらききっている深夜のパズルピースの私

欠けてゐるピースの位置を知るためにあをきパズルをふたり黙して

1ピースなくなるだけでこんなにも大きな穴があく子のパズル

永遠に完成されない空があるひとつ足りないジグソーパズル

退屈を好めり天子 ノイシュヴァンシュタイン城のパズルを崩し

霊能を集めて一家がかきまぜるジグソーパズルの父の肖像

★実際の作者

空の青保つ役きて地球の蟻は水星人のパズルになった 青山鉄夫

抱きあえば夜明けの床に蝿と蝿叩きのジグソーパズルばらばら 穂村弘

えびせんの袋がひらききっている深夜のパズルピースの私 笹井宏之

欠けてゐるピースの位置を知るためにあをきパズルをふたり黙して 光森裕樹

1ピースなくなるだけでこんなにも大きな穴があく子のパズル 浅羽佐和子

永遠に完成されない空があるひとつ足りないジグソーパズル 門馬真樹

退屈を好めり天子 ノイシュヴァンシュタイン城のパズルを崩し 佐藤弓生

霊能を集めて一家がかきまぜるジグソーパズルの父の肖像 高柳蕗子

★怪物

生物が触手を持った怪物に襲われている場面に出会う

まみの生理を食べている怪物が宇宙のどこかに潜んでいるわ

のびすぎた菜の花を摘むアルバイトわが怪物が悦んでする

ああ怪物 みんな見あげているくせにいま壊れたよ潰れていたよ

街角にHotto Mottoが増えていきお帰りなさい僕の怪物

怪物が出ると思えば夏が来て あなたは飛んだりしないんですか

「怪物が生まれてくるよ」すぐそこで大道芸が繰り広げられ、

ヴァンという塩の湖【うみ】には怪物が潜むと聞きぬきけば安らぐ

★実際の作者

生物が触手を持った怪物に襲われている場面に出会う (偶然短歌)

まみの生理を食べている怪物が宇宙のどこかに潜んでいるわ 穂村弘

のびすぎた菜の花を摘むアルバイトわが怪物が悦んでする 雪舟えま

ああ怪物 みんな見あげているくせにいま壊れたよ潰れていたよ 柳谷あゆみ

街角にHotto Mottoが増えていきお帰りなさい僕の怪物 天道なお

怪物が出ると思えば夏が来て あなたは飛んだりしないんですか 森屋和

「怪物が生まれてくるよ」すぐそこで大道芸が繰り広げられ、 藤本未奈子

ヴァンという塩の湖【うみ】には怪物が潜むと聞きぬきけば安らぐ 斉藤真伸

★しゃっくり

なんだねえ子供みたいに 背をたたく母しゃっくりはまだとまらない

しゃっくりの「しゃ」でかたまった自分から服剥いで着るあかねさす朝

しゃっくりのためにふたたびずり落ちるプリマドンナの細き肩ひも

しゃっくりの止まらぬ身体もてあましたましい空のアンテナに干す

新しいベビードールでしゃっくりも止めずに眠る夜のシュビドゥバ

こんなんじゃダメだとおもうこのごろはしていないからしゃっくりさえも

しゃっくりをする度きみの部屋にある人体模型の眼を思い出す

500グラム減ったとかしゃっくりが止まんないとかってだけで今会えたらな

★実際の作者

なんだねえ子供みたいに 背をたたく母しゃっくりはまだとまらない 北川草子

しゃっくりの「しゃ」でかたまった自分から服剥いで着るあかねさす朝 ていだきねこ

しゃっくりのためにふたたびずり落ちるプリマドンナの細き肩ひも 飯田有子

しゃっくりの止まらぬ身体もてあましたましい空のアンテナに干す 東直子

新しいベビードールでしゃっくりも止めずに眠る夜のシュビドゥバ 柴田瞳

こんなんじゃダメだとおもうこのごろはしていないからしゃっくりさえも 松木秀

しゃっくりをする度きみの部屋にある人体模型の眼を思い出す 藤本玲未

500グラム減ったとかしゃっくりが止まんないとかってだけで今会えたらな エリ

★名前 その1

火の舌という名前の植物を民話のなかの老人になって引きぬいている

さびしいりゆうがなくてさびしい 子供たち集めて名前ひとりずつきく

おやすみなさい途中まで線対称なあなたの名前おやすみなさい

春だねと言えば名前を呼ばれたと思った犬が近寄ってくる

うたがひを知らないきみの心臓にきみとは違ふ名前をつける

粉雪が頭に降る春の鉛筆のおしりを削り名前をいれた

千々石【ちぢわ】ミゲル、さみしいなまえ夏の夜のべっこうあめのちいさなきほう

あなたからわたしの名前匂うから家族になろうなんて間違う

★実際の作者

火の舌という名前の植物を民話のなかの老人になって引きぬいている フラワーしげる

さびしいりゆうがなくてさびしい 子供たち集めて名前ひとりずつきく 三好のぶ子

おやすみなさい途中まで線対称なあなたの名前おやすみなさい 堀静香

春だねと言えば名前を呼ばれたと思った犬が近寄ってくる 服部真里子

うたがひを知らないきみの心臓にきみとは違ふ名前をつける 結樹双葉

粉雪が頭に降る春の鉛筆のおしりを削り名前をいれた 東直子

千々石【ちぢわ】ミゲル、さみしいなまえ夏の夜のべっこうあめのちいさなきほう 加藤治郎

あなたからわたしの名前匂うから家族になろうなんて間違う 田丸まひる

★名前 その2

てのひらにきみの名前を書いてみた 手袋はづしいつも読んでる

おみくじは半吉とあり前【さき】の世の夫の名前のやうな半吉

高層のビルがおのおの全身で名前を付けて保存する街

その名前出てこぬ人の顔のみが大きく浮かぶ夜の頭に

感情に名前をつけるおろかさをシャッター音ではぐらかしてく

介のつく名前の武士が大量に死んだであろう戊辰戦争

天井の染みに名前を付けている右から順にジョン・トラ・ボルタ

名を削り「くん」「ちゃん」をつけ流れだす友情という名前の大河

★実際の作者

てのひらにきみの名前を書いてみた 手袋はづしいつも読んでる 新井蜜

おみくじは半吉とあり前【さき】の世の夫の名前のやうな半吉 笹谷潤子

高層のビルがおのおの全身で名前を付けて保存する街 山階基

その名前出てこぬ人の顔のみが大きく浮かぶ夜の頭に 小島ゆかり

感情に名前をつけるおろかさをシャッター音ではぐらかしてく 秋月祐一

介のつく名前の武士が大量に死んだであろう戊辰戦争 松木秀

天井の染みに名前を付けている右から順にジョン・トラ・ボルタ 木下龍也

名を削り「くん」「ちゃん」をつけ流れだす友情という名前の大河 千葉聡

★名前 その3

俺の名前で○×ゲームするなって井上くんが怒っています

いまだ遠き希望のごとく店先の春の和菓子の名前見てゐつ

夏の朝なんにもあげるものがない、あなた、あたしの名前をあげる

封筒に名前を書けば雨が降る願いのように祈りのように

呪文のように名前を綴りひりひりと整えてゆくきつねのこころ

紙に書くあなたの名前花びらのような形の日本の文字で

夜の駅に溶けるように降りていき二十一世紀の冷蔵庫の名前を見ている

伊勢エビに名前を問えばナツガタノキアツハイチと応え給えり

★実際の作者

俺の名前で○×ゲームするなって井上くんが怒っています 柴田瞳

いまだ遠き希望のごとく店先の春の和菓子の名前見てゐつ 横山未来子

夏の朝なんにもあげるものがない、あなた、あたしの名前をあげる 佐藤弓生

封筒に名前を書けば雨が降る願いのように祈りのように 俵万智

呪文のように名前を綴りひりひりと整えてゆくきつねのこころ 東直子

紙に書くあなたの名前花びらのような形の日本の文字で 入谷いずみ

夜の駅に溶けるように降りていき二十一世紀の冷蔵庫の名前を見ている フラワーしげる

伊勢エビに名前を問えばナツガタノキアツハイチと応え給えり 穂村弘

★天気予報

天気予報聞きのがしたる一日は雨でも晴れでも腹が立たない

超長期天気予報によれば我が一億年後の誕生日 曇り

サムライが天気予報を聴きながら描いた渦巻き、天国は夏

よく手をつかう天気予報の男から雪は降りはじめたり

軽くキスして僕たちは天気予報どおりの淡い雨さえ笑う

天気予報ばかり気にするあの人はヨシキリという鳥を知らない

液晶に指すべらせてふるさとに雨を降らせる気象予報士

埼玉は雪の予報で寒がりな切手の中の鳥に聖歌を

★実際の作者

天気予報聞きのがしたる一日は雨でも晴れでも腹が立たない 俵万智

超長期天気予報によれば我が一億年後の誕生日 曇り 穂村弘

サムライが天気予報を聴きながら描いた渦巻き、天国は夏 穂村弘

よく手をつかう天気予報の男から雪は降りはじめたり 高瀬一誌

軽くキスして僕たちは天気予報どおりの淡い雨さえ笑う 千葉聡

天気予報ばかり気にするあの人はヨシキリという鳥を知らない 渡邊志保

液晶に指すべらせてふるさとに雨を降らせる気象予報士 木下龍也

埼玉は雪の予報で寒がりな切手の中の鳥に聖歌を 柴田瞳

★おお日没だ

梵鐘のフェルマータひとつ暮れ残し世界の底に沈みゆくかな

アフリカの大き夕焼けはバオバブのどんな巨木も沈めてしまう

氷塊が海と静寂【しじま】に沈みゆく テレビの中の南極おやすみ

あなたは遠い被写体となりざわめきの王子駅へと太陽沈む

落日の大音声を纏うときわたしはたれの夫人であろう

西方の山のあなたに億兆の入日埋めし墓あるを想ふ

わが埋めし種子一粒も眠りいむ遠き内部にけむる夕焼

山火事のように山染める夕焼けをめくって紙芝居が始まる

★実際の作者

梵鐘のフェルマータひとつ暮れ残し世界の底に沈みゆくかな 井辻朱美

アフリカの大き夕焼けはバオバブのどんな巨木も沈めてしまう 杉崎恒夫

氷塊が海と静寂【しじま】に沈みゆく テレビの中の南極おやすみ 柳谷あゆみ

あなたは遠い被写体となりざわめきの王子駅へと太陽沈む 堂園昌彦

落日の大音声を纏うときわたしはたれの夫人であろう 佐藤弓生

西方の山のあなたに億兆の入日埋めし墓あるを想ふ 石川啄木

わが埋めし種子一粒も眠りいむ遠き内部にけむる夕焼 寺山修司

山火事のように山染める夕焼けをめくって紙芝居が始まる 望月裕二郎

★沈む

玄関に靴を浮かべて沈まないように祈ってから乗りこんだ

雪そそぎ縄文の遺跡沈みゆくぽつんと青斑【あおふ】のわれが訪いたり

葦辺にて鯉が擦れあふ音たかく河骨の花浮きて沈めり

髪飾り波に漂う 落雷にうたれて沈みゆくマーメイド

薔薇抱いて湯に沈むときあふれたるかなしき音を人知るなゆめ

川波は夕日に鱗たたせつつ「ありんす。ありんす」と沈みし女

セックスをするたび水に沈む町があるんだ君はわからなくても

どこからも等しく遠い真ん中で、ご飯に半ば沈む梅干し

★実際の作者

玄関に靴を浮かべて沈まないように祈ってから乗りこんだ ながや宏高

雪そそぎ縄文の遺跡沈みゆくぽつんと青斑【あおふ】のわれが訪いたり 梅内美華子

葦辺にて鯉が擦れあふ音たかく河骨の花浮きて沈めり 嶋田恵一

髪飾り波に漂う 落雷にうたれて沈みゆくマーメイド 穂村弘

薔薇抱いて湯に沈むときあふれたるかなしき音を人知るなゆめ 岡井隆

川波は夕日に鱗たたせつつ「ありんす。ありんす」と沈みし女 梅内美華子

セックスをするたび水に沈む町があるんだ君はわからなくても 雪舟えま

どこからも等しく遠い真ん中で、ご飯に半ば沈む梅干し 佐藤理江

★祈る

静かなる湖底に沈むピアノあり隠れて祈ること美しき

いくつもの前世の自分が集まって祈ってくれているような朝

フライパンしずかにまわす(そのような祈り)あぶらはうすい煙に

春の土ひとしくしめり生命のゆびさきが編む祈りのもよう

バゲットを一本抱いて帰るみちバゲットはほとんど祈りにちかい

赤羽の立ち飲み屋にてお祈りを済ませたらあとは川も賛美歌

こんなにもふたりで空を見上げてる 生きてることがおいのりになる

折り重なって眠ってるのかと思ったら祈っているのみんながみんな

★実際の作者

静かなる湖底に沈むピアノあり隠れて祈ること美しき 松村由利子

いくつもの前世の自分が集まって祈ってくれているような朝 前田宏

フライパンしずかにまわす(そのような祈り)あぶらはうすい煙に ていだきねこ

春の土ひとしくしめり生命のゆびさきが編む祈りのもよう 東直子

バゲットを一本抱いて帰るみちバゲットはほとんど祈りにちかい 杉崎恒夫

赤羽の立ち飲み屋にてお祈りを済ませたらあとは川も賛美歌 増尾ラブリー

こんなにもふたりで空を見上げてる 生きてることがおいのりになる 穂村弘

折り重なって眠ってるのかと思ったら祈っているのみんながみんな 飯田有子

★ひらがな

あなたへのてがみはぜんぶひらがなでげんじつかんをうすめるために 加藤千恵

では というひらがなの底まるく書きあいさつ深く終わらせてゆく 本田瑞穂

ひらがなっきゃ読めないひとの手をひいてあかるいあかるい月の道です 穂村弘

ひらがなは音のする文字枯れ草に月の光がぶつかるような 坪内稔典

ひらがなは漢字よりやや死に近い気がして雲の底のむらさき 大森静佳

ひらがなは和紙のようなりいかりつつこんごうはゆく日本海まで 加藤治郎

にんげんと平仮名で書くとしらけるが片仮名で書くと皮肉が過ぎる 松木秀

やまのこのはこぞうというだいめいはひらがなすぎてわからなかった やすたけまり

★実際の作者

あなたへのてがみはぜんぶひらがなでげんじつかんをうすめるために 加藤千恵

では というひらがなの底まるく書きあいさつ深く終わらせてゆく 本田瑞穂

ひらがなっきゃ読めないひとの手をひいてあかるいあかるい月の道です 穂村弘

ひらがなは音のする文字枯れ草に月の光がぶつかるような 坪内稔典

ひらがなは漢字よりやや死に近い気がして雲の底のむらさき 大森静佳

ひらがなは和紙のようなりいかりつつこんごうはゆく日本海まで 加藤治郎

にんげんと平仮名で書くとしらけるが片仮名で書くと皮肉が過ぎる 松木秀

やまのこのはこぞうというだいめいはひらがなすぎてわからなかった やすたけまり