研究を行ったきっかけや動機、ちょっとした技術的なことなどの備忘録です。徐々に書いていこうと思います。
Takahiro Misawa, Kazuma Nakamura, and Masatoshi Imada, “Magnetic Properties of Ab initio Model of Iron-Based Superconductors LaFeAsO”, arXiv:1006.4812 J. Phys. Soc. Jpn. 80, 023704 (2011) [OPEN ACCESS]
PDとなって本格的に量子多体系の数値計算を初めて行った論文。2008年に発見された鉄系超伝導体の第一原理計算をもとに求めた有効ハミルトニアンの多変数変分モンテカルロ法を用いた解析を行って、磁性状態を議論した。複雑な5軌道ハミルトニアンということもあって、四苦八苦しながら計算を行った記憶がある。ハバード模型やハイゼンベルク模型と違って、参照するべき計算結果がないので、多軌道模型に対応した汎用的な厳密対角化のコードや平均場近似のコードを作成して、その結果と多変数変分モンテカルロ法の結果を比べながら計算を行った。そのときに作ったコードが原型となって、後の厳密対角化のソフトウェアHΦや多変数変分モンテカルロ法のソフトウェアmVMCの公開につながった。
鉄系超伝導体の実験結果を聞いたときに不思議に思っていたのは、
1.多軌道系なのに関わらずなぜLaFeAsOの磁気秩序モーメントは極端に小さい(飽和磁化が4μBなのに対して、0.3-0.6μB)のか?
2. FeTeでは2μBほども磁気秩序モーメントがたっているのになぜ絶縁体になっていないのか?
の2点だった。
これに対して、第一原理有効ハミルトニアンを解くことで、
1.小さな磁気秩序モーメントの起源はLaFeAsOが磁性状態が消える量子臨界点近傍に位置していること、
2.磁気秩序相の中でmasless Diracポイントが出現していて、それを対消滅させるには飽和磁化近い磁気秩序モーメントが必要なため、広い領域で反強磁性金属が安定に存在すること、
を明らかにした。第一原理有効ハミルトニアンは確かに物質の特性をとらえており、ちゃんと解くことで物性を明らかにすることができるという感触を得ることができた結果だった。
Takahiro Misawa and Yukitoshi Motome, arXiv:1004.4927 J. Phys. Soc. Jpn. 79, 073001 (2010).
きっかけは、2007年のGCOE合宿のときのポスター発表で非平衡緩和法についての話を聞いたこと。平衡法と違って、critical slowing downを逆手にとって転移点を決める面白い方法なので、いつか使ってみたいと思っていた。そのあと、2008年の秋の学会で三角格子反強磁性ハイゼンベルク模型でのZ2 vortex転移の話をきいて、Z2 vortex転移が存在するのかどうかは、非平衡緩和法で巨大なシステムサイズの計算をすればわかるのではと思って計算を始めた。
実際に、非平衡緩和法を用いて、(異方性のある)三角格子反強磁性ハイゼンベルク模型を計算してみると、BKT転移温度や、カイラル転移の温度が精度よく見積もれることがわかった。サイズも大きくとれるということもあって、異方性が非常に小さい場合でカイラル転移の転移温度を計算した結果、0.01%の容易面異方性でもカイラル転移が残っているということがわかった。このことから、(容易面または容易軸の)異方的が必ずある現実物質では、Z2 vortex転移を単独で観測するのはほぼ不可能であるという議論をした。
等方的なハイゼンベルク極限では、相関長がZ2 vortex転移が起きると指摘されている近傍で指数関数的に伸びていて、そこから少しでも温度を下げると、一瞬で宇宙より長い相関長になることがわかった。そのため、数値計算だけからはZ2 vortex転移が本当に存在するか(または存在しないか)を結論できていない。負符号問題がなくて、計算コストがオーダNで、巨大なシステムサイズの計算ができても、数値計算だけでは転移の有無を結論することができないこともあるという教訓を得ることができた研究でもあった。
Takahiro Misawa, Youhei Yamaji, and Masatoshi Imada, arXiv:0905.2046 J. Phys. Soc. Jpn. 78, 084707 (2009), レター版は[1].
きっかけは、2006年夏に京都で行われた国際会議(International Conference on Magnetism)に参加したとき、YbRh2Si2の実験結果をきいたこと。反強磁性の量子臨界点なのにもかかわらず強磁性揺らぎも同時に発散するという実験結果をきいて、すぐに量子三重臨界点の性質で説明できるのではと気がついた。三重臨界点ではかけた外場に共役な量の揺らぎが発散するので反強磁性体に磁場をかけて実現する量子三重臨界点では一般に強磁性揺らぎも同時に発散するはずということで、量子三重臨界点の研究を始めた。
量子三重臨界点がでる簡単な微視的な模型を探して色々と計算をして、実際いくつか見つけたのだけど、平均場近似の計算では実験で観測されている有限温度の物理量(帯磁率など)の量子臨界性を議論をするのは難しいということがわかった。そこで、量子臨界現象の解析に用いられているスピン揺らぎの理論(Self Consistent Renormalization, SCR)を量子三重臨界点の場合に拡張した。反強磁性揺らぎに強磁性揺らぎを入れただけなのだが、見返すとかなりゴツいformalismになっている。結果としては、量子三重臨界点では強磁性揺らぎは反強磁性揺らぎの平方根で発散することがわかって、実験結果とも整合していることを示した。
量子三重臨界点をもつ模型を色々と考えている中で、(局在スピン模型での)量子三重臨界点の簡単な実現方法は反強磁性イジング模型に横磁場と縦磁場を両方かけた模型で、負符号なしで量子モンテカルロの計算ができることに気がついていた。いつかやりたいなと思ってほったらかしていたのだが、2014年の勝浦の研究会をきっかけに加藤さんが量子モンテカルロ法の計算をしてくれて、論文としてまとめることができた[2]。実は、遍歴電子系の場合も量子三重臨界点を実現する微視的な模型も見つけてはいるのだが、こちらは平均場近似を超えて有限温度のちゃんとした計算をできる方法がないのでお蔵入りしたまま。
[1] Takahiro Misawa, Youhei Yamaji, and Masatoshi Imada, “YbRh2Si2: Quantum Tricritical Behavior in Itinerant Electron Systems”, arXiv:0710.3260 J. Phys. Soc. Jpn. 77, 093712 (2008)
[2] Yasuyuki Kato and Takahiro Misawa, “Quantum Tricriticality in Antiferromagnetic Ising Model with Transverse Field: A Quantum Monte-Carlo Study”, arXiv:1507.08741 Phys. Rev. B 92, 174419 (2015)
Takahiro Misawa and Masatoshi Imada, arXiv:cond-mat/0612632 Phys. Rev. B 75, 115121 (2007), レター版は[1]
きっかけは、量子三重臨界点を狙って、拡張ハバード模型での三重臨界点の転移温度のフラストレーション(次近接ホッピング)依存性を平均場近似で調べていたら、三重臨界点はそのまま素直に絶対零度に落ちこまないことに気がついたこと。最初は何が起きてるのかさっぱりわからなかったのだが、丁寧に調べていくと、三重臨界点が秩序相の中に入り込んで、金属-絶縁体転移の臨界終点になって、そのあとその臨界終点が絶対零度まで落ち込むことがわかった。指導教官の今田先生が、その少し前に現象論的に考察していた金属-絶縁体転移の量子臨界点(Mariginal Quantum Critical Point, MQCP)を微視的な模型から構成した例となっている。今田先生は平均場近似で作れるとは想定していなかったようで、報告しにいったら驚かれた記憶がある。
このMQCPの臨界性を調べたところ、平均場近似の範囲でもかなり変わったものとなっていることがわかった。臨界性が変わる鍵は、秩序変数(金属-絶縁体転移の場合はキャリア密度)で自由エネルギーの展開[Ginzuburg-Landau(GL)展開]を行うと、その展開係数が状態密度の情報を含んでいるため、金属-絶縁体転移の前後で非解析的に変化することだった。MQCPの臨界性はκ-(ET)2Cu[N(CN)2]Clで実験的に観測されていた新奇な臨界性と整合していることも指摘した。GL展開の展開係数が非解析的に変化するのは、金属-絶縁体転移の場合だけでなくて、より一般にフェルミ面のトポロジーが変化するリフシッツ転移でも起きることを山地さんが気がついて、そのあとのリフシッツ転移のMQCPの研究にもつながった。
技術的には平均場近似の計算で、フェルミ面が消失する転移近傍を数値的に追うのが難しかった記憶がある。ブリルアンゾーン内での数値積分を普通にメッシュを区切るだけでは全然精度がでないので色々な積分方法を試した結果、二重指数公式[2]が一番うまくいった。被積分関数の特異点近傍の積分を二重指数公式を使って行うことで、それまでガタついていた秩序変数の振る舞いが、ピタッと綺麗に求まって感動した記憶がある。
[1] Takahiro Misawa, Youhei Yamaji, and Masatoshi Imada, “Quantum Critical Opalescence around Metal-Insulator Transitions”, arXiv:cond-mat/0604387 , J. Phys. Soc. Jpn. 75, 083705 (2006)
[2]教科書として、Fortran 77 数値計算プログラミング(岩波コンピュータサイエンス)、森正武
Takahiro Misawa, Youhei Yamaji, and Masatoshi Imada, arXiv:cond-mat/0605675 J. Phys. Soc. Jpn. 75, 064705 (2006)
M1輪講で三重臨界点(対称性をやぶる連続相転移が一次相転移に変わる点)についてのレビュー[1]を読んだあと、実際に三重臨界点をもつ模型を構築して解析した論文。有機導体(DI-DCNQI)2Agで電荷秩序を圧力で融解させたときに三重臨界点が現れることが報告されていたので、それを念頭に電荷秩序で三重臨界点をもつ古典スピン模型、拡張ハバード模型の解析を行った。
三重臨界点の大きな特徴は、かけた外場に共役な物理量の揺らぎが発散することなのだが(例えば反強磁性体に磁場をかけると強磁性揺らぎが発散する)、電荷秩序の場合にどういう揺らぎが発散するか(または発散しないか)を具体的な模型での計算と、熱力学関係式(Ehrenfest's law)を用いた一般的な議論を行った。また、実験で測定されている電気伝導度の異常性が三重臨界点の臨界性で説明できるかの解析も行った。
最初の研究だったせいもあって、予想外のことが色々とでてきて大変だった記憶がある。最初の目論見としては、電荷秩序の三重臨界点では一様電荷感受率が発散することを期待していたが、必ずしもそうではないことに気がついて、熱力学関係式をもとに発散しない場合があることを議論している (particle-hole symmetryがある場合などは発散しない)。このことに気がつくのに随分時間がかかった記憶がある。また、拡張ハバード模型で三重臨界点の転移温度を絶対零度にすることで量子三重臨界点があらわれることを狙ってたのだが、そうではなくて金属-絶縁体転移の量子臨界点が現れることを発見して、このあとの一連の風変わりな量子臨界点の研究につながっていくことになった。
[1] I. D. Lawrie and S. Sarbach, Phase Transition and Critical Phenomena, Vol. 9, edited by C. Domb and J. L. Lebowitz (Academic Press, London, 1984).