Dr. Takafumi Yamamoto

山本 隆文

東京工業大学 フロンティア材料研究所 准教授

物質合成のための反応開発

化学反応を自在に操ることは、化学者における明確なゴールの一つである。有機合成では多段階で選択的に反応を進めることにより、複雑な分子構造を持った物質を設計することが可能である。一方で無機合成においては、反応が高温であることや無数の原子の集合である結晶を扱うことなどの難しさから、狙った構造を持つ物質を設計し合成することは容易ではない。無機合成においても、合成における化学反応を理解し、様々な反応を開発してくことが必要となる。

金属水素化物を用いた還元反応の研究 (JACS 2012, Chem. Lett. 2014, Inorg. Chem. 2015など)、トポケミカル窒化反応の研究(Nat. Commun. 2020など), 超高圧合成反応(JACS 2023, Inorg. Chem. 2021, Chem.Mater. 2018など)、層状鉄酸化物における高速酸化還元反応の解明(Adv. Sci. 2023, 解説記事)を行ってきた。 

日本放射光学会年会 2024年1月 招待講演動画

複合アニオン化合物

金属酸化物はこれまで様々な金属元素(カチオン)の組合せにより膨大な数の構造が報告されてきたが、金属の配 位構造は基本的に共通する場合が多く(例えば銅であればCuO4平面四配位など)、得られる機能性には大きな制約があっ た。 しかし、酸化物に対してアニオン欠損を導入したり、酸素を水素や窒素、フッ素などで交換したりすることで、 配位構造のバリエーションは格段に広がる。例えば、MO6八面体(Mは金属)に対し二つの酸素を水素に交換すれば、 MO4H2八面体にはcis配置と trans配置という異なる配位状態が生まれる(図)。 このようなローカルな配位環境の違いは遷移金属のd軌道の分裂や相互作用の異方性を生み、 物質に与える機能性に広がりを与えると考えられる。さらに、複合アニオン化合物では、 価数、電気陰性度、分極率、サイズなど各アニオンの個性を活かすことにより物質設計に新たな次元を 加えることが可能であると考えられる。そのような意味において複合アニオン化合物の探索は興味深い。

酸水素化物の研究 (JACS 2023, Inorg. Chem. 2022, Inorg. Chem. 2021, Chem.Mater. 2018, Nat.Commun. 2017など), 酸窒化物の研究(Nat. Commun. 2020など), 酸セレン化物の研究 (Angew.Chem.Int.Ed.2019, PRB 2016)などを行ってきた。 

ペロブスカイト構造におけるアニオン欠損制御


ペロブスカイト構造は酸素(アニオン)欠損に対して非常に柔軟であることも大きな特徴である。例えば酸素欠損ペロブスカイトABO3-dd は欠損量)において、多くの物質でアニオン欠損量d を連続的に制御可能である。また、様々な物質においてアニオン欠損が秩序化し多彩な周期構造(例えば線欠陥や面欠陥を持つ構造)が現れることが知られている このアニオン欠損を自在に制御可能になれば、様々な新物質(新構造)を生み出すことができるとともに、物性の自在な制御が可能になる。

ペロブスカイト(111)面に沿ったアニオン欠損を持つ15R構造と呼ばれる構造を持つSrVO2.2N0.6(Nat. Commun. 2020)やSrV0.3Fe0.7O2.8(Inorg.Chem. 2022)といった新規物質を報告した。これらの物質は周期的な(111)面欠損により、層状構造をとっており、二次元金属や室温磁気抵抗などの興味深い性質を示す。またSrVO2.2N0.6(Nat. Commun. 2020)では、基盤からの応力を利用して欠損面の方位や周期性が制御可能なことを示した。

2007年に、ペロブスカイト鉄酸化物SrFeO3の粉末試料に対し、水素化カルシウム(CaH2)粉末と混合し、 300℃程度の温度、真空下で熱処理することによって、酸素サイトが層状に欠損した構造をもつSrFeO2が出来ること が報告された。SrFeO2の鉄(II)は、ヤーンテラーイオンでないにも関わらず平面四配位をとることが学術的な新規性である。通常 の鉄は、八面体、四面体などの三次元的配位構造をとる。このSrFeO2のSrサイトの置換により、新規構造を持つBaFeO2 (JACS 2012, Inorg. Chem. 2010), (Sr,Ln)FeO2+d(Inorg.Chem. 2016)を報告した。またFeサイトのMn置換により、新規の磁気構造を発見した (PRB 2011, Inorg.Chem. 2011)。

有機-無機ハイブリッド化合物

上記の「複合アニオン」の概念を超えて、有機無機ハイブリッド化合物に着目し、無機化学の枠にとらわれない融合的な新規分野開拓を目指している。有機カチオンを使ったペロブスカイト物質は最近太陽電池を含む光電子デバイスへの応用に有望な材料として注目されている。有機物と無機物を使った物質の組み合わせは膨大であり、多くの新物質が眠っていることは明らかである。また有機カチオンだけでなく、チオシアン酸のような無機化合物探索ではほとんど使われていなかったアニオンも利用して、従来の無機物質では得られないような機能を有する物質群の開拓を目指(Inorg.Chem. 2020, CrystEngComm. 2022, JACS 2023,  ACS Mater. Lett. 2024)。

高圧下における構造や物性の変化

岩塩型構造を持った物質が高圧下で塩化セシウム型構造に構造相転移することは昔からよく知られていた。このようなB1-B2構造相転移が岩塩型ブロックと平面四配位ブロックのインターグロース構造を持つSr3Fe2O5や A2MO3 (A = Sr, Ca; M = Cu, Pd)においても起こることを明らかにしてきた (Inorg. Chem. 2022, Inorg.Chem. 2019, JACS 2011, Inorg.Chem. 2011)。

また平面四配位鉄酸化物における特異なスピン転移において、向かい合う鉄平面四配位同士の相互作用が重要な役割を果たし ていることを明らかにした (JACS 2011)。また置換効果による転移圧の変化を調べた(Inorg.Chem. 2016, JPSJ.2017)。

また、ヒドリドが高圧下で示す特異な性質を明らかにしてきた。(Nat.Commun. 2017, Inorg.Chem. 2019

超伝導体BaTi2Sb2OにおいてSb-Sbが二量体を形成する圧力誘起構造相転移を明らかにした。(Inorg.Chem.2021)