研究内容
核力に基づいた核構造の解明
核子(陽子/中性子)間に働く基本相互作用である[核力]はとても不思議な性質を有しています。とくに、3つ以上核子があってはじめて働く3体力と呼ばれる力があり、原子核という系を、他に類を見ない特徴的なものとしています。複雑な核力の性質によって、原子核は、陽子・中性子の数が一つ変わるだけで時に予想だにしない性質の変化を見せます。
カイラル有効場理論と呼ばれる核力のモデルを出発点に、原子核の性質を理論的に調べる研究を行っています。
→ Mg領域のドリップライン機構の解明 Nature 587, 66-71 (2020).
→ 酸素同位体の存在限界の実験的検証 Nature 620, 965–970 (2023)
Julia言語による核構造計算コード群NuclearToolkit.jlの開発
Juliaとは、2012年にオープンソースとして公表された比較的新しいプログラミング言語で、物理やデータサイエンスなどの分野で近年大幅にユーザー数を増やしています。学習コスト・開発コストが低く、比較的簡単に性能を発揮できるため「普段の研究生活で必要な計算をストレス無く実装したり、機械学習など各種ライブラリと気軽に連携させて使いたい」という方にオススメの言語です。
私は、2020年末よりJuliaを用いた殻模型計算コードShellModel.jlを開発しGitHub上で公開しています。その後、コード群をさらに拡張し、より網羅的な核構造計算コードを開発しJuliaパッケージとして公開しています.
Chiral EFTに基づく核力の計算
Hartree-Fock Many Body Perturbation Theory (HFMBPT)による基底状態計算
In-medium Similarity Renormalization Group (IM-SRG)による基底状態計算
VS-IMSRGによる模型空間上の有効相互作用・有効演算子の導出
Eigenvector continuation法による殻模型近似波動関数の構築
機械学習によるIMSRG法の代理モデル
などが一つのパッケージで使用可能です。
論文 arXiv:2208.02464, JOSS 7(79), 4694 関係する論文 PTEP 053D02 (2022)
GitHubレポジトリ NuclearToolkit.jl
IMSRG-Net: 機械学習を用いた第一原理計算手法(IMSRG)の代理モデル
原子核の構造を解明する上で非常に重要な役割を果たすのが、第一原理計算と呼ばれる現実的な核力をインプットとした計算手法です。少数系の方法や、Full-CI, GFMCなどを始め、近年ではCoupled ClusterやIM-SRGなどのpost-HF的な手法もひろく用いられていますが、中でも、IM-SRG法はsub-shell closed近傍の原子核の基底状態を計算する第一原理計算手法であると同時に、模型空間の有効相互作用・有効演算子を系統的に導出する有効相互作用理論としての性質も兼ね備えており、その応用が急速に進んでいます。
一方、これらの第一原理計算は一般に計算量がボトルネックとなり、パラメータ(たとえば核力)を変えながら較正をしたり、あるいはサンプリングを行い理論計算の統計的な不定性を評価するといったことがほとんど不可能になってしまいます。そんな中、原子核の第一原理計算コミュニティで急速に発展しているのが、そうした計算負荷の大きな多体手法の代理モデルあるいはエミュレータを構築して使う、という研究です。すでに核構造・核反応分野において様々な応用が進んでおり、私も、模型空間上の殻模型計算において関連する研究を行ってきました。 PTEP 053D02 (2022) 関連して、2023年に機械学習を用いてIMSRG flow (前述のIMSRG法の基本方程式)を解く手法IMSRG-Netを考案しました。論文: PRC 108, 044303 (2023), GitHubレポジトリ
理論計算における不定性評価
原子核の性質を解き明かすためには、理論・実験の両輪が不可欠です。
エラー(誤差)の評価がない実験の論文というのはまずありません。その一方で、理論にもパラメータや計算における近似などに由来した不定性が存在するはずですが、これまではあまり系統的に議論されることはありませんでした。このことは、実験的な検証が困難な領域(たとえばr過程元素合成に関わるような中性子過剰核)における理論予測であったり、前述の3体力の効果を定量的に議論する上では致命的な点となってしまいます。
近年になって、(とくに第一原理計算コミュニティにおいて)不定性評価の重要性が認識されるようになり、分野内での重要な課題の一つになりつつあります。自身は、データ科学的な手法(制限付きガウス過程など)を開発・駆使することで、これらの課題に取り組んでいます。
→ 殻模型計算での不定性評価 PRC 98, 061301 (R) (2018)
→ 第一原理計算(Full CI)の外挿における不定性評価 PRC 102, 024305 (2020)
→ 殻模型emulator+MCMCによる不定性評価 PTEP 053D02 (2022)
中性子過剰核のベータ崩壊の性質
我々の身の回りの物質は、宇宙における様々な元素合成過程を経て生成されてきました。とくに爆発的な天体現象による元素合成過程では、中性子過剰核と呼ばれる原子核が次々に生成されては、ベータ崩壊をはじめ様々なプロセスによって、陽子や中性子の数を変えていきます。
これらの元素合成過程をシミュレーションし、我々の身の回りの物質がどういった進化の足跡を辿ってきたのかを解明する上で、個々の原子核のベータ崩壊に関する性質への理解は不可欠なものとなります。
大規模な数値計算によって中性子過剰核のベータ崩壊の性質を理論的に解明するための研究も行っています。
質量数40領域の中性子過剰核の理論計算 PRC 97, 054321 (2018), Erratum:PRC 109, 029904 (2024)
海外実験グループとの共同研究 PRC 109, 044320 (2024), PRC 106, 064314 (2022). PRC 100, 014323 (2019),PRC 95, 024308 (2017)
核子系の量子計算手法の開拓
量子コンピュータの重要な応用の1つとして期待されるのが、量子多体系のシミュレーションです。既に、量子化学や物性物理分野、原子核物理など、様々な系に対する量子コンピュータの実機・量子アルゴリズムの応用が研究され始めています。
とりわけ核子系は陽子・中性子など自由度が多く、3体相互作用も重要な役割を果たすため、従来の古典コンピュータでの計算が困難な系といえます。我々は、そうした原子核の量子計算手法の開拓や核子系に適したansatzやエラー低減手法の開発など、新たな計算パラダイムの創出に向けた研究を行っています。
→ valence2核子系の量子計算Phys. Rev. C 109, 064305 (2024)
講演等の動画
計算物理春の学校2024
MSU/FRIB seminar