投稿されたスガイたち。カイゴロモの付着は様々。
海洋生態系には多種多様のたくさんの共生が見られます(例えば、カクレクマノミやイソギンチャクの共生は多くの人に認知されています)。これらの共生をかたちづくる生物達は、互いにどのような環境で、どのような相互作用の下、手を組み、共生系を獲得、維持してきたのでしょうか。その多くは分かっておりませ ん。本プロジェクトは潮間帯巻貝スガイと、その貝殻にのみ付着する緑藻カイゴロモの共生系に着目し、この問題の解明を目的として実施されました。
本プロジェクトの結果、約2年間で88の情報提供があり、200 個体を超えるスガイの写真と生息地の情報が集まりました。
そこで、私たちは皆様が送ってくださった情報を用いて、スガイとカイゴロモの共生がどのよ うな環境条件で生じているのかを解析しました。
スガイとカイゴロモの集まった情報。緑丸はカイゴロモ付着スガイ。黒丸はカイゴロモ付着なしスガイ。多くのスガイがカイゴロモを付着させています。
干出時に太陽熱に曝される岩地のカイゴロモに覆われたスガイ。
その結果、スガイの付着する基質(泥、砂、転石や 岩)のサイズが大きくなるにつれ、カイゴ ロモの付着度合いが高まりました (つまり岩場のスガイほど多くの カイゴロモが付着し、泥場のスガイではあまり付着しませんでし た)。一方で、スガイが発見された地点の気温と波あたりについては、カイゴロモ付着量に直接的な影響ありませんでした。しかし、波が強くなるにつれて、基質サイズが大きくなりました。したがって、波が強いと岩などの大きな底質が増え、結果的に、カイゴロモが多く付着しました。つまり、波の強さは間接的にカイゴロモの付着量を高めていました。
これまでの研究では、夏場の干潮時に、濡れたカ イゴロモが、スガイの体温をさげる冷却機能の利益が報告されています(Kagawa & Chiba 2019)。その一方で、スガイは転石下や砂泥に潜ることで太陽熱を回避すると示唆されています(Takada 1999)。これらから、砂泥が少なく、潜砂による熱退避行動が難しい岩地では、 カイゴロモの付着がスガイの熱ストレスを軽減させると考えられます。スガイとカイ ゴロモの共生関係は、環境(スガイが利用する基質の大きさ)の違いによって変動する事が示唆されました。
いくつかの研究において、付着藻類は宿主巻貝に害をあたえると言われています。宿主巻貝への害が大きい場合、それを超える利益を宿主が受け取れない限り、付着藻類を貝殻に維持するのが難しくなると考えられます。したがって、カイゴロモがスガイに害を与えている場合、それを超える利益をスガイがカイゴロモから受け取れば、害が打ち消され、共生関係が維持されると考えられます。これを考慮すると、耐熱効果の利益が必要のない涼しい地域では、カイゴロモがスガイに与える害の方が大きくなり、共生関係は維持できないかもしれません。しかしながら、本結果において、カイゴロモ付着量は気温の影響を受けず、北海道の涼しい気候でもカイゴロモに覆われたスガイが確認されています。すなわち冷却機能の利益がない涼しい場所でも、カイゴロモが付着していたため、カイゴロモがスガイに対して大きな害を与えていないかもしれません。スガイを飼育した過去の研究では、スガイの死亡率にカイゴロモの付着量は影響がない事を明らかにしています(Xing & Wada 2001)。このことからも、カイゴロモ付着によるスガイへの害は、ほとんどないと考えられます。したがって、カイゴロモがスガイに与える熱軽減の利益と付着による害の軽減が、互いの共生系の構築に寄与したと考えられます。
過去に、スガイとカイゴロモの共生の環境条件について調べた研究が複数あります。例えば、ある研究では、スガイが生息する基質の種類と波あたり(波の強さ)がカイゴロモ付着に重要だと示しています(Yamada et al. 2003)。
本プロジェクトは、スガイの利用する基質サイズがカイゴロモ付着量に直接的に効果を与え、波あたりの強さは基質の大きさを介して間接的にカイゴロモ付着量に効果を与える事がわかりました。これらの詳細な環境要因を分離して解析することができたのは、広範囲で多くの地点データを扱うことができたためで す。市民科学データの重要性を示す点でも意義のある研究になりました。
カイゴロモ付着量(Coverage of P. comnchopheria)に影響を与える環境要因。太線は効果があるもの。点線は効果がないもの。数字は算出されたパラメーターの係数。スガイの利用基質の大きさ(Substrate size)は、付着量に正の効果を与える。波あたり(Wave fetch)は利用基質の大きさを介して、付着量に正の効果を与える。
著者: Osamu Kagawa*, Shota Uchida, Daishi Yamazaki, Yumiko Osawa, Shun Ito, Satoshi Chiba & The green-costumed snail’s citizen researchers
題名: Citizen science via social media revealed conditions of symbiosis between a marine gastropod and an epibiotic alga
掲載誌名: Scientific Reports
掲載年: 2020
本論文の著者は、本プロジェクトの発起人とThe green-costumed snail’s citizen researchersで構成されています。The green-costumed snail’s citizen researchersは本プロジェクトに参加していただき、共著者として論文を確認、承認してくださった方々です。協力していただいた共著者以外の方は、謝辞にてお名前を掲載させていただいております。また、論文掲載までの間に連絡が取れなかった方々は、匿名調査者として謝辞にてお礼を申し上げております。
市民科学調査に関する論文が多く出版される中、論文内で重要な貢献をした市民調査者は少なくありません。近年、このような貢献者も共著に加える必要があるという議論がされており、グループ著者として論文の共著者に含める提案がされております(Ward-fear et al. 2019)。本研究もこれに賛同し、グループ著者を著者に加える必要があると判断しました。
The green-costumed snail’s citizen researchersのメンバー: Emiko Kagawa, Akihiro Tamada, So Ishida, Junko Yoshida, Kazuki Kimura, Akiko Iijima, Takayuki Suenaga, Teruaki Momoi, You Kato, Satoshi Nikaido, Taeko Kimura, Shingo Kobayashi, Kazuo Niwa, Hirotaka Nishi, Haruto Fujita, Hideaki Kakihara, Shinichi Makino, Hiroe Suzuki, Akane Namikawa, Ryusei Yamakami, Kanae Higashi, Kota Watanabe, Taro Yoshimura, Isotomo, Mitsunori Sagara, Yuta Aoki & Ryoya Sugimoto
2020年6月21日 論文投稿 (Scientific Reportsに投稿)
2020年6月26日 クオリティチェックの返答
2020年7月4日 クオリティチェックの通過
2020年7月24日 査読中
2020年8月11日 査読結果の連絡。調査方法と解析手法の記述をより詳しくする必要あり。若干のオーバディスカッションを修正する必要あり。
2020年8月12日 論文改訂中
2020年8月29日再投稿
2020年9月3日クオリティチェックからグループ著者に関する連絡をする(調査に参加してくださった方々をグループとして著者に加えるため)。
2020年9月31日クオリティチェックの通過
2020年10月6日論文受理
2020年10月12日校正刷り確認中
2020年10月30日校正刷り提出
2020年10月30日投稿料の振込
2020年11月5日修正版校正刷りの確認
2020年11月12日論文公開
2018年5月: 日本貝類学会 ポスター発表 プロジェクトの宣伝
2019年3月: 日本生態学会 ポスター発表 中間報告とプロジェクトの宣伝
2019年5月: 日本貝類学会 ポスター発表 中間報告とプロジェクトの宣伝
2020年9月: ベントス学会 口頭発表 これまでの研究成果のまとめを発表
2020年11月:日本科学協会のブログで研究に関するコメントを掲載 → 日本科学協会ブログ
2021年3月: 第51回瀬戸海洋生物学セミナーにて研究の紹介→ 京都大学瀬戸臨海実験所HP
本プロジェクトにおいて、多くの方々からのデータを提供していただきました。一つの論文としてまとめることができたのは、調査に協力してくださった方々はもちろんのこと、Twitterなどでリツイートし、拡散してくださった方々など、多くの方々のおかげです。本当にありがとうございました。また、論文をまとめるに当たって助言をしてくださった方々、コロナウィルスの自粛期間中に論文を書くためのWiFi環境を提供してくださった友人など、その感謝は多岐に渡ります。あらためてお礼申し上げるとともに、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。スガイ&カイゴロモ全国調査グループ
Kagawa & Chiba (2019) Snails wearing green heatproof suits: the benefits of algae growing on the shells of an intertidal gastropod. J. Zool. 307, 256–263. doi.org/10.1111/jzo.12641
Takada (1999) Influence of shade and number of boulder layers on mobile organisms on a warm temperate boulder shore. Mar. Ecol. Prog. Ser. 189, 171–179. doi.org/10.3354/meps189171
Xing & Wada (2001) Temporal and spatial patterns of the alga Cladophora conchopheria on the shell of the intertidal gastropod Turbo coronatus coreensis. Publ. SETO Mar. Biol. Lab. 39, 103–111. doi.org/10.5134/176299
Yamada, Wada & Ohno (2003) Observations on the alga Cladophora conchopheria on shells of the intertidal gastropod Turbo coronatus coreensis. Benthos Res. 58, 1–6. doi.org/10.5179/benthos1996.58.1_1
Ward-Fear, Georgia, et al. (2020) Authorship protocols must change to credit citizen scientists. Trends in Ecology & Evolution 35.3 187-190. doi.org/10.1016/j.tree.2019.10.007