薬学部設置定員増抑制

標準修業年限内合格率


薬剤師国家試験合格者の推移

薬学6年制になって,第1期(2012年)~第12期(2024年)までの卒業生が誕生し,薬剤師国家試験を受験した.その結果(2012-2024)を以下に示した.

回数              97        98        99       100     101     102     103     104     105     106     107     108

実施年        2012  2013  2014  2015  2016  2017  2018  2019  2020  2021  2022  2023

合格率%   88.3    79.1    60.8    63.2    76.9    71.6    70.6    70.9    69.6    68.7    68.0    69.0   (総数)

                       88.8    78.9     60.1    62.3    76.3    70.6    69.6    69.9    68.5    67.8    67.0    67.99(私立)


注)国公立の合格率は80%以上であるが,人数は私立の1/15程度のため,総数合格率を僅かに押し上げる効果しかない.

私立大学薬剤師国試合格率の変化

6年制一期生(第97回)の合格率は88%であったが.二期生は79%,三期生(第99回)の合格率は最低の60.8%まで低下した,50%を下回ったのは16大学に上り,全て私立で,うち12大学が2004年以降に設立された「新設校」であった.第100回は63.2%とわずかに改善したが,2年連続で60%台の低合格率が続いた.合格率が50%を下回ったのは14校あり,全て私立で,うち10校が2003年以降に設立された「新設校」であった.

     厚生省が発表する資料をもとに報道される合格率(合格者数/受験者数)からは大学の教育力や質的評価は判断しにくい.国家試験出願者数が100名でも受験生が50名,合格者が40名の場合,合格率は80%ということになる.このような数値をHPに掲載していた大学が過去に存在した.合格の可能性のある学生のみを受験させることで,合格率を高く見せようとする動きを牽制するため,文科省は第100回から出願者数も公表するようになった.

     第101回は76.9%まで改善したが,その後は低下傾向が続き,最近年間の合格率(総数)は70%を割り込み,第108回の合格率は初年度の88.3%から20%近く低下している.

このような状況下,文科省の公開する情報の内容も大きく変化してきた.

標準修業年限内の合格率(ストレート合格率)

文科省は, 入学者の6年間の状況(卒業率, 国試合格率)を大学のホームページによって公開 (共通のフォーマット, PDF) することを義務付けてきた.

     この資料には,入試情報,修学状況.国家試験合格率の他にストレート合格率が記載されている.ストレート合格率は,Web上で散見する受験者数をもとにした「合格率」ではなく, 以下の式による「標準修業年限内の合格率(ストレート合格率)」である.

   標準修業年限内の合格率」 = 標準修業年限内の合格者数 ➗  入学者数

厚労省および文科省の公表する合格率について

    具体例を以下に示した.新卒の合格率だけは両省とも記載している.総数は新卒+既卒の受験者総数に対する合格者の割合,新卒,既卒はその内訳,ストレート合格率は入学者に対する無留年合格者の割合.具体例を以下に示した.

第107回 S大学の合格率        

    総数 新卒 既卒 ストレート(2016年入学ー2022年卒業)

厚労省 78.8 96.3 44.2     ー

文科省 ー  96.3 ー  72.8

                   (文科省 脚注に「新卒のみ」との記載)

私立大学のストレート合格率

以下に, 各大学のストレート合格率(3年分)を示した, 2021年卒(令和2年度)に関しては数字をクリックすると直接掲載資料(PDF)を見ることができるようにリンクを張った. 3年間を比較した場合, 57大学のうち, 約半数の大学が60%に達していない.試験回数,年度,卒業年は以下の通りである.

令和1年(2019)度卒2014年4月入学2020年3月卒業生の合格率(第105回国試)

令和2年(2020)度卒:2015年4月入学2021年3月卒業生の合格率(第106回国試)

令和3年(2021)度卒2016年4月入学2022年3月卒業生の合格率(第107回国試)

第108回については文科省の調査結果待ち(2023.3.25).



 国家試験回数                                      第105回          第106         第107回

  卒業年                                                 2020年           2021年           2022年


下図は2022年私立大学薬学部のストレート合格率の分布である.入学時の同期生の半数以上が国家試験に合格できない大学が20校,4割以上の不合格者を出す大学は33校にのぼる.60%以上が合格する大学は57校中.24校である.

ストレート合格率分布(2022)縦軸:校数

なお,私立大学全体のストレート合格率は十年間で13%低下している.

                             1期生    73.6%(入学者  11119名,国家試験合格者数    8182名)  

                          11期生    60.3%(入学者  11400名,国家試験合格者数    6831名) 

不合格者の多くは,予備校に通い,大学の授業料並の費用を払い次年度以降の国試を受けることになる.ちなみに既卒者の合格率は40%台である.

今後の対応について

文部科学省は6年制課程における薬学部教育の質保証に関するとりまとめを行い,その資料をPDFとしてダウンロードできるようにしている.その中の「薬学部教育の現状と課題」を以下に引用させてもらった.

2.薬学部教育の現状と課題

○ 6年制課程の薬学部数については、制度化の前後である平成 15 年度から平成 20 年 2 度にかけて 28 学部が増加し、近年も平成 30 年度に1学部(公立)、令和2年度に2学部(私立)、令和3年度に2学部(公立1、私立1)が新設されている。同課程の入 学定員は、平成 20 年度に 12,170 人と最大となり、その後、若干減少している(令和 3年度:11,797 人)。内訳を国公私別に見ると、国立大学が 606 人(5.1%)、公立大学が 485 人(4.1%)、私立大学が 10,706 人(90.8%)であるが、平成 20 年度までに 設立された私立大学(56 大学 57 学部)においては、入学定員の未充足や入学志願者 数の減少等を背景として多くの大学で入学定員の見直しが行われている。しかしなが ら、私立大学における入学者の確保は依然として厳しい状況にあり、入学定員充足率、 志願倍率、入学志願者数は減少傾向が続いており、入学定員充足率が 80%以下となる私立大学は、約3割に達している。 

○ 加えて、私立大学における標準修業年限内の国家試験合格率(令和2年度)は、 18%~85%までばらつきがあり(中央値 57%)、新卒の国家試験合格率が高い大学であっても標準修業年限内の合格率が低いなど、入学後の教育に課題を有する大学も存在する。

○ また、厚生労働省に設置された「薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会」のとりまとめ(令和3年6月30日)においては、少子化の進行により将来的に薬剤師の供給が需要を上回り薬剤師が過剰となること、薬剤師の従事先には地域偏在に加えて、 薬局に比べて病院における薬剤師が不足しているという業態の偏在等の課題があることが指摘されている。 

○ 以上のような状況を踏まえ、医療の高度化、多職種連携の推進、医師の働き方改革 により、薬剤師に求められる役割が更に増大していく中において、DX(デジタルトランスフォーメーション)など社会環境の変化を見据えて求められる資質・能力を身 に付けた質の高い薬剤師を養成するためには、入学者の確保・選抜の在り方のみなら ず入学後の教学マネジメントの確立や教員の確保をはじめとする教育の実施体制、進路指導等の出口管理までの全般にわたり、教育の質を向上させるための取組を充実・ 強化する必要がある。

3.今後の薬学部教育の改善・充実の方向性     省略(以下の資料を参照)

6年制課程における薬学部教育の質保証に関するとりまとめ(PDF:393KB)

6年制課程における薬学部教育の質保証に関するとりまとめ     令和4年8月     薬学系人材養成の在り方に関する検討会

薬学部の設置および収容定員増抑制

さらに,文部科学省は,2023年1月25日,中央教育審議会大学分科会を開催し,薬学部の設置等に 係る許可の基準の一部を改正する告示案を示した.案によると,薬学部の設置および収容定員増は抑制し,地域の需要に応じて薬剤師の地域偏在を解消するための人材養成を行 う場合は例外とした.これによって,薬剤師が不足する地域における人材の確保を図りつ つ,薬学部の収容定員総数を抑制するという.

     薬学部の設置に関しては,設置条件が整っていれば認可されてきたが,そのことが薬学部乱立を招き,受験生の偏差値低下,入学定員割れ,留年生の増加,国家試験合格率の低下をもたらしたことに気付き,修学状況の情報を大学のホームページ上で公開することを義務付けた.しかし,実際に調べてみると,どこに掲載されているのか判然としない大学も存在する始末であった.文科省もこのことに気付いたようで,文科省HPを見れば調査結果がダウンロードできるようになった.

     資料名: 各大学における入学試験・6年制学科生の修学状況等 (文科省)  👈       

薬学教育6年制が始まる 頃,経営が順調ではなかった大学が,小泉内閣(2001-2006)の規制緩和(大学の設置や定員を抑制する規制を大幅に緩和)に飛びつき,不人気文系学 部の改組あるいは新設により活路を見出すべく薬学部開設に走ったため,全国各地に予想を越える薬学部が誕生した

     薬学部6年制と法科大学院制度には,以下のような共通する問題点が存在するという指摘がある.

・実務と研究が分断された教育

・適正規模を上回る学校の設置

・定員割れと低偏差値化

・学生数は増えても合格者は増えない

・高額な学費

・都市部に集中

・その他

6年制薬学を構築する際チーム医療や医薬分業の確立などが大きな目標であった.しかし,現実は処方箋通りに薬を準備するのが業務になっていると言っても過言ではない.薬剤師が医療行為に欠かせないスタッフとして国民から信頼を勝ち得なければ,法科大学院の二の舞になる危険性が十分にあるといえる.

     6年制カリキュラムが創られた当時,6年制の専門教育に対応するためには,最低でも大学入試の偏差値が55程度は必要と 言われていた.規制緩和の波に乗って設置された薬学部が6年制薬学の教育理念を具現化できなければ,出口規制をする以外に打つ手はないといえる.文科省の最近の一連の対応は,当然の措置と言わざるを得ない.

追記    今回の提言では,新設は認めないと記載されているが,例外を認めている.具体的に,薬剤師不足の沖縄県に薬学部を新設する動きがある.また順天堂大学のHPには,「2024 年 4 月の開学を目指して,千葉県浦安市に薬学部の設置準備を進めている」と書かれている.千葉県には,すでに6校の薬学部が存在する.

(2023.3.31)