もしボクが死んだ時には、
「骨を拾って、くれますか」と、影が言う。
「おーい黒子、それ今言うとマジシャレになってねーから」
時は午後、場所は某ストバスコート。
相も変わらず集まったバスケ馬鹿どもがミニゲームに興じる中、屈指のバスケ馬鹿たる黒子テツヤは早々に体力を使い果たしてベンチに倒れ込んでいる。ゼイゼイと荒げられた息の隙間から届いた言葉は、内容もあって余計切羽詰まって聞こえた。
「本気です」
黒子の頬がわずかに膨らむ。むくれてみせる余裕はあるようだ。ベンチに腰掛けて休憩していた、これも結構なバスケ馬鹿――高尾和成は黒子の頬をつつく。ぷすっと間抜けな音がした。
「多分、骨になったボクは、今より見つけにくいでしょう」
「いやいやお前骨の方が見つけやすくなるんじゃね?」
火葬場とかならともかく、コートに人間の骨とか落ちてたら超目立つじゃん。うりうり、と頬をこね回しながら言うと、黒子は空に向けていた目線だけを高尾によこした。
見透かすような底知れなさを湛えた瞳は、鏡のように高尾の姿を映し出す。
「見つけやすくなるかもしれませんし、見つけにくくなるかもしれません。でもどちらでも、君ならきっと見つけてくれると思います」
信じてますから。ぽつりとこぼれたのは、コートじゃ絶対聞けないセリフだ。
黒子は高尾にプレイ中、『信じる』なんて言葉を使わない。まず使う機会が無い。学校が違うせいもあるし、互いが互いの天敵となる関係性にも起因する。それが、コートを離れたこんな場所で、しかもなんとも奇妙なお願いごとで使われるとは。
「つか、骨拾うのは鷹じゃなくて禿鷹だし!」
柔らかな頬をむにっとつまむ。痛いです、視線だけでそう訴えてくる黒子の頭を、つまんでいるのと逆の手でわしゃわしゃ撫でてやった。
「……ま、いーわ。もしお前が死んだら、その時はライバルのよしみだ。禿鷹でもなんでもなってやるよ」
高尾の言葉を聴いた瞬間、澄んだ湖面のような黒子の瞳が、わずかに揺れた。
「・・・・・・安心しました」
「おうおう、この高尾君におまかせあれ!一粒残さず拾い集めてやるから覚悟しとけ」
「ありがとうございます。それと、ボクは隕石が降ってきても生き残るつもりですから高尾くんもちゃんと生き残ってください」
「全然死ぬ気ねーだろお前」
「勿論です。NBAの生試合を100シーズン分見るまで死ねません」
「どんだけ長生きする気だよwww」
「今言いました。NBAの生試合100シーズン分です」
「じゃあ俺の分もチケットよろしくな」
明るく笑って高尾は黒子の肩をたたく。黒子の口の端も、よくよく見ればほころんでいる。
死の気配はどこにもなかった。
「君が死んだときは俺がに弔わせてよ」
同じ日、同じ場所、時間は少しだけ違う。このときの黒子は、ごく普通にベンチに腰掛けてスポーツドリンクを飲んでいた。ごくごくというよりこくこくという仕草で、少しずつ、失われた水分を補っていく。体内に取り込まれた水が染み渡る前、はらが液体を持て余すわずかな時間に、氷室は話しかけてきた。
「聞いてたんですか」
「まあね」
浮かべられたうつくしい笑みは、それだけで全てを覆い隠す力を持っている。まあ、別に聞かれて困る話ではないし、追求する必要もありませんね、と黒子は思っていた。特に氷室が相手なら。これがキセキの世代の誰かであるとか、誠凛のチームメイトならまた違う話になったのだろうが。
伸ばされた手に、ドリンクのボトルを渡す。ためらいなく氷室は受け取って、口をつけた。
ごくりと喉が動くのを見ながら、黒子はつぶやく。
「氷室さんはドラゴンですよね」
「確かに俺の名前は辰也だけど、それがどうかした?」
「お弔いをするのは鳩の役目じゃないんですか」
「マザーグースかい?」
愉快気に片眉を跳ね上げる氷室に、黒子は視線だけで返答する。
意外ですか。
そうでもないかな。
同じく答えは視線で帰ってくる。吸い込まれるような、地球の真ん中にまで続く洞窟のような、深い深いまなざしには、黒子にはわかる意味合いがやんわりと絡み付いている。
「確かに俺はドラゴンだけど、君が死んだ時は鳩にだって何にだってなるよ」
さっきの彼みたいに。
「君を弔うのに一番相応しい人間は俺だと思うんだけど、どうかな?」
氷室の手が伸びてくる、のを、黒子は払わない。受け止めるだけだ。長く整ったかたちの指は、その先の固さばかりが氷室がスポーツ選手であることを物語る唯一のよすがとなっている。屈指のバスケバカたる黒子に負けず劣らずのバスケバカ、たる氷室は、バスケバカらしい特徴が極めて少ない。
弟分とは、反対に。
「・・・・・・わかりません」
「残念だな」
「けど」
頬に添えられた指先のつめたさとなめらかさにぞくりと背筋をふるわせながらも、黒子はまっすぐに氷室を見つめる。氷室の瞳に移る黒子には、バスケバカの特徴が氷室より少ない。
互いにそれを知っている。知っていて、覆そうとして、覆せなくて、足掻いている。
だから、きっと。
「氷室さんに弔ってもらえるなら、きっと悪くないでしょうね」
「そう言ってもらえると光栄だよ」
氷室はゆるく口を弧の形に歪ませた。黒子はわずかに目を細める。
「うち仏教なんで、般若心経でお願いします」
「賛美歌なら今すぐ歌えるよ」
「遠慮します」
「そう?じゃあ般若心経は次会うまでに覚えておくから」
「むしろ覚えなくていいです」
「ははは」
顔のラインをなぞるように撫でていく指先に感覚をゆだね、黒子は静かに目を閉じた
眠るように。