「三日月宗近が!来ない!!」
鮮やかな紅蓮の炎が灯る鍛刀場。の、そばに、行儀なんぞ知ったことかとヤンキー座りに血走った目で吼える審神者。闇の中あかあかと燃え盛る窯だけならば、雅とまではいかぬまでも厳かな風情を感じられる場所だろう。それが、審神者の振りまくどよどよとした、しかも殺気だった空気に汚されて台無しである。
「黄金レシピは全部試した!絵馬も使いまくった!近侍チェンジもキラ付けも試してみた!それなのに!来ない!!昨日はクリちゃんサービスデーだし今日はやっちゃんサービスデー!!4時間が来たと思ったら小狐丸!いやまあそれはそれで嬉しかったんだけど!求めているのは!三日月のじいさま!うちの!じいさまは!!いずこ!!!」
「・・・・・・いやはや」
隣で絶叫を聞いた歌仙兼定は聞こえよがしに溜息をついた。武具の拵えが得意なんだったら鍛刀だって得意だろ得意なはずだ、としょっちゅう近侍を言いつけられる身としては、耳にたこができるほど聞き飽きているセリフである。今日も朝から刀鍛冶への依頼を勤めていたのだが、星まわりのせいなのかなんなのか、打刀ばかり仕上がってくる。止めとばかり、先ほど顔を出したのが既に本丸に居る和泉守兼定。新たな仲間を迎えたい、と願う審神者の気持ちがわからないとは言わない。言わないが、こうも(歌仙に直接言うわけではないにしろ)恨み言ばかり寄こされると文句の一つもこぼしたくなるというものである。
「・・・・・・主が気味悪がられているんじゃないのかい。二拝二拍一礼はまだいいとして、鍛刀の度に何度も何度もしつこく名前を唱えるだなんて正気の沙汰じゃないよ」
「何度もって、お名前を呼ぶのは一振りにつきたったの5回です!それに唱えたら石切丸と次郎太刀と小狐丸は来てくれました!二度あることが三度あるなら三度あることは四度ある!これからも続けます!!」
審神者の言葉は事実その通りであった。と、その際に近侍を務めていた一期一振に聞いた。最初にかの大太刀に呼び出した時は、審神者が突如大声で「太郎太刀太郎太刀太郎太刀太郎太刀太郎太刀次郎太刀次郎太刀次郎太刀次郎太刀次郎太刀石切丸石切丸石切丸石切丸石切丸蛍丸蛍丸蛍丸蛍丸蛍丸!カモン!!」と大声で祈り出したんだそうな。個性豊かな弟たちに囲まれた一期一振とはいえさすがにドン引いたというのだからその様子は推して知るべし。「うちの審神者は頭おかしいんじゃないか」と本丸で噂になる際、トップ3に上げられるエピソードの一つである。しかも現在進行形。
「まったく。雅じゃないことはなはだしい」
「だまらっしゃーい!こちとらじいちゃん確保に必死なんです!!・・・・・・ああもう、かくなる上は」
すっくと立ち上がった審神者はゆらりと首を巡らせた。怨念に濁った眼差しが歌仙を射る。これじゃあまるで敵みたいだ、なんて連想が歌仙の脳裏をよぎった。残念ながら、目の前にいるのは仕えてそこそこ久しくなりつつある歌仙の主たる審神者本人であるのだが。
「なんだい。また語呂合わせでも試してみるのかい?」
「総力戦を挑む」
「・・・・・・何だって?」
「たった一人で戦おうとするから負けるんだよ!三人寄らば文殊の知恵、三本束ねた矢は折れない、最大多数の絶対幸福!多いもんがっちでいんじゃんほい!」
握り締めた拳を高らかに天へと突き上げて審神者が雄たけびをあげる。奇行の多い主に慣れたとはいえ、さすがに自らの関わるところで理解できないことを言われて戸惑ったらしい。うろたえて左見右見する鍛冶職人を背後にかばってやりながら、歌仙は大きく肩をすくめた。
「最後は明らかに関係ないだろう。大体、鍛刀を指示できるのは近侍だけだし、鍛冶職人だってうちには二人しかいない。総力戦と言ったところで何をする気なのさ」
「験かつぎです!」
「はあ?」
びしりと歌仙を指差す審神者の顔は、至って真剣だった。
「というわけで、皆には三日月宗近の絵を描いてもらいます」
半紙、筆、墨、硯。画用紙に鉛筆に色鉛筆、クレヨン、水性ペン。絵の具に絵筆、果てには模造紙と刷毛とペンキまで。一体どこから持ち出してきたんだと突っ込みたくなるほど大量の筆記用具を並べた広間に刀剣男子たちが集められたのは昼餉のあとのことだった。
常ならば、昼餉のあとはそのまま食休みに当てられる。短刀たちにとっては昼寝の時間であり、今も秋田と五虎退が舟をこぎそうになっては必死に首を振って眠気を追い払おうとしている。食後は休むべし、と定めたのは他ならない審神者自身だが、当の本人は小袖にたすきをかけた姿、白鉢巻まできりりと締めて仁王立ちで刀剣男子達を見回している。
隣同士で座っていた石切丸とにっかり青江は双方困惑の面持ちで顔を見合わせた。
「・・・・・・『というわけで』もなにも、さっぱり経緯がわからないんだが」
「・・・・・・三日月宗近の姿絵を描けば本丸にやってくる、という噂があるだろう」
呆れ顔、というより諦め顔で歌仙が口を挟んだ。鍛冶場で審神者の話を聞かされたとき、「そんなのただの噂だろう」と散々なだめすかしたのに、審神者は聴く耳を持たなかったのだ。あげくの果てには「描くもの探さないと!むしろ買わないと!」と万屋に引っ張っていかれたのである。もうこの主止められやしない。万屋で手当たり次第に画材を買いまくる審神者の背を見たときに、歌仙は悟った。以来傍観体制を敷き、今はせっかくならとねだって買ってもらった墨など磨っている。
青江はふむとうなづいて顎をつまんだ。
「そういえばそんな噂、演練で聞いたことがあるね。望む相手の姿絵を描いたら何日後かに鍛刀したときにやってきたって」
「つまり大将。俺たちにその噂を試せってことか?」
軽く手を上げ、よく通る声で薬研が尋ねる。審神者は大きくうなずくと、居並ぶ刀剣男子たちを見回した。
「薬研くんのおっしゃる通り。もー他に試せることは試しつくしちゃったんで、後は験かつぎに頼るしかないんです。だから皆さん協力してください!審神者さんからのお願いです!」
言い終えると同時に深々と一礼。主に頭まで下げられてしまえば、断れる者はこの本丸にいない。広間の隅に座り込んだ山姥切などは「どうせ写しには・・・・・・」と膝を抱えてぶつぶつ言っているが、これは一期一振と薬研を筆頭として短刀たちがわらわらと集まりフォローしだした。陸奥守良行、和泉守兼定は口争いをしながらも興味津々といった体で水性ペンを矯めつ眇めつし、左文字の江雪と宗三は末弟の小夜を挟んで筆を選んでいる。意外にも静謐なたたずまいで墨を磨る山伏国広の隣で倣うように墨を磨りだしたのは小狐丸で、更にその隣には鳴狐がちょんと構えてお供の狐がさえずっている。きゃらきゃらと笑いながら鮮やかな色鉛筆を選っている次郎太刀、鯰尾、骨食、獅子王の肩口を覗き込んだのは蜂須賀虎徹と大和守安定、我関せずとそっぽを向いていた大倶利伽羅と同田貫にはへし切り長谷部が紙と鉛筆を押し付けた。
「見本はたくさん準備してあるからねー。
それでは第一回、チキチキ☆三日月宗近を呼び出すための大似顔絵大会を開始しまーす!」
三日月宗近の姿絵が小山のごとく積み上げられた一角を指差し、審神者が笑顔で宣言する。
歌仙は心の中で(第一回ってことは三日月宗近が来るまで続ける気かい)と突っ込んでおいた。