東工大の戦略分野 SSI  私たちが考える次世代の社会インフラ 第1回

次世代の社会インフラの創造

環境・社会理工学院 千々和 伸浩 准教授

SSIの若手ワーキンググループによる活動が始動

SSIでは、環境・社会理工学院の若手研究者を中心とするワーキンググループが立ち上がった。初期メンバーは9名で、今後、参加人数を増やしながら活動を活発化していく方針だ。若手研究者が考える次世代の社会インフラとはどのようなものなのだろうか。そこで、全5回にわたり、9名のメンバーに対談形式で語ってもらうことにした。第1回目は、若手ワーキンググループのリーダーを務める土木・環境工学系の千々和伸浩准教授に、その活動方針と千々和准教授自身の研究内容を聞いた。


 次世代の社会インフラの創造

環境・社会理工学院の果たすべき役割

―まずは、SSIをけん引する環境・社会理工学院の特徴を聞かせてください。

千々和 現在、東工大には理学院や工学院など全部で6つの学院があり、最先端の理論研究や技術研究が進められています。しかし、たとえ研究開発された技術が素晴らしいものであったとしても、社会から受け入れられなければ、生かすことはできません。それに対し、アカデミアと社会との間に立って両者をつなげる橋渡し的な役割を果たすことができるのが、東工大においては、環境・社会理工学院であると考えています。

特に、環境・社会理工学院は地球環境問題に関する研究のフロントランナーであり、SSIをけん引する立場にあります。そのため、SSIに関しては、環境・社会理工学院が中心となってその取り組みを広く社会に発信していく役割を担っていると考えています。

千々和准教授

-千々和先生の専門分野である土木・建築は、社会インフラを担う分野であり、社会との関わりが非常に強いので、地域住民との合意形成が不可欠ですよね。地球環境問題に関しても、再生可能エネルギーを導入する際などに同様の課題に直面します。環境・社会理工学院が、他の学院に比べて社会との関わりがより密接であるというお話はよくわかります。

千々和 災害現場などでは一分一秒を争うので、トリアージなどの合意形成が即座に行われます。しかし、地球温暖化は真綿で首を締めるような事象ですので、なかなか合意形成が進みません。とはいえ、近年の異常気象により、国内外で自然災害による被害が深刻さを増す中、ようやく皆が地球温暖化防止の喫緊性に気付き始めていると感じています。SSIでも地球温暖化防止を含め、持続可能な未来社会をどのように構築していくかについて、真剣な議論を交わしながら、東工大としての指針を打ち出していく計画です。

若手研究者同士が自由に意見交換できる拠点の構築

―その中で、SSIの若手ワーキンググループではどのようなことに取り組んでいく計画ですか?

千々和 これまで学問分野は細分化が進んできましたが、地球温暖化などの社会課題は一分野だけでは解決することができません。異分野融合の重要性は以前から指摘されていますが、実態はそのようには進まない状況です。

SSIの若手ワーキンググループでは、まずはメンバー同士で問題意識を共有することが先決と考えています。同じ環境・社会理工学院内であっても専門分野が異なると、ベースになる文化が違うため、物事の捉え方が異なります。SSIを機にお互いに知らなかった分野を知り、視野を広げたいとメンバーの期待が高まっていますので、環境・社会理工学院内の若手研究者同士が気軽に意見交換できる拠点づくりの構築から取り組んでいきます。

研究開発したものが、実際に社会に受け入れられるようになるまでには長い年月がかかります。そのため、これからの社会を担う若手研究者が、それぞれどのような未来社会を作っていきたいかについて率直に意見を出し合い、方向性を考えることには大きな意義があります。自由な発想で、楽しみながら、社会課題の解決に貢献できるような活動ができたらよいなと思っています。

SSIが扱おうとする対象は極めて複雑なものですし、ワーキンググループが1、2年間程度活動しただけで答えを出せるようなものであるとは思えません。しかし、このような拠点があることを広く発信していき、認知度を上げていくことで、徐々に議論への参加者数を増やしていき、大きなムーブメントにしていければと考えています。

シミュレーションを駆使したコンクリート建造物の研究

3軸動的載荷試験装置

-次に、千々和先生自身の研究内容を聞かせてください。

千々和 私は幼いころに鉄筋コンクリート構造の研究に興味を持つきっかけがあり、もともと工作や工夫が好きだったこともあって、コンクリートの研究室を目指すことにしました。学部時代、橋梁の研究室に所属して、画像解析を用いた3次元計測の研究をしました。修士課程からはコンクリートの研究室に所属して、コンクリートの解体に関する研究を行い、博士課程からようやく、鉄筋コンクリート構造物の性能に関する研究を始めました。現在はシミュレーションと実験を併用しながら、鉄筋コンクリート構造物の性能が数十年間の環境作用を受けてどのように変化していくのかを評価する方法の研究を行っています。

私が学生時代に指導していただいた東京大学コンクリート研究室の前川宏一教授(現横浜国立大学客員教授)は、鉄筋コンクリート構造物のコンピューター・シミュレーションシステムの開発を続けられている先生です。シミュレーションシステムの開発が始まった当初は、シミュレーションを用いた分析の有用性は社会では認識されていなかったようです。そのような中でも、前川先生は地道に研究開発を続けられ、その研究成果が1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災の被害分析で注目を浴びることになりました。

阪神・淡路大震災では、それまで大地震でも壊れないと思われていた鉄筋コンクリート構造物が倒壊し、「コンクリートの安全神話の崩壊」と言われました。前川先生はそれらの構造物を、開発されてきたシミュレーションシステムで分析され、どのようなメカニズムによって柱が倒壊したのかを明らかにされました。そこから、土木・建築分野において周囲のシミュレーションに対する評価が一変したと聞いています。

その後、コンピューターの性能が急速に向上していったことで、理論と実験と計算科学の三位一体で、研究開発が進められるようになりました。特に、近年は、CAD(Computer Aided Design:コンピューター支援設計)を使って設計し、コンピューター上で三次元解析ができるようになったことで、実験の回数を大幅に減らすことができ、コストと研究開発期間の低減につながっています。

また、解析技術の発展に伴い、実験のやりかたも変わってきています。例えば、良いシミュレーションモデルの開発のためには、単に実験をたくさんすればよいという訳ではありません。見たいものの影響がなるべく大きく現れそうな実験条件を探索し、それを実施することが必要になります。この条件探索には、数値解析を用いることが有効です。また、実際に実験を行う際にも、どのような結果が起きるかを解析で事前に予測しておくことによって、観察すべきポイントを逃すことなく、また、実験と予想が違う場合には、なぜそれが生じたのかをその場で考えることが出来るため、研究を効率的に進めることが出来ます。これは前川先生に指導された研究スタイルではありますが、同様の手法が有名なグローバル企業でも用いられだしているということを最近聞きました。

コンクリート建造物の医者を目指す

-今やシミュレーションはあらゆる分野において不可欠な存在ですが、土木・建築の分野においても極めて重要な役割を果たしているのですね。

千々和 建造物の劣化にも色々あって、「ここが劣化しても大きな問題にはならないけれど、ここが劣化すると致命傷になる」といったように、影響には違いがあります。対象となる構造物全体の時間変化を考慮することが可能なシミュレーションを行うことにより、その重篤度を判断することができるようになり、どういう手を打つべきかを合理的に判断出来るようになります。そのため、現在、私はシミュレーションを建造物の維持・管理に役立てていくための研究に注力しています。

特に日本では、高度経済成長期に建てられた多くのインフラが劣化してきており、鉄筋コンクリート構造物では、内部の鉄筋に錆が発生したりしています。ただし、錆といっても、それがどこでどの程度起きるかによって、構造物が保有する性能への影響は変わります。私の研究では、錆の影響を高い信頼性をもって見定め、性能評価し、使用限界を設定することを目指しています。

学生時代、恩師の前川先生には、「君は、コンクリートの医者になれ」と言われました。しかも、単に病気の箇所のみを治療する西洋医学的な医者ではなく、病気の根本原因を排除するばかりではなく、一つの身体構成要素として共存を図るといったような形に、全体でリバランスする、東洋医学的な医者を目指すよう指導されました。現在でも、前川先生のその言葉が私の研究の指針となっています。

今後の目標は、最適な補修方法の提言と建造物の寿命予測です。加えて、建造物は単体の構造だけでなく、建造物が台風や地震に対してどのように応答するかも重要です。そのため、さまざまな視点から安心・安全な次世代のインフラの開発に貢献していきたいと願っています。

小学生時代に読んだ叔父のエッセイをきっかけに研究者の道へ

-千々和先生がこの研究を選ばれたきっかけを詳しく聞かせてください。

千々和 最初のきっかけは、小学生のときにコンクリートの研究者であった伯父の著書に書かれていた、プレストレスコンクリートに関する話を読んで興味をもったことです。これは技術者向けに書かれたエッセイ集でした。

プレストレスコンクリートとは、荷重によってコンクリートに生じる引張応力を打ち消すように、圧縮応力(プレストレス)をあらかじめコンクリートにかけることで、ひび割れを防止しようというものです。それによりコンクリート全面を有効に機能させるとともに、長寿命化させることができるのです(図)。

伯父はこの原理を、麻雀牌を使ってわかりやすく解説していて、とても面白いと感じました。麻雀やドンジャラをやったことのある人であればわかると思いますが、複数の牌を並べて一気に持ち上げる際、牌を両端から押さえて持ち上げれば、牌同士を接着剤でくっつけていなくても持ち上げることが出来ます。プレストレスコンクリート橋はこれと全く同じ原理によって、引張に弱いコンクリートを用いながら、ひび割れのない構造物を実現しています。小学生なので、本に書いてあるコンクリートに関する専門用語は全くわかりませんでしたが、先端技術の核となっているものが、子どもの自分でも体感しているような身近な工夫によってなされているということに子どもながらに感動したのです。

博士課程では鋼材が腐食して、ひび割れが生じた鉄筋コンクリート構造物に関する研究を行っていましたが、博士取得後には、「一旦ひび割れを忘れなさい」という恩師のご助言の下、ちょうどその時に問題になっていたプレストレスコンクリートのたわみ問題に取り組むことになりました。

関越自動車道の月夜野インターチェンジから苗場スキー場に行く途中に、月夜野大橋という橋梁があります(写真)。この橋は40年ほど前に架設されたものです。設計時の予測では、時間の経過とともにたわみがゆっくりと増加していき、最終的に4㎝程度になるとされていました。しかし、実際には15㎝ものたわみが発生してしまっていました。このことが2008年の国際学会で報告されるや、世界各地で同様の報告が相次ぎ、世界的な問題となりました。

月夜野大橋

そこで、この橋梁を最新のシミュレーションシステム上に再現し、建設以降、橋梁がどのように変形していくかを計算したところ、実測と同じようなたわみが生じるという結果が得られました。シミュレーションでは、実際には再現できない条件を設定して、様々な分析をすることが出来ますので、それを活かして原因を分析していきました。その結果、設計では、実験室の小型試験体を使った数年間の実験データを元にして橋梁の変形を予測していたのに対し、実際の橋梁は大きさや環境が実験室の試験体とは異なるため、経年変形に違いが生じ、このずれが設計予測と実際との違いを生んでいたのだということがわかりました。

さらに、このシミュレーションで将来を予測してみたところ、現段階でたわみの進行はほぼ終息しており、安定した状態になっているので、このまま何もしなくてもよいという結果が得られました。逆に、たわみを解消しようとして安易に路面にコンクリートを打ち重ねたりしてしまうと、橋にかかる負担が大きくなり、さらにたわみを増幅してしまうことになるのです。

土木・建築にとって今やシミュレーションは不可欠な存在となっています。医者でいうところの診断技術が非常に進化したことで、適切な治療ができるようになったということですね。

少子高齢化社会に向け、どのような未来社会を構築していくのか

-さて、SSI若手ワーキンググループに関しては、異分野の研究者同士が意見交換をすることの重要性について話されましたが、千々和先生ご自身はこの点に関して、普段からどのような問題意識を抱いてこられたのでしょうか。

千々和 実は東工大に来るまでは、異分野融合に関してはあまり意識をしていなかったのですが、2013年に東工大に来て、岩波光保教授とこれからのコンクリート工学の在り方を議論させていただく中で、構造物の研究だけをしていてもあまり意味がないと思うようになりました。

例えば、新しい道路をどこに作るかを検討するものとしましょう。構造設計者の出番は、路線計画が決定された後であり、路線計画で与えられた条件を前提にして、要求された強度や耐久性を満足させられるような最適解を模索します。土地の空きのない都市部では、錆の生じやすい沿岸部に路線計画されがちになるため、耐久性に配慮した設計を行う必要が出てきます。しかし、もし路線が沿岸部ではなく、少し内陸部を通るようなルートに変更出来れば、それだけでインフラの劣化を抑制し、低コストで長期間安定的に機能するインフラを建設することが出来ます。このような発想を具現化していくには、建造物単体の研究をしているだけでは不十分であり、関係諸分野との連携を図っていく必要があります。

また、2012年12月2日に笹子トンネルで起こった天井板落下事故を機に、高度経済成長期に作られたインフラの老朽化が広く認知されるようになりました。今日ではインフラを定期的に点検する仕組みが導入され、緊急度の高いものから順に改修工事が進められています。しかし、人手不足や資金不足などにより、必ずしも計画通りに進んでいないものもあります。

少子高齢化が進む日本では、特に地方で過疎化が進み、インフラの維持管理に手が回らない状態が生まれつつあります。かといって、「人手不足や資金不足で手が回らないので、利用者が少なく、これからも増えそうにないお宅周辺の水道管は廃止することにしました。あとは自前で水を確保する方法を考えるか、引っ越しするなり考えてください」とは安易に言えません。特に高齢者に対して、長年住み慣れた土地を移動してもらうことは酷なことです。

現在、日本では、未来社会像としてコンパクトシティやスマートシティといった構想も提案されています。これまでのような過去の単純な延長線上には未来が見えない中で、我々はどのような社会を望み、どうやってその社会を構築していくべきか、原点に立ち返った議論がなされるべきだと感じています。そのためにも、SSI若手ワーキンググループの果たすべき役割は重要だと考えています。今後の我々の活動にご期待ください。

-どうもありがとうございました。

々和 伸浩

東京工業大学 環境・社会理工学院 土木・環境工学系 准教授

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2004年 東京大学 工学部 土木工学科 卒業

2006年 東京大学大学院 工学系研究科 社会基盤学専攻 修士課程修了

2009年 東京大学大学院 工学系研究科 社会基盤学専攻 博士課程修了(博士(工学)取得)

2009年 東京大学大学院 工学系研究科 グローバルCOE「都市空間の持続再生学の展開」特任助教

2012年 東京工業大学 理工学研究科 土木工学専攻 助教

2016年より    現職


コンクリート工学を主たる専門領域として,豊かで持続的な社会を実現していくための新材料や鉄筋コンクリート構造物の性能評価手法に関する研究開発を行っている。 


研究室HP

SSIワーキンググループ

三井 和也

建築学系

座屈現象を正確に予測する、あるいはコントロールする手法を確立し、建築物の安全性と経済性だけでなく、カーボンニュートラルを実現する研究を行っています。

岸本 まき

建築学系

地域防災計画を中心に建築計画や都市解析に関するテーマに取り組んでいます。

大風 翼

建築学系

数値流体解析を中心に、都市の風、煙や雪などに伴う問題の研究を行っています。

中山 一秀

土木・環境工学系

コンクリート構造物を戦略的に維持管理し、使いこなしていくための研究をしています。

田岡 祐樹

融合理工学系

社会課題を解決するために、データを使い多様な人々の創造性を引き出す研究をしています。

宋 航

融合理工学系

電波を用いた無線センシング、イメージングと情報通信ネットワークの研究をしています。

笹原 和俊

イノベーション科学系

計算社会科学で複雑社会の原理と社会イノベーションを研究しています。

宮下 修人

イノベーション科学系

イノベーションを加速するための科学経営学について研究しています。

2024年3月掲載  Published: March 2024