第29回
「Weberの客観性論における価値排除と
価値選択の意味」
小林佑太

第29回 一橋大学哲学・社会思想セミナー

日時 2022年10月14日(金) 15時15分開始・18時ごろ終了(予定)
場所 Zoomによる開催 参加希望者は担当者(m.igashira[at]r.hit-u.ac.jp)までご連絡ください
講演者 小林佑太
タイトル Weberの客観性論における価値排除と価値選択の意味

要旨:

報告の背景と目的

 Max Weberが社会科学方法論に関する著作群において示した様々なアイディアは,社会科学の哲学や社会科学方法論において現在でも参照されている.他方で,そうしたアイディアの内実については複数の解釈が提示されており,そのいくつかはWeber研究において未だに解釈が1つに収束していない.また,Weberの論述自体が晦渋であるため,その内容を直接かつ精確に評価することもまた容易ではない.このような状況は,Weberの議論を科学哲学や科学方法論に関する現代的な議論の水準を踏まえて評価することを難しくしている.また,学説史研究とそうした現代的な議論との間にしばしば分断を生じさせてしまうという点でも望ましいものではない.

 本報告の狙いは,“Wertfreiheit”概念の解釈をめぐる論争に関するこのような状況について,その改善に寄与することである.“Wertfreiheit”は,社会科学の客観性に関するWeberの議論(客観性論)の中心概念であり,上で述べた状況が生じてしまっている典型的な概念でもある.こうした状況を改善するために,本報告では次の2つのことを行う.第1に,客観性論の基本構図を押さえた上で,この基本構図にもとづいて“Wertfreiheit”の解釈をめぐる論争の内実を精査し,論争の精確な図式を示す.第2に,社会科学における概念形成という,社会科学の哲学上の具体的なトピックについてWeberの議論を検討することで,Weberの客観性論の現代的な意義を明確にする.


報告の構成と概要

 本報告は2つのセクションから成る.§1では,“Wertfreiheit”の解釈をめぐる論争が検討される.論争の内実を吟味するために,まず,Weberの具体的な論述とその歴史的背景を確認しつつ,Weber研究において広く合意されている客観性論の基本構図を提示する(e.g. 向井 1997; Swedberg & Agevall 2016).そうした基本構図によれば,客観性論は(ⅰ)事実に関する言明/価値に関する言明の厳密な区別についての議論,および(ⅱ)科学的探究における,研究者による価値の自覚的選択を含む価値的前提についての議論という2つの中心的議論で構成されている.次に,この基本構図にしたがい,どこで解釈の不一致が生じているのかを明確にすることで,論争の精確な描像を提示する.

 §2では,社会科学の概念形成に関するWeberの議論を吟味することで,Weberの客観性論の現代的な意義を明らかにする.§1の基本構図に示されているように,Weberは種々の価値が科学的探究の前提を構成することを認めており,このことに関する独自の議論(価値関係論)を展開している.価値関係論は基本構図における(ⅱ)の内実であり,社会科学の概念形成に関する議論は価値関係論の中心的な部分である.概念形成に関するWeberの議論は社会科学の哲学において現在でも参照されているが,必ずしも客観性についての議論と関連づけられて言及されるわけではない(e.g. Risjord 2014).しかし,概念形成に関する議論は,(ⅰ)の主張が維持可能であるかどうかに関係しているという点で,客観性論全体の整合性に関わる.というのも,もし社会科学の概念が価値負荷的であるならば,(ⅰ)は維持し難いように思われるからである.社会科学的概念形成における価値選択の意味を明確にすることは,同時に客観性論における価値排除の意味を明らかにすることでもある.このように,Weberの概念形成に関する議論を吟味することは,社会科学における「価値中立性」とは何かという科学哲学上のトピックに対するWeberの客観性論の射程を明確化する作業になるのである(e.g. Kincaid et al. 2007; Douglas 2014; Montuschi 2014).


文献