第28回
「フェミニスト科学哲学の展開、多様性とその認知的利益をめぐって」
二瓶真理子(松山大学経済学部)

第28回 一橋大学哲学・社会思想セミナー

日時 2022年9月30日(金) 15時15分開始・18時ごろ終了(予定)
場所 Zoomによる開催 参加希望者は担当者(m.igashira[at]r.hit-u.ac.jp)までご連絡ください
講演者 二瓶真理子(松山大学経済学部)
タイトル フェミニスト科学哲学の展開、多様性とその認知的利益をめぐって

要旨:

 「フェミニスト科学哲学(feminist philosophy of science)」とは、1980年代頃から使用されるようになった語で、経験的知識の探究である科学についての哲学的・認識論的分析と、ジェンダー平等を目指す社会的・政治的観点または運動として捉えられるフェミニズムとが結びついた領域を指す。とはいえ、むろんこの「結びつき」は(少なくとも1980年代当時には)自明のものではなく、フェミニスト的価値にコミットしながら、妥当な科学的知識を産出することが(いかに)可能であるのかは、それじたい(おおむね2000年代くらいまでの)フェミニスト科学哲学者たちの課題であった。かれらは、いわゆる「価値自由=客観的な科学」という科学像にかわる「価値負荷的であるが客観的な科学」像を模索してきた。そしてその途上で、かれらの多くが、「多様性が、より妥当な経験的知識の産出につながるといういみで、認知的利益をもつ」と主張している。ただし、どのような「多様性」が想定されているのか、なぜ多様性が認知的利益をもつといえるのか、という点については、論者によってさまざまな見解の相違がある。今回の発表では、とくに、1980年代初期から現在までフェミニスト科学哲学をリードしてきた代表的二大路線である「フェミニスト経験主義(feminist empiricism)」(たとえばLongino1990; 2002)と「フェミニストスタンドポイント理論(feminist standpoint theory)」(たとえばHarding 1991)とのあいだの相違に焦点をあてる。両者の見解を精査しながら、「多様性が認知的利益をもつ」という見解の妥当性を見定めてみたい。

 発表は、だいたい以下のような部分にわけてすすめる予定です。

①フェミニスト科学哲学の起源と発展を概観する。1980年代にフェミニスト科学哲学が出現しはじめた当時の科学とジェンダーについての議論状況と、価値自由科学像にかわる科学像を模索するかれらが直面した“課題”の確認。インテマンのまとめをかりて当時の“課題”だけ先取りすれば以下。(Intemann 2021, 208)
科学から歴史的に排除されたり非代表的であったグループを科学に参加させることは(なぜ)重要か。
フェミニストの価値観や目的が、科学において(どのように)ポジティブに働くか。
科学の成果(知識、イノベーション、介入)が、周縁化されてきた人々への抑圧を軽減させ、かれらに利益をあたえるという方向をどう確保するか。
科学への価値観の影響は不可避であり、しばしばそれらは暗黙のうちに影響することを踏まえると、科学の認知的健全性(epistemic integrity)をどう守ればよいか。

②これら課題に対して、2000年くらいまでに現れた2つの立場「フェミニスト経験主義」と「フェミニストスタンドポイント理論」とが、それぞれどのような解決策を示したかをみる。この解決策をみることは同時に、両者がどのようないみで「多様性が認知的利益をもつ」と主張しているのかをみることでもある。

③両者の立場の妥当性、有効性について、すでに実装されている研究プログラムや近接分野での近年の議論(たとえば、Shiebingerが提唱している研究プログラム「ジェンダード・イノベーション(Gendered Innovations)」やProctor らによる「アグノトロジー(agnotology)」概念など)の話題や事例にも触れつつ考えてみる。おそらく、とくにスタンドポイント型の「多様性=認知的利益」主張の有効性は、扱う科学分野や問題に相対的であると思われる。また、多様性の重視は、認知的利益だけをもたらすのではなく、不利益や不平等をもたらすのではないかという指摘もありうる。その点についても、(かなり粗い精度になると思うが)考えてみたい。

なお、とくに①②部分については、以下のものと重複する内容が多くなる予定ですが、できるだけ整理してお話できればと思います。

主要文献