第24
ELSI対応の現在 
哲学者にとって魅力あるELSIをつくる
長門裕介

第24回 一橋大学哲学・社会思想セミナー

日時 2021年10月8日(金) 13時15分開始 終了時間未定(最大延長19時00分まで)

場所 Zoomによる開催 参加希望者は担当者(m.igashira[at]r.hit-u.ac.jp)までご連絡ください

講演者 長門裕介(大阪大学社会技術共創研究センター・特任助教)

タイトル ELSI対応の現在 哲学者にとって魅力あるELSIをつくる

要旨

ELSIとは、倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues)の頭文字をとったもので、先端/新規科学技術を研究開発し、社会実装する際に生じうる、純粋に技術的な課題以外のあらゆる課題を含みます。

日本では第五期科学技術基本計画のなかで

「新たな科学技術の社会実装に際しては、国等が、多様なステークホルダー間の公式又は非公式のコミュニケーションの場を設けつつ、倫理的・法制度的・社会的課題について人文社会科学及び自然科学の様々な分野が参画する研究を進め、この成果を踏まえて社会的便益、社会的コスト、意図せざる利用などを予測し、その上で、利害調整を含めた制度的枠組みの構築について検討を行い、必要な措置を講ずる。」(第6章「科学技術イノベーションと社会との関係深化」)

と言及されており、にわかに「ブーム」の兆しを見せています。2020年代に入ってから私の所属する大阪大学社会技術共創研究センター(ELSIセンター)や中央大学ELSIセンターなども開設され、企業人や公務員などにもELSIという言葉は徐々に認知されてきているようです。

ただし、このELSIブームには注意が必要な部分もあります。ELSI先進国・アメリカでは1990年以降、ELSI関係予算は増大し、研究拠点も増える一方でしたが、その反面としてELSI研究や対応に従事する研究者が自身のアイデンティティを見失い、研究者が新規技術や事業にお墨付きを与える存在に成り下がってしまったという批判もあります(ElSIficationやELSIウォッシングなどと揶揄されます)。

また、民間セクターににおいても、トップレベルでELSI対応を行うモチベーションはあっても、法務やIR、経営企画など既存の部署で十分に吸収できない領域を含み、研究開発プロセスの進捗などにも影響を与えかねないことから様子見の姿勢を取るところも少なくありません。

このような懸念に答えるために、法学・経済学・倫理学・社会学・科学技術社会論・文化人類学といったELSIと関係の深い分野の研究者が自分の専門性やプライドを保てるような(簡単にいえば「やりがいのある」)領域にすること、そして民間企業が時間・予算・人員を割きたくなるようなELSI対応の方法を考えることが求められています。

このレクチャーでは上記のような事情を念頭に置き、哲学・倫理学出身の研究者として、私がELSI対応にどのようにかかわっているかを紹介します。

内容を大きく二つに分けて説明しましょう。

ひとつは、様々な分野のチームワークで成り立つものとしてELSI対応を位置づけ、実践例をご紹介します。私の勤務先では法学や倫理学、リスク理論、社会学の研究者だけでなくエスノメソドロジーや文化人類学と共同でプロジェクトを進めています。単なる分担を超え、ワンストップで対応する意義にも触れたいと思います。

もうひとつは、先の科学技術基本計画内での(ELSIの)「社会実装における対応」という点に関わります。ELSIはその出自からしてバイオやナノテク、AI技術とよく結びつけられますが、それだけではなく様々なテクノロジーやそれを用いたサービスにも応用できます。これについて、現在の私の個人的な研究関心である顔認証技術を用いた各種サービス、そしてフリマアプリでの価格つり上げを例に挙げてアプローチの方法を示します。

哲学・倫理学の応用に関心のある(あるいはまったくない)皆様とお話しするのを楽しみにしています。


ELSIの輪郭をイメージするのにおすすめの書籍・論文

岸本充生(2021),「倫理的・法的・社会的課題(ELSI)という考え方―なぜ今,企業活動において注目されているのか」,『ビジネス法務』2021年7月号

標葉隆馬(2020),『責任ある科学技術ガバナンス概論』,ナカニシヤ出版,特に10章