第22
ビジネス倫理における推論主義の射程:
企業の道徳的行為者性を中心とした検討
西本優樹

第22回 一橋大学哲学・社会思想セミナー

日時 2021年6月25日(金) 15時15分開始 終了時間未定(最大延長19時00分まで)

場所 Zoomによる開催 参加希望者は担当者(m.igashira[at]r.hit-u.ac.jp)までご連絡ください

講演者 西本優樹(北海道大学大学院文学研究科 博士課程、日本学術振興会 特別研究員)

タイトル ビジネス倫理における推論主義の射程:企業の道徳的行為者性を中心とした検討 

要旨

本発表の目的は、ビジネス倫理の古典的問題である「企業の道徳的行為者性」を、R.ブランダム(1994)の推論主義を援用して検討することで、「企業は道徳的責任を負うことのできる行為者である」という立場を擁護するとともに、そこから示唆される推論主義的な企業の責任実践を素描することである。 

企業の道徳的行為者性は、1970 年代のビジネス倫理の萌芽期において、神学者や宗教学者、経営学者らによるビジネスの倫理や社会的責任をめぐる議論への哲学者の参入を通じて、ビジネス倫理を固有の領域として特徴づけた問題である。企業の道徳的行為者性を擁護する論者の多くは、英語圏の心の哲学や行為の哲学、2000 年代に入っては共同行為論を援用することで、行為の意図や合理性など道徳的行為者性に必要とされる諸要素の機能的特徴を、企業に見出せると主張してきた(Orts and Smith 2017)。しかし同時に、それらの議論は、必要とされる諸要素を個人の心的なものと考える見解を保持したままであるため、それら諸要素に関して機能的特徴で尽くせない心的特徴こそが本質的だとする反論に応えられないでいる(Rönnegard and Velasquez 2017)。 

そこで本発表では、言語使用の機能的特徴から行為の意図や合理性を説明する推論主義を援用し、個人・企業の区別なく機能主義的な視点を徹底する仕方で、批判者の反論を退けながら企業の道徳的行為者性を擁護できることを示す。 

ブランダムの推論主義は、R.ローティの反表象主義を引き継ぐ、合理主義的な言語的プラグマティズムとして知られている(白川 2021)。この議論は、志向性や行為、共同行為の問題に関して、心理主義に訴えない言語的な機能的説明を行う議論として注目を集めている(Koreň et al. 2021; 西本 2021)。本発表ではこれらの成果も参照しながら、企業の道徳的行為者性を検討すると同時に、推論主義から見る企業活動の特徴を明らかにした上で、推論主義的な企業の責任実践を提案したい。

 本発表は三つのパートからなる。

 (1) 規範的語用論から見る企業:企業が推論主義的な「理由を与え求める実践」の参加者といえるかを中心に、企業の道徳的行為者性を検討する。心や身体に言及する特定の発話が捨象され、個人・企業が機能的に等価な主体として扱われる実践で、企業の道徳的行為者性が成立することを示す。 

(2) 推論的意味論から見る企業活動:M.ギルバートの共同コミットメントを中心とした共同行為論の主要な議論を、推論主義による「我々」を伴う発話の推論役割の分析から検討する。これにより、企業活動が正に企業による「我々の行為」となる場面を特定する。

 (3) 承認の共同体から見る企業の責任実践:ブランダム(2019)は新著で、意図的行為を基礎とする一般的な責任実践と区別される、共同体の責任実践を提案している。荒削なものに留まる予定だが、この議論に照らして企業活動を検討することで、推論主義から帰結する企業の責任実践を素描する。

主要文献