魔法乙男(マジカルオトメン)まんばちゃん

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俺の名前は山姥切国広。

全日制の男女共学普通科に通う、どこにでもいる男子高校生だ。

ただ、人にはあまり言えない秘密がある。

自分が男である事に不満はなく、女になりたい訳ではない。服装だって男物を着ていて苦痛はないし、精神的に性別がどうのという小難しい話ではない事は前置きしておく。


秘密――それは、ぬいぐるみから始まりフリルにリボンにパステルカラー、華奢な造りの装飾品、繊細なデコレーションを施されたお洒落なスイーツ、甘酸っぱい青春や恋愛を描く漫画・アニメ・ゲーム。一口にオタクかと言われるとそうとは言い切れない、ただの女子向け作品特化……だと俺は思っているが一般的に見れば同じ様なものかも知れない。

可愛らしくキラキラふわふわした夢見がちな物に心をときめかせる趣向。

所謂『少女趣味』と括られるもの。

特技は家事全般。料理洗濯裁縫掃除、好きこそものの何とやらで中でも料理に関してはいつの間にやら日課の一部だ。表向きの得意教科は体育で通っているが、正直に言えば走るより大根をカツラ剥きする方がよほど得意だし、平日は毎朝台所に立ち自分を含む家族分の弁当を作っている。

特技に関してはモテるために活用出来るプラスポイントなのかも知れないが、そういった事に興味はない。いくら夢見がちな物が好きだと言っても、妄想と現実の区別はしっかりついている。

俺は目立つのも好きじゃない。外見的に女子ウケが良い自覚はあるが、見た目で釣られただけの色恋沙汰なんてろくな物ではないだろう。

趣味に関してはどれだけ本気であろうと自分が男である以上、公言すれば世間的に後ろ指を指される特異な物である事に変わりはない。だから俺はこの趣味特技、あるいは俺という個性を、家族以外にはひた隠しにして生きている。

お陰で親友と呼べる様な友人もいないが、それはそれ、これはこれ。

ただ平穏無事に高校生活が終えられればそれでいい。


念の為、再度言っておく。

俺は自分が男である事に不満はないし、女になりたい訳でもない。

断じて女装癖もない。

★本書は刀剣乱舞の二次創作として個人の趣味で作成された物であり公式とは関係がありません。また、今回は刀剣男士としての設定は一切出ません。

みかんば×現パロ×魔法少女(但し女装)で厨二ラノベなり損ねを目指しました。

非常にニッチな方面に全力を注いだ『色々笑って許せる人向け』な作品です。ご理解ご了承の上、お楽しみ頂ければ嬉しいです。

・これを書いた人は漫画アニメ特撮を問わず所謂『変身モノ』が大好きです。

・明らかに判りやすいコテコテな女装が好きです。イメクラ女装プレイ。

・魔法少女(但し女装)という設定で昨今アニメ化された『魔法少女俺(※注)』を連想された方がいらっしゃるかも知れませんが、あれのパロディではありません。この話の設定は好き放題にオリジナルです。しかし書いた人はアニメ化前からあの漫画めちゃくちゃ好きなのでご興味があれば是非読んでください。


(※注)主人公(女の子)が変身するとガタイの良いイケメン魔法少女(女装男)になるとんでもないギャグ漫画。何故か完結から四年越しでアニメ化された。著・毛根一直線 全2巻 pixivコミックでも一部読めるよ!

第一話 魔法とは斯くも理不尽なもの

まばらに街灯が点る閑静な住宅街。大きな公園沿いの道を一人歩く。

ふと見上げた先、猫の爪の様な月が浮かんでいた。曇りのない群青に冴えた金色の月、その周りに散りばめられた銀色の星。見事な夜空に見惚れ、思わず足を止めた俺を追い立てる様に強い風が吹き抜ける。

「すっかり遅くなったな……」

制服の下に着たトレーナーのフードを被っていても尚、頬で感じる風の冷たさは近付く冬の気配がした。制服のポケットに仕舞っていたスマートフォンを取り出すと液晶に表示されている時刻は二十時近い。普段ならとっくに自室で寛いでいる時間だ。通う高校が徒歩圏内で帰宅部一択の俺が平日のこんな時間に外を歩いているのは理由があった。

スマートフォンをポケットに戻し歩みを再開すると、鞄とは反対側の手に持つ大きな白いビニール袋がガサリと音を立てて存在を主張する。中身を自分で把握しているだけに、自然と頬が緩む。

「今日は、運が良かった」

浮かれてぽつりと口に出した独り言を聞く人間は周りにいない。

袋の中には見るからに手触りが良くて可愛らしいぬいぐるみ類が詰まっている。

特別大きな物から手のひらサイズの小さな物もあり、それから部屋に飾る置物も少し。

通りすがりのゲームセンターで捕獲したもの、店で購入したもの、色々あるが総じて今日の戦利品だ。数ヶ月に一度の収穫日。

帰りが遅いのは予想外に出先で収穫が捗ったからだ。

校則でアルバイトが禁止されている為、月々の小遣いを遣り繰りし、数ヶ月に一度だけ学校帰りに電車でいくつか先の都心部へ行く。非行に走っている訳ではなく家族公認の寄り道、趣味の一環である。


何故わざわざ電車で移動するか、何故休日ではなく平日なのか。

全て、顔を知っている人間との遭遇率を下げる為に他ならない。


休日に繁華街が若者で賑わうのは定番だ。

そんな時に男一人で可愛い物を求めて悠長に散策など出来る訳がない。

俺がコミュ強モテ男子なら誰かに目撃されても彼女へのプレゼントどうこうと理由付け出来るかも知れないが。生憎と俺は『限りなく見た目は良いのに性格が陰キャラ』などと裏で不名誉なレッテルを貼られている非モテ男子だ。そんな言い訳には無理がある。

つまり心置きなく散策するには平日の夕方、少し離れた街が最適なのだ。


物心付いた頃から可愛らしい物が大好きだった。しかし周りを見れば一目瞭然、自分の興味の矛先が同じ年頃の男子と明らかに違うのは幼心にも判る。はっきりと自覚したのは小学校へ上がる頃で、知恵熱を出して寝込む程には本気で悩んだ。

好きな物は好きで何が悪い。そうは思いながらも違和感や心苦しさは年々積もる。

中学生の思春期ついに思い切って家族だけに打ち明けた俺の秘密は「別に良いんじゃない?」という温かくもあっさりした満場一致の空気でいとも容易く受け入れられた。

それ以来完全に開き直ってコレクションルームと化した俺の自室は、初めて見る人間なら間違いなく女子の部屋と勘違いする程度には可愛い物が溢れている。とは言ってもただ乱雑に集めて部屋に放り込んでいる訳ではない。

吟味を重ねて選んだ上でしっかりと整理して飾る、そこまでが使命だ。

今日の戦利品はどこへ飾ろうか。少し模様替えが必要だろうか。

そんな取り留めない事を考えながら自宅からさほど離れていない広い公園の入口前に差し掛かった時、甲高い鳴き声の様な物が聞こえ思わず足を止めた。

犬や猫とは明らかに違う。

かと言って人の声ではない。笛の類でもないと感じるのは抑揚があるからだ。

小さい動物だろうと思うが、それならこんなに鳴き声は響くだろうか?

耳を澄ます必要もなく断続的に、妙にはっきりと聞こえる悲鳴じみた鳴き声は、公園の中を少しずつ移動してこちらへ近付いている。ピィともミィとも表現しがたい鳴き声――それに、ギャアギャア嗄れた鳴き声と羽ばたきの音が重なった。

これは直ぐにカラスだろうと予想がつく。小さな生き物らしき何かとカラス。

それが移動している……何かがカラスから逃げてるって事じゃないのか!?

俺は咄嗟に鳴き声のする方へ駆け出した。


あとになって考えれば、得体の知れない鳴き声になんて近付くべきではなかったんだ。

大体すっかり日が落ちた時間にカラスが活動している事自体がまずおかしい。

もし愛らしい小動物がカラスから逃げていたとしても、それは自然界の弱肉強食だと割り切って見て見ぬ振りをするべきだった。

ただ、この時は――聞こえて来る何かの必死な鳴き声が、俺に助けを求めている様な気がして居ても立ってもいられず、深く考えるよりも先に身体が動いていた。

そして俺はそんな直感に従った行動を、途轍もなく後悔する事になる。


斯くして鳴き声を頼りに駆け付けた先、公園広場に近い散策路で俺が目にしたのは大柄な二羽のカラスに囲まれ虐められる謎の生き物だった。

小さいボールの様な何かが、カラスに転がされ突っつかれながら確かに動いて鳴いていたのだ。植え込み付近にある石や木の枝を使ってカラスを追い払い近付いてみれば謎の生物はどこもかしこも泥だらけ。手を出してみても威嚇したり噛み付いたりはしない。

汚れたまま震える姿が余りにも可哀想になって広場にある水飲み場で洗ってやった。

「怪我は……ないみたいだな」

「ち!」

鞄から取り出したタオルで濡れた身体を拭いてやると、謎の生き物がまるで返事をする様にタイミングよく鳴く。ぱちくりと瞬きする目、にこにこする口、それらは小動物と言うより人の顔を簡略化した物だったが、気持ち悪さよりも愛らしさを感じるのは丸いフォルムの所為だろうか。

どことなく、俺が好きな柴犬マスコットのまるしばさんに似ている。掌に乗るサイズの俵型に近い身体に、短くて小さい手足らしきものが四つ。ピコピコ動いている。

とはいえ、これで広い公園内を逃げ回っていたのかと思えば俄には信じがたい。どう考えても歩くにも走るにも不便な手足だ。飛び跳ねたり転がったりしていたのだろうか。

「ちぃ」

「……ぬいぐるみにしか見えないんだが」

水飲み場近くのベンチに荷物をおいて腰を下ろす。

外灯の明かりを頼りによく見直してみても、やはりこんな生き物は今まで見たことがなかった。生き物にしては見た目よりも重さがない。触った感触はもちもちふにふにとして骨格のような物の存在感もないのだ。俺はぬいぐるみ類に馴染みが深い、だからこそ。

この触感、綿が詰まっている気がしてならない。

「でも、動くし、鳴くんだよな」

「きゃっきゃ」

タオルを広げた膝の上、謎の生き物を指先で軽く擽ってみると丸い身体をころころ転がして楽しそうに笑った。

正直に言おう。可愛い。だが、正体が全く判らない。

「ちー。ち、ちぃ。ちか、ちか?」

「すまない。何が言いたいのか判らない」

「ちかぁ……」

あからさまにしょんぼりした。判りやすい。

今までの反応を見るに人の言葉をしっかりと理解しているらしく、俺と会話を成立させようとしてなのか先程から鳴いて話しかけて来る……のだが、鳴き方や仕草で何となくのニュアンスしか伝わって来ない。相互の意思疎通は難しそうだ。

ネズミか何かと間違えてカラスに襲われていたのだろうか。こいつはこんな時間にどこへ行くつもりだったのか、どこかで飼われていたのが逃げ出した迷子なのか。

そもそも、本当にこれは生き物なのか?

「最新の小型ペットロボットとか……」

外皮が柔らかい素材で実は内部に精巧な仕掛けが、というパターンではないか。

頭や背中側には目立って機械的な部分はない。摘まんで持ち上げて、腹の方を見る。

しかし電池を入れる所や充電プラグを挿すような所は腹の方にも見当たらない……。

『はっはっはっ。ロボットではないぞ』

「!?」

突然人の声で笑い出して驚きのあまり手から放してしまった。丸いそれが膝に落ちて地面に落ちて、ぽてんぽてんと転がって行くのをなす術なく見送る。

ああ、折角洗って拭いたのに……!

でも、人の声で笑って、確かに喋った。どこかを押したら喋る仕掛けでもあったのか?

ベンチに座り込んだまま呆然と見つめている内、謎の生き物が光り出す。丸い身体から溢れるように広がり始めた金色の光はあっという間に外灯よりも明るくなり、顔前に翳した手の陰で目を瞑った直後――目蓋越しにも眩しく感じる程に強く瞬いて、消えた。


恐る恐る目蓋を開いた視界に影が写り込む。

明らかに洋服とは違う装いの、見慣れない出で立ちの人物が、目の前にいた。


「勇気ある清らかな乙女よ、助けてくれたこと礼を言うぞ」

いつの間に、どこから。驚きのあまり咄嗟に立ち上がる事も声を出す事も出来ない。

そんな俺に全く構わず、ゆったりとした口調で語りかけて来る男はただ美しかった。

夜空に溶け込む髪色、透き通る様な白い肌。背格好と声で男だろうとは思ったものの、男女の区分を越えて整った容姿はおよそ人間離れしている。

数分前までと変わらないただの公園広場に戻った周囲との違和感も凄まじい。

鮮やかな青い装束、これは狩衣と言っただろうか。歴史の教科書や、古い時代の日本を舞台にした和風な漫画やゲームによく出て来るあれだ。

今、俺は幻を見ているんじゃないか。

頬でも抓って確認したい、そう思っているのに身体は上手く動いてくれない。

「ん……?」

男が数度瞬いて首を傾げ、金房の付いた髪飾りが揺れる。

「おぬし」

「ひっ」

突然近付かれて喉から引き攣った声が出た。身を屈め無遠慮に寄せられた顔から逃げようとしても逃げ場がない。ベンチに背中を押し付けるのが精一杯だ。息が詰まる居心地の悪さを感じながら視線を彷徨わせる内、じぃっと見つめて来る瞳とかち合う。

不思議な色を湛えた虹彩に、一対の細い月があった。

「なんだ、おのこか」

「ッ~~~~!?」


むに、っと。触られた、いや掴まれた。股間を。

ズボンと下着越しとはいえ、まず他人に触れられる事のない場所を。

こんな事をして来るなんて絶対に幻じゃない。だがそんな事は最早どうでもいい。

一瞬にして血の気が引いた。


「おかしいな、こんなにも濃厚な生娘の匂いをさせているのに」

更に近付いた男の手が股間を離れ太腿を擦り、もう片方の手が肩を撫でる。俺の喉元に顔を寄せてスンと鼻を鳴らす。服の上から何かを確かめる様に指が押し付けられる感触で全身に悪寒が走った。痴漢、変質者、まさかそんなものに自分が遭遇するなんて。

「っこ、の……は、なれろ!! 変態!!」

「おっと」

驚きと恐怖がごちゃ混ぜになって引き攣る喉から漸く搾り出した声は決して大声とは呼べず、振り払った腕は拍子抜けする程軽々と受け止められる。触れてしまったばかりにまた幻ではないのを実感する羽目になり、余計に鳥肌が立って身体が固まった。

今なら、痴漢に遭っても咄嗟に声が出せない人の気持ちが痛いほど判る。

出来れば一生体験したくなかったが。

「……まぁ、よいか」

ごく自然な動作で俺の腕を下ろしスッと身体を引いた男は、何事もなかった様に涼しい笑みを浮かべ、初めと同じくベンチの前に陣取った。

「すまんな、驚かせてしまったようだ。俺の名は三日月宗近。おぬしのような素質ある人間を探していた」

驚かせるどうこうのレベルじゃないし痴漢の自己紹介なんて必要ない。多少距離が開いた事で漸く頭が働き始め、男を警戒しながら手探りで横にある鞄の持ち手を掴む。

改めて注意深く男の全身を見て、初めて気が付いた。普通に立っている様に見えて、足が地面に着いていない。十センチ程度だろうが、確かに浮いている。

唐突に現れた事、浮いている事、それだけを取ってもおかしい。触れられたという事は実体のない幻や幽霊とは違うかも知れないが、どう考えても人間でもない。

とにかく、こんな得体の知れないものからは早く離れなければ。

「俺と契約して魔法乙女になってくれ」

「は……?」

聞こえた不可思議な単語に思わず反応を返してしまった。錆びた音がしそうに固まった身体を叱咤して、どうやって逃げ出そうか必死に考えて……。

そんな真っ最中に聞くにはあまりにも突拍子もなく、緊張感もない。

俺と契約してマホウオトメになってくれ?

言われた言葉を頭で反芻しながら目の前を凝視するが、そこにいるのは相も変わらず輝かしいばかりの、正体不明なとにかく美しい痴漢だった。

マホウオトメって何だ。苺の新種か。とちおとめの親戚的な。

マホウって、魔法の事か?

それならマホウオトメというのは、つまり。

そこまで連鎖的に考えて、俺はマホウオトメに関しての思考を止めた。


「…………」

幸か不幸か今の衝撃で緊張は一気に解けた、それならやるべき事は一つだろう。膝から落ちていたタオルを掴んで鞄に放り込む。鞄と戦利品袋を掴んで立ち上がる。

「これこれ、話の途中でどこへ行く?」

「俺はきっと疲れ過ぎて幻覚を見ているんだ。それも謎の生き物だの和装の痴漢だのと普段考えもしないものが次々見えるという事は相当疲れている。急いで家に帰って夕飯を食べて風呂に入って早々に寝る必要がある。そうだそれがいい」

声に出して自分に言い聞かせながら公園出口へ向かって足を踏み出す。

感触があるからなんだ。寝ている時の夢だって匂いや味や手触りを感じる物があるんだから、そんな幻覚だってあっても不思議じゃないだろう。

だから俺の横をスライドしながら付いて来るこの人間ではない何かもきっと幻覚だ。

「人の大真面目を簡単に幻覚扱いしてくれるな」

「あんた人じゃないだろう」

少なくとも俺が知る限り『人』は宙に浮いて移動しない。

「うむ、いかにも。俺は妖精だ。妖精界の日本支部より遣わされたものでな、人の言葉で言うなら……そうだな、スカウトマンというやつか」

妖精なんて単語まで出て来た。しかも妖精界に支部分けまである。勧誘員までいる。

「他を当たってくれ。変態にも新興宗教にも興味はない」

もしかしたら俺はもう家に帰り着いていて、布団で寝ているのではないだろうか。

「そうではないと言っておろうに」

最近の若者は頑固だなぁ、そんな言葉を零しながら足早に歩く俺の横を付いて来る。ふよふよ浮いているから速度は出せないだろうと思ったのに振り切れない。

走らないと駄目か。しかし戦利品の大荷物があるから走るのは――。


突然、頭上に嗄れた鳴き声が響いた。続いて聞こえた羽音は随分近く、慌てて振り向いた先には外灯の光に照らされ急降下して来る黒い物体。

「うわ……っ!!」

体当たりする様な勢いで目の前に降りて来たのはさっき追い払った大柄なカラスの片方だった。顔を狙って嘴と爪で攻撃して来るのを腕や鞄で防ぐ内、ビニール製の戦利品袋の持ち手部分が破られ、重力に従って地面に落ちた音がする。

だが、すぐに拾い上げる余裕はない。続け様、もう一羽らしき鳴き声が聞こえた。

こんなの二羽に備えもなく突然集られたら流石に掠り傷程度じゃいられないぞ!?

頭付近で暴れる一羽目の攻撃を防ぎながら何とか足元に落ちた戦利品袋の場所を視界の端で確認した途端、黒い影がそれを浚って行った。

「ちょ、っと、待て!! おい!!」

黒い影、二羽目のカラスが戦利品袋を持って空へ上がるのを見計らった様に、一羽目も攻撃を止めて二羽目に続く。カラスが案外賢かったとしても、さっきの仕返しに来たなら俺に攻撃するだけだろう、どうして持ち物を狙うのか。

大体カラスがこうも明らかな連携プレーをするのもおかしな話だ。

「くそっ」

頭上の視界が確保出来る道を選びながら二羽を追って走り出すと、あっという間にさっき離れたばかりの公園広場まで戻ってしまった。空に上がったと言っても戦利品袋の重さの所為か低いところを飛んでいる。

当然手を伸ばして届く様な高さではないが、まるで取り上げた物を見せ付ける様に旋回までしている辺り敢えて低いところを飛んでいる様にも思えて憎たらしい。

「カラスの癖に生意気な……!」

「ただの鴉ではないぞ。あれは妖魔の仮の姿よ」

どこへ行っていたのか、どこから現れたのか、カラスとの攻防では姿が見えなかった三日月と名乗った幻覚がまた隣に立っていた。いや、浮いていた。

「魔法に妖精に妖魔って、何がどうなってる……」

「低級な妖魔だが。まぁ、怒らせると大きくなるのがちと厄介か」

「大きく……?」

「そら、膨れるぞ」

地鳴りの様な音が空気を振るわせる。頭上を仰ぐと二羽のカラスが風船さながらに膨れて塊になる最中だった。片羽が掴んでいた白い大きなビニール袋をも巻き込んで。

「お、俺の戦利品!」

「取り込まれたなぁ」

なんなんだ、あれ。一つに纏まったそれは不定形に蠢き、更にゆっくり膨らんでいる。

「どうしてくれるんだ……」

現実離れし過ぎた光景で頭が真っ白になった。

「どうもこうも。先程おぬしは俺の入っていた依代を助ける為、あれに危害を加えたであろう。それ故に奴は標的をおぬしに変更し、大切そうにしていた戦利品とやらを奪ったに過ぎん。低級の妖魔ごときにそれ以上を考える知能はないさ」

そう言って三日月はあっけらかんと笑う。入っていた……(?)って事は助けて貰った立場じゃないのか。その割に完全に他人事扱いだとしか思えないリアクションだ。

「助けなきゃよかった……」

あの謎の生き物。こんなおかしなオプション付きと知っていたら絶対見て見ぬふりをしただろう。いくら可愛らしい物でも呪いのアイテムは遠慮したい。

「ははは。こうなったら、もう諦めるしかないなぁ」

「諦められるか! あの中にはアミューズメントプライズ限定まるしばさんの特大ぷにもちクッションが入ってるんだぞ!?」

「アミュ……? まるしばさん、の……もち、とな」

暢気に笑っていた三日月が首を傾げる。

「まるしばさんの特大ぷにもちクッションだ!!」

今日の戦利品一番の大物にして超レアな逸品だ。

まるしばさんの特大グッズは主にプライズ限定、尚且つ流通ルートが限られる為、存在は知っていても絶対現物すら拝めないと思っていた。それを偶然見つけて運良く捕獲したというのに「はいそうですか」と簡単に諦められる訳がない。

少なくとも俺にとってあれはそれだけの価値がある。

ついでに言うと捕獲するまでにかかった投資金額も結構デカい。


「あんたも人外なら人外同士で何とか出来ないのか」

「期待に沿えず申し訳ないが、生憎と俺は防衛特化型だ。戦うのは苦手でな」

あっさりと言い切って俺に向き直った三日月の表情は予想外に真剣なものだった。

「……だからこそ、おぬしのような素質ある人間を探していたのだ。人間界に現れる妖魔と戦う為、魔法の力を扱える者を」

「素質……って」

「俺にはわかるぞ。妖魔に虐げられるいたいけな俺の依代を見て見ぬふりをしなかった勇気、奪われた戦利品とやらを見捨てぬ大切な物を愛する心。そして今、得体が知れんと畏怖を抱きながらも俺一人をこの場に残して逃げ出さぬ優しさ」

いや。俺が逃げ出さないのはあんたの為じゃない。

何が何でも戦利品を取り返したいだけだ。

随分都合良く解釈されている。

あるいは『そうかも知れない』と俺に思わせる為に誘導するつもりかも知れないが。

「魔法とは都合よく誰にでも扱えるものではない。素質なき者に我ら妖精の姿を見ることは出来ず、幾ら呼びかけようと依代の声すら耳に届かん……俺とこうして対峙出来るおぬしは充分にそれを持っておる。おぬしは妖魔から大切な物を取り返したい。俺は妖魔と戦える者が必要で、その手助けが出来る。利害は一致しておるのではないかな?」

「ふざけるな……突然戦えと言われても俺はただの一般人だ」

特別に身体能力が高い訳でもないし、実は超能力があるとか武術や護身術の類を修めているだとか都合のいい設定は一切付いていない。

そうしている間にも頭上の塊は膨張を止め、今度は捏ねられる粘土の様に動き始めた。

殊更ゆっくりとしたそれが余計に不気味さを醸し出している。

「ははは、流石に低級。形成に時間がかかるなぁ」

「呑気な事言ってる場合か!」

「判っておる。ただの一般人──おぬしに限らず普通の人間はそうだろう。丸腰で戦ってくれなどと無茶は言わんさ。だからこそ魔法の力と、それを扱う素質が必要なのだ」

三日月が俺に向けた掌が淡く光を放つ。すると俺の身体を取り巻くように幾つもの淡い光の粒が舞った。目の前を横切ったそれは、見覚えのある花弁の形をしている。

「……桜?」

冬も近いこの時期にこんなものどこから。

「おぬしが纏っているものを人の目にも見えるようにしただけ、まやかしを見せている訳でもないぞ。それが素質ある者の証よ」

「俺が、纏っているもの……」

ひらりふわりと軽やかに舞う光は掴めない。だが掴もうとした掌から透けてすり抜ける瞬間、温かい空気の様なものが確かに触れる。

三日月が手を下ろしたのに合わせて光の花弁は見えなくなった。

「魔法の力で身体能力は飛躍的に上がる。魔法乙女としての経験が浅くとも、身の軽さや速度どれを取っても常人の十倍は発揮出来るだろう」

「十倍」

って、つまりどのくらいだ。

単純に一メートルが十メートルになると思えばかなり凄い様な気はするが。

「おぬしが戦ってくれるのであれば、俺は奴を閉じ込める檻……人に判りやすく言うなら《結界》にあたるか。それを作ってやることは出来る。それから――」

ミョゲェェェェェェッ

三日月の声を遮ってけたたましい鳴き声が響く。

頭上を仰ぐと最早カラスではなく怪鳥とでも呼ぶしかないような影が広がっていた。

テレビや写真でしか見た事がない大型の象を髣髴とさせる巨体に、カラスの頭が二つ並んでいる。しかし大きさが不揃いで歪。さっきの鳴き声も酷い。

「か、かわいくない……」

未知の怪物が恐ろしいとか怖いという以前にそう思ったのは、多分余りにも現実離れして悪夢じみた状況の所為で。しかもあの中に俺の可愛い物コレクションの一部が巻き込まれていると思うと本気で眩暈がして来る。まるしばさん特大ぷにもちクッション……!!

「ふむ。張りぼてが出来上がったか」

怪鳥が大きく嘴を開き、その空間の中心が強く光り出す。

「これまさか……破壊光線とか吐くやつじゃないのか……!?」

「なに。慌てるほどではないさ」

微笑みを浮かべてのんびりとカラスに向き合った三日月は軽く手を挙げる。それとほぼ同時、予想通り怪鳥から吐き出された光線は真っ直ぐにこちらを狙って来た──……が、俺達に届くより約数メートル先、空中で見えない何かに弾かれ呆気なく消えた。

「見ての通りだ」

にこやかな表情を変える事なく、まるで知人に挨拶でもする様な仕草で手を振った三日月に対し、怪鳥はさっきよりも酷い声で鳴き喚き派手な羽音を立てた。強風が巻き起こり周辺の草木も騒がしく揺れる。多分……というか間違いなく、更に怒ったと思う。

自分は戦えないと言った癖に挑発してどうする。

「攻撃は難なく防いでやれる。おぬしが多少離れた場所にいても問題はない。命の保証は出来ると思うのだが、どうかな?」

あれをどうにかしない事には俺の戦利品は戻って来ない。ここまで来たら夢だ幻覚だと誤魔化す事も出来ない。諦めて逃げ出したからどうなる物でもないだろう。

「……上等だ」

命の保証は出来ると豪語する三日月を、この得体の知れない自称妖精を信用するには決定打も足りていないが、少なくとも三日月はあれと戦える人間が必要だと言った。

だったら、最悪の選択肢にはならない筈だ。

「それで、どうすればいいんだ!?」

変身とか何とか。

あるんだろう、この流れだと……魔法何とかの王道展開に則って。

「なに、簡単なことよ。近こう寄れ」

「……」

含みのある笑みで手招きされるが、逆に俺は一歩下がった。

「ほれ、近こう」

「…………」

再び手招きされる。

何故近付いて来ないのか判らないと言いたげにきょとんとした表情には罪悪感の欠片も見当たらない。出会い頭に痴漢行為をはたらいた相手に呼ばれてホイホイ近付く訳がないだろう、普通に考えて。自分が何をしたのかも忘れたのかこいつは。

「仕方がないなぁ」

軽く溜息を吐いてやれやれとでも言いたげに自ら近付いて来る三日月は俺が『次は何をされるか判ったものじゃない』という最大級の警戒心で睨み付けても全く動じていない。

マイペースを通り越して最早何に関しても深く考えていないだけなのか。


「おぬしの名は」

「や、山姥切……国広」

「よい名だな。大人しくしておれよ国広、すぐに済む」

思いの外、真剣な声色で俺に向き合った三日月は何事かを低く呟いた。

明らかに日本語ではなく、多少聞き覚えのある外国語の発音どれとも違う。

耳に入って来ても頭が理解出来ない音。

片手が顔近くに伸びて来て指先が俺の額にかかる前髪を避ける。どういう意図があるのか見当も付かないが、大人しくしていろと言われたからには身動きしない方が良いのだろうか。妙な緊張感で姿勢を正すと三日月は嬉しげに目を細めて頷いた。

「うむ。おぬしは言付を守れるよいこだな、感心感心」

よいこ。この歳になって言われてもあまり素直に喜べない言葉だ。

微妙な気持ちになったこちらには一切構わず、もう片方の手が俺の肩にかかる。

三日月が顔を寄せて来て、静かに目を閉じ──って、まさか。

「ま、まて、ちょっと待て、あんた何を」

近い。無駄に距離が近い。慌てて離れようとしてもタイミングを見計らった様に強く肩を掴まれて距離を詰められ逃げられない。これは唇の貞操の危機というやつじゃないか。

せめてもの抵抗に顔を伏せ目を瞑った、その瞬間。額に柔らかいものが触れた。

「っ……!」

額から手足の指先まで一気に『何か』が駆け抜け息を飲む。

寒気にも痺れにも似た今までに経験した事のない不思議な感覚はほんの一瞬の事で、未知の余韻がじわりと残る身体には、内側から心地の良い温かさが広がって来る。

「終わったぞ」

間近に聞こえた暢気な声で目蓋を開くとすぐ目の前に三日月の胸元が見え、状況的角度的に先程触れた柔らかいものの正体は三日月の唇であったのだと気が付いた。


つまり、でこちゅーとか呼ばれるやつをされたのだ。


「な……なんなんだ、今の!! 魔法何とかに関係あるのか!?」

「《祝福》を授けた。人間が魔法を――所謂、異界起源の力だな。それを扱うための一時資格証を発行したのだ。魔法乙女として練度が上がれば必要なくなる作法だが」

「だ、だからって、何か他にも方法が……!」

唇の貞操の危機は回避したがこれはこれで初対面の相手とのスキンシップにしては問題が多々あるんじゃないのか。妖精界とかいうやつは感覚が欧米式なのか。

「別の場所でもいいんだが……口の方がよかったか」

「魔法の便利アイテムとかそういうのはなかったのか、って意味だ!!」

「ああ、その類は初めから用意されている訳ではなくてな。魔法乙女として実践を積み、練度を上げてから魔法力を錬成する事で自分専用の物を作り出すことは出来るぞ」

「……自家生産式」

世の中に出回っている魔法何とか物の作品で最初から便利なコンパクトやらステッキやらが用意されているのをこれほど羨ましいと思った事はない。

「まぁ、変身に慣れぬ内はこれが手軽でよいと思うぞ」

変身――その単語でハッとして視線を下げる。

「これ……は……」

目に入った自分の身体は見た事も着た事もない服装になっていた。

ブレザー襟のジャケットコートにブラウスとミニスカートを掛け合わせた様なデザインの服。青を基調にしたジャケットコートの部分は細い金のブレードで縁取りされている。

アクセントカラーに赤、他は主に白。ブラウスは半袖パフスリーブ、ミニスカートは斜め二段のフリル、両手首には飾りボタン付きのカフス、足元はサイハイソックスにミドルブーツ。何とも表現し難いのだが、魔法何とかというよりはアイドルか何かのステージ衣装に近い気がしなくもない。ただ、俺が「女だったら着てみたかった」と気紛れに考えた事がある様な服のパーツは要所要所取り入れられている辺りが妙に悔しい。


一瞬過ぎてイマイチ実感は湧かないが、服装は『変身』した。学ランの制服から、明らかに女物の衣装に。という事は、それに合わせて身体の方も――……。

「なっ……てない!!」

服の上から胸板を触って、普段と全く変わりないのに絶望した。ついでに意識を股に向ければそこにもしっかり大事なものが残っている。

「どうした?」

「どうした、じゃない! 身体が女になってない!!」

「おぬしは性転換願望があるのか」

「そうじゃなくて! これじゃただの女装した男だろ!?」

「いや。可憐で凛々しいその姿、実に立派な魔法乙女」

「衣装だけがな!!」

魔法なんとかならいっそのこと見た目も性別もガラッと変えて欲しかった。

もし万が一、親兄弟に見られても絶対にバレない具合に。

せめて髪を伸ばすとか何とか出来たんじゃないのか。

髪が伸びていないのは既に感覚で判り切っていたが、敢えて違和感のない頭に触れてみると両耳上側の髪に細いリボンが結ばれている。

「なんなんだこの申し訳程度のツインテール感は!!」

度が過ぎる中途半端さにいっそ腹が立って来た。やるからにはしっかりやってくれ。

「まぁまぁ。細かいことは気にするな。それに案外似合っておるぞ、自信を持て」

当事者でないあんたは気にしないかも知れないが俺は大いに気にする。

自信がどうとかの問題ではない。しかし『魔法乙女』とかいう存在を定義したどこの誰とも判らない誰かに、まさか男が『魔法乙女』になるとは思わなかった、と言われればそこまでの話である。考えれば考えるほど深みに嵌るドツボに陥った気分だ。

「……武器は? まさか可憐な魔法少女に肉弾戦させるつもりじゃないだろうな」

可憐とか魔法少女とか自分で改めて口に出してみると頭痛がして来る。

が、それは一先ず頭の隅に追いやっておく。

「魔法少女ではない、魔法乙女だ。そこにある依代を」

三日月が指差した先、座った覚えのあるベンチの上には地面に落としてしまった謎の生き物がちょこんと乗っていた。そういえば、三日月が現れてからこいつの鳴き声を聞いていない……ふと生まれた疑問は丸いそれを手に取った瞬間、納得に変わる。

うんともすんとも鳴かず動かない、これは生き物ではなく、紛れもないただのぬいぐるみだ。動いていたのは、三日月が憑いていたから――だから『依代』と呼んだ。

「敵に向かって投げ付ければいいのか」

「これ、粗末に扱うでない」

「違うのか」

可愛い生き物だと思っていたらすっかり騙された。俺が恨みを込めて力一杯握り締めた依代を見て、三日月が少し痛そうな顔をしながら手を差し出す。

「これは妖精が人間界に降りる依代であり、妖精が見初めた魔法乙女、最初の武器よ」

受け取った依代とやらを両手で摘まむ。

横向きにした小さなぬいぐるみを身体正面で構える和装のイケメン。但し痴漢。

しかも横にいるのはコテコテな着ただけ女装の男子高校生。

絶対知り合いには見られたくない光景だ。酷過ぎる。

しかし三日月本人は真剣そのもので深呼吸をひとつ。

「はいっ!」

紫電一閃とばかりに掛け声が空気を震わせて、勢い良く左右に開いた腕――の、動きに沿って依代が伸びた。それはもう見事に伸びた。胴体の部分が。

にょろりと伸びたそれが上向きの弓なりに反って光り、細く変形して行く。眩しい光が弱まって行く中、現れた物は……どうみても日本刀だった。

「受け取れ」

「……」

ありなのか、それ。

あの小さくて柔らかいぬいぐるみが伸びて光ったら日本刀になるなんて、大丈夫なのかこの武器。途中でぐにゃりと曲がったりしないのか。

刀なんて模造刀すら馴染みはないが、金を基調とした装飾が珍しい事だけは判る。

一般的な刀のイメージからは随分遠く派手な部類だろう。

青みを帯びた刀身は鋭く光を反射して、切れ味は良さそうだ。

日本刀なんて完全に物理戦の近接武器だろう。肉弾戦をしろと言われるよりマシかも知れないが最早魔法もへったくれもないじゃないか。

いや、むしろこの常識では受け入れ難い事が次々起こっているのがまさに『魔法』の領域なのか――。

駄目だ。深く考えたら負けな気がする。そんな事より今は戦利品を取り返す事だけを考えろ。ハサミやカッターナイフでなかっただけで上々だ。

武器が刀なら、要するに。

「……斬ればいいんだろ」

三日月の前で宙に浮く刀の柄を握る。

それなりの重さを覚悟して受け取った刀は手の中で重力を取り戻したが、予想よりも随分と軽い。かと言って軽過ぎるという訳でもない。恐らく『馴染みが良い』と表現するのが妥当なんだろう。

「それから《結界》だな」

三日月が二本の指で円を描く様に空中をなぞる。青い装束にも付いている細い月を下向きに重ねた形の模様が光で浮かび上がり、周囲に広がりながら薄れて消えて行った。

「半径一キロ圏内を切り取った。まぁ、本来はあの程度の相手にそこまで用心する必要はないんだが、大は小を兼ねるというからなぁ。大きいことはいいことだ」

切り取った……つまり、結界を張ったと言うことなんだろう。周囲を見渡しても俺の目には全く変わった様子はなく見えて、不安しかないが……。


こうしている間にも実は怪鳥が頭上で鳴き羽ばたいている。

光線は吐いて来ないが嘴や鉤爪で攻撃しようと滑空して近付いては来ているのだ。

しかし先程の光線と同じく頭上数メートル先で見えない壁の様な物に阻まれ、けたたましく騒いでいる。考えるまでもなく三日月の仕業だと思う。何なんだこの鉄壁の防御力。

そしてあいつと戦う為にはこの安全圏を離れなければならないという理不尽。

俺が多少離れていても問題はない、攻撃は防げる、と三日月は言ったが、果たしてその『多少』が何メートル以内を指しているのか。

目の届く範囲って解釈でいいのかそれは。

しかし――。

「やるしかないなら、やるまでだ……!」

勢い良く刀を振り抜いた矢先、ゴトンと明らかに重たい物が落ちた音がした。

「え……」

刃先が掠る筈のない数歩離れた場所にあった動物型の遊具。コンクリートの塊。

その首が地面に転がっている。

「ちょっと待て、今のでなんで斬れるんだ!?」

公共の器物破損。立派な犯罪である。明日の新聞で《鋭利な刃物のようなもので切断された遊具》なんて説明文付きで写真が載る一大事になりかねない事態だ。

「うむ。俺の刀は剣圧だけでもよく斬れるなぁ」

「こんなに斬れるなら先に言ってくれ!」

「なに、《結界》を解けば全て元通りになる。思う存分暴れていいぞ」

戦いが終わって結界を解いたらこの落ちた首もくっ付くという事か。そんなところだけ妙に便利なんだな……などと関心していると三日月が俺の背後へ回り身を寄せて来た。

「なんだ……今度はなんだ!」

「いやいや。未熟な魔法乙女を補助するのも我らの役目であるからな」

そう言うが早いか、後ろから掌で目の前を塞がれる。と言っても、直接触れた訳ではなく目を開いて隙間が確認出来る程度の距離はあるが。

「《助力眼》発動」

三日月の声と共に目と掌の間の空気が暖かくなる。外気よりも体温よりも明らかに高い温度はまるで目には見えないホットアイピローでも当てられている様な体感。どことなく心地良さを覚える自分が悔しい。

「国広。合図をしたら走り出せ。広場外周を通って反対側にある東屋へ」

「東屋?」

視界を遮ったままの説明はどうなんだ。しかも耳元で喋るのは辞めてくれ。

幼い頃は頻繁に訪れた記憶がある公園でもこの歳になれば縁遠くなる。

何となく程度にしか記憶にない様な広場の全景を頭に浮かべ、今居る場所から三日月が言った東屋までを思い出す……が、走れと言われても簡単に頷ける様な距離ではなかった筈だ。この公園は住宅街の一角に陣取っている割には噴水や広場や散策路がある程度には広い。しかも直線移動ではなく『広場外周を通って』と指定付きだった。

「あんた他人事だと思ってかなり無茶振りしてないか!?」

「さぁ、行け!!」

「うわ……っ」

ドン、とほぼ突き飛ばす様な強さで背を押され、俺はその勢いのまま走り出す。

よろける事もなく走り出せたのは身体が異常な程に軽い所為だった。

恐らく通常であれば背を押された勢いで簡単に転んでいた筈だ。下り坂を追い風で走る様な加速感、これが『魔法』の効果なのか。普通に走っているつもりなのにいつもの何倍も速い。それでも、まだ加速出来そうな余裕を感じる。

軽く後ろを見ると怪鳥は立ち止まったままの三日月の頭上から離れ、走り出した俺の後を追って飛んで来ていた。まさか俺を囮に。そんな思いが一瞬過ぎる。自分の走る速度が上がっているのに比べると怪鳥の飛行速度は思いの他ゆっくりとして見えた。

『止まるなよ』

「ん!?」

突然三日月の声が頭に響き思わず足を止め、振り返る。

その途端、物凄い音がした。映画や何かでしか聞く事がない、機関銃を彷彿とさせる様な、ズガガガガッともズドドドッとも表現し難い、物凄い音が。

「……冗談だろ……」

一瞬にして周り地面には無数の巨大な羽が突き刺さっていた。

土やアスファルトを派手に掘り返し突き刺さっているのは、道端に時々落ちているカラスの羽だ。ただし一本が俺の身体の半分くらいはある。

俺の周りだけ一定距離、円形に無被害なのは三日月のお陰なのか。

『立ち止まるとこうやって狙い撃ちにされる。まぁ、敵が離れている限り国広に当りはしないが、そう何度も喰らいたくはないだろう?』

「だから、そういう事は先に言ってくれ!!」

怪鳥の鳴き声を頭上に聞きながら再び走り出す。幾ら敵の攻撃が当らないと言われてもさっき目の当たりにした地面の惨状を間近で経験するのは遠慮したい。

「三日月、なんなんだこれ、テレパシーか!?」

『似た様なものだな。《助力眼》という。ただのテレパシーよりも少しは便利だぞ。初陣ではこれが最良手だろう』

魔法乙女の練度が上がって来ると妖精からの干渉が効かなくなる故、長くは使えん技だが――そう付け足した声に不安の色は一切なかった。

広場の反対側、目指す東屋が近付く。

「東屋に行ってどうしろって言うんだ」

『屋根へ上がって、やつが来るのを待て』

よじ登るのも苦労しそうな高さの屋根に上がれなんて、随分気軽に無茶を言う。そう怒りたくなるだろう、普段の俺なら。

だが、今なら難なく跳べるのが体感で判る。

地を蹴って、屋根へ。斜めの足場に少し戸惑いはしても転んだりはしない。身動きの軽さは勿論、バランス感覚もいつも以上に良くなっているのが判る。

『まずは風切り羽を斬れ。どちらか片側で構わん。それでやつは飛べなくなる』

「風切り羽?」

『妖魔を見据え目を凝らせ。両翼の先端が光っているだろう?』

言われた通り上空に近付いて来た巨大な影をじっと見る。翼の先、確かに鈍く赤色に光っている羽が何枚か見えた。《助力眼》というのはつまり初心者向けナビゲーションか。

戦闘に所謂チュートリアル機能的なものがついて来る魔法乙女。

ご丁寧な事だと感謝したい気持ちもあるが、しかし武器は刀だ。刃の届かないところまで剣圧で斬れるぐらいには切れ味が良くても結局は近接用である。

優しいのか厳しいのか全く判らない。

「そうは言ってもここからじゃ届く訳が……」

『あの妖魔は元々賢くもない上に、今は冷静さを欠いている。そのまま国広目掛けてここへ突っ込んで来るのは目に見えているからな』

その為にさっき挑発してたのか……?

「……まさかそこで斬れって!?」

『いや、突っ込んで来たら飛び降りろ』

「じゃあ何の為に上ったんだ!」

何をさせたいのか、ますます訳が判らない。

『やってみれば判るさ。そら、来るぞ』

「っ……なんなんだ、一体!!」

どのタイミングで飛び降りろとか、もう少し詳しい指示はないのか!

三日月の予測通り頭上近くまで来た怪鳥が狙いを定め、真っ直ぐに急降下で東屋へ突っ込んで来るのを確認して屋根から駆け下りる。

ズズン……ッ

地響きを背に聞きながら距離を取って、振り返り――その先にある光景に唖然とした。

「ポリゴン抜け……だと」

『うむ。低級だからなぁ』

造りが単純な3Dを使った古いゲームによくあるやつだ。キャラクターが壁にめり込んだり突き抜けたりするあれだ。怪鳥の巨体が衝突してあわや全壊かと思われた東屋はノーダメージでそこに建っていて、怪鳥は小さい方の頭だけを屋根に乗せる妙な格好で東屋に埋まり込んでいる……こいつ本当に身体がデカイだけだ……。

東屋の屋根から俺が飛び降りたのを確かに見ていた筈だ。俺だって衝突ギリギリまで屋根の上にいた訳じゃない。それなのに止まりもせず、進行方向を変えて空に上がる事もせずに真っ直ぐ突っ込んで来て、すぐに起き上がらないところを見るに脳震盪か。


『低級とはいえ人間界に侵入出来る程の魔法力を持っておるのでな、魔法力を素にした攻撃は馬鹿には出来んが。外身は張りぼて……小動物が身体を膨らませて威嚇するあれだ。人間界の物質に直接干渉する力は通常の鴉とさほど変わらん。やつ本来の質量はあの小さい方の頭分しかない』

「だから身体は埋まっても頭だけ屋根に乗ってるのか……」

勝てそうな気がして来た。

しかもよく見れば《助力眼》の効果なのか、小さい方の頭も赤く光って見える。

『そうだ、言い忘れていたが』

「なんだ」

『武器の攻撃範囲内に敵が入ると一時的に防壁が解ける。攻撃する時が最大の隙にもなるという訳だ、気を付けろよ』

「は!?」

攻撃は当らない、そう言ったのはどこの誰だ!?

『俺の防壁は攻撃を一切受け付けない代わり、展開したままでは自分の攻撃も敵に届かなくなる《絶対障壁》だからなぁ。強力過ぎる護りというのも難儀なものだ』

まぁ、仕方がないな、はっはっは……って全然笑い事じゃない。

「つまり至近距離で何か喰らったらアウトって事か……!」

『命の保証は出来ると言ったろう、何があろうと死なせはせん。《助力眼》を上手く使えば絶対に勝てる。安心しろ』

絶対に勝てるなんて、どこから湧いて来るんだその自信は。

俺はこんな場面で役立つ様な特技を一切持っていないただの一般人なのに。

「上手く使えと言われてもな……」

『出来ると思えば出来るさ。それが人間界の法則に縛られぬ魔法の力よ』


そんな単純な自己暗示と根拠のない自信で上手く行くなら苦労はない。

現実はそんなに甘くない。だが、これは。今は。『魔法』の――『非現実』の時間だ。

東屋に埋まり込んだ怪鳥が身動きをし始める。刀の柄を握り直して走り出す。

また飛び上がる前に、ここで風切り羽を落とす!!

「逃がすかッ」

片翼の先を薙いだ刀は確かな手応えを返し、黒い羽が派手に舞い散った。

切り落とした羽は赤黒く発光し弾けながら小さな粒に分かれ空気中に消えて行く。

怪鳥が埋まり込んだ東屋から起き上がり翼を羽ばたかせるがその動きはバランスを失いただ周囲に強風を巻き起こすに留まる。

グギャアァァァァッッ

何度も羽ばたきを繰り返し、漸く飛び立てない事に気が付いたらしい。

怪鳥の咆哮がビリビリ鼓膜を震わせ、再び重なる地鳴りの様な音。

「まさか……」

――まぁ、怒らせると大きくなるのがちと厄介か。

三日月が言った事を思い出す俺の目の前で、怪鳥の身体は更に膨れ上がった。

最早二階建ての一軒家くらいはありそうなサイズに。

『大丈夫だ。見てくれが大きくなっても本体があの小さい頭なことは変わらん』

「大丈夫じゃない、その本体までの距離に問題が大有りだ!!」

ズン……怪鳥が一歩踏み出す。気の所為ではなく、地面が地震の様に揺れた。

心なしか目付きもさっきより凶暴になった気がする。

「こんな物……どうしろって!」

明らかに俺を認識して駆け出して来た怪鳥に背を向けて全力で走り出す。

怪鳥との追いかけっこが始まった。巨大化して小回りが利かない身体をしている癖に追いかけて来る怪鳥はやたらと早い。

「飛ぶより走る方が早い鳥っておかしいだろ!?」

『妖魔だからなぁ』

人間界に侵入する以前は二足歩行だったのかも知れん。頭に響く暢気な三日月の声に怪鳥が地面を揺らす音が重なる。ついでに後ろから矢の如く次々飛んで来る羽が俺の周りで見えない壁に弾かれて、焦げ付く様な音を残して消える。

三日月が言った通り敵の攻撃は俺の周りだけ完全に無効化されていたが、広場を走り回る内、どんどん周囲は荒れて行った。怪鳥が走った石畳はひび割れ、アスファルトで舗装された散策路は掘り返されて土が剥き出しになっている。

こいつの本体が小さい方の頭だという事が判っていても、手も足も出ない。

どうにか頭まで登るか、どこかを踏み台にして飛び乗るかしないと地面にいる状態では逃げの防戦一方だ。身体能力が上がっているのは体感で判る。だが、体力が無尽蔵でない事も確かだ。現に走り続ける内、少しずつだが疲れも息切れも感じ始めている。

このままだと逃げ回るだけで体力が尽きて終わりだろう。

割れた石畳に足を取られよろけた拍子、刀を取り落としそうになり慌てて握り直した。

『国広、上だ!!』

突然響いた鋭い声に顔を上げると視界を覆う黒い影が降って来る。

こいつは飛べない筈……いや、跳んだのか!?

「ッ!!」

咄嗟に刀を頭上で横に構えたのは条件反射の様なものだった。真上から踏み下ろされた脚の鉤爪を刀で受け止めるとガキンと音が鳴る。それはまさに金属同士がぶつかり合った音で、鉤爪の硬さを実感して寒気が背筋を撫で上げて行く。

刀が敵に触れているこの状態は三日月が注意しろと言っていた防壁が消えている状態に他ならない。つまり、今押し負けたら、この鉤爪が身体に触れたら、最悪は――。

何があろうと死なせはしないと三日月は言ったが、何をどうやって助けるつもりなのかも判らなければ、死なない程度の大怪我はありえる、とも取れるのだ。

本当に自分がこんな状況に陥っている事自体が信じられない。夢であれば良い。そう思う気持ちは刀を握った両手に押しかかるリアルな重力で潰される。この巨大な怪物を刀と身体の力だけで受け止めているだけでも充分信じられない事ではあるが。

これを押し返さなければ逃げるにも逃げられない。刀と組み合った鉤爪はとてもではないが斬り落とせそうもない硬さ。だが、風切り羽は簡単に斬れた。

硬いのは恐らく、普通の鳥と同じ様に嘴と鉤爪だけだろう。そう思いたいが、もし羽以外は全て刀を弾く様な硬度だったら、幾ら何でも勝ち目がないじゃないか。

出来ると思えば出来る──そんな自己暗示が力になるとは信じ難いけれど。

斬ろうと思えば、斬れる!!

「潰されて、たまるか……っ」

力任せに鉤爪を押し返し勢いよく薙ぎ払う。鱗の様な皮膚が見える脚にパクリと赤黒い亀裂が走った。怪鳥が悲鳴を上げ巨体をぐらつかせる内、真下から逃げ出し距離を取る。

鮮血が噴き出る事はなかったが、確実にダメージは与えられたらしい。

よ、よかった、大量の血だとか溶解液だとかが降り注がなくて本当によかった!

『背後に回れ!』

三日月の声が聞こえるか聞こえないかのタイミングで踵を返す。

考える事は一緒だろう。怪鳥が俺の居場所を見失っている今が絶好のチャンスだ。

死角を縫って背中側に回り込み地面に近い尾の先に飛び乗った。足元は素材不明に軟らかく、巨体が揺れる所為で走り難い事この上ないが、頭に向かって必死に駆け上がる。

「これでッ、最後だ!!」

柄を強く握り締め、勢い任せに突き立てた刀が小気味よく怪鳥の本体、小さい方の頭に埋まって行く。血が噴き出す代わりに毒々しい赤い光が広がり出す。

空気を震わせる絶叫に耳を塞ぎたくなるが刀を握り締めて耐える。

一頻り断末魔の鳴き声を響かせた怪鳥の巨大な身体は、血の様な赤い光に染まり天を仰いだ姿勢のままで固まった……。


『終わりだな』

「そ、そうなの、か……っ!?」

突き立てた刀を支点にしていた身体が急に傾いて膝を着く。

咄嗟に体勢を整えて、取り落とさない様に握った刀の柄は柔らかかった。

「……」

握るとふにふにする。

「待、っ」

柄だけではない。むしろ刀が刀だったものに変わっている。

だらりと胴体が伸びた、あのぬいぐるに。

握り締めても刀には戻らない。その間にも、怪鳥の身体は先に切り落とした風きり羽と同じく光の粒へと変わりながら急速に端から消えて行く。

「嘘だろ……ッッ!?」

戦闘終了の瞬間に武器がぬいぐるに戻るなんて聞いていない。

そもそも頭まで駆け上がって、とどめを刺した後の事を考えていなかったし、三日月も何も指示をしなかった。流石にこの高さから落ちたら怪我どころじゃ……かと言って飛び降りて着地する自信も、上手く受け身が取れる保証もない。


足元が、消える。


「三日月────!!」


固く目を瞑って備えた衝撃は訪れず、代わりに適度な弾力のある何かで受け止められた身体はふわりと浮いた。

「…………へ……?」

「ご苦労だったな、国広」

目を開いた視界には夜空を背景に微笑む三日月がいる。

妙に距離が近い。

「な、ッ!?」

それもその筈、俺はお姫様抱っこで宙に浮かぶ三日月に受け止められていた。


「初陣にしてはなかなかの活躍だ。流石俺が見込んだ者というところか。筋がよい」

「い、いや……必死だっただけで……」

上機嫌に褒められるとむず痒い気持ちになる。

しかも体勢が体勢で落ち着かない。三日月が現れてから少女漫画にありがちなイケメンとの急接近イベントが連発しているが、生憎と少女漫画が好きでもイケメン相手にときめく性質ではないし、何より俺は忘れていない。

理由はどうあれこの男が出会い頭に痴漢行為に及んだ事を。

でも。

「三日月」

「うん?」

「……助かった。ありがとう」

三日月が何の話だと言いたげにぱちぱちと瞬きをして、数拍おいて漸く「ああ」と呟いた。受け止めて貰えたお陰で真っ逆様に落ちる筈だった地面にゆっくり降りて行ける。

こればかりは礼を言っておくべきだろう。

「国広が戦ってくれて、こちらこそ助かった。俺だけでは妖魔に太刀打ち出来んのでな」

「終わったのか……?」

何もいなくなって静まり返った周辺を見る。何を以て終わりになるのかもイマイチ判らないが、いつの間にか《結界》が解かれたらしく壊れた遊具や抉れた地面も元に戻っていて、それが尚更現実味を失わせている。

「無事に退治出来たぞ。願いが形になり、想いの強さが力となる――それが『魔法』よ」

物凄く良い事を言った様な顔で〆た。地面に降り立ち、俺が握り締めていた伸びたままの依代を三日月が受け取ると、しゅるしゅると元の大きさに戻る。

「出来ると思えば出来る。言った通りだろう?」

「……まぁ……確かに」

自分では予想も付かない様な事をやって退けてしまった自覚はあるが。

「あ、あああ!! 俺の戦利品!! と、鞄は!?」

「しっかり回収しておいた、安心しろ」

三日月が指差した先に見慣れたスクールバッグと戦利品袋を確認して気が抜ける。

今更手足に震えが来て、何だか笑えた。

「変身を解くにはどうしたらいいんだ、自動的に戻るのか」

「拍手をひとつ、だな」

「かしわで?」

「神社を詣でる時に賽銭箱の前で手を鳴らすだろう? あれのことだ。変身を解く際は意識を集中して、大きく一度打てばよい」

変身するのも一瞬なら解くのも一瞬とは。電気のスイッチか何かか。

とはいえ、変身を解く為にまた妙な事をされなくて良かったというのが本音である。

意識を集中……と言われてもイマイチ勝手は掴めないが、足を軽く肩幅に開き──。

「ああ、ひとつ以上打ってはならんぞ。逆に解けなくなってしまうからな」

「えっ!?」

解けなくなるってどういう……!?

「はっはっはっはっ。冗談だ」

「く……っ」

完全に人をおちょくっている。

「自力で戻れずとも俺がなんとかしてやる。ほら、物は試しだ。やってご覧」

朗らかな笑顔で続きを促す。

まるで子供を諭す様な言い草が一々気に障るのは果たして、俺がそういう年頃だからなのか、三日月の口調が悪いのか。態と集中を妨げている様にすら感じる三日月に背を向け目を閉じて、数度深呼吸をする。身体の内側からぽかぽかと暖かいものが湧いて来る様な感覚が頭から手足の先まで広がったのを感じながら掌を打ち合せる。

パンッ──思いの外、大きく音が響いたその直後。


「い、ッ……!?」

突然全身に重怠さと痛みが走り、俺はその場に膝をついて崩れ落ちた。

服装は一瞬で元の学ランに戻ったがそれどころではない。身体を動かそうとする度引き攣る様にあちこちが軋む。しかし、この痛みは何となく覚えがあるような。

「ああ、やはり出たか」

「出たって、何がだ……!?」

傍に立つ三日月を見上げる為に頭を持ち上げるのも酷く怠いし、首が痛い。

と言うか、うっかりすると寝違えの様に首筋が攣りそうだ。

「うん、まぁ、主に『筋肉痛』と『肉体疲労』だなぁ。何しろ魔法の力で普通の人間の身体能力を一時強制で飛躍的に引き上げている訳だから、最初の内は当然負担がかかる。過度な運動をした後の状態だ。まあ、その内身体も慣れて来るんだが」

「ッ、聞いて、ないぞ……! こんな後遺症!!」

「命に別状はないからな、安心していいぞ。ただちょっと身体が怠くて痛いだけだ」

全く悪意のないにこやかな笑顔で三日月は俺を見下ろしている。

ギシギシ、ビシビシ、身体のどこかを動かすと繋がっている関節や筋に一直線に響くこの壮絶な筋肉痛のどこが『ただちょっと』なのか。

猛抗議したいが痛みの方に気が逸れて怒る気力も湧かない。

「この……っ、状態で、家まで歩けって、言うのか」

もう一度言おう。俺はただの一般人だ。

特に身体能力が高い訳でもなければ肉体改造の趣味もないし、アスリートでもないし、体育会系の部活動で青春を謳歌している訳でもない。当然普段からこんな凄まじい筋肉痛と疲労に悩まされる様な生活は送っていないのだ。

確かに気絶する程の激痛ではなく流血を伴う大怪我とも違う。

恐らく、無理矢理立ち上がって歩けない事はないだろう。

だが出来れば立ち上がりたくないし、一歩も動きたくない、このまま布団に倒れ込んで眠りたい。そう思う程度には身体が限界だ。

そんな状態で鞄を持って、戦利品袋を抱えて、身体に鞭を打って、徒歩で帰れと。

「魔法の力とか何とかで、瞬間移動とか、そういうのは……」

「いや、俺も手を貸してやりたいのは山々なんだが、少し問題がある。俺は国広に触れられるので、抱きかかえて運んでやることも、肩を貸してやることも出来る。とは言え、先に話した通り俺の姿は普通の人間には見えん。つまり目撃されたら不自然極まりない」

平日の夜の住宅街。仕事帰りのサラリーマンの一人や二人歩いていてもおかしくはないだろう。宙を浮いて移動するのは以ての外、妙なパントマイムをしながら一人で歩いている状態に見られるのもご近所さん的に問題があり過ぎる。

どちらにしろ、アウトだ。俺の平穏が。

「自力で、帰ってやる……ッ」

気合を入れて無理矢理立ち上がる。

正座で痺れた足で立って歩くのとどちらが辛いか。そんなどうでも良い事で気を紛らわせながら、おぼつかない足取りで鞄と戦利品袋を回収した。

とにかく全身が痛いし物凄い重量の荷物を背負っているかの様に身体も重い。

「おお、そうか。では、俺は精一杯応援してやることにしような」

ぽん、と気の抜ける音がして手品のように三日月の両手の先に小さな旗が現れる。

よくお子様ランチに立っているあれだ。


達筆な筆字で『がんばれ』と書いてある。

但し、白旗だ。


「そんな応援要らない――!!」

俺の声は夜の公園に空しく響いた。






小川のせせらぎが響き、小鳥の囀りが聞こえて来る。

そこに重なり流れ始める明るい曲調のオルゴール。

爽やかな森の朝をイメージしたBGM。


これが毎朝の始まりだ。

朝六時、いつも通りの起床時間。


「……酷い夢を見た……」


目覚まし時計のアラームを聞きながら、自室の天井を見上げ呆然と呟いた。

この歳になるまで人並みに良い夢も悪い夢も見て来たとは思う。しかし昨夜の夢は今まで見た事がないレベルでとにかく急展開で非現実的かつ理不尽だった。

眠って身体を休めた筈なのに何故かとても疲れている上に、いつも通り目を覚ました、それだけで頭と身体が疲労を訴えている。

詳細は思い出したくないので早々に忘れたい。

それより顔を洗って台所へ向かわなければ。平日日課の弁当作りが間に合わない。

自分の昼飯が購買になろうと構わないが、楽しみにしてくれている家族の分までボイコットは出来ないだろう。アラームを止めるべく上半身を起こそうとして──全身に走った衝撃に中途半端な姿勢で固まった。

「な、なんだ……?」

あちこちに走る痛みの正体は再び身体を動かして直ぐに判る。この痛み、筋肉痛だ。

酷い夢のオチがとてつもない筋肉痛だったのを思い出す。体感として夢の中の激痛よりまだマシな気はするのだが、比較的ありがちな脚や腕の筋肉痛のみならず全身という辺り体育会系ではない俺にとっては普段そうそう縁のないダメージである。

夢見が悪くて起きてみたら身体まで痛いなんて。

俺は余程苦しい体勢で寝ていたんだろう。魘されていたかも知れないし、首を寝違えていないのが奇跡か。気を取り直して、極力ゆっくり上半身を起こす。

たかが筋肉痛、されど筋肉痛。常は全く意識しない動作がこんなにも苦に感じるとは。

普段の倍は時間をかけてアラームを止めて溜息を吐き、何気なく布団を弄った手先が柔らかい物に触れる。昨晩から俺の横で添い寝をする事になったまるしばさん特大ぷにもちクッションだ。

肌触りが良く伸縮性が高い生地の誘惑は強力で、吸い寄せられる様に触ってしまう。

掌で撫でたり手指を押し付けたりすれば返る感触と弾力はぷにぷにもちもち。

アミューズメントプライズ品ながら店頭で買える高価なぬいぐるみにも引けを取らず、ぷにもちクッションの名に偽りなし。『まさに』の仕上がり。

コンセプトがお昼寝中なだけあってまるしばさんの丸いフォルムに気が抜けたゆるい表情が堪らない。俺が普段使っている枕よりも巨大なのでベッド内の就寝スペースが若干圧迫されているのだが、この手触りと可愛さの前には些細な事だ。

怠い身体を預けてまるしばさんに倒れ込むと、もふん、と効果音が聞こえて来そうな柔らかさが包みこんでくれる。ああ、今日が休日だったらこのまま眠るのに……。


もぞ。もぞもぞ。


「…………」

まるしばさんの下で、何かが蠢いた。

微睡みかけた思考がスッと覚めて行く。


うちにペットの類はいない。まさか、大きなネズミや虫の類か。

それならまだ夢であってくれ。寝ている間にそんなものがベッドに侵入して添い寝なんて堪ったもんじゃない。気付かなかった事にしたい。しかし、自分の下敷きにしたまるしばさんの下、確かに何かが動かしているであろう振動が伝わって来るのだ。

見えない何かを刺激しない様に、そっと身を起こす。

やはりまるしばさんが微かに揺れている。

どうする──ネズミの類ならまだ追い払うだけでも。だが虫だった場合は逃がしたくない、と言うよりかもう遭遇しない様に退治したい。とはいえベッドの上で仕留めたくはないのは本音だし、今の俺の身体に俊敏な動きは全く期待出来ない。

気の所為にしたい。そう思っても目の前には何かがいる。

そっと、まるしばさんのフチを持ち上げて隙間から覗くが手前側には何もいない。

まるしばさんの真下、あるいはもっと奥の壁側か……更に持ち上げないと見えないようだ。だが持ち上げたくない。得体の知れない物を前にしてフリーズする内、もぞもぞと振動が前進して来る気配がして咄嗟に手を離した。

「ッ…………!!」

まるしばさんの下からボールの様なものが顔を覗かせる。

「ち?」

青くて丸い、謎の生き物。

「ちー! ちぃ?」

ちぃちぃ鳴く、動くぬいぐるみ。ぱちくりした目に、にこにこする口のついた顔。

それがまるしばさんの下からころりと転がり出て、俺を見上げ首を傾げた。

可愛い。

違う、そうじゃない。可愛いのは確かだがそうじゃない。

「夢……」

だった筈の、あれこれが頭の中を駆け巡る。

これが走馬灯というやつだろうか。

「ちかちか!」

「じゃ……なか、っ……た…………」

謎の生き物──もとい、妙なモノが『憑いている』動くぬいぐるみが、ぴょこんぴょこんと器用にベッドの上で跳ねる。可愛い。だがそういう問題じゃない。

そんな非現実的な光景を前に、俺はなす術なくうなだれた。





俺の名前は山姥切国広。

全日制の男女共学普通科に通う、どこにでもいる男子高校生だ。

特筆すべきはあまり人に言えない少女趣味くらいしかない。


だが、人には言えない秘密がもうひとつ増えた――。

第二話 時季外れの転校生には大体裏がある ~ 魔法乙男まんばちゃん幻のあらすじ編 ~

昨日の出来事は悪夢ではなかった──色々な意味での頭痛と全身に残る筋肉痛と倦怠感を抱え、いつも通り登校するまんば。何度放り出してもいつの間にか戻って来る呪いの人形の様な三日月の依代を鞄に忍ばせ(もとい鞄に勝手に潜り込まれ)憂鬱な気持ちで迎えた朝のHR、時季外れに一人の転校生がやって来る。


教師に先導され教卓脇に立ったお洒落男子は加州清光と名乗った。

若者向けの雑誌でモデルをしているらしく、一部女子の間ではプチ有名人、話題の的。本人も臆する事なく堂々とした様子で愛想を振り撒いている。席に着く時もこちらが驚くほどフランクに挨拶された。どうしてこんなあからさまに人種が違う人間と隣の席にならなければならないのか……昨日から本当についてない。

窓際一番後ろの席でおひとりさまを謳歌していた筈が、新しく横に並んだ机とそこに座る転校生&野次馬。授業合間の短い休み時間ごとに発生するちょっとした非日常に辟易しながら静かに席を立ちその場を離れるまんば。

清光はそんなまんばを横目でちらりと見ながら、含みのある笑みを浮かべていた。


まんばにとっては昼休みの屋上青空ぼっち飯も趣味の一部である。

屋上に出られることはあまり知られていない。知っている生徒もいるのだろうが、ただフェンスで囲まれただけの殺風景な場所には魅力がないのか、あまり人が来ない場所だ。

学校に着いてみたら家を出る前に捨てた筈の三日月の依代が鞄の中に潜り込んでいたのには驚いたが、朝のHRが終わってからそっと開けた時にはもういなくなっていた。

どこへ行ったのかは判らない。だが、普通の人間には見えないと言っていたのは本当らしく、校舎内で謎の生物が!なんて騒ぎは起こっていないから問題ないだろう。

このまま誰か別の、適性とやらがあって本来通りの魔法乙女になれる女子のところへでも行くのだろうか。特別寂しさの様なものは感じないけれど、それならそれで一言くらい詫びてから行けと思わなくはない。こちとら昨日の後遺症で未だに筋肉痛や疲労感を引き摺っているのだから。

静かに穏やかに自作のお弁当を摘まむまんばの元に、ひょっこりと清光が現れる。

教室にいたら『転校生への校舎案内』を名目に昼食を落ち着いて食べる時間もなく連れ回されそうだったから人気のないところを探して逃げ出して来た、と悪びれもせずに言う清光と何故か並んで食事をする事に。

人見知りも相まって愛想も良く出来ないまんば相手でも清光は気さくに上手く会話を続けてみせる。これが業界人必須(?)のコミュニケーション能力かなどと感心しつつ、話してみればお高くとまる様な事もなく案外普通の男子高校生と変わらない清光に、悪いやつではないようだ……と少し警戒心が解けるまんば。


隣の席に集まる野次馬以外は特に変わった事もなく、午後の授業と帰りのHRまでを終える。気が付いたら清光の姿はない。一応プチ有名人だから下手に家までついて行こうとする人間がいないとも限らないし、普通に何か用事があったのか。

まぁ、とにかく急いで帰ったんだろう、そう思いながら帰り支度の為に鞄を開けるとそこにはいつの間にか三日月の依代が。呆気に取られている内に依代が鳴いて騒ぎ始めた。

幾ら周りに聞こえないと言われても自分にはしっかり聞こえているのだから、気分は静かな場所で突然切り忘れていたアラームか何かが鳴り始めてしまった人である。

大慌てで鞄に荷物を詰め、鞄の中で依代を強く握り締めて鳴き声を封じながら教室を飛び出した。人目を避けられる校舎の外れまで来て漸く息を吐く。依代の中から姿を現した三日月曰わく、校舎に着いてみれば妙な気配がするので探っていたのだという。

日中、依代の姿で歩き回ってみたが特に収穫はない。しかし放課後になって妙な気配が強まった。それをまんばに伝え、見回りをさせる為に依代の姿で騒いだらしい。

聞いてしまったからには逃れられない……妙な責任感からまんばは三日月と連れ立って校舎を見て回る事になる。廊下で生徒や教師とすれ違っても、背後霊よろしくまんばの側で浮いている三日月に気が付く者は全くいなかった。本当に見えていないらしい。

一通り歩き回り最初の地点に戻って来たが、元より妙な気配が判らないまんばは勿論、三日月も何も判らなかった。大体妙な気配ってなんなんだ。都市伝説によくある学校に住み着く系の霊とか何かではないのか。自分が通う高校にそんなものがいる、と言われればそれはそれで嫌な気もするが。

三日月は困り顔で首を傾げる。妖魔かと言われるとそうかも知れないし違うかも知れない、ただ人間界では滅多に感じ取る事が出来ない異界の力──所謂『魔法』的なものの気配がすると言う。しかしもう見て回る様な場所もない。どうしたものかと溜息を零した矢先、三日月がハッとして天井を仰いだ。

国広、屋上だ!

そう言われても屋上だって見に行っただろう。だが屋上で間違いない、と言う。

仕方がないなと屋上へ向かおうとすると三日月の姿が消えた。

どこへ行ったのかと思えば、物言わぬぬいぐるみに戻っていた依代が鞄の中でちぃちぃ鳴き始め、何かを訴える。イマイチ判らないがじたばた動いて突然パタリと転がりそれを繰り返す。パントマイムの様な動きを見るに、どうやら充電切れ。

人型の三日月は依代から出ていられる時間制限があるらしい。不便だ。

こうなってしまうと三日月の言いたい事が判らない。

どれくらいでまた出られるんだ、五分か十分かそれ以上か?まんばの言葉に対する反応を見るに十分かからずにまた出られる様で、ここで依代相手に話していた時間と屋上までの移動を考えればそれくらいは過ぎるだろうと思いながら半信半疑で屋上へ向かう。


屋上へ着いても目に見えてあからさまな異常はない。

けれどまんばも寒気がするくらいに嫌な予感はする。何がどうと言葉にするのは難しいが、さっき来た時とはどこか空気が違う。だが人影も人外の影もなく、頼みの綱の三日月もとい依代も鞄の中でオロオロしている。

辺りを見回して首を傾げていると清光が姿を現した。

山姥切じゃん。何してんの、こんなとこで。にこやか声をかけて来る清光。

それはこっちの台詞だ──帰ったんじゃなかったのか。

もう部活動がある生徒以外は残っていない様な時間なのに。何はともあれ、屋上に何かがあるなら清光を離れさせなければ。だが全てをそのまま話したところで頭がおかしいと思われ兼ねない。何をどう言えば自然に帰らせる事が出来るのか、頭を悩ませるまんば。

俺さぁ、山姥切に訊きたい事あるんだ。

そう言った清光は人懐っこい笑顔から一転してドSい笑みを浮かべた。


「ミカヅキムネチカ、って知ってるよね」


まんばがなんでその名前、って思った瞬間には清光が身に付けてるアイテムがカッと光りを放ち一瞬にして制服とは全く違う姿になった清光が立っている。

こやつも魔法乙女か!?充電を終えたらしい三日月も姿を現し、妖精の《祝福》なしにアイテムのみで変身出来るとは──三日月は清光の練度の高さに驚いているが、まんばは別の意味でそれどころではない。

清光の魔法乙女衣装は確かに女装は女装でも、黒コートをベースにしたボーイッシュ系の格好良い衣装で、自分のコテコテな女装とは大違いだったからだ。変なところでショックがデカい。(魔法乙女歴が長くなり練度が上がれば変身アイテムを作り出せる他、衣装も自分である程度カスマイズ出来るという事をまんばはのちに知る……)

あんたがミカヅキムネチカ?

清光の問いに三日月は真面目に警戒した様子でいかにも、と答える。

俺にも理由はよくわかんないんだけど、前置きした清光は事もなげに、あんたの事殺さなきゃならないんだよね。三日月に向かってそう言い放った。

物騒な台詞にハッとするまんば。

そいつ山姥切の『妖精さん』?流石に大人しく渡しては、くれないよね。

変身していいよ、待っててあげる。

戦わざるを得ない雰囲気だが、まんばは妖精の《祝福》なしでは変身出来ないどころか昨日の今日ではいそうですかとすんなり変身の儀をこなせる訳でもない。まごまごしながら変身したまんばとその姿を見て清光はきょとんと首を傾げる。

感じる魔法力の割に練度低そうだなーとは思ってたけど、もしかして新人?

やっぱり『妖精さん』がミカヅキムネチカだったからかぁ。

新人で悪かったな……二日目だ!

若干カチンと来たまんばがそうキッパリ言い切る。

二日目!?まいったな、俺弱いものいじめ嫌いなんだよー、余裕綽々に一人ごちる清光。


《助力眼》使って良いよ、二対一ってことで。

その代わり、俺が勝ったらそいつ貰うね。(ルビが殺すねになる系)

じゃ、はじめよっか!




手練れの物凄い強くて怖いライバル出現の魔法乙女殺し合い殺伐ルート開拓!!?

イキナリ超絶ピンチ!?

……かと思いきや、実は裏で盛大な勘違いが発生しており、最終的に力強い仲間が一人増えました☆

というオチになる魔法乙男まんばちゃん第二話 ~完~


清光をスカウトした妖精さんは大包平くんでした。(お察し案件)

かれこれ妖精界で幼稚園児頃からの付き合いというか腐れ縁で一方的に三日月さんをライバル視し続けている大包平くんの『打倒三日月宗近』が清光にはかなり捻じ曲がって伝わっていた模様。清光の側に大包平くんがいないのは、清光がもう大体一人で何とか出来るくらい強いので大包平くんは学校から離れて見回りに行っていた所為です。(清光が変身した気配を察知して現場に駆け付けて来る)


実はまんばちゃんだけじゃなくて、初期刀5は各地で魔法乙女(女装)になっている。

一番魔法乙女歴が長いのはほぼカンストに近いくらいの清光です。

三日月さんはまんばちゃんが学校に着くまで鞄の中、学校に着いてみたら何だか妙な気配がするのでHR前にふらりと教室を離脱しています。

清光は勘が良くて尚且つ魔法乙女歴が長い分、自分の気配を隠すのも上手いので、三日月さんは最初センサーが撹乱され気味。

教室でまんばちゃんを見た瞬間にビビッと来た清光はまず一発で魔法乙女である事を見抜き、観察している内にまんばちゃんの側に妙に魔法力高い『妖精さん』がいる気配がする、多分ミカヅキムネチカだ……って気付きます。

三日月さんは妖精界の中でものらりくらりしている割に魔法力の高い優等生的な位置。

典型的な天才肌みたいなやつです。大包平くんは努力の天才型です。

妖精でも魔法力の低い子は人間界と妖精界を行き来出来なかったり、依代を使ってギリギリ人間界に降りる事だけは出来ても依代から人型で出られなかったりするので、魔法乙女の勧誘員が出来るだけでも結構凄かったりする訳です。

妖精界日本支部の統括的な立場で彼らの上司にあたるのは小烏丸で、数珠丸さん(補佐役)と光世(荒事向き補佐役兼用心棒)がいたりします。

三日月さんも大包平くんも小烏丸には頭が上がりません。というか皆上がりません。

ついでに大包平くんは数珠丸さんにも頭が上がりません。お察し。


魔法乙女は人間にとっては命懸けの過酷な肉体労働なので、実は時給制(しかも変身中の分計算)で時給が高く、就労規約書(契約書)にサインが必要です。ちゃんと人間界で使えるお金、日本なら¥で支払われます。本人名義で勝手に作られる裏口座に。

三日月さんがその辺をすっ飛ばしたのでまんばちゃんは最初知りませんが、一週間くらい経って何度か変身してからじわじわお給料が発生している事を知ります。

第×××話 あとがきという名の反省作文

初めまして、お久しぶりです。生きてます。神白です。

唐突に頭の悪い趣味全開の本が作りたくなりまして、大真面目に全力でふざけた話を書きました。お付き合い頂きましてありがとうございました。


本当はこれ、一番最初は誰か文字書きさんに本文を丸投げしたかったんです。

全体のあらすじとキーフレーム的なシーンや台詞だけを決めて、あとは好きに書いて貰って、私は原作と絵の方に嵌まる形でコラボみたいな事がやりたくて。

でも、このノリ、喜んで付き合ってくれる人がパッと思い付かず。

何せ現パロの魔法少女の女装で武器が日本刀で設定はご都合主義の厨二ラノベ風味を目指す訳です。頼むにしても、私がイメージする『魔法少女』『変身モノ』『厨二ラノベ風味』を相手に齟齬なく判って貰えるかはまた別の話で、同じジャンルの同じカプが好きでも、そこに辿り着くまでに商業で読んで来た作家さんとか作品って千差万別です。

寂しい事なんですが、私は過去に熱中して来た作品が誰かと被るという事が漫画小説アニメに限らず、滅多にありません。だから、これはひとりでやらねばならんな……と。

漫画の方が絵面的には絶対面白いだろうなって思いもしたんですが、漫画描くのは好きなんですが、得意かというと得意ではないです。しかもアクション物は無理があります。

冷静に「自分が使える表現方法で、この話をどうにか形に出来るもの」と考えると小説一択でした。下手に無理矢理漫画で描いて、どうしても描けない部分を妥協して別のモノに変更して誤魔化す……みたいな中途半端な事をしなくて良いのが小説の利点だと思います。絵で描けなくても文章なら書ける物って正直多いです。

私の存在を知っている方々の半数以上は私の事を『絵描き専門』だと認識していると思うので、小説という表現方法を使うのは正直、少し申し訳ない気持ちがあります。

誰かが作品として私に求める物があるとしたら、絵や漫画だろうなとは思っていて。

小説に専念している人間ではないので文章も上手くないです。新刊は小説本です、って言ったら「なんだ、漫画じゃないのか」って思う方は少なからずいると思うんですね。

だから申し訳ない……みたいな気持ちにはなります。と言いながら、昔からジャンルを問わず漫画・小説どちらも生産するタイプな私は使える物は何でも使うのです。

同人小説に挿絵は要らない、という話題をネットで見掛けた事もありますが、私が読んで育って来た小説は軽いノリでもシリアスでも挿絵があってそれが好きで。文章で作品を作っても絵で表現したい部分は絵で表現したいと思うので大抵挿絵が入ります。

ネタ的にこれは挿絵がない方が良いな、と思ったら潔く一枚も入れないんですが。

同じタイプの同人屋さんにお会いした事がないので珍しいんだろうなとは思いつつ、まあ、公共の良俗に反しない限り、公式様のお目こぼしからはみ出さない限り、やりたい事をやって作品を形に出来るのが同人活動だと思うのです。


カバーのコンセプトはずばりそのまま『魔法少女モノのライトノベル表紙』でした。

まんばちゃんは初期武器が太刀(三日月宗近)なのでカバー表はポーズ集の太刀参考、裏は三日月さんの戦闘立ち絵参考になっています。

口絵のコンセプトは『少女漫画ラブコメライトBL感』でした。

自分的には目指したところに着地出来たつもりです。

ロゴも自分で作ったんですが、結構頑張ったのでは……?と自画自賛しておきます。

今回の本はどうしても『パッと見で無駄に可愛らしく』『カバーのスリットから表紙の上部を見せる』というのがやりたくて敢行しました。

実はカバー加工が全部手作業です。

本体とカバーを別の印刷所でPP付きで刷って貰って、カバーのスリット加工・折り返し部分のレース加工・シール貼りは自力でやっています。ゆえに個体差という名の粗さがあります。妙にバランス悪いな……とか思ってもご容赦下さい。手作業です。

口絵の為に買ったと言っても過言ではない『ゆめかわ&キラキラ素材集』も大活躍しました。ありがとうありがとう。とっても可愛くなりました。


この本、事前に告知していた通り通販限定の予約受注生産です。

今あなたが読んでいる一冊を含みこの世に十冊くらいしか存在しません。

……と言う気満々だったんですが、みかんば沼のこんな片隅の生き物の発行物に気が付いて下さる方には予想以上に物好きな方が多かったみたいで、自分の分と長年私の発行物を(ジャンル問わず)買ってくれている様な友人達の分と、みかんば沼でこの本の存在に気付いて下さった方々の分、全部で五十冊刷りました。

正直「自分の分一冊だけ作れば良いかな」とか思う様な突拍子も無い本でこんなに刷れるとは思いませんでした。ご予約頂いて本当に本当にどうもありがとうございました。

面白かったと思っていただけていれば何よりなんですが自信はないです。すみません。

普段ここまで趣味丸出しで吹っ切れた物は生産しない様にしているので(飽くまでもとうらぶの二次創作としてみかんばを描く以上は云々……とか一応考えています)ちょっとばかり「ほんとに表に出して大丈夫なのかこれ感」でしたが、まあ、予約受注生産の通販限定本なんて手に取ってくれる人は大抵の事は笑って許してくれるだろうと思います。


BOOTHの方にも書きましたが、高校生まんばちゃんに女装魔法少女で刀持たせたくて作った話なので、お色気シーンも胸キュンシーンもなくノリと勢いと自分が読みたい気持ちだけで出来上がっている拙い本なんですが、少しでもお楽しみ頂けたなら幸いです。

あとページ数予定が「60前後予定」→「72予定」→「88確定」と酷い変動したのは全て私の原稿が増えるワカメな所為です。大体予定より増えます。一・五倍くらいに。


発行日が八月三十一日なのは私が初めてとうらぶでサークル参加した月下美刃第一回目が三十日で、その翌日に作ったみかんば隔離アカウント(現・絵置き場ですね)の三周年記念を兼ねての設定です。

今回はお付き合い頂きまして本当にどうもありがとうございました。

では、またどこかで。 神白