「寒ーい!」


爽やかな太陽光と、肌を刺すような寒さの中、風牙は体を縮ませる。


一月一日、望月の中でもSクラスが過半数を占めるチームに所属する彼らは、御照神宮から少し離れた裏口に集合していた。


今日の仕事は初詣や、望月主催のショーなどで混み合う御照神宮の警備の他、実際にショーへ出演したりと、毎年恒例の行事への参加がある。


「正月くらいはゆっくりしたいよ。別に仕事はいいけどさ、寒いし……」


マフラーを巻いて首元がもこもことしているウィステリアは、半分埋まっている顔をさらに埋めて身震いをする。


「それ!さっすがウィスタ!わかってるぅ〜!」

風牙はウィステリアの囁きに対して激しく頷き、同意を示す。


そしてそのまま風牙は、少しでも寒さを防ごうと藤原の背後に移動した。


「もしかして俺、風除けに使われてる?」

「ごめん先輩!でも寒いのが悪いと思うんだよね」


苦笑いの藤原に対してしょうがない、といった様子で屁理屈を言う。


そんな風牙の様子に石黒は振り返り、風牙を一瞥した。


「足を出しているのが悪いのだろう。毎年行っているのだから少しは学習したらどうだ?」

そう話しながら白い息を吐き、未開封の懐炉を風牙の方へと突き出す。


「これ肌色でわかんないんだろうけど、一応タイツ履いてますから〜!でもありがと!」


石黒が差し出した懐炉を受け取り、パッケージを剥がす。

「酸化反応が沁みるね〜……」などと呟きながら、風牙は懐炉をシャカシャカと振った。


「え、いいな〜琥珀。俺にもくれないの?」

藤原が若干ふざけた様子で石黒に尋ねる。


藤原は例年の経験からわかっているのだろう、しっかりと上着を着込んでおり、懐炉が必要そうには見えない。


ニコニコとこちらに微笑む先輩の様子を見て、断るべく口を開いた。


「お前は別に必要そうには見えない。我慢しろ」

「そっか〜、残念」


藤原は残念とは思ってなさそうな態度で手を後ろへ持っていき、自身の後頭部を撫でた。


そのまま、「ところで」と呟く。


「小町、ちょっと遅くはないか?集合時間前ではあるけど、いつも一番乗りで到着してるよな……」


______彼女は待ち合わせをする際、望月での仕事であれば余計、一番乗りで現場に到着していた。


一番乗りではなくても、十分前には確実に到着していた。


その彼女が集合時間間近である現在もなお、姿が見えない。


「確かに、どこにいるんだろう……俺、ちょっと探してみる!」

「あ、ちょっと待った……って、もう行ってるし……」


参道へと向かってしまったウィステリアを静止するため、藤原は声を出したが、一足遅く、ウィステリアは向かっていってしまった。

藤原は行き場のない手をふらふらさせ、ぼんやりと参道の方角を眺める。

「あれ、戻ってきてねーか……?」


言う通り、ウィステリアは何やらジェスチャーをしながらすぐにこちらに引き返してきた。


「何してるんだろうね、あれ。めちゃくちゃ参道を指差してるけど……あ、戻ってきた。どうしたの?」

風牙が尋ねると、ウィステリアは至極真面目な顔で答えた。


「まっち囲まれてる」

一月一日、カラッとした晴天だ。


現在、御酒枝は、民間人、もとい望月のファンや、有名人を一眼見ようという見物人に囲まれていた。


______油断しちゃったな、もっと、望月としての自覚を持つべきだったのに……


後悔先に立たず。チラリと端末を確認する。


画面上に表示された時計は、ただ刻一刻と集合時間へ近づいていることを知らせるだけだった。


「う〜ん、あ、ありがとうございます……!」


ファンへの受け答えをしつつ、どうやってこの状況を突破しようか考える。

そうして、自分がどうしてこのような状況になったのか思い返した。


_____望月に新人として所属している御酒枝は、今日限定の御照神宮の御朱印を押してもらうべく、始発で御照神宮へと来た。


今日はそのまま御照神宮で望月としての仕事がある。


早めに御朱印を押してもらって、一時間前に集合場所に行き、それから、いつものように先輩を待って、仕事を始めるつもりであった。


しかし、脳内でシュミレーションをしていても、現実でうまいこと行くとは限らない。


御酒枝は御朱印を無事に手に入れ、そのまま集合場所へ行こうと参道を通っていたところ、一人、望月のファンだという学生が話しかけてきた。


自分自身もかつてはファン……今もだが、そうであったことと、時間があったのもあって、なるべく丁寧に対応していた。



そして、気づいたらこのような状態になっていたのである。


御酒枝の脳内に様々なアイデアが浮かんでは消えていく。



______最悪、神通力を使って飛べば……いや、こんなところで風を起こしたら、周りのお店に迷惑をかけちゃう!


「ちょお、お嬢ちゃん。こっちや」


御酒枝がワタワタしていると、後ろからすっと腕を引っ張られた。

「え、えっと、あの!」

「黙り。気づかれたらあかん」

気付けば、人の多い参道を抜けて、静かな裏道へと誘導されていた。


______これは、助けてくれたのかな?


人が多かったものだから、助けてくれた人の顔すら見ることがままならなかった。


現場のスタッフの人かもしれないと思い、改めて感謝を伝えるべく御酒枝は、その男の顔を見上げる。


「あ、ありがとうございま……」


しかし、予想とは反して視線の先にいたのは……自身の家庭教師を務める大学生、夙川兵馬であった。


「あけましておめでとう。なんやえらい人だかりができとる思うたら……やっぱ望月って人気者なんやなぁ」


「せ、先生!?……あっあけましておめでとうございます!ど、うしてここに……!?」


御酒枝が目を開いて驚いていると、夙川はいつものようにニコリと笑って、ゆるく頭を傾げた。


「どうしても何も……俺ぇ、望月のファンですし。友達......とショーを見に来たんや」


御酒枝は、平素と変わらぬ夙川の様子にほっとする。


しかし、若干いつもとは挙動が違うことに気が付く。

何やら夙川は時計を気にしている様子であった。


そういった様子から______『友達と来ている』と言っていたし、先生は急いでいるのだろう......と解釈した御酒枝は、謝罪をしようと頭を勢いよく下げた。


「あっ、ご迷惑をおかけしてしまいましたよね……!すみませんっ!」

「あー、いや」

違うんやけどな......と手を腰に充てる。


迷惑ではない。寧ろ、この状況は夙川にとっては好都合である。


何故なら彼は今、バイト中である……だが、ま、適当に冗談を言えばなんとかなるやろ。と、夙川はよく回る舌を動かした。


「俺のことは気にせんと、お仕事に集中しいや。俺も友達をあんま待たせてられへんねん……人気者の小町ちゃんと居るのがバレてまうからなぁ」


関西の冗談は都会っ子には通じなかったのか、御酒枝はその夙川の話を聞いて、それなら余計待たせてしまってはいけないのではと顔を青くする。

「ええっ!すみません……!」

「いや、うーん、ほんまに純粋な子」


冗談めかして言ったつもりが、あまり効果がなかった。


まあ、いつものことかと笑う夙川であったが、御酒枝はそんな彼の様子に余計心配をかけてしまっている……!とぺこぺこと頭を下げ続けた。

______俺が去らんかぎり、止まらんやろな


これに溜息をつくことも、夙川にとっては「いつものこと」に当たるのであった。


「じゃ、そういうことやからもう行くわ。頑張ってな」

そう言い残し、ひらひらと手を振りながら、雑踏の中へと消えていった。


「あっ……はい!」


御酒枝は、少しの間、意外な人物との思わぬ再会に呆気に取られる。

だが、彼女には時間がない。そのことを途端思い出し、端末の画面を確認する。


その数字は、今にも集合の時刻になろうとしていた。


「わ!えっと、もう、こんな時間、急がないと……!」

一方、そんなことを知る由もない他のメンバーは、いかにあの雑踏から御酒枝を助け出すかの作戦を立てていた。


「この中だとわたしが一番適任じゃない?捕縛してから多分、引っ張れるし……」


そう風牙がジェスチャーをしながら伝える。


しかし、こんな人だかりで能力を使うのは、得策ではない。


やはり、そのまま自分たちが向かって断りを入れながら無理やり連れ出すしかないだろう。

その程度で望月のイメージが下がるとは思えない。


自分の考えを伝えようと藤原が視線を前にあげると、石黒が先に何かに気づいた様子で声を出した。


「……いや、待て、なんかあの人だかり、なくなってるぞ」

「え?嘘、あ、ほんとだ……」


風牙が振り返る。


石黒の言う通り、先ほどまで存在した人だかりは嘘であったかのように無くなっていた。


「ってことは、無事に抜け出したって、ことか?ならよかったが……」そう呟きながら藤原は携帯端末を起動する。

「どちらにしろ、5分遅刻だな〜」


人混みはなくなったが御酒枝がどこに行ったかはわからない。


晦冥が発生したという知らせもない。望月Aクラスである彼女が一般の人間に攫われるようなことは……きっとないだろう。


ただ、今だにここに来ていないことは事実だ。


いったいどこに行ったのだろうと石黒が周囲を見渡していると、突如後ろから「あの……」と聞き覚えのある声がした。


石黒が後ろからの声に気づき、振り返る。

彼の動きに合わせて他のメンバーも視線を動かした。


その先には、髪の毛がもみくちゃになっている御酒枝がいた。


「おわ!び、びっくりした……って、小町か!」


驚く藤原にこくこくと頷きながら、眉毛をしょげ、と下げる。


「す、すみません!お、お待たせしました……!」

そのまま御酒枝は手で髪を整えながら、勢いよくお辞儀をした。


「顔あげて!それよりも大丈夫だった?ごめんね、新人なのもあるし、現地集合にしない方がよかったかも……」


心配するように風牙は、御酒枝の前髪を整える。


その様子を見ながら少し笑い、ウィステリアは小首を傾げながら呟いた。


「というか、あそこから抜け出してきたの?大変だったねまっち……」

「あ、いや、家庭教師の先生がいて、その人に助けてもらったんです!」


拳をぎゅっと握りしめる。彼女の姿からは、恩と感謝が滲み出ていた。


「え、望月メンバーの家庭教師で、さらにあの人だかりから助けるって、それ絶対一般人じゃないだろ……」


驚く藤原に対して、御酒枝は「そうなんですよ」と肯定する。


「凄いですよね。でも普通の大学生なんですよ……」


なんてことないかのように話す御酒枝の様子に「そ、そうか、変わった大学生もいるもんだな……」と戸惑いながら言葉を返した。


「おい、お前ら、急げ。これ以上待たせるわけにはいかない」


すでに歩き始めている石黒がこちらに話しかけてくる。


御酒枝は置いて行かれるわけにはいかないと、小走りで石黒の元へ追いついた。


「あ、は、はい!すみません〜!」

「裏口を通れと言わなかったか?」

「あ……えへへ……」


舞台袖までやってきた五人を出迎えたのは、彼らよりもずっと早くに到着していた山瀬だった。


まったく……と腕を組む山瀬に、風牙は苦笑いで返す。


「ハカセは先に着いていたのか」

「当たり前だ。俺は本来、機材担当なのでな。あまり表舞台に立ってどうこうというのは、性に合わないと感じていたんだ」


石黒の問いかけに対して、腕を組んだまま、フン、と胸を張って応える。


舞台袖には、今から登壇する舞台で使われるのであろう。照明制御の機械や、音響の機材……兎に角様々な機材が所狭しに並んでいる。


「というか、早く出ないと……お客さん、待たせちゃってるよね……?」

ステージの方をちらちらと気にしているウィステリアに、所謂年上組と呼ばれるSクラスの四人はきょとんとした様子だ。


「言ってなかったのか?」


山瀬が三人の顔を覗くと、藤原は肩を竦める。

その様子に、山瀬はやれやれと首を振った。


その意味を未だ理解していない新人組に対して、石黒が説明するべく口を開く。


「……もともと、集合時間を十分早く伝えていたんだ」

「えっ、そうなんですか!?」

石黒から出た衝撃の事実に、御酒枝は驚きを隠せない様子で目を見開いた。


「ごめんねーっ!わたしたちの中だと当たり前のことだったから……」

「伝え忘れちまったな……」


石黒に続いて少々気まずそうに、そして同時にかわいい後輩を愛おしむように、藤原と獅冬も謝罪の言葉を口にする。


「兎に角、間に合ったなら無問題ということだ」

山瀬が困ったように笑う。と、後輩二人も安堵の表情を見せた。


「えっへへ……なんだ、良かった」

「わわ……ほんとにどうしようかって、思っちゃいました……」


和やかな雰囲気も束の間、もうすぐ開演であることには変わりはない。

石黒が気合い入れのために一度パチンと手を鳴らすと、飽和していた空気がひとつに纏まった。


その様子を見た最年長の山瀬が、五人に向けて声明を出す。


「無事、今年を迎えられて本当に良かった。また一年、俺たちは誰一人欠けることなく、人民を守り、この国を支える」


右手の甲を上にして前方に差し出すと、その上にまたひとつ、またひとつと手が重なった。


「最高の始まりにしよう!まずはドカンと一発、望月の良さってやつを派手に見せてやろうぜ」


「あまり浮かれるなよ、青龍さん。去年もそれで噛んでるだろ」


ニカっと笑う藤原に対して、冷たい視線で石黒が忠告する。


そんな二人の様子に苦笑しながら、風牙は無理やり石黒と御酒枝の腕を引っ張って手を合わせた。


「えへへっ!まぁいいじゃんっ!わたしたちなら絶対できるっ!ね、みっきー!」

「……っ、頑張りますッ……!」


ウィステリアは皆の様子を見ながら、早まる鼓動を抑えるようにぽつりと呟く。


「今度は俺が守る番、か……よし……!」

決意を確かにし、己の手を重ねた。


六人の想いが、一つに重なる。

全ては、信じるもののため。愛する仲間のため。


希望ある未来のため。


「最高を、魅せるぞ!!」


一斉に手が上がる……かと思いきや、山瀬はそのままシュバっと手を挙げ、勢いよく舞台に躍り出てしまった。


「いや、早すぎるって、ここは一緒に舞台に上がるとこだろ!」

藤原は苦笑いをしながら後に続くように舞台へと上がっていった。


「しまらないなあ、なんか」

ウィステリアがぽつりと呟く。


それに答えるように、笑いながら風牙が言葉を続けた。

「結果が良ければ大丈夫なんだよ。さ、早く上がろ!」


六人は舞台へと上がった。そして、視線を通わせ、タイミングを合わせて、一斉に、口を開いた。


『みなさん、あけましておめでとうございます!』

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