7/7 22:00 晦冥本部 大広間
黒を基調とした荘厳な雰囲気が漂う大広間で、風嵐茅夏がため息を吐きながら言葉を繋げる。これから報告する内容があまり良くはないことを知っているからだ。
「______の結果、都立〇〇高校にて望月数名と交戦、市民一名は望月により保護されました……じゃんね」
「想定しているよりも望月の行動が早いな。これまでの俺たちの行動からもう完全に読まれちゃってる、とか?」
「颰さんにしては珍しくまともな事言いますやん。俺もここに来てから年数長い訳ではないんでちゃんとしたとこはわかんないんですけど、その説もあると思いますわ」
冷静に推察をする獅冬颰の様子に感心したのかしていないのか読み取れない様子で、夙川兵馬はラムネを飲みながら先輩を讃えた。眉を顰めながら夙川のラムネ瓶を奪おうとするが、ヒョイと避けられてしまう。
そのまま体勢を崩し、流れるようにしてソファに座り込んでしまった。こうなっては示しがつかないと、颰はそのまま椅子に座ることにした。
「大丈夫かい?」
「……気にしないでください、なんとも無いです」
「それもそうだね♪そっとしておくことにするよ。どっちにしろ面白いことには変わりないし?」
なんとなく勘づいたエレフェスが面白そうだと声をかけるが、彼の様子に、そっとしておいた方が良さそうだと感じ、そのままにすることにした。
エレフェスのこういったたまに出る気遣いに助けられているなと感じながらも、それでも揶揄うのは悪いよなと複雑な気持ちを抱く。
「それにしても……その市民一名を人質にでもすれば良かったんやないんですか?そしたら望月の皆様方も_____」
あたかもこれが改善点であるかのように飄々と話す夙川に風嵐が嗜めるような視線を向ける。
「おーこわ。どうしたんです?何か反論でもあるんですか」
ビー玉の音を鳴らしながら持っていたラムネ瓶を机の上に置き、目を細めて話す夙川を見て、それもまた打開策であったことには変わりないという考えを持ってしまう。
だがしかしそれを後輩に指摘されるのは、先輩としての矜持が許されないだろうと感じた。
「______別になんでもないじゃんね」
一拍置き、これ以上関わると話が纏まらなさそうだと、わざとらしく視線を逸らすが、思ったより勢いが余ってしまった。
そうしてそのまま、横にいたElefesに顔が衝突してしまう。
「あはは、うぉっと……大丈夫だよ♪そのままこっちに来な〜!」
面白いからそのままにしておこうと風嵐を抱きしめたまま、Elfesは話を続ける。
「長い事やってきたからねー、私たちも何か対策を練らないと、このままじゃあ妨害される一方だよ」
一瞬深刻な表情になったかと思えば、すぐに表情を切り替えていつもの彼女の様子に戻っていった。
「エルさん、まだ抱きしめる理由はあるの?もう、そろそろ離すじゃんね……」
「あぁ、悪い悪い。ちなつちゃんごめんね」
少し苦しそうな風嵐を解放するようにElefesが腕の力を緩めた。
「やっと離れたじゃんね……」
「楽しくてつい______」
会話をする彼女達の前を横切るように、男性の腕が横切る。
「すみません、前を失礼いたします」
「ああ、ありがとう」
会議がひと段落付き、会議机の上にあったカップを囗圉が回収していった。
喫茶店のオーナーも経営している彼は、晦冥でも大抵率先してこれらの業務を行う。
手伝おうかと風嵐が立ち上がるのも束の間、手慣れた手つきでそのまま誰の手も借りず、台所に運んで行ってしまった。
「まぁ、いいけど……そういえば田中さんは何処にいるんだろう」
風嵐が疑問を投げかけると、台所で皆のカップを洗っていたはずの囗が、布巾で食器を磨きながら顔を出し、口を開く。
「そうですね、田中様でしたらお仕事でいらっしゃれないとのことです。元より、晦冥の一因としてではなく資金援助の関係の間柄。加えて、月末がすぎても尚ご多忙である様子で______」
食器棚にカップを戻し終えると彼はそのまま晦冥の頭領である阿知輪籠目の近くへと移動した。
颰は相変わらず掴みどころがない人だなと感じながらも、そのまま会話を続ける。
「こんな大企業ともなると田中さんも大変だよね〜、こう、あの人を見てると俺達も休んではいられないというか」
カレンダーを見て今日が、7月7日だったことを再認識し、自分達の活動を支える資金源___もとい雇用主である田中一の姿を思い起こした。
「うぅん、それはちょっと影響されすぎだと思うよ」
「厳しいな、エル……」
皆の様子を後方でまじまじと見つめていた阿知輪は、後ろで車椅子を引いてくれている囗圉の方を向き、消えそうな薄い声で囁いた。
「______圉おじ様、そのまま前へ、移動を……」
「承知しました」
そうして、晦冥幹部を見渡せる位置である中央まで車椅子を移動させると、囗は手を放し、どうぞお構いなくといった様子で後方へ移動した。
阿知輪はありがとうと呟き、皆に聞こえるような、しかしどこか気だるさを感じるような静寂感のある声量で話し始めた。
「いきなりですが、もう一度、皆様に対して、もう一度言っておかなければならないことがあると、思って……」
そこまで言葉を綴った後、深く深呼吸をした。それから彼女はまたゆっくりと話し始める。
「私たちには、時間がありません。年内には、必ず、この悲願を成し遂げなければならないのです。
そのため、多少強引な手を使ってでも、目標を達成しなくてはいけません。
故に、私たちに手段を選んでいる余裕は……」
「無い、じゃんね。」
自分の組織の頭首の言葉を遮って、神妙な面構えで続く言葉をひとりごちる風嵐の様子を横目に颰がぽつりと呟く。
「カッコつけがってさ〜」
「おっと、鳥肌が」
「いいじゃん!かっこいいでしょうよ!大体人のこと言えないじゃんね!」
掛け合いをする皆の様子を見て、阿知輪は少しだけ口角を緩めながら、ポツリと呟く。
「ええ、そうですね、余裕は、無いです。
もう……終わらせましょう。全てを」