演習の選考では志望動機をまとめたものを選考材料とします.分量はA4にして2枚程度です.
実際の志望動機は人それぞれでしょう.就職活動のためにどうにかしてどこかのゼミには所属しないといけないと思い込んでいるから,部活やサークルの先輩がいるから,ゼミの負担が軽いという噂を信じているから,ゼミの雰囲気が穏やかで和やかだだとだまくらかされたから,経済理論や金融工学にはついていけそうにないから,意識が高い学生が苦手だから,ゼミオリでおやつが出たから,など,さまざまだと思います.しかし,このような本当の理由を書いてはいけません.
志望動機レポートは演習に採用してもらうための材料の1つであり,また,演習は教育と研究のための集まりです.したがって,志望動機レポートに書くべきことは「1.何をしたいのか」「2.なぜそれをしたいのか」の2点です.この点で,論文のイントロダクションと似ています.
「何をしたいのか」について,あまり考えていない人が多いかもしれません.しかし,だからといって漠然と「財政の研究がしたい」「日本経済の分析がしたい」と書くだけでは不十分です.私の専門領域は日本の地方財政・社会保障・家計行動などに関係するミクロ経済的な実証分析ですから,これに関係するテーマを挙げることが重要です.「消費税率の引上げが景気に与える影響」「財政赤字と世代間の不平等」などのようなマクロ経済学的なテーマを挙げてはいけません.都市と田舎の経済的環境の違い,地方の医療の問題,地域格差の問題,教育格差の問題,外国人労働者の問題,障害者や生活保護や司法過疎の問題など,新聞や雑誌やテレビやインターネットなどで取り上げられているさまざまな問題から探してくるほうがよいでしょう.もちろん,2年生の春学期までの経済学関連の授業で取り上げられたトピックから見つけてくるのもよい方法です.観光やスポーツなど,一見すると経済学っぽくないテーマもよいです.いずれにしても,白紙のWordファイルと向かい合っていてもなにも出てきません.必ずしも研究書を読む必要はないと思いますが,新書をななめ読みしたり,新聞や経済雑誌のウェブサイト(日経ビジネスとかダイヤモンドとか東洋経済とか)を眺めたりするくらいの努力は必要です.
「何をしたいのか」が決まったら,「なぜそれをしたいのか」をまとめましょう.演習の選考材料ですから,「なぜ」には2つの方向性があります.ひとつは「そのトピックが学術的あるいは政策的あるいは社会的に重要だから」,もうひとつは「個人的な事情で知りたいから,私にとって重要だから」です.後者には,部活やサークルで関係している,親戚に関係者がいる,といったものが該当します.前者の「重要性」を示すのはなかなか難しいです.理論的にはこうなるはずなのになっていない,これまでの実証研究で一致した結論に達していない,こういう社会が好ましいと思えるのになっていない,ある地域ではこうなっているのに他の地域ではそうではない,などを書くことができればすばらしいです.しかし,こういったことを書こうと思えば,「何をしたいのか」で選んだトピックについての周辺知識が必要ですし,「学術的に」という観点を選ぶとすると先行研究にどのようなものがあるかを示す必要があります.いずれにしても,「何をしたいのか」を選ぶときに,どういう経緯でそれを選ぼうと思ったのかを思い起こし,そのときの考えの回路をまとめてみるとよいでしょう.そのとき,こういう授業を聞いた,報道をみた,本を読んだ,といったきっかけがあるはずですから,それを覚えておきましょう.
「何をしたいのか」についていろいろと思いつくことがあっても,テーマは一つに絞るべきです.いくつものトピックを挙げることは,「いろいろなことに興味のある好奇心旺盛な学生だ」というプラスの評価につながることもありますが,「よく考えずに思いついたことを並べただけで,目標が定まっていない」というマイナスの評価にもなります.私の演習では,マイナスの評価になりやすい傾向があります.
「何をしたいのか」と「なぜそれをしたいのか」が決まったら,「したいこと」を選ぶきっかけになったことを冒頭に持ってきて,「なぜそれが重要なのか」「何をしたいのか」の順番で書いていきましょう.きっかけになったこと,重要性の説明,したいこと,の3段落構成にすると読みやすくなります.私の研究会は実証分析を行いますから,きっかけやテーマはできるだけ具体的であることが望ましいです.具体的な例があれば,読んだ本やウェブサイトなどを参考にして状況を説明しましょう.私は世の中のことをよく知らないので,「こういう事件があった」とか「こんな状況らしい」という説明をしているとA4で1枚くらいは埋まるのではないでしょうか.そのうえで,なぜそれを重要だと思ったかというのを説明しましょう.学術的あるいは政策的あるいは社会的な重要性がよく分からなければ,個人的な事情を書いておきましょう.たとえば,地方が関係するテーマのときに「わたしは大学入学を機に上京してきたがうんぬん」とか書くとかですね.「したいこと」についてはそんなに具体的なことを書く必要はありません.「なんとなくそこらへんの事情を研究したい」とか「ついでに統計的手法やデータの扱い方についても学んでいきたい」とか「インゼミもがんばっていきたい」とか「体育会との両立を目指したい」とか書いておきましょう.「私の研究をもとによりよい社会になるような政策提言をしていきたい」とか大風呂敷を広げなくてもいいです(広げてもいいですが).