現在の陰陽道研究の注目テーマについて、第一線の研究者の新稿を中心に構成。研究の最前線を示す。
古代から近代にいたる時間的ひろがり、東アジアの暦・天文・占いという空間的ひろがりなど、多様な分野を横断し交錯させる構成。
【編者による寄稿】『日本思想史学』54号(2022年9月)「陰陽道研究の可能性 ―『新陰陽道叢書』完結に寄せて―」(林 淳)
【編者による寄稿】『仏教タイムス』2022年2月24日「『新陰陽道叢書』刊行に寄せて」(林 淳) 下記に全文を掲載しています
【第3巻書評】評者:中野洋平氏 『史学雑誌』(史学会)131編3号、2022年3月20日
【第2巻書評】評者:野口飛香留氏 『史学雑誌』(史学会)130編10号、2021年10月20日
【第1巻書評】評者:磐下徹氏 『史学雑誌』(史学会)130編8号、2021年8月20日
【編者による寄稿】『中外日報』2021年4月28日「陰陽道研究の現在」(細井浩志・赤澤春彦)
下記リンクからご覧いただけます。
https://www.chugainippoh.co.jp/article/ron-kikou/ron/20210428-001.html
【第1巻書評】評者:黒木香氏 『活水日文』(活水学院日本文化学会)62号、2021年3月28日
下記リンクからpdfでご覧いただけます。
https://kwassui.repo.nii.ac.jp/records/354
【叢書企画の紹介記事】『中外日報』2021年2月10日 「「新陰陽道叢書」刊行進む」
【第1巻書評】評者:右田裕規氏 『時間学研究』(日本時間学会)11巻、2020年12月
下記リンクからご覧いただけます
https://doi.org/10.20740/timestudies.11.0_117
今から30年ほど前に『陰陽道叢書』(1991~3年)が刊行されたことは、日本の宗教史に多少関心を寄せていた人にとっては新鮮なニュースであった。そのニュースは、従来仏教、神道、キリスト教、修験道、民間信仰などの分野別で把握してきた日本の宗教史に、新しい分野が加わることを意味していたからであった。宗教史の専門家でも、陰陽道の実態はよく理解していなかったから、いわんや一般の読者には見当がつかないものであったと思われる。白いハードカバーで背表紙には金文字で「陰陽道叢書」と刻された装丁は、未知の魔法の書物のように本屋の書棚に並んでいたことを記憶している。
『新陰陽道叢書』(2020~1年)は『陰陽道叢書』(以下、旧叢書と呼ぶ)を継承したシリーズであるが、陰陽道をめぐる学術の環境は大きく変わったことに気づかざるをえない。なによりも陰陽道という言葉は学術の世界でも世間においても聞きなれた言葉になった。旧叢書以前だと、陰陽道の定義もその成立時期も論者によってまちまちであった。旧叢書で山下克明氏らが、陰陽道の言葉は日本で9世紀後半~10世紀頃に一般化したとする説を提出し、その後の通説になったことはエポックであった。かつて卒業論文や修士論文で陰陽道を論題にして書きたいという風変わりの学生がいた場合、旧叢書以前であれば、参考文献がないという理由で論題は却下されたに違いなかった。しかし旧叢書以降であれば、指導教員もこの叢書を手に取って「これがあれば学生も論文を書ける」と判断したのではなかろうか。
『新陰陽道叢書』の編者は、修士論文、博士論文で陰陽道に関する論文を書き、旧叢書の学恩を受けた経験の持ち主たちである。かつての陰陽道のイメージは古代、とりわけ平安時代に焦点を置いており、旧叢書の多くの論文が古代に関するものであった。今回の『新陰陽道叢書』では中世、近世における陰陽道の発展を扱った近年の研究成果を多く収録している。また旧叢書には無かった民俗学、説話研究の巻を加えて刊行したことは大きな成果である。陰陽道研究はおもに日本史学の研究者によって押し進められてきたが、これからはますます民俗学、宗教学、文学研究、天文学史など多様な分野を横断し交流しながら研究は進められていくことであろう。私が担当した第5巻では、安倍晴明像の変遷を通じて陰陽道の通史を見渡そうと試みており、さらに近代の暦を検討することによって東アジアのなかで暦文化の比較と考察を行っている。
平安時代には貴族官人の家は得意とする専門的な技術、知識を世襲化した。陰陽道もその一つであり、同時代に成立した紀伝道(中国史・中国文学)、明経道(経学)、明法道(律令の学)、算道、医道と同じく諸道の一つであった。その意味ではメイドインジャパンであるが、陰陽道を構成する暦、天文、占術は東アジアの諸地域のなかに類似した要素を見出すことができる。「陰陽道という概念を越えた陰陽道」を追究することは、これからの課題になろう。『新陰陽道叢書』はそのためのスタート地点であって、終着点ではないのである。
(『仏教タイムス』2022年2月24日掲載、仏教タイムス社の許可を得て転載)
608ページ 本体価格9,000円 ISBN978-4-626-01874-8
592ページ 本体価格9,000円 ISBN978-4-626-01875-5
612ページ 本体価格9,000円 ISBN978-4-626-01876-2
650ページ 本体価格9,000円 ISBN978-4-626-01877-9
600ページ 本体価格9,000円 ISBN978-4-626-01878-6
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『新陰陽道叢書』は、 約三〇年前に刊行された『陰陽道叢書』(全四巻、村山修一ほか編、名著出版、一九九一~一九九三年)をふまえて、それを継承するとともに、乗り越えていこうとする意志をもって作られています。『陰陽道叢書』がなければ、いまも陰陽道は学術の世界で市民権を得ることはなく、少数の愛好家のみが関心を持つ風変わりな分野にとどまっていたかもしれません。その意味で『陰陽道叢書』が、陰陽道研究を歴史学、民俗学、宗教学、文学研究などの多様な分野に開いた功績は大きかったと言わねばなりません。
『陰陽道叢書』以降の研究のなかでは、中世、近世の陰陽道の研究が際立って多くの成果を生み出しました。かつては陰陽道といえば、端的に平安時代の陰陽道を意味した時代が長くありましたが、その時代は終わりました。中世、近世の政治史、文化史、宗教史との関連のなかで陰陽道、陰陽師は研究されるようになりました。国家の統治にとって陰陽道、陰陽師の技術、呪術、祭祀がどのような役割をもったのかという関心は持続し、日本の政治、文化、宗教において陰陽道が果たした機能は無視できないものがあります。研究が質と量ともに厚みを増したおかげで系統的に研究史を捉えて、陰陽道の通史を展望することができるようになりました。
『新陰陽道叢書』は、近年の研究の蓄積をふまえ、第一巻「古代篇」、第二巻「中世篇」、第三巻「近世篇」、第四巻「民俗・説話篇」、第五巻「特論」の五巻で構成されています。各巻はまとまりのある内容になっていますが、相互に連関しており、全五巻を通じて陰陽道の世界をより深く理解できるような仕組みになっています。
学界における陰陽道に対する評価が大きく変わりましたが、研究者の世界だけではなく、社会的認知において大幅な変化が見られました。一九九〇年代ころから安倍晴明や陰陽師を扱った小説、漫画、映画が人気を博して、一種のブームになりました。小説家や漫画家が、平安時代という泰平と呪いの時代に、凄腕の超能力の美青年というあらたなヒーローを造型し、読者の支持を得ました。ヒーローの謎めいた所作や技法は、実は陰陽道に由来するとされました。小説、漫画、映画などのメディアが陰陽道を後押しして、陰陽道と陰陽師という言葉は、急速に社会的認知を得ることになりました。このようなジャンルでの安倍晴明、陰陽師のブームと研究の世界は無関係ではありませんでした。たとえば安倍晴明を主人公とした岡野玲子『陰陽師』には、各巻に付記がついており、山下克明の論文などが参照されています。小説家や漫画家が創作するのにあたって、研究者の論文を参照し、事実を確認することが行われていた一例だと思います。近年はさらに研究が進み、メディアで定着しているイメージとは異なるさまざまな歴史的実像が明らかにされています。
つぎに『新陰陽道叢書』の編集方針を明らかにしておきたいと思います。かつての『陰陽道叢書』では、既刊の論文を再録したものがほとんどでした。この『新陰陽道叢書』では、『陰陽道叢書』以降の既刊の論文も掲載しておりますが、そればかりではなく、現在の研究で取り上げるべきテーマについては、執筆者に新稿をお願いいたしました。これによって研究の最前線をしめすことができたと自負しています。なお、原則として機関リポジトリなどインターネットで閲覧できる論文は収録しないことにしました。また、すでに単著に収められた論文も、収録から外すことにしました。
陰陽道という領域は、歴史学、民俗学、宗教学、文学研究などの縦割り的な研究手法だけでは扱いきれるものではなく、多様な分野を横断し交錯しながら解明されるものであり、学際的な対話と協力をどうしても必要とします。さらに日本国内の話で終らせることなく、東アジアにおける暦、天文、占いとの比較にもつながるものです。
かつて『陰陽道叢書』の序にあたる「刊行にあたって」において、ひとまず四巻として刊行するが、さらに「第二期以降の企画」があると予告されていました。ずいぶんと時間がたちましたが、ようやく刊行できる研究環境が整い、発刊の運びになりました。この『新陰陽道叢書』が、学術の世代間継承の大役をはたすことを心から願っております。
二〇二〇年八月
『新陰陽道叢書』編集委員
林 淳
細井 浩志
赤澤 春彦
梅田 千尋
小池 淳一
総論 古代陰陽道研究の成果と課題(細井浩志)
「陰陽道」概念と陰陽道の成立について(細井浩志)
法師陰陽師と平安時代中期の民間呪術的職能者たち(繁田信一)
日本古代の陰陽道と神祇信仰・仏教(山口えり)
古代陰陽道の占いと物忌(中島和歌子)
式神の実態と説話をめぐって(山下克明)
陰陽道祭祀について(宮崎真由)
陰陽道の方違えについて(詫間直樹)
陰陽頭と「陰陽師第一者」 ―十世紀から十三世紀初頭に於ける陰陽頭の位置―(中村晃子)
陰陽道の組織と秩序(高田義人)
日本古代の天文知識 ―高松塚古墳・キトラ古墳の天文図―(宮島一彦)
符天暦法の復元(竹迫 忍)
日本暦法史への招待 ―宣明暦と貞享暦を中心として―(大橋由紀夫)
中国古代における天文思想(田中良明)
古代日本の漏刻と時刻制(木下正史)
古代東アジアの術数書について(水口幹記)
考古資料と陰陽道(門田誠一)
総論 中世陰陽道研究の成果と課題(赤澤春彦)
一二世紀日本の儀礼における陰陽師(米井輝圭)
中世国家論と陰陽道研究 ―鎌倉幕府の天変地異祈禱をめぐって―(下村周太郎)
鎌倉後期~南北朝期の官人陰陽師 ―変革期の安倍氏と賀茂氏― (山口啄実)
大内氏と陰陽道 ―大内政弘と賀茂在宗との関係を中心に―(森 茂暁)
天正一〇年閏月問題から見た中世末期の暦道(遠藤珠紀)
六壬式占と軒廊御卜(西岡芳文)
戦国武将と易占い(菅原正子)
中世における具注暦の展開(湯浅吉美)
中世後期における地方暦と在地社会(福島金治)
天空に対する認識 ―中世前期の天文占と国家―(永井 晋)
百怪祭 ―陰陽道祭祀からみた中世における怪異意識の変容―(太田まり子)
陰陽道祭文の位置 ―『祭文部類』を中心に―(梅田千尋)
中世の密教と陰陽道 ―盤法をめぐって―(西岡芳文)
院政期・鎌倉期の宿曜道と宿曜師 (赤澤春彦)
大乗院尋尊と幸徳井家 ―『大乗院寺社雑事記』と『大乗院寺社雑事記紙背文書』―(木村純子)
宇佐の陰陽師(赤澤春彦)
中世大和の声聞師(山村雅史)
算置考 ―中世から近世初期までの占い師の実態を探って―(ハイエク・マティアス)
総論 近世陰陽道研究の成果と課題(梅田千尋)
本山・本所・頭支配の勧進の宗教者(高埜利彦)
暦と天文(林 淳)
近世社会における「暦」(梅田千尋)
徳川将軍と天変(杉 岳志)
中近世の禁裏三毬打と大黒(村上紀夫)
近世大和の巫女村と口寄せの作法(吉田栄治郎)
甲斐・信濃の陰陽師(西田かほる)
上原大夫(高原豊明)
奧三河花祭りと陰陽師 ―東栄町小林地区の花太夫を中心に―(松山由布子)
江戸時代の易占書の特質(奈良場勝)
土御門家私塾「齊政館」における術数書研究と出版(水野杏紀)
近世社会における暦占の実態 ―古谷道庵を素材に―(川崎理恵)
貞享改暦の実態(児玉祥吾)
享保期における改暦の試みと西洋天文学の導入(和田光俊)
一八世紀末における大坂の天文学者と土御門家(嘉数次人)
元禄時代に於ける天文暦学伝授 ―澁川春海・谷秦山往復書簡の研究― 追考 谷秦山と京都陰陽寮土御門家(川和田晶子)
土御門家門人と加賀藩の測量事業 ―越中氷見町上層町人を対象に―(深井甚三)
和算家としての小野光右衛門 (金光和道)
総論 陰陽道と民俗・説話研究(小池淳一)
キシクサンとアホバラサン(夏堀謹二郎)
ミカワリと三隣亡(小島瓔禮)
共同祈願の零落 ―三隣亡のこと続考―(小島瓔禮)
神子・法者・陰陽師 ―いざなぎ流の生成・試論―(梅野光興)
蘇民将来符の研究 ―その形態と分布―(宮本升平)
東方朔再考 ―近世陰陽道書と民俗―(小池淳一)
常陸の晴明伝説―猫島の晴明伝説を中心に―(高原豊明)
安倍晴明伝説 ―『簠簋抄』における晴明常陸出生説の背景及び『簠 簋内伝』の東北伝播について―(高原豊明)
古浄瑠璃『しのだづま』の成立 ―なか丸とあべの童子―(加賀佳子)
『簠簋抄』と『晴明傳記』 ―信太妻伝説の地方的展開―(松石江梨香)
狐変化型芸能にみられる宗教者の教化活動 ―能楽・歌舞伎・人形浄瑠璃のなかの陰陽師を中心にして―(大森惠子)
御霊信仰 ―『牛頭天王縁起』を中心に―(真下美弥子)
『貴船の本地』と地鎮の呪法 ―家を七七に造ること―(三浦俊介)
〈文選博士〉考―吉備真備・安倍晴明・大江匡房をむすぶもの―(増尾伸一郎)
陰陽道の説話的起源 ―龍宮訪問をめぐって―(小池淳一)
六曜を考える(改訂)(安藤宣保)
暦神としての牛頭天王 ―暦注書・祭文・神像絵巻をめぐって―(斎藤英喜)
南西諸島の卜占と風水思想(赤田光男)
琉球の占術文献と占者(山里純一)
久米島具志川の日選び(横山俊夫)
江戸時代の占い本 ―馬場信武を中心に―(ハイエク・マティアス)
占いの諸類型とその特質 ―現代日本の占い本を通して―(鈴木健太郎)
総論 陰陽道研究を広げる(林 淳)
古代における晴明像の形成(細井浩志)
中世における晴明像の展開(赤澤春彦)
近世における晴明像の変容(梅田千尋)
近代における晴明像の再生(小池淳一)
明治初年における宗教者身分の廃止(林 淳)
教派神道と宗教者・芸能者(小松和彦)
陰陽道と「歴代組」(秋山浩三・梅田千尋)
近代日本における暦の「開化」と「復古」 ―神宮による頒暦制度の成立―(下村育世)
風水説の受容―天と気による環境認識―(鈴木一馨)
近代の日本社会と中国社会における旧暦の継承(謝 茘)
日本統治下台湾の暦政策(城地 茂)
大政翼賛会興亜局編纂の「暦法調査資料」について ―戦時科学史的視点からの暦学研究の試み―(小林春樹)
韓国における暦の近代 ―暦書からみた韓国の暦文化―(全 勇勲)
陰陽道関係の伝来史料(山下克明)
宮内庁書陵部所蔵の陰陽道関係史料(高田義人)
東京大学史料編纂所所蔵の陰陽道関係史料(遠藤珠紀)
若杉家文書の陰陽道関係史料(山本 琢)
皆川家文書の陰陽道関係史料(鈴木一馨)
吉川家文書の陰陽道関係史料(小田真裕)