シーン435『季節はキッチンで始まる 』 沢村希利子
2026.3.27
深夜のキッチンには、昼間とはまるで別の場所のような空気を感じることがあります。
子どもに夕食を食べさせてお風呂に入れ、寝かし付けをして21時を過ぎた頃、ようやく私の1日は静けさを取り戻します。
他の家族はすでに夕食を終え、1人でゆっくり食事ができる、私だけの時間。
家族のことを考えて作る料理も大事だけれど、ごくたまにこの時間から作る、料理とも呼べない程度の代物の、自分が食べたいものを自分のためだけに作るそれは、至福の時間です。
冷蔵庫を開けると、中の灯りがぽっと周りを照らします。
昼間は慌ただしく立ち働く場所なのに、この時間のキッチンは妙に静かで、パントリーの奥に隠していたお菓子を出したりすると、それはもうちょっとした秘密基地みたいだ、なんて思ったりして。
そういえば冷蔵庫に昼間買ったイチゴがある。
クラッカーにクリームチーズとイチゴを乗せてデザート風のおつまみにしよう。
果物はいつも自分の分を子どもにあげてしまうから、こういう時じゃないとゆっくり食べられないし。
そんなことを考えながらふと思うんです。
ああもう3月も終わりか、と。
スーパーの売り場も、イチゴや春キャベツなどの春の食材が華やかに並び、逆にりんごは価格が上がったり、あるいは早くも冷たいうどん用の調味料が棚に並んでいます。
前はもっと冷たかったはずの夜の空気も、どこか柔らかい日が増えてきて、暖房をつけない夜も増えてきました。
いつの間にか、季節はちゃんと動いているんですね。
こんなふうに、夜にひとりでキッチンに立って自分のために作った食事をゆっくり食べる時間は、ほんのわずかなことです。
それでも、昼間の慌ただしさから少し離れて、頭の中がゆっくりします。
たいした生産性のない時間。
ただ、こういう時間があるから、また明日もなんとかやっていけるのかもしれません。
3月も終わりに近付き、夜が明ける時間も早くなってきました。
また朝になれば、このキッチンはいつものように忙しくなるのでしょう。
それまではもう少しだけ、この静かな時間を楽しんでいようと思います。