劇団員コラム
シーン149『電気と税金とクールビズ』 しんご
暑くなりそうな今年の夏。
様々な暑さ対策が、いろいろな場面で取り上げられております。
そんな中、“節電”いう言葉が、必要以上に持て囃されている気がしてなりません。
テレビで流れる街頭インタビューのワンシーン。
「ウチも“節電”してます。誰もいない部屋の照明を消したり、見ていない時はテレビを消したり・・・」
いやいやちょっと待て、と思うのです。
それは当たり前のことだろう、と。
それは“節電”ではなく、単に“浪費”を減らしているだけだろう、と。
もちろん、消費電力を減少させる訳ですから、大切なことかもしれません。
ですが、それで「“節電”している」と自己満足するのは怖いように感じてしまいます。
本当に大切なのは、まず“浪費”を認識して、そしてそれを省いていくことなのではないでしょうか。
その上で、さらに“節電”に取り組んでいくのが本来の形なのではないでしょうか。
それは、クニのマツリゴトで語られる、税金の使い道談義と似ているのかも知れません。
電力供給力が低下しているこの状況において、「節電する」ということが『目的』になってしまっているように感じます。それは『手段』であって、『目的』ではないのでしょうに。
だから、「○○で、クールビズが導入されました。」なんて形で ニュースになってしまうのです。
“クールビズ”が目的なのかって話です。
せめて「○○でクールビズが導入され、冷房の設定温度を見直して電力使用量を減らす取り組みが・・・」という情報発信にしてほしいものです。
でも、ネクタイは外してもジャケットは脱がない、そんな世の中ですからねぇ・・・。