始めに、あなたは電車に座っていると仮定します。電車が止まっているときあなたは何の力も感じません。また、電車が等速で走っているときも同様です。しかし、電車が加速し始めたとき、あなたの体は電車の進行方向とは逆に傾き、電車が減速したとき、あなたの体は進行方向に倒れようとします。体が傾いているとき、実は体に力が働いているのです。この力を慣性力といいます。
慣性力には反作用となる力が存在しません。そのため、本によっては見かけの力と書かれている場合がありますが、実際に働いている力です。物理学では、慣性力が出てくるときの世界と出てこないときの世界を分けて考える必要があります。観測者が静止または等速で動いているときの世界を慣性系(ガリレイ系)、加速または減速しているときの世界を非慣性系といいます。
非慣性系の他の例としては、円運動をしている物体に乗っているときが当てはまります。車に乗っているときに速いスピードで左に曲がると、体は右に傾くことでしょう。これは、皆さんご存知の遠心力が働くからです。実は、遠心力も慣性力の一つなのです。
では、等速で円運動をしているときはどうなのでしょうか。等速で動いているときは慣性系として扱うことができると上述しました。しかし、経験的に理解していると思いますが、車が等速で曲がったとしても遠心力は必ず発生しています。これは、加速度の向きが常に変化しているからです。車には時々刻々と新しい加速度が加えられている状況と考えることができ、等速円運動の上も非慣性系といえます。
少し細かい話をしていきます。私たちは地面に足をつけているとき、静止しているので慣性系とみなしていますが果たしてそうでしょうか。なぜなら、地球は自転しています。宇宙人が私たちを観測すると、円運動しながら加速(減速)している地球に乗っていることになり、私たちは慣性力を常に受け続けているということになります。では、日本人はどのくらいの加速度で移動しているのか計算してみましょう。下図は、北極の上から地球を見たときを表しています。
日本は北緯35度にあるので、半径にcosθを掛けないといけません。実際の地球は楕円形の形をしており、赤道半径は6,378 [km]、極半径は6,357 [km] なのですが、計算が面倒なので地球の半径は6,400 [km] とします。また、地球は1日1回転なので周期Tは24×60×60 [s] となります。
重力加速度の値が9.81 [m/s2] ですので、地球の自転によって生じる加速度はものすごく小さいことがわかります。従って、地球の自転はほぼ等速と見なすことができ、慣性系であるといえます。一方で、自転が無視できない場合もあります。
まずは、赤道から真北に向かう飛行機を考えてみましょう。地球の自転が西から東に向かって回転していることは、太陽が東から出てくることでわかります。そのため、飛行機は北方向だけでなく、地球の自転によって東方向にも移動しています。イメージは下図のような感じです。
実は、飛行機が東方向に移動してしまうのも慣性力が働いているからです。この力を転向力(コリオリ力)といいます。コリオリ力は赤道上では全く働かず、また、地球上の気象に大きな影響を与えています。その顕著な例が、北半球の台風は必ず回転が左回りなことです。南極、北極付近の自転速度は最も遅く、赤道付近では最も速くなります。この速度差が台風に左回りをもたらしているのです。