研究紹介

クロテンフユシャクにおける季節適応の分裂による種分化

現在の地球に住む生物はごく僅かな種類の生物種から始まったと考えられており、それが複数の種へと分化を繰り返すことによって多様化してきました。1つの生物種が複数の生物種へと分化する過程を「種分化」と呼びますが、種分化が始まるきっかけ(生殖隔離)や、それが維持されることで最終的に別種になるまでのプロセスには様々な要因があります。私は、冬尺蛾の仲間であるクロテンフユシャク(Inurois punctigera)を対象とした研究において、真冬の厳冬環境によって羽化のタイミングが分断されてしまったことが、本種において種分化のきっかけとなったことを明らかにしました。冬季環境が厳しい場所ではクロテンフユシャクは初冬型と晩冬型に分断され、冬季環境が比較的穏やかな場所ではそのような分断は見られません。私は、遺伝子解析をベースとした研究で、羽化時期の分離によって初冬型と晩冬型の間に生殖隔離があることを示しました。さらに、クロテンフユシャクに近縁なInurois属の系統関係を調べた結果、このような初冬型と晩冬型の分化はInurois属の種分化イベントの約30%に関与していることも分かりました。このことから真冬の寒さによる生殖隔離がInurois属の多様化に貢献したと考えられます。

※2023年現在、ほぼすべての日本の図鑑がクロテンフユシャクにInurois membranariaを当ていますが、Inurois属の系統解析の結果 [web]からI. membranariaI. punctigeraは系統的に異なるものであることがわかります。したがって、私は論文などにおいてクロテンフユシャクの学名をI. punctigeraとしています。

Incipient allochronic speciation by climatic disruption of the reproductive period. Proceedings of the Royal Society B (2009) 276: 2711-2719.  [web]
Parallel allochronic divergence in a winter moth due to disruption of reproductive period by winter harshness. Molecular Ecology (2012) 21: 174–183.  [web]
Phylogenetic analysis of the winter geometrid genus Inurois reveals repeated reproductive season shifts. Molecular Phylogenetics and Evolution (2016) 94: 47–54.  [web]
Population abundance gradient of Inurois punctigera along altitude. Entomological Science (2020) 23:23–27. [web]

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交尾中のクロテンフユシャク

シャクガ科系統解析および冬尺蛾の系統的位置に関する研究

生物の進化を考える上で生物どうしの系統関係は非常に重要な情報となります。しかし、必ずしも全ての生物で系統関係がわかっているわけではありません。私は、フユシャクガ(冬尺蛾)という冬に繁殖活動を行う蛾の進化に興味を持ちました。なぜならフユシャクガは数10種からなる大きなグループで「成虫が冬に活動する」「メス成虫の翅が退縮する」「春先に幼虫が出て、夏は蛹で過ごす」などまとまった特徴を持つにもかかわらず、分類学の専門家は少なくとも3つの互いに離れたグループから成ると考えているからです。そこで私は、フユシャクガ類を含むシャクガ科の9つの亜科の系統関係をDNAを用いた系統解析法によって推定しました。その結果、フユシャクガは分類学の専門家が予想していた通り、3つの亜科で独立に進化してきたことが明らかになりました。また、この研究では全てのシャクガ科の種を解析に含めたわけではないので結果の解釈には注意が必要ですが、いずれのフユシャクグループも今回の研究で用いた種類の中では、晩秋や早春に活動する種類に近縁であること、それらの種との分岐年代は地球環境が大きく変動する時代にまで遡ることを明らかにしました。

Phylogeny of the Geometridae and the evolution of winter moths inferred from a simultaneous analysis of mitochondrial and nuclear genes. Molecular Phylogenetics and Evolution (2007) 44: 711-723.  [web]


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環境DNA分析を用いた生物の多様性・生息地の把握

環境試料(川や池、海の水、地面の土など生物ではない試料を環境試料と呼びます)には、その環境に生息する生き物のDNAが含まれています。環境試料に含まれるDNAの配列を調べることで、そこにどのような生物が生息しているのかを把握する研究をしています。環境DNA分析をつかって農業生態系において生物多様性や生物量を調査する研究をしている他、環境DNAで特定のグループを効率よく検出するために新たな開発を行うこともあります。

Environmental DNA as a 'snapshot' of fish distribution: a case study of Japanese jack mackerel in Maizuru Bay, Sea of Japan. PLoS ONE (2016) 11 (3): e0149786. [web]
Environmental DNA metabarcoding reveals local fish communities in a species-rich coastal sea. Scientific Reports (2017) 7: 40368. [web]
A generalist herbivore requires a wide array of plant species to maintain its populations. Biological Conservation (2018) 228: 167–174. [web]
Detection of herbivory: eDNA detection from feeding marks on leaves. Environmental DNA (2020) 2:627–634. [web]

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