NAGISA:one day
ES設立二年目の八月某日。
ESが丸ごと貸し切った無人島にて。
青く澄んだ海を一望できる砂浜を、私は一人歩いていた。
心地良い波の音。少し塩辛い風。空を舞う鳥。波を縫う魚。浜を彩る貝殻。すべてがこの無人島に初めから存在していたけれど、同じ景色は一度たりともなくていつだって新鮮だ。
だから、今日もこうして散歩をしていたのだけれど……今日は本当に新鮮な風景に出会うことができた。
「……すごい。道ができているね」
青いキャンバスに引かれた一筋の白。それは、海を渡ることができる砂の道だった。その道は、以前から気になっていた少し先の小島へと続いている。
水位が低いと向こうの島へ行けるのか。そういえば、砂浜は普段より心なしか広い気がする。
上を見る。そこには雲一つない青空。
下を見る。そこには穏やかな水面。
「……長居しなければ問題ないよね」
はやる気持ちを抑え、私はゆっくり砂の道へと踏み出したのだった。
*
砂の道が導いた小島の鬱蒼としたジャングルを、私は一人歩いていた。
賑やかな鳥の声。所々差し込む日の光。風に揺れる木々。色鮮やかな花。見たこともない果実。そんなに離れていないはずなのに、今までいた場所とはまるで別世界だ。
元いた島にもジャングルがあったけれど、そこともまた雰囲気が違っている。
「……あの花、とても華やか。ふふ、日和くんみたい。……この果物、ジュンが好きそう。食べられるのかな? 試してみてもいいけれど、何かあったら茨に怒られるよね」
好奇心の赴くままに歩いていくと、突然視界がひらける。あれだけ茂っていた木々が、目の前の空間だけぽっかりと無くなっていた。
おそらくは土壌の関係。周囲の木々と相性の悪い場所なのだと思う。でも、いつの間にか辺りは静まり返っていて、吹き込む風は少し冷たくて、どこか神聖な雰囲気だった。
「……不思議」
まるで、この場所だけ時が止まっているような。
そんな感覚になったのは、多分これのせいだろう。ひらけた空間の中央には、ぽつんと苔むした祠があった。
観音開きの扉が少し開いていて、中を覗くと古びた鏡のようなものが見える。何かを祀っているのだろうか。開いたままなのがなんとなく気になって、錆びた蝶番に気をつけながらそっと扉を閉める。
「……風、少し強くなってきたね」
相変わらず冷たい風が周囲の木々を揺らす。葉の擦れる音に交じってわずかに波の音が聞こえてきて、長居はやめようとしていたことを思い出した。まだ島を一周していないし、そろそろ移動しよう。
少しだけ後ろ髪を引かれながら、私はその場を後にしたのだった。
***
「えぇっ!? 道、なくなっちゃったんですか?」
「大丈夫だったんですか!?」
「……うん、無事に帰ってこれたよ。だから私は今ここにいて、君たちに情報を伝えられているわけだしね」
数日後。つむぎくんと真くんが一緒にいるのを見つけて、あの日のことを思い出した。彼らは『神秘部』だから、ひょっとしたら興味があるんじゃないかなって。そう思って伝えてみたんだけれど、予想通りふたりとも興味深そうに話を聞いてくれた。
「……道があった場所を確認したら、水深が浅い場所があって、そこを歩いて帰ってきたんだ。……ただ、びしょ濡れになっちゃったから、茨に怒られちゃった」
「あはは……それは大変でしたね」
「でも、無事でよかったです。時間とかがはっきりしてれば、俺たちも行ってみたいですね」
「はい。僕も砂の道は実際に見てみたいし、祠も気になります」
「……私が道を見つけた時間が大体――」
それぞれの予定と天候の都合もあって、彼ら『神秘部』があの島へ向かうのは無人島での夏休み最終日の前日。つまり……もう少しだけ、先の話。