なぜ「筋トレ」に熱心な人ほど故障の治りが悪いのか
見落とされがちな回復の原理
故障が長引いている人ほど、真面目で努力家です。
走れない間も、必死に筋トレを行う。
意外に思われるかもしれませんが、現実として、筋トレに熱心な人ほど治りが遅いケースは少なくありません。
■「キズ」を治す力は有限
人体の修復能力は無限ではありません。
筋トレ → 筋力を強化するために「キズ」をつける
鍼治療 → 再生を促すために意図的に「キズ」をつける
どちらも原理は同じです。
組織にキズをつけ、意図的に炎症反応を起こし、修復・再構築を促す。
仮に、故障部位、重症度、回復力が全く同じ2人の選手がいたとします。
① 治療と並行して筋トレを行った人
② 治療に専念した人
どちらが早く治るか。
答えは明白です。
治療に専念した人です。
なぜなら、修復に使える力は有限だからです。
■ しかし、この話には矛盾がある
それでは、故障中の筋トレは全て悪なのかというと、もちろんそんなに単純な話ではありません。
① 復帰までの総期間は短縮される場合がある
筋力を維持すれば、
故障治癒までの期間 + 体を作り直す期間
この合計を短縮できる場合があります。
故障の完治が遅れても、必要な筋力を取り戻す期間は短縮され、総合的にプラスになることもある、というのも事実です。
② 循環という側面
毎日起きてから寝るまで、何もせずにソファに座って休んでいれば治りが早いのか?
それも違います。
・動かないことによる血液循環低下
・局所圧迫
・姿勢保持ストレス
日常的に発生する疲労物質や老廃物の蓄積を避けるために、適正範囲内の負荷が、循環促進の面でプラスになることもあります。
ただし重要なのは、負荷のかけ方と「程度」です。
③ 筋トレで治ったという「錯覚」
仮に、
体が負荷に耐えられる容量を □
体にかかっている蓄積負荷を ■ とします。
① □100 : ■100 → 痛み発生
↓ 筋力強化
② □120 : ■100 → 痛み消失(または軽減)
↓ 更に疲労蓄積
③ □120 : ■120 → 再発(しかも①より重症化)
実際、カーフレイズ(ふくらはぎの筋トレ)をしたらアキレス腱痛が治ったと言う人を何度も見てきました。
しかし実際に確認すると、アキレス腱の膨隆は残存し、患部をつまめば痛い。
要するに、治っていないのに強さで一時的にごまかしている状態です。
■ 医療現場で起きていること
整形外科でのリハビリをはじめ、医療現場でも故障中に筋力トレーニングを勧められることは珍しくありません。
前述の通り、条件が整えば総合的にはプラスに働くこともあります。
しかし問題は、「その条件」が満たされていないことが非常に多いという点です。
そしてもう一つの問題は、本来行われるべき「傷んだ部位を修復・再生させる治療」が十分に行われないまま、筋力強化だけが進められているケースが少なくないという現実です。
修復が完了しないまま負荷だけが積み重なる。
その結果、いつまで経っても治らないのです。
■ どの程度なら許容か
それでは、実際にどの程度までなら回復を阻害しないと言えるのか。
明確な基準を設けることは難しいのですが、目安はあります。
・筋肉痛が残る筋トレは一度やめてみる
・痛めている部位だけでなく、他部位の負荷も再考する
「仮に完治が遅れてでも、この筋トレは今行う価値があるだろうか」
重要なのは、回復に割けるリソースを削っていないかという視点です。
■ チームという現実
仮にチーム内に2人の故障者がいるとします。
常に筋トレをしている選手は「あいつ頑張っているな」と言われ、
練習を早々に切り上げて帰る選手は「あいつやる気がないな」と言われる。
しかし実は、意図的に「やらない」選択をしている可能性もある。
「ちゃんと治すことに専念しているな」と評価されるようになれば、結果は変わるかもしれません。
回復力は有限。
それを故障している本人はもちろん、周囲も含めて理解しているかどうか。
故障者全員が早々に帰ってしまえば、練習中の士気が下がるという問題もあるでしょう。
しかし結局は、早く完治させて復帰することが、チームのためでもあるのではないでしょうか。
■ 筋力よりも「修復力」を高めるという選択
筋力を上げる前に、修復力を高めるという選択はできないか。
そのためには、夜の睡眠時間を今すぐ増やすことです。
「実睡眠時間」、つまり実際に入眠してから起床まで、どんなに最低でも7時間15分。理想は8時間以上。
※当院では、睡眠時間7時間15分未満(週50時間45分未満)の方は治療お断りという基準を設けています。
私の臨床感覚では、競技者の場合、睡眠時間が約9時間までは修復力はほぼ比例して向上します。
しかし、実際に9時間眠れている人はほとんどいません。
更に言えば、質が悪ければ睡眠時間だけが満たされていても足りているとは言えません。
では睡眠の質を高めるために、高価なサプリメントや特定保健用食品を摂ればいい?
もちろん違います。
質を下げるものを最小限まで減らすことが効果的です。
睡眠を阻害する三大刺激物は、
・カフェイン(14時以降はNG)
・アルコール
・デバイス刺激(特に動画やSNS)
これらを最小限まで減らすだけでも、修復環境は改善します。
■ キズの種類を区別する
これまで「キズ」という言葉をよく使いましたが、すべてのキズが同じではありません。
・筋トレ → 強化するためのキズ
・鍼治療 → 修復・再生を促すためのキズ
・刺激物 → 慢性炎症というキズ(回復力を奪うキズ)
筋トレは筋力強化、鍼治療は修復・再生という目的があります。
しかし刺激物によるキズは違います。
1日に3杯コーヒーを飲み、
夜は毎日のように飲酒し、
スマートフォンを見ながらマッサージガンを当てている。
このような生活で、組織の修復が効率よく進むとは考えにくいでしょう。
■ 最後に
覚えていただきたいことは一つです。
「キズを治す力は有限」
壊しながら治すことは難しい。
故障中にやるべきことは、
強くなることよりも、まずは傷んだ状態から脱却し、
修復と再生を最優先にすること。
それが競技復帰への第一歩です。