半藤一利さん追悼フォーラム&平和を考え・行動を続ける長岡
『半藤一利さんが私たちに伝えたかったこと』
半藤一利さん追悼フォーラム&平和を考え・行動を続ける長岡
『半藤一利さんが私たちに伝えたかったこと』
半藤一利さんは、東京と長岡で2回「戦災体験」をされました。
疎開されて長岡中学を卒業されたご縁と共に、半藤一利さんの奥様 末利子さんは、長岡の文化人・松岡 譲さんの四女でおられます。不思議なご縁を感じます。半藤さんの人生、経歴・活躍のご紹介は省かせていただきます。
(追悼・特集号は、沢山出版されておりますが別冊:太陽を参照)
半藤さんの「歴史観」を貫く信念は、猛火の中を逃げ回りかろうじて助かった奇跡的な戦争体験が基底にあると言われます。新潟県内唯一の戦災都市である長岡では昭和20(1945)年8月1日に空襲に遭遇されました。その後、長岡中学校を卒業するまで若い日々を長岡で過ごされました。文藝春秋社に勤務され多忙な中ですが、長岡の精神文化の誇りとする「米百俵賞」の選考委員長を努めていただくなど第二の故郷としてご尽力賜りました。
半藤さんは「歴史とともに生きる」ことを実践された作家、歴史家、戦史研究者、夏目漱石研究者でおられ、多面的な活躍をされました。特に、日本の近現代史並びに昭和史の歴史探偵として多くの人々の面談・聞き取りに奔走され、数多くの「著書」と「金言」を残された半藤一利さんの「歴史観」を学び、「長岡市の未来への道筋」とすることは、長岡市民の財産・遺産・責任と言えます。
今、まさに「ロシアとウクライナ戦争」をどのように受け止めるかは戦災体験者である半藤一利さんの「歴史観」に学ばなければならない時だと強く思われ、感じる日々であります。
長岡市民として新潟県民として半藤一利さんを偲びつつ、改めて歴史を紐解き実体験からの「恒久平和」を語り、平和な国・日本、平和創造都市・長岡を語り継ぐフォーラムとして『平和』を誓い合うことを企画主旨と致します。
フォーラムで使用したスライドショー