ドゥオーモを出て、北向いにあるデパート リナシャンテの屋上でお昼。地下鉄M1・M2を乗り継ぎ南にあるジェノバ運河へ
コスメ売り場
キャンディを嬉しそうに買うおじさん。黄色の配色はさすがイタリア
もあります
ポルチーニ茸のリゾット。
本当に美味しかった。
国内でいろいろ食べてみたがこの味とは再会してない
イタリア語の地下鉄。フランス語のmetroに近い。Duomoから乗る。
Duomoから西に3駅、ここでM2線に乗換
南方向へ
で下車、CadornaFNから南に3駅。13:30ぐらい
スペイン国鉄 ミラノ ジェノバ運河駅
ポルタティチネーゼの門。現在は取り壊されたスペインの城壁に沿って建てられたミラノの6つの主要な門の1つ。要塞の建設は、1548年から1562年にスペイン人が支配していた当時の知事ドン・フェランテ1世ゴンザガとハプスブルクの神聖ローマ皇帝シャルル5世志によって行われた
道と水路の両方で南から到着した人のためのミラノへの本当の入口だった。ここから3つに分かれた、1つはサン・ゴッタルドの村を通ってロンケッティの農村への道、パヴェセ船でパヴィア(後のジェノヴァ)、ナヴィリオ・グランデ沿いのヴィエヴァーノ(アレクサンドリア)の水路
サンテュスタルジョ大聖堂。当初4世紀にユーストルジオ大司教の墓に設立された小さな聖堂で、5世紀から6世紀の間に、大きな建物に組み込まれた。
フェデリコバルバロッサによって破壊されたのち、1190年頃に再建された。13世紀から、教会はミラノのドミニコ会のものになりました。15世紀には、ルネッサンス様式の装飾が施された大聖堂が増築され、ファサードが再建され、ポルティナリ礼拝堂が建てられた。
上のカリフォルニアベーカリーの左にある
サンテュスタルジョ大聖堂の前に日本料理店があったが、
HP作成時(2021/4)にグーグルマップを見ると名前は不変だが東洋風ごちゃまぜ料理店(Cucina Asian Fusion)になっていた
食べ放題15ユーロ。ただし、デザート除く、食べ残しは別料金
サン・ロレンツォ大聖堂。4世紀末から5世紀初頭に建築された。当時、円形建築の設計としては西ヨーロッパ最大であった。11世紀と12世紀には幾度もの火災、地震に見舞われた。1154年のフリードリヒ1世(神聖ローマ皇帝、通称バルバロッサ)のミラノ攻撃によるの破壊後には、当聖堂はミラノに於けるローマ建築遺産の象徴であり、ルネサンス時代には伝統的な教会建築法の模範となり、ブラマンテ、ダ・ヴィンチ等により学ばれた。第二次世界大戦中の爆撃後、破壊された家々は再建される事はなく公園が作られた。
左の写真でぼやけて写っているのがこれ。コロネードは16の高いコリント柱で構成される。4世紀に2世紀の寺院や公衆浴場が撤去された後、柱がここに移動した。柱の南の中世の門の一つは大理石の装飾がある。1935年まで、教会と柱の間のスペースは、教会自体のファサードに隣接する古い家に完全に占められていた。写真はこちらから拝借