Non(sense) Machine
Non(sense) Machine
ステートメント
<展示>としての『Non(sense) Machine』
「無意味な機械」であるNonsense Machineから、”sense”を切り取ることにより名付けられたこの展示タイトルは、同じ名称を持つ作品シリーズ『Non(sense) Machine』に由来する。自動車の画像から、フロントライトのみを綺麗に切り取りコラージュした一連の作品シリーズは、その作品制作のメカニズムが、私たちが世界を感覚するメカニズムと同じものであることを私たちに教えてくれる。この二つのシステムにおいて共通する「切り分けること」はこの作品シリーズだけでなく、展示会場そのものとも共鳴している。新たな展示スペースとして始動した「MIME2」の可能性を、展示作品の側から呼び覚ます試みとして、本展覧のタイトルはシリーズ名と同様に『Non(sense) Machine』と名付けられた。
<作品シリーズ>としての『Non(sense) Machine』
自動車のフロントライトは対になる構造や、様々な表情を持つデザインによって、人々に自動車にとっての「眼」を錯覚させる。しかし自動車がその「眼」によって人間の五感における視覚を獲得していないことは、私たちにとって明らかなことである。加えて、自動車は今の所自我を持っていない(とされている)ため、幾ら自動車が目の前の障害物を感知していようとも、自動車が何かを感覚しているとはほとんどの人が考えない。このような感覚しない機械(Machine)としての自動車は、”Non”(無)”sense”(感覚)であり、その「眼」は”Nonsense”(無意味)である。けれども無感覚な機械から、感覚器官としての”sense”のみを切り取ることにより、自動車は”Non(sense) Machine”として開眼する。この切り取る作業(コラージュ)によって与えられた感覚が意味するのは、アートは常に「なにか」が持っている既存の「意味」を剥奪し、そして新しく「意味」を付与する作用であるということだ。そしてそれは私たちが世界を感覚する方法に近い。
「MIME2」とは
MIME2とは、東京造形大学の学生により運営されている展示スペース「MIME」に続く、二つ目の展示スペースとして構想された<移動式の展示空間>である。この展示スペースは、東京造形大学の建築から完全に切り離され、独立しているという建築的特徴を持つ。人間が移動するための道具”Nonsense Machine”(無感覚な機械)を、Non(sense) Machineへと切り分けることにより立ち上がるこの作品シリーズは、建築全体の一部分へと組み込まれることを拒み、移動し続けるMIME2と同じ道を歩んでいるように見える。どこかから切り離され、どこかへと移動し続ける二つのプロジェクトが共有している感覚にちなんで、展示『Non(sense) Machine』はその名をこのスペースの歴史に収める。