Cutting / Folding
Cutting / Folding
ステートメント
制作することは元来、制作を連続させることにその極意があった。困難な制作も、それが繰り返されることにより達成された。これは加工の技術を鍛錬するという意味ではなく、むしろ扱われている素材が私たちに見せてくれる現象を、その連続性によってとらえるというものである。それはランダムに訪れる素材からの啓示に、ある一定の規則性が伴っていることの自覚に他ならない。このような制作のコツに従えば、何か一つの素材を選び続けることも制作につながるはずである。毎日ある一つの素材を選び続けるとき、私たちはその素材がこちらに語りかける声に気づく。
「ここの折れ曲がっているところが心地よくないから、真っ直ぐにしてくれ。なんなら切り落としてしまっても構わない。」
折り紙や切り絵の可能性は、素材との対話にこそある。展示「Cutting / Folding」では”Painting”のように、複数の素材を重ね合わせ、覆い隠すように構築する制作そのものから、距離を取り、一つの素材からの語りかけに、”Cutting” “Folding” を通し応答することを試みる。切ることや、折ることはとても不思議な現象である。一枚の紙に一筋の切れ目を入れると、偶然もう一筋の切れ目が入ることがある。一枚の布に、一つの折り目をつけた時、無数の折り目がつくことがある。これらの現象において一体どこまでが「私」の操作であり、どこまでが「素材」による語りかけであろうか。もうそれは誰にもわからないかもしれない。いや違う、二人の人間の会話において、言語を超えた様々な出来事が「コミュニケーション」であり、そしてどこに二人の会話の境界が引けるのかという問いが非常にナンセンスであるように、「わからない」ということが絶対的な前提条件であるからこそ、そこからすべての会話が紡がれていくはずである。素材と”Cutting” “Folding”を通して会話をすることとは、現れた対話がどの主体によって行われているかという問いを抱くことでは決してない。”Cutting” “Folding”はむしろその対話を通して、すでに私たちが地続きの連続性の中で、永遠のコミュニケーションを行ってきたと、またこれからも行っていくんだと悟ることに他ならない。
篠田凜と増尾竜希という二人の作家がこの展示に選ばれたことは、ある種の偶然に近い感覚によるものであり、すべての人々の手元で行われている作業と、この展覧会で行われる作業(インストール)の差異は極めて少ない。しかし重要なことは、会話は常に偶然によって生じているのかもしれないが、私たちには全く偶然の産物には思えないということである。篠田凜と増尾竜希はmimeという展示室にて、切ったり折ったりしながらインストールすることで、常に行われてきたこの二つの対話を、自身の身体とそれぞれの関係性の上でなぞり、追いかけ、欲望する。会話をしたいという気持ちがある時、必然的に展示は私たちを、制作に駆り立てる。
文:篠田凜
English Statement
Artist : SHINODA Rin, MASUO Tatsuki
Every artist have a own method to creating superb creation. However, fundamentally every artists who could compose good works are unconsciously take only one rule to change material into masterpiece. That is to continue to compose single expression for lending an ear to material talking voice to us.
“Please let this part of my body stretch by your hands because of this creased place is not feeling good.”
“And if you can, please cut off that piece. I don’t care at all.”
When you realize this voice by creating like Origami, you already have been take conversation with paper. Significant possibility of all creative behavior is communication between human and media throw like “Cutting” and “Folding”. The exhibition titled “Cutting / Folding” invited by SHINODA Rin and MASUO Tatsuki is response to each voice talking from papers or cloths. And also, this exhibition aspires to keep a distance from creation which have layer for example painting.
“Cutting” and “Folding” have effect that similar as magic. However, that isn’t normal magic - Although “normal” doesn’t mean “authentic”. Authentically, magic is not “act” but instead “phenomenon”. Furthermore, every activity is fundamentally phenomenon and we might don’t have capability to realize and prove which is subject to perform activity.
However, we don’t have to feel hopeless even if we don’t have ability to realize, because every conversation started from darkness of uncertainties that similar as ancient times that there is no creatures on this planet. And, if we have desire conversation, exhibition galvanize us to compose art works.
(Written by SHINODA Rin)
篠田凜ステートメント
『Figure out』とは
『Figure out』は選ばれた複数の紙に、球体の展開図を切り抜いた切り絵である。球体の展開図をFigure(図)とする時、紙は自ずとGround(地)になる。それが例え穴であろうと、図が図である時、地は地である。穴とはつまり不在の存在であり、開いた穴を覗いていると、ここにはいない存在が、ここ以外のどこかにいる気がしてくる。そんな気が「分かる」ということである。失って初めて気づくように、分かる(Figure out)とは、図(Figure)がここではない別のどこかへ抜け出すことで訪れる出来事である。
それでは一体、図はどこへ抜け出したのであろう。それはこの図が、どこから訪れたのか辿れば分かる。この図は球体の展開図であるから、球体を展開するとこの図に出会う。つまりこの図が二次元空間へと出現することの意味は、それが三次元空間における展開された球体の訃報であることに他ならない。次元の移動は、生死を伴うことである。このことは、消えた展開図の切り絵を眺めるだけでも明らかである。展開(=別次元の死)図が平面上にその不在とともに現れた時、瞬く間に多様な生命が開花するのを私たちは目撃する。そこには二つの蓮の花が咲き誇る。咲き乱れた花は、突如として蜘蛛に変異する。大きな牙をいくつも抱えた蜘蛛である。
つまり展開図の不在は、この図形が三次元空間に生まれたということであり、私たちは次空間の移動を目撃しているということである。しかし厳密に言えば、私たちはこの図が二次元から三次元に向かったのか、あるいはその逆であるのか判別することはできない。それはこの世に誕生することが、生を生きることであるのか、または死へと直行することなのか、どちらとも言い当てることができないことと似ている。しかし、形態は動きの方向を指し示すことはしない。切り取られ取り残された紙(地)を眺めていると奇妙な形態の存在に気づく。それは二次元平面が、三次元空間へと吸い寄せられる際に生じるような、微かに螺旋を描く、突起物である。この形態が私たちに教えてくれることは、それぞれの次元は独立した物ではなく、特異点を介し連続する高次の構造体であるということである。
文:篠田凜
増尾竜希ステートメント
Cutting Foldingは、絵画の既存の枠組みから脱却し、布が単なる支持体ではなく主役となることで、新たな表現領域への拡張を試みる展示である。
MIMEに置かれた布たちは、「布を織る」「布を張る」「布を結ぶ」といった行為を通して、支持体という受動的な役割から解放され、自律的な存在として立ち上がる。これは、折り畳んだり(Folding)、結びつけたりすることで、布自身のテクスチャ、重力、柔軟性が、新しい立体的な形、といった様々な形態の可能性が生まれる。そうして、既存の絵画の形から自由になった布たちは、それぞれが持つ物質的な特性を展開し、空間と相互作用しながら、我々に素材と形の根源的な関係について問いかける。
また、MIMEという支持体に表現される布たちは、その支持体内でしか、成し得ない形が生まれ、そして、布が単なる支持体ではなく主役となることで、従来とは異なる表現領域へと拡張される。
本展示では、こうした新たな表現領域への拡張への可能性を試みる展示である。
文:増尾竜希