ハサミで切断
2分割された素材
圧着
引き伸ばし
さらに引き伸ばし
得られた新しいポリマーは高い伸び率(2200%)を示す
普通の袋は垂れ流し状態,新素材の方は穴は塞がっている.
ポイント
理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター先進機能触媒研究グループの侯召民グループディレクター(開拓研究本部侯有機金属化学研究室主任研究員)、ハオビン・ワン特別研究員、ヤン・ヤン特別研究員、西浦正芳専任研究員(開拓研究本部侯有機金属化学研究室専任研究員)らの共同研究チーム※は、希土類金属[1]触媒を用いることにより、極性オレフィン[2]とエチレンとの「精密共重合[3]」を達成し、乾燥空気中のみならず、水や酸、アルカリ性水溶液中でも自己修復性能や形状記憶性能を示す新しい「機能性ポリマー」の創製に成功しました。
本研究成果は、さまざまな環境で自己修復可能で、かつ実用性の高い新しい機能性材料の開発に大きく貢献すると期待できます。
今回、共同研究チームは、独自に開発した希土類触媒を用いることにより、エチレンとアニシルプロピレン類[4]との精密共重合に初めて成功し、得られた新しいポリマーが高い伸び率(2200%)を示すエラストマー物性[5]だけでなく、極めて優れた自己修復性能を持つことを明らかにしました。外部から一切の刺激やエネルギーを加えなくても、大気中だけではなく、水、酸やアルカリ性水溶液中でも自己修復性能を示します。さらに、この新しいポリマーは、温度制御によって形状記憶材料として機能し、形状固定率および形状回復率は99%と優れた特性を示し、繰り返し変形させた際にも、機能低下は見られませんでした。
本研究成果は、米国の国際科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(2月7日付け)に掲載されました。
※共同研究チーム
理化学研究所 環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ
グループディレクター 侯 召民(コウ・ショウミン)
(開拓研究本部侯有機金属化学研究室 主任研究員)
特別研究員 ハオビン・ワン(Haobing Wang)
特別研究員 ヤン・ヤン(Yang Yang)
専任研究員 西浦 正芳(にしうら まさよし)
(開拓研究本部侯有機金属化学研究室 専任研究員)
九州大学 先導物質化学研究所
教授 高原 淳(たかはら あつし)
助教(研究当時)檜垣 勇次(ひがき ゆうじ)
※研究支援
本研究は、ImPACT「超薄膜化・強靭化「しなやかなタフポリマー」の実現(PM:伊藤耕三)」の研究課題「高性能希土類触媒によるタフポリマーの開発(研究開発責任者:侯召民)」による支援を受けて行われました。
損傷から自己修復できる材料の開発は、学術的にも実用的にも極めて重要です。従来の自己修復性材料には、水素結合[6]やイオン相互作用などを活用し、精巧に設計されたものが知られています。しかし、それらの相互作用は水や酸などで壊れやすいため、従来の材料は変化に富む実際の自然環境ではほとんど機能しないことが課題となっています。また、現状ではこれらの材料は、その精巧な分子設計のために多くの場合は合成に多段階を必要とし、実用化に向けた大量合成が困難です。
一方で、ポリエチレンに代表されるポリオレフィン[2]は、さまざまな包装材や農業用フィルムなどとして幅広く利用されており、現代社会に欠かせない重要な汎用性高分子材料です。さらなるポリオレフィンの高付加価値化や用途拡大をはかるために、水素原子や炭素原子以外のヘテロ原子[7]を含むオレフィン[2](極性モノマー)とエチレン(非極性モノマー)を共重合[3]させて、ヘテロ原子などの極性基をポリオレフィンへ導入する触媒の研究が世界中で行われてきました。しかし、通常、ヘテロ原子を持つオレフィンの重合活性は、エチレンに比べて格段に低いため、得られた共重合体は極性モノマーの含有量や分子量が低いことが課題となっていました。
侯召民グループディレクターらは2017年に、希土類金属と酸素や硫黄などのヘテロ原子との特異な相互作用によって、ヘテロ原子を含むα-オレフィン[2]の重合活性が著しく向上することを明らかにしました注1)。また2016年には、アニソールユニットにあるエーテル基が希土類金属と適切に相互作用することにより、従来の触媒では実現困難なC-H結合官能基化反応が進行することを見いだしています注2)。
そこで、今回はこれらの研究背景を踏まえ、希土類金属触媒を用いたエチレンとアニシル基を持つプロピレン類との共重合反応の開発に取り組みました。
注1)2017年7月22日プレスリリース「機能性ポリオレフィンの合成・制御に成功」
注2)Shi, X.; Nishiura, M.; Hou, Z. C−H polyaddition of dimethoxyarenes to unconjugated dienes by rare earth catalysts. J. Am. Chem Soc., 138, 6147 (2016).
共同研究チームは、スカンジウム(Sc)触媒を用いて、エチレン1気圧の条件でアニシルプロピレンとの共重合を行うことにより、1段階で比較的高分子量のポリオレフィンを得ることに成功しました(図1)。構造解析の結果、アニシルプロピレンとエチレンとの交互ユニットに加え、エチレン-エチレン連鎖を持つ構造であることが分かりました。
得られたポリオレフィンは、伸び率約2200%と優れたエラストマー物性を示すだけではなく、自己修復性能を持つことが明らかになりました。外部から一切の刺激やエネルギーを加えなくても、大気中だけではなく(図2上)、水、酸やアルカリ性水溶液中でも自己修復性能を示します(図2下)。
さらに、アニシルプロピレン類の置換基をt-Bu基のような嵩高い置換基に変えることにより、ポリマーの熱物性を制御でき、室温では固いプラスチックとして振る舞い、加熱するとエラストマー物性を示す材料の合成が可能です。この性質を適切に活用し、温度制御を行うことにより、このポリマーが形状記憶材料として機能することが分かりました(図3)。このポリマーを50℃の加熱状態で変形させ、そのまま室温まで冷やすと変形した状態で固まります。続いてこれを50℃に加熱すると速やかに元の形状に戻り、形状固定率および形状回復率は99%で優れた形状記憶特性を発現することが分かりました。さらに、繰り返し変形させた際にも、機能低下は見られませんでした。
さまざまな測定の結果、エラストマー物性や自己修復性および形状記憶特性を発現する理由の一つとして、アニシルプロピレンとエチレンとの交互ユニットが柔らかい成分として働き、エチレン-エチレン連鎖の硬い結晶ユニットが物理的な架橋点として働くことができるネットワーク構造の構築が重要な鍵となっていることが分かりました(図4)。
水素結合やイオン結合などを活用する従来の自己修復性材料は、水中ではそれらの相互作用が弱められるため、うまく機能しないことがあります。しかし、今回開発したポリオレフィンにおけるエチレン-エチレン連鎖の結晶ユニットやアニシルプロピレンとエチレンとの交互ユニットは、水の影響を受けないため、大気中だけではなく、水、酸やアルカリ性水溶液中でも自己修復性や形状記憶特性を発現できる点に大きな特徴があります。
本研究では、希土類金属触媒を用いることにより、極性オレフィンとエチレンとの精密共重合を達成し、乾燥空気中のみならず、水や酸、アルカリ性水溶液中でも自己修復性能や形状記憶性能を示す新しい機能性ポリマーの創製に成功しました。本研究成果は、今後の自己修復性材料の設計・開発にとって重要な指針を与えるものです。
また、今回開発したポリマーは簡便に合成可能であり、置換基の適切な選択によって熱物性および機械物性を制御できることから、さまざまな環境で自己修復可能でかつ実用性の高い新規機能性材料の開発に大きく貢献すると期待できます。
さらに今回の研究は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)」のうち「12.つくる責任つかう責任」に大きく貢献する成果です。
Haobing Wang, Yang Yang, Masayoshi Nishiura, Yuji Higaki, Atsushi Takahara, Zhaomin Hou, "Synthesis of Self-Healing Polymers by Scandium-Catalysed Co-polymerization of Ethylene and Anisylpropylenes", Journal of the American Chemical Society, 10.1021/jacs.8b13316
さらに詳しい解説を希望される方は理研ホームページの補足説明(参考資料のトップ)をご覧ください.
ゴムのような弾性を持つうえ、切ったりちぎったりしても手でしばらく押しつける だけでほぼ元通りに戻り、強くひっぱってもちぎれなくなる不思議な新素材を、仏国立科学研究センター(CNRS)のグループが開発した。
ありふれた安価な化合物からつくれ、 「自己修復」は何度も繰り返せる。21 日付の英科学誌ネイチャーに発表した。 ふつうのゴムは高分子化合物でできているが、この新素材は数種類の低分子化合物 が水素結合という緩やかな結合で複雑につながった「超分子」というタイプの物質。 破断しても、結合相手がいなくなった水素結合の片割れがしばらく表面に残り、自己修復 を可能にしているらしい。 室温では破断から 12 時間以上たっても自己修復できた。 約 15 分間押しつければ 2 倍の長さまで伸ばせるようになり、圧着時間を長くするほど破断前の性能に近づい た。原料は脂肪酸と尿素。すでに 200 グラム単位で生産でき、シートやひも状など様々な形 に加工できる。 傷口がひとりでに治るような自己修復機能は、新素材開発の一大テーマだ。
相田卓三・ 東京大教授(超分子化学)は,「修復剤を入れた微小カプセルを素材に埋め込むなどの手法 はすでにあるが、熱も圧力も化学反応も使わずに繰り返し自己修復できる素材はなかっ た。 科学的にも実用的にも面白い」といっている。
この伸縮性のあるゴムを 2 つに切って も、くっつけた状態で置いておけば、 再びつながって伸縮性のあるゴムにな る。この材料には不気味な「自然治癒」 能力があり、何度でも切ったりつなげ たりすることができ、伸縮性を失うこと もない。
自然治癒するゴムは、パリ市立工 業物理化学高等学院 (フランス)の Ludwik Leibler の研究室で開発され た。Leibler らは、脂肪酸と尿素(つまり、植物油と尿の成分)という単純 な材料から、このゴムを作り出した。
できあがった材料は、シリーパテ(丸 めてボールにすると弾ませることのでき る玩具用のシリコンゴム粘土)とゴム ボールの合いの子である。この材料は 伸ばすことができ、2 つに切っても、くっつけて置いておくだけで、元どおりにつ ながってしまう。研究チームはまだ、こ の材料を丸めてボールにしてみたこと がないので、それがどのくらい弾むの かはわからない。けれども Leibler は、 「この材料についての知見を考え合わせると、おそらく弾むと思われます」と 付け加える。この研究は Natureにて発表された 1。
「この材料は、おもしろいだけではありません」と、東京大学の化学者相田卓三はいう。「この発見は、商業化に 非 常 に 近 いところにあるのです 」。 自然治癒するゴムの用途としては、接着剤から自転車のタイヤまで、あらゆるものが考えらる。
伸縮性
従来のゴムは、連続的で伸縮性のあ る単一の分子からできている。この分 子は、共有結合という強い化学結合によってまとめ上げられている。材料が切 断されて、この結合が切れてしまえば、 ゴムを元に戻すことはできない。 Leibler は今回、植物油に由来する
今回開発されたゴムを切って(a)、切断面どうしを接触させ(b)、気温 20°Cでそのままにしておく(c)。 1 時間後には、また元どおりにつながり、十分に伸ばすことができる(d)。
脂肪酸という小さな分子を使用した。 これらの分子を 2 段階の過程を経て尿 素と反応させると、脂肪酸の末端に、 窒素を含む化学基(アミドとイミダゾリ ドン)が付着する。脂肪酸は、水素結 合により互いに連結されていく。水素 結合とは、水素原子が別の原子と引き合って作る結合であり、水分子を互い に結びつけているのもこの結合である。
こうして生じる分子系は、極めて不均 一である。ある脂肪酸は 3 つの突出した化学基をもち、別の脂肪酸は 2 つの 突出した化学基をもっている。ゆえに、 この化合物が結晶化して、硬い、粉砕可能な材料になることは不可能である。 この材料は、元の長さの 5 倍まで引き 伸ばすことができ、その状態から元に戻ることができる。ただし、元に戻る速 さは輪ゴムよりも遅く、1 分程度かかる。
粘着性
ゴムを切ると、脂肪酸の末端の化学基 が露出し、隣接する化学基との間の水 素結合が壊れる。アミド基には、結合 するための相手を探し出す性質があり、 切断面どうしを接触させると、この性 質により水素結合が再形成される。切 断面を長い間接触させれば、それだけ 多くの水素結合が形成され、ゴムはより完全に元どおりになる。
切ったばかりのサンプルどうしを接触
させると速やかにつながっていき、わ ずか 15 分後には、元の長さの 2 倍まで引き伸ばせるようになる。しかし、ま だ完全にはつながっていない。「治癒」 してから十分な時間が経っていないゴ ムは、元の「傷」の位置で再び切れてしまうことが ある。
切れたゴム片は、その相手のゴム片とだけつなぐことができる。すぐにつな ぐ必要はない。切ってから 18 時間経 過したゴムでも、十分速やかに回復す ることができる。
単純性
「これは極めて単純な概念です。そして、 再生可能な資源を用いるのは、とてもよいことです」と、ケンブリッジ大学(英 国)の化学者 Oren Scherman はいう。彼は、ニューオリンズで開催される 米国化学会で、自然治癒する材料に関する会合を開くことになっている。「何 かを壊し、それを元どおりにできるの は 、 よい徴候です 」。
Leibler は、フランスの化学会社 Arkema との間で、この材料を開発 し、商品化する契約を結んでいる。 Leibler は、このゴムが玩具に使われ るのを望んでいる。「子どもはものを壊すのが好きです。もしそれが元どおりにな れ ば 、 とてもすてきで すね 」。
1. Cordier,P.,Tournilhac,F.,Soulie-Ziakovic,C.&Leibler, L. Nature 451, 977-980 (2008).