若い心理学者・大学院生向けの子どもと発達障害に関する研究の勉強会

講師からのメッセージ

第7回 論文を読み込もう(4) 2021/9/25


 書き込みがすっかり遅れてしまい、すみません。今回は重回帰分析(パス解析)と確認的因子分析を組み合わせた統計手法である構造方程式モデリング(SEM)について扱いました。SEMは、現在心理学や社会科学領域で用いられている統計手法の大部分をカバーする包括的な多変量解析の枠組みです。したがって、「SEMの可能性と限界を知ることは、社会科学領域における現在の統計解析技術の可能性と限界を知ることとほぼ同義です。そして、統計解析によって何ができ、何ができないのかの線を明確に理解することができれば、データの収集に先立って、理論的検討や研究デザインの工夫をどこまでやらなければいけないかも自ずと見えてきます」(伊藤ほか, 2018)。そのような意味で、SEMの中身を少なくとも概念的に理解しておくことは、今後、心理学研究を進めていくにあたって、貴重な財産になると思います。


 以下はみなさんにいただいた質問・コメントへの回答です。


識別には最低3つの指標が必要ということですが、抑うつを測定するためには、BDI、SDS、CES-D、QIDS-Jと複数用いることが望ましいということでしょうか。。

→指標というのは、心理尺度の場合、個々の質問項目のことを指します。例えば、BDIは21項目から構成されるので、その個々の項目が指標として用いられます。ただ、項目が多くなるとモデル適合度が下がる傾向があるので、複数項目の得点をあらかじめ合計した上で指標として用いる方法(パーセリング)もありますが、これは測定モデル(想定される因子構造)の妥当性を検証できるというSEMの本来のメリットをつぶしてしまう方法なので、望ましい方法とは言えません。


とても勉強になりました!SEM、パス解析について過去にほとんど勉強したことがなかったのですが、どういう風に計算がなされて、どんな場面でどういう条件で使えるのか、といったことを学ぶことができました。SEMについての認識が、「なんだかよくわからないけど便利なもの」から、「研究者がモデルを論理的に構築した上で、潜在因子間の関連性を調べる」構造モデル部分と、「観測された変数の背景に隠れている因子を見つけ出す」測定モデル部分とに分かれているもの、というくらいまでには解像度が上がりました。伊藤先生の説明がとても分かりやすく、また他の参加者の方々の質問もレベルが高くて、研究に対するモチベーションが上がりました。楽しかったです、ありがとうございました。

SEMに対する「解像度」が上がったということで何よりです。相関(共分散)をモデルに沿って分解するという基本的な原理が理解できると、思っていたより難しくないことが実感できたのではと思います。相関の分解は最近流行りの統計的因果推論とも共通する非常に重要な理解です。


今日もありがとうございました。よく分からないことが多いのですが、この研修に参加するために昔の教科書を開いたりしますし、最新のお話を聴くことが出来るので、本当に刺激を受けています。ありがとうございます。何とか、科研費申請もできました。前回の御助言がとても参考になりました。

ありがとうございます。お役に立てたようで嬉しい限りです。宣伝のようで恐縮ですが、SEMについては、(冒頭でも引用しましたが)以下のテキストを書いていますので、参考にしていただければと思います。Mplusという統計ソフトを用いていますが、Mplusがなくても一通りSEMの概念的理解ができる内容になっていると思います。

伊藤ほか(2018)心理学・社会科学研究のための構造方程式モデリング: Mplusによる実践 基礎編. ナカニシヤ出版.


SEMは使ったことはあってもその中身はよくわかっていなかったので大変ためになりました。しかし内容は難しくて、よくわかっていないこと自体はあまり変化ないかもしれません・・。実際のデータで分析しつつ勉強してみたいなと思いました。。

分析手法の理解には、理論と実践の両方が不可欠なので、実データで分析してみることも大事ですね。


臨床でも研究でもとても役立つ内容でした。ただし,理解をするうえでとても慎重にならない側面(適合度の問題,モデルの頑健性など)があることも理解しました。

SEMは便利ではあるけれども、何でも解決する魔法のツールではないという理解は重要です。次回、そのあたりをもう少し掘り下げていきたいと思います。


・臨床で得られるデータについてなんですが,各個人のデータを取り揃えてみて実際に解析をかけるときにまた質問させていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

・今月海外で使用されている態度尺度の翻訳版をwebアンケートで試行してみたので、その結果を今日の学びも踏まえて分析してみたいと思います。

・SEMの概要や扱いに関して良くわかりました。今後の研究に活かそうと思います。

→今後、受講者のみなさんのデータを持ち寄って、解析方法について議論する機会を設けていきたいと思います


他の方からの質問を聞いていて、学びがより深まった気がしました。ありがとうございます。ただ、基本的な理解が不十分だと思うので、復習を頑張ります。

→わからないポイントはある程度共通しているものだと思います。他の方の理解のためにも、わからない点があれば、ぜひ積極的に質問していただければと思います。


伊藤大幸

第7回_論文を読み込もう(4).pdf

第6回 論文を読み込もう(3) 2021/8/28


 今回もお疲れ様でした。午前の部では前回に引き続いて重回帰分析を扱い、実際の論文の分析結果を読み込んでみました。交互作用の解釈は一見ややこしいですが、実際は主効果に足したり引いたりするというだけなので、理屈がわかればそれほど難しいことはなかったと思います。今回読んでいただいた論文のように、学術誌に掲載されている論文であっても、結果の表示や解釈の仕方に誤りがあることは決して珍しくありません。これまで扱ってきたような最低限の統計の知識があれば、こうした誤りを発見し、より客観的な視点で論文を読むこともできるようになります。研究者であれば、論文の著者の主張を鵜呑みにするのではなく、著者が提示しているデータを自ら批判的に読み解き、解釈できるようになることが求められます。


 午後の部(実践編)では、科研費などの獲得の方法について扱いました。これからの時代、科研費などの競争的資金の獲得は、研究者にとってますます重要なタスクの一つになります。また、応募のために申請書を作成すること自体、自らの研究ビジョン(What:何をやりたいのか、Why:なぜそれをやる必要があるのか、How:どうやってやっていくのか)を明確化する上で意義のあることです。申請書の作成スキルを身につけるには、毎回しっかり力を入れて書くこと、また、それを経験豊富な人に見てもらうことが重要です。ご希望があれば私の方でもチェックをしますので、メールでお送りください(ito_hiroyuki@pd5.so-net.ne.jp)。初めはなかなか結果が出なくても、とにかく挑戦し続けるようにしましょう。


 以下はみなさんにいただいた質問・コメントへの回答です。


学業成績と友人関係,抑うつのモデル図において,双方向の関係性が想定されるとお話しされていましたが,その場合分析はどうすればよろしいのでしょうか。双方向が想定されても,とりあえず想定したモデルで分析して,逆方向の矢印についてはもう一度分析する?考察で限界として述べる?…などでしょうか。

→双方向の因果関係が想定される場合、通常の横断データで因果関係の推定を行うことは難しくなります。この場合、縦断的に計測を行い、交差遅延モデルなどで双方向の因果関係の推定を行うのが最もよく用いられる方法です(ただし、これも万能な方法ではありません)。

 縦断データの収集が難しい場合、ひとまず理論的に蓋然性が高い方のモデルで分析をしておいて、考察で別のモデルの可能性についても触れておくという方法もありますが、厳しい査読者にあたると採択が難しくなる可能性もあります。あるいは、因果の方向性を仮定した重回帰分析ではなく、方向性を仮定しない相関または偏相関の報告に留めるという方法もあります(が、解釈はやや難しくなります)。


村山先生や伊藤先生のお話の中で、「横断研究はあくまで相関レベルの結果であり、厳密には因果関係の示唆は難しいことを理解する必要性がある?」というお話がありましたが、よくわからなかったので、補足いただけると幸いです。

上の質問のように、実際は著者が仮定するモデルの他にも、様々な因果関係のモデル(逆方向の因果や交絡変数の影響)が想定されうることが多いためです。横断研究でも、理論的に因果モデルの妥当性を論証できれば(=他のモデルの可能性を排除できれば)、因果関係に迫ることは可能です。


重回帰分析についての質問です。介入群と統制群に分けての介入研究で、pre時点の尺度成績について群による有意差があった場合の解釈について教えてください。上記のような有意差があった場合でも、重回帰分析で共変量にpre得点を設定すれば、pre得点の影響が統制されるので、出てきた結果をそのまま用いることに問題はないでしょうか?。

いわゆる共分散分析の考え方ですね。介入群と統制群の割当がランダムに行われており(ランダム割当)、pre時点での尺度得点の有意差が偶発的なものであるならば、pre時点の得点を共変量として投入することで、その影響を統制することができます。

 一方、割当がランダムに行われていない場合(例えば希望者のみが介入群に割り振られた場合など)、上記の方法ではpre得点の差の影響を取り除くことができません。この場合は、介入群への割当を予測する共変量を用いて傾向スコアという得点を算出し、それに基づいてマッチングなどを行う必要があります。このあたりも、いずれ時間があれば勉強会で詳しく扱えればと思います。


重回帰分析で独立変数としてカテゴリカルな変数を扱うときの話なのですが、例えば性別だと、重回帰分析の独立変数として含めることもできるし、今日の配布資料の4枚目のように、男女別に群分けして、性別を除いた独立変数で重回帰分析をすることもできると思います。この2つは、どのように使い分ければよいのでしょうか・・・?私自身はこれまで、性別や学年を独立変数として含めて分析してきましたが、別の方が同じデータで、男女別、かつ、学年別(4学年)に群分けした上で、重回帰分析を8回行っており、そういうやりかたもあるのかと驚いたので質問させていただきました。

どちらの分析方法も間違いではありませんので、状況によって使い分けることになります。

 集団の数が比較的少ない場合(例えば男女だけ)、集団を分けて分析する方法が用いられることが多いと思います。SEMでは多母集団同時分析と呼ばれるものです。ただ、このような分析をする場合、各集団での偏回帰係数の有意性を見るだけでなく、集団間で偏回帰係数に有意差があるかも見なければ意味がありません。一方の集団で有意だった係数が、他方の集団で有意でなかったというだけでは、偏回帰係数に有意差があるとまでは言えないためです。実際には、このような集団間の偏回帰係数の比較検定をしていないにもかかわらず、偏回帰係数の差を考察している論文が非常に多いので注意が必要です(提示していただいた例も、8個もの集団に分けた場合、集団間のパス係数の比較検定は行われていない可能性が高いと思われます)。

 一方、性別、学年など、複数の属性を論じる必要がある場合や、もともと属性に主たる関心がなく、あくまで統制変数としてモデルに含めるような場合には、集団を分けた分析ではなく、属性を独立変数に含めた分析を用いることが多いでしょう。この場合、集団間で偏回帰係数に差があるかを見るためには、属性と独立変数の交互作用項を分析に含めることになります。


重回帰分析の結果を報告する際には,重決定係数,偏回帰係数,標準誤差,標準化偏回帰係数,t値,p値(+変数間の相関)を報告すればよいのでしょうか。

→基本的に 「重決定係数,偏回帰係数,標準誤差,標準化偏回帰係数,t値,p値(+変数間の相関)」を報告すればOKです。加えて多重共線性の指標となるVIFも示すことがあります。


・主観で申し訳ないのですが,最近は階層的重回帰分析を行う研究をよく目にします。ステップを踏むことで独立変数の投入方法を選択できるのが利点だと思うのですが,階層的重回帰分析よりもむしろ階層的でない重回帰分析を選択する利点がありましたら教えてください。

→先日ご紹介した吉田論文では、階層的重回帰分析で得られる情報は通常の重回帰分析でも得られるので適用の必要がないという主旨のことが述べられています。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/advpub/0/advpub_92.19226/_article/-char/ja/

 ただ、私はこの主張には同意しません。その理由の一つは、階層的重回帰分析の結果のわかりやすさです。例えば、最初のステップで統制変数のみを投入し、次のステップで関心対象の独立変数を投入し、R2の増分を見ることで、関心対象の独立変数自体がどの程度の説明力を持つのかを簡潔に示すことができます。このR2の変化量は、確かに通常の重回帰分析の結果から算出することも可能ですが、独立変数の数が多い場合、推定値から即座に把握することは困難であり、冗長な情報とまでは言えません。「わかりやすさ」という視点は、論文を書く上では非常に重要な要素です。(そもそも重回帰分析の結果自体、相関係数の行列から導くことができるわけなので、吉田論文の主張を突き詰めると重回帰分析自体が冗長ということになってしまいます。)

 もう一つの理由は、ご質問にあるように、ステップごとに投入の方法を変えられるという点です。例えば主効果に関しては強制投入で全て投入し、交互作用項のみステップワイズで有意なもののみを選択するといったことができます。今回の勉強会でもお話ししたように、交互作用項を多く投入すると結果が不安定になりやすいので、この方法は非常に便利です。


科研費申請書に関してですが、基盤Cの申請書に、「2021年度が最終年度となる科研費課題を持っている場合は、概要と研究遂行状況、本研究を前年度応募する理由、を書く」、というページが1ページ追加されていて、コロナもあって、正直今持っている科研の遂行状況が計画とだいぶ違った形になっている私は恐れおののいています。論文投稿も遅れてしまっており、今審査中のものが3本、掲載済みが1本あるくらいでなのですが・・。ただの困った話になってしまいましたが、何かアドバイスがあればどうぞよろしくお願いいたします。

それは「研究計画最終年度前年度応募を行う場合の記述事項」ですね。まずは応募要領をよく読みましょう。前年度応募というのは、現在科研費で実施している研究を継続して行いたい場合に、現在の課題が終了する1年前の時点で科研費に申請できるという特例制度のことです。今回であれば、来年度(2022年度)が最終年度の課題を持っている場合にのみ適用されますので、今年度で科研費が切れる方は対象外です。


若手研究は1人で実施する枠ですが、それ以外は1人で申請してはいけないということなのでしょうか?共同研究の枠という理解でいいのでしょうか?基本的な質問で申し訳ありません。宜しくお願い致します。

若手研究、スタート支援、基盤C、挑戦的研究(萌芽)あたり(年間100万円規模の種目)は、個人研究として申請するのが一般的です。研究協力者に名前を入れることは問題ありませんが、研究分担者は入れないのが基本で、入れるにしても1名か、多くても2名程度までに留めます。逆に、基盤B以上の種目では、複数の研究分担者を入れ、共同研究の形で申請するのが通例です。


伊藤大幸

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実践編第2回_科研費の獲得.pdf

第5回 論文を読み込もう(2) 2021/6/12


今回もありがとうございました。今回は論文の図表の読み方から少し統計的な面を掘り下げて、多変量解析の基盤となる一般線形モデルの考え方について扱いました。


以下はみなさんにいただいた質問・コメントへの回答です。


重回帰分析に用いる変数の数はいくつくらいまでが適当なのでしょうか?例えば家賃の例でも,「バストイレ別」や「2口コンロ」など家賃に影響しそうな要因はほかにもいくつかありますが,今回先生が選択した要因の内容や数の背景は何でしょうか。

→独立変数の数について、特にいくつまでという一律の制限があるわけではありません。今回扱った要因は、単に部屋探しのWebサイト上で一覧表に掲載されており、データとして収集しやすかったものです。「バストイレ別」などの要因を追加していけば、さらに予測の精度(独立変数によって家賃を説明できる程度)を高めることができると思います。

ただ、相互に相関の強い独立変数を分析に含めると、分析結果が不安定になる多重共線性という問題が生じる場合があります。その意味では、何でも無制限に独立変数に入れていいというわけでもありません。この問題は特にサンプルが小さいほど生じやすくなるので注意が必要です。これを回避する手段としてステップワイズ法などの変数選択(効果が有意となる独立変数のみを選択的に分析に含める手法)がありますが、本来は効果が有意でない変数も分析に含めて統制をかけることが望ましいので、あまり推奨されない方法です。相互に相関が強い独立変数がある場合は、事前に因子分析で合成するなど、より系統的な対処を行う必要があります。


ダミー変数における標準化偏回帰係数は,通常の連続変量の場合と同様の理解をしても問題はないのでしょうか。

ダミー変数に関しては、標準化偏回帰係数ではなく、非標準化係数にのみ基づいて解釈を行います。一般に標準化偏回帰係数は、「独立変数が1SD上昇したときに、従属変数が平均して何SD変化するか」を表しています。ダミー変数の場合、非該当者(0)と該当者(1)の割合によってSDが異なるので(両者が1:1のときに最大となる)、要因の効果そのものではなく、その割合の程度によって標準化係数が変化してしまい、解釈がしづらくなります。このような問題を避けるため、ダミー変数は非標準化係数に基づいて解釈するのが通例です。

ただし、従属変数が心理尺度の得点など、実質的な単位を持たない数値である場合、そのままでは非標準化係数の解釈は困難です。あらかじめ従属変数を標準化(平均が0、標準偏差が1になるように変換)した上で分析を行うことで、非標準化係数であっても容易に解釈することができるようになります。

つまり、ダミー変数を伴う重回帰分析では、従属変数をあらかじめ標準化した上で分析を行い、非標準化係数に基づいて解釈を行うという方法を取ることになります。


伊藤大幸

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第4回 論文を読み込もう 2021/5/15


本日も多くの方にご参加いただき、ありがとうございました。今回は論文の要点を素早く捉える「速読」に必要なスキルとして、パラグラフ・リーディングと図表の読み方について扱いました。


パラグラフ・リーディングは、慣れてくれば1パラグラフ1分もかからずに内容を把握できるようになります。速読か精読かにかかわらず、パラグラフごとのメッセージを読み取ることは必須の作業です。また、パラグラフの要点を捉えられれば、論文の論理構造が手に取るようにわかるので、自分が論文を書く際にも、どのような論理展開で書けばよいかのイメージがつかみやすくなります。しっかり練習してスキルの向上と定着を図っていただければと思います。何しろ数をこなすことが重要です。練習用に今日の論文の解答を下のスライドに載せておきます。


図表は基本的なパターンを抑えてしまえば、簡単に内容を読み取れるようになります。APAマニュアルを持っていない人は、まず入手しましょう。心理学領域のみならず、広く社会科学領域の研究者のバイブルとなっています。邦訳版は誤訳やわかりづらい箇所が多いので、英語の原版(amzn.to/3ynDdnk)を購入することを強く推奨します(こういう時にいちいち英語を避けていると、なかなか上達しません。「英語の本は英語で読む」を徹底しましょう)。APAマニュアルを通読すると、論文の基本的な作法とその根拠をよく理解することができます。


以下はみなさんにいただいた質問・コメントへの回答です。


論文の読み方について、一人で英文を読んでいると、自分の解釈で合っているのかどうかが分かりません。後で指導教官と話をすると自分の解釈がまちがっていた、ポイントがつかめていなかった、ということがあります。数を読み込んでいくことで正しく読めるようになるものなのでしょうか。

→まずは前回の精読でやったように、個々の文の構造を正確に捉えた上で意味を取ることが必要です。構造が正確に把握できていれば、誤訳はほとんど生じなくなります。誤訳というのは、構造が不明瞭なままで何となく意味を推測してしまうことで起きることがほとんどだからです。

その上で、前後の文脈との整合性から解釈が論理的に成り立っているか、しっかり意識しながら読むようにしておくと、万一解釈の誤りがあっても自然と気づけるようになります(そのうち、誤り自体がなくなります)。文と文のつながり、パラグラフとパラグラフのつながり、論文全体としての一貫性を常に意識しましょう。ただ、慣れないうちは、今日やったように他の人と読み合わせをして正しく読めているかを確認することも必要かもしれません。


demographyについて、論文により記載情報に違いがあります(例えば、婚姻情報や学歴情報が載っている論文や載せていない論文など)。どの程度まで載せておくことが良いのでしょうか?

性別、年齢、地域あたりは必須の情報ですが、英文誌では多くの場合、SES(社会経済的状態)に関わる情報(収入、学歴、職業など)の記載を求められます。婚姻状況や子どもの有無もリサーチクエスチョンによっては必要になります。基本的に、情報はなるべく多い方がレベルの高い雑誌には掲載されやすくなります。


「人口統計学情報」を方法か結果に記載するとのことでしたが、これは「研究への参加者」の情報でしょうか。諸々の条件で、分析対象を除外する場面もあると思いますが(質問紙で不真面目な回答を除外するなど)、そういった場合は参加者情報と分析対象者情報の両方を記載するべきでしょうか。また、参加者情報は「方法」、分析対象者情報は「結果」になる気がするのですが、いかがでしょうか。

→方法、結果のどちらに載せるにしても、図表には基本的に分析対象となった参加者の情報のみを記載します。除外された対象者の情報は本文にのみ記載すれば十分です。図表は、それだけを見れば論文の概要が把握できるように作成するのが基本です。分析に含まれていない対象者の情報は、誤解のもとになるため、図表には載せません。


国内論文では、効果量まで記載のない先行研究も多数散見されます。そうした論文と、自分の研究結果を比較して議論したい場合には、先行研究に載っている統計的情報から効果量を自分で算出し、自分のデータと比較する・・・ということになりますでしょうか。

→そういうことです。Webで無料配布されている効果量の計算ツール(www.mizumot.com/stats/effectsize.xls)もあるので、有効に活用しましょう。


あと1回で終わってしまう?のが悲しいです。

→終わりません!どこかに5回って書いていましたっけ?あまり明確な見通しを持っていませんが、まだ当面は続けていくと思います。


クリニックで働いている同僚の心理士さんから昨年改訂されたK式で性別に関する質問がなくなったとのことを聞きました。今後,研究論文の中で心理学検査で性別を記載すること自体に意味はなくなるのでしょうか?

→おそらく性別でノルム(標準得点の基準値)を分けないため、性別の記載が必要ないと判断されたものと思います。一つの心理検査の中でそういう判断があることは理解できます。ただ、論文の中で性別を扱うことは、今後も必須であり続けるはずです。というのも、性別によって心身の様々な側面に差異があることは事実であり、共変量(統制変数)として性別を扱うことの意味がなくなることは考えられないためです。


伊藤大幸

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第3回 論文を読もう(2) 2021/3/13


第3回にご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。このところ年度替わりで慌ただしく、レスポンスが遅れまして申し訳ありません。


第3回は論文の精読に関して、SVOCの把握からスラッシュリーディングの方法までを扱いました。スラッシュリーディングは、文の構造を把握することで読解の正確さが増すだけでなく、戻り読みを防ぐことで読解のスピードも向上する効率的な読み方です。ご自身の関心領域の論文でもどんどん試して、スキルの定着を図っていただければと思います。


以下はみなさんにいただいたご質問・コメントへの回答です。


・最近は英文自体を読む機会がなかった…いや、避けていたので、今日は必死でした。。。構文はまだ何とか分かるところもあるのですが、受験当時覚えたような単語の意味も含めて殆ど忘れてしまっているので、調べながらでないとすぐに訳せません。翻訳サイトなど、ひきまくって訳すことになってしまうのですが、それでも構いませんか?

→単語の意味がわからなければ調べた方がいいと思いますが、文そのものを翻訳サイトに入れて訳してしまうと力がつかないので避けましょう。


・久しぶりに英語の授業を受けました。OとかCとか懐かしすぎましたが、再度さらってみると意識して文の要素をとらえることができ、後からの修飾修飾で長い文でも読みやすくなったように思います。もっと言うと、こっから先はもう補足ばっかしだから次の文に行けばいいや、も、やりやすくなり、その点でもよいなと思いました。

→しっかり文の要素を捉えることは重要ですね。ただ、SVOCは、文法的には文の中核となる要素であるものの、意味的にはそれ以外の修飾句や従属節の部分が重要な役割を持っている場合もあるので、注意が必要です。SVOCの特定はあくまで構造を捉えるための第一段階の作業として認識しておきましょう。構造を捉えた上で、意味的にどこが重要かというのはまた別の話になります。


・想像以上にためになり良い回でした。こういったことってあんまり他ではやらないような気がするので。もっとやりたくなりました。

→心理学の教員は、個々の英文の読み方まで具体的に指導してくれることは少ないですね。しかし、本来は専門科目の中でこそ精読の仕方をしっかり教えるべきだと私は考えています。読み方が雑だと、いつまでも読解力が向上せず、研究に支障をきたすためです。研究者であれば、文章を構成する全ての文の意味を100%正確に取れなければいけません。それさえできれば、速読も決して難しくはありません。


伊藤大幸

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第2回 論文を読もう(1) 2021/2/13


本日はありがとうございました。またも時間配分が悪く、みなさんに取り組んでいただいた内容を発表していただく時間が取れず、大変申し訳ありませんでした。時間配分のことでは学生にもいつも怒られています。それと、水曜日から妻子が実家に(ケンカではなく子どもを遊ばせに&畑の野菜を収穫しに)帰っていて、この3日ほど人と全く会話していなかったので、思うように言葉が出てこず、聞きづらい部分も多かったかと思います。次回はもう少し人間らしい生活をして臨みます。


次回ご参加いただける方は、以下についてご準備いただければと思います。

(1)PC上で利用できる辞書ツールを用意する(WeblioなどのWebサイトでもかまいませんが、英辞郎などPCにインストールするソフトの方が便利だと思います)

(2)今日の論文(https://is.gd/8vcEkj)の最初の3段落についてパラグラフ・リーディングをやってみる(各80字以内で概要をまとめる)


以下はみなさんにいただいたご質問への回答です。


集めた論文のタイトルや概要などをエクセルやその他論文管理ツールなどで整理されていますか?もしくは、PDFをフォルダに保存しておくのみでしょうか。あとで探しやすいファイル名の付け方など、工夫されていることがあったら知りたいです。

→文献管理ソフトは必須ではありませんが、PDFやWebブラウザから書誌情報を簡単に取り込める、PDFの全文検索ができる、引用文献リストの作成が容易にできるなどのメリットがあるので、使った方が文献管理の手間は減ります。以下のページ(https://note.com/sdeso/n/ndaf538c5a388)に紹介されているものなどは、無料もしくは安価で使い勝手もよいと思います。PDFを放り込むだけで書誌情報を取り込んでくれるのは素晴らしいですね。総合的に見て、Mendeleyがとっつきやすいように思います。


英語を読むことそのものが苦手で、グループの他の方々の速さに圧倒されました。英語を読むことそのものが苦手な人はどのようにしたら得意になりますか?やはりたくさん読むしかないのでしょうか。

→速読をするためには、まず個々の文の構造を正確に把握することが必要です。言い換えれば、ある程度の精読のスキルがあって初めて速読が可能になります。「英語を読むことそのものが苦手」ということは、まだ精読の力が十分に身に着いていないということかもしれません。一見逆説的なようですが、初めは闇雲に速く読もうとするよりも、一つ一つの文の構造を100%正しく把握する経験を積むことが重要です(逆に、斜め読みで単語の意味を推測でつなげるような読み方をしていると、いつまでも読解力が身に着きません)。文の構造がちゃんと取れるようになってくれば、読むスピードも自然と速くなってきます。次回以降、精読の方法を扱っていきますので、そこでしっかり文構造の把握を練習しましょう。

ちょっと余計な話をすると、私も高校の頃は英語が苦手で、センター試験までは当て推量で何とかなったのですが、二次試験はごまかしが効かず、たぶん20点ぐらいしか取れませんでした。でも大学1年のときだったか、先生の質問に正確に答えられないと欠席にされる英語の授業があって(しかも読むのがイギリスのわけわからない小説)、毎回5時間ぐらいは予習して臨みました。当時はその先生のことを呪っていたことは言うまでもありませんが、この授業の中で初めて英文を正確に訳すというのがどういうことかわかった気がしました。それまでは何となく単語の意味をつなげていくような読み方に頼っていましたが、そうではなく文の構造を把握しさえすれば、どんな意味不明な内容でも、正確に訳すことができることを知りました。その授業で何とか「優」をもらってから(大学で一番うれしかった「優」かもしれません)、英語への苦手意識もすっかりなくなりました。要するに、意味ではなく構造から理解するのが大事だということと、要領さえわかってしまえば苦手意識はなくなるということです。


DeePLを使ってしまうことが増えてきたのですが,やはり望ましくないのでしょうか。

英文を読む時に、Google翻訳を時々、活用してしまうのですが、やめた方がいいでしょうか?もちろん、単語の意味を検索しながら、自力で英文を読解した方がいいことは承知していますが、短時間で内容を把握したい時に、翻訳するのに活用しても良いものがあれば、教えていただきたいです。

→近年の翻訳ツールはかなり精度が高くなっているので、急いでいるときに参考として利用する分には問題ないと思います。私も翻訳の仕事が回ってきたときに、まず翻訳ツールに入れて下訳を作ることがあります。ただ、翻訳ツールは完ぺきではありませんし、頼りすぎると英語力も身に着きにくいので、あくまで急いでいるときに限定した方がいいと思います。


論文のレビュー部分を書く時や研究計画をたてるにあたって、このくらい論文を読めばいい(収集すればいい)という何らかの目安はありますでしょうか。もちろんテーマによって論文数も違うと思うので、何本という数は無いと思いますが、体感的にこれくらい分かったらいいかな…といった目安がご教示頂きたく思います。

→重要なのは論文の数ではなく、これまでの研究で何が明らかになり、何が明らかになっていないのかのラインを明確にすることです。したがって、先行研究が多いテーマであるほど、読むべき論文の数も増えます。ただ、キーワード検索でヒットした個別の論文を全て読むことは現実的でない場合も多いので、今日の「正引き」の部分でお話ししたように、自分が扱うテーマに関するレビュー論文や先行研究のレビュー部分を読んで、大まかな研究の動向を把握するのが効率的です。特にレビュー論文や先行研究で「研究が不足している」という記述(だいたいはHoweverとかButという逆接の接続詞の後に記載されています)があった場合には、そのあたりの内容を改めてキーワード検索などで重点的に探してみると効率的に「ライン」(どこまで研究が進んでいるのか)を見つけられます。


自分のRQと同じ論文が見つかったときに、どのようにオリジナリティを見出すのか教えていただきたいです。

→RQが同じでも、研究方法やサンプル(例えば欧米と日本)が違えばオリジナリティは主張できます。それらも似ている場合には、オリジナリティを主張することは困難です。基本的には研究を始める前の段階でしっかり先行研究をレビューして、オリジナリティのあるRQを設定することが重要です。ただし、近年は再現性問題が取り沙汰され、全く同一のRQと研究方法を用いた追試的な研究の価値が再認識されるようになっているので、オリジナリティがないというだけで直ちに不採択にされるというようなことは少なくなってきています。とはいえ、追試研究の場合は、方法的な厳密さなどがオリジナルの研究よりも厳しく評価されるという点には注意が必要です。オリジナリティで勝負するか、方法の厳密さで勝負するか、2つの戦い方があるということです。


方法のところで,サンプリングやリクルートの方法はどの程度詳しく書きますか。

→ジャーナルや研究領域によっても異なりますので、先行研究の書き方を参考にしましょう。


伊藤大幸

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第1回 論文を探そう 2020/12/12


今回は勉強会にご参加いただき、ありがとうございました。私の時間配分が悪く、予定時間を超過した上に、予定していた内容を最後まで終えられず、申し訳ありませんでした。次回、今回の予定時間後の内容を振り返りつつ、続きから再開していきたいと思います。


今回、一つ重要なことを伝え忘れていました。論文の被引用件数は、研究の質と高い相関がありますが、必ずしも一致するわけではありません。多く引用されているのに、研究方法や統計分析の方法や結果に根本的な問題があるような論文も多数目にします。被引用件数が多いから中身も信頼できると安易に判断せず個々の論文の中身を見極める目を身につけることが重要です。


一方で、被引用件数が少ない論文と比べたときに、件数が多い論文の方が全体として優れた論文が多いこともまた事実です。優れた論文を日常的に読むことは、単に内容に関する知識を増やすだけでなく、研究の方法論や論文の書き方を身につける上でも非常によいトレーニングになります。問題設定の仕方、研究のデザイン、分析の方法、考察の論理展開など、一つ一つが勉強になります。論文が書けないという人は、たいていの場合、良質な論文を読む経験が不足しています。質の低い論文ばかりを読んでいても、こうした力は身につきません。まずは自分の専門テーマに近い論文で最も被引用数の多い論文から読み始めてみることをお勧めします。次回はその論文の読み方についてお話しします。


私は普段、極めて口数の少ない人間ですが、研究の話をするときだけは楽しくて饒舌になってしまいます。本当はしっかりした大学院のある大学に勤めて、研究者養成に関わりたいと思っているのですが、(どうも口が災いするせいか)なかなか実現できておらず、今回こういう形で研究者の育成に関われることを大変嬉しく思っています。村山さんのお話にもありましたが、大学の垣根を超えた研究者養成は、心理学の先細りを防ぐ上で、また、新時代に求められる多機関連携による共同研究体制の構築という意味でも、今後、重要な役割を果たすようになるかもしれません。日本にも優れた研究者がどんどん増えて、心理学が「誰にとっても生きやすい世の中」の実現に、本当の意味で貢献できるような状況を作っていきたいと思っています(生きにくい人間の代表として)。


今後とも、末永く(?)よろしくお願いいたします。


伊藤大幸

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