プラズマクラスターはシャープが開発したイオン発生素子による プラズマ放電によって活性酸素を発生させ,正(H+ )と負(O2- )のプラズマクラスターイオンを作り,空気中に放出する技術である.この技術を組み込んだ家電製品が種々販売されている.
我家の電化製品の中にもプラズマを発生させて空気を清浄化すると謳ったものが6台存在する.プラズマクラスターと明記しているのはシャープ製品だけであり,後三者は「プラズマ・・・・」と書かれている.
シャープエアコン
シャープ除湿器
シャープ空気清浄機
ナショナル(パナソニック)空気清浄機
富士通ゼネラルエアコン (プラズマイオン)
ユアサ 扇風機
これらの製品については,「メーカーの宣伝文句を鵜呑みにした」というよりも,オマケ的な感じで「無いよりも有った方がよいだろう」と思い購入する人が多いのではないだろうか.花粉やウイルスの除去に加えて,最近はドアの静電気防止,肌の潤い,育毛等にも効果があるという記事を散見する,そのメカニズムについても活性酸素,OHラジカル等が登場するとなると,薬学人として,関連論文を調べてみる必要があるのではないかと思うに至った.
シャープ技報によると,H+と O2- (酸素分子イオン)が微生物の表面に付着すると,OHラジカルに変化し、微生物表面のタンパク質から水素を抜き取り分解して水になると推論している.引用元
殺菌機構はともかくその基となるクラスターイオンの存在がどのようにして実証されたのか調べてみた.次図は,2003年の論文(シャープ技報)に掲載されたイオンクラスタの同定結果である.その存在は飛行時間分解型質量分析装置を用いて確認している.配位する水の数 [H⁺(H₂O)n ] , [O₂⁻(H₂O)n ] は n=1~20 の範囲で18 m/z(水の質量)の間隔でピーク群を観測していることから,水の配位数の異なる種々のクラスタの混合であることがわかる(一部は飛行中に水が次々に抜けていく過程の中間的なクラスタかもしれない).なお,大気中の各分子に与えるエネルギーを約 5eV になるようにイオン発生素子の印加電圧を設定して発生させている.注)種々の質量分析法(mass spectrometry)が開発され,共有結合を有しない物質でも分析可能.
これらの結果から得られた知見を基にして,正・負クラスターイオンの模式図を示している.水だけでも水素結合によって気相でクラスタを形成するが,その中心にイオンが位置する構造である.
論文要旨および本文目次は以下の通りである.結論の部には,「気中ウイルスにクラスターイ オンが衝突して,ウイルスを取囲み,正極性クラス ターイオンと負極性クラス ターイオンがウイ ルスの表面上で反応して非常に反応性が高い活性種が 生成される。生成される活性種として OH ラジカル, HO₂ および H₂ O₂ が考えられる。これらの活性種はウ イルス表面のタンパク質と反応してタンパク質を変性 するものと考えられる。」と記している.
まえがき
1.実験装置および方法
1.1 イオン発生素子 1.2 正および負イオンの測定 1.3 ウイルス試験装置
1.4ウイルス試験方法 1.5ウイルス測定方法
2.実験結果および考察
2.1インフルエンザウイルスの不活化効能
2.2ポリオウイルスおよびコクサッキーウイルスの不活化効能
2.3クラスターイオンによるウイルス不活化モデル
むすび
2006年の論文では,細胞内部のタンパク質やDNAには変化はなく,細菌の表面の膜タンパク質を断片化することにより膜の機能不全が起こることを確認している.
これらの報告を読むとそれなりの効果があるように感じるが,シャープ陣の考察を否定する論文が公表された.2012年4月に開催された第86回日本感染症学会総会で発表され,同年11月20日に発行された「感染症学雑誌 Vol.86 No.6」に座長推薦論文として掲載された.タイトルは「殺菌性能を有する空中浮遊物質の放出を謳う各種電気製品の、寒天平板培地上の細菌に対する殺菌能の本体についての解析」である.その要旨を以下に示すが,殺菌能の本体として同時に放出されるオゾンと結論している.公表論文の要旨とその報道記事を以下に紹介した.
プラズマクラスターやナノイー自体にはほとんど殺菌効果がないことが明らかに(日経エレクトロニクス(2012/12/18 13:24)
日本のエレクトロニクス関連メーカーが販売している空気清浄機には、殺菌や脱臭といった効果をうたう粒子を放出するものが多い。メーカー各社が名付けた粒子の例としては、シャープの「プラズマクラスターイオン」やパナソニックの「ナノイー」がある。ところが、そうした粒子自体には殺菌効果がほとんどなく、実際の殺菌は、同時に発生するオゾンが担っているとする論文が公開されている。2012年4月に開催された第86回日本感染症学会総会で発表され、同年11月20日に発行された「感染症学雑誌 Vol.86 No.6」に座長推薦論文として掲載された「殺菌性能を有する空中浮遊物質の放出を謳う各種電気製品の、寒天平板培地上の細菌に対する殺菌能の本体についての解析」(リンク)である。
発表したのは、国立病院機構 仙台医療センター 臨床研究部 ウイルスセンターの西村秀一氏。論文では、シャープの「プラズマクラスターイオン発生機」、パナソニックの「ナノイー発生機」、キングジムのイオン発生式空気清浄機「ビオン」の三つの機器について殺菌能力を調べた。その結果、極めて狭い空間では、製品に一定の殺菌効果があることを確認できた。
ただし、メーカーがプラズマクラスターイオンやナノイーと呼んでいる粒子を除去しても殺菌効果は変わらなかった。一方、各粒子と同時に発生するオゾンを除去すると殺菌効果が激減したという。このことは殺菌作用の本体がオゾンであることを強く示唆すると結論付けている。
我家の富士通ゼネラルエアコンの取扱説明書の中に次の記載がある.
「お知らせ ●プラズマイオン機能が動作しているときは、わずかにプールの消毒臭のようなニオイを感じることがあり ます。ニオイが気になる場合はプラズマイオン機能を停止し、お部屋の換気を行ってください。 」
私は大学院生時代に,二重結合を切断してアルデヒドを得るために,オゾン発生装置を使ったことがある.発生装置の試運転や点検時の記憶では,試験紙を用いるまでもなく生臭い海草臭によってオゾン発生の有無が判別できた.
取扱説明書の記載はプラズマイオン発生時にオゾンが副生していることを示しているといっても過言ではない.プラズマイオンの殺菌効果を謳っている製品の取扱説明書のほとんどに(オゾンによる)異臭の発生がみられることが記載されている.
シャープは電気掃除機にもプラズマクラスターを組み込んだ機種を販売したが,2012年に消費者庁から「効果なし」の指摘(景品表示法に基づく措置命令)を受け広告表示の修正を行っている.2008年に,「プラズマクラスターイオンによる空気浄化」が発明協会の発明賞を受賞したためか,少々勇み足をした感が強い.
その後もいろいろな電化製品(冷蔵庫,LEDランプ,ドライヤー,プリンタ,ファン,トイレ,発生器単体等)にプラズマクラスターイオン発生器が搭載され,販売されている.現在のところ,その効果は購入する側の判断に任せられたかたちで何となくすっきりしない.客観的な判断材料を探していたら,シャープのホームページにプラズマクラスターの効果を実証した研究機関の一覧が掲載されていた.その詳細については査読付の原報を精査するしかないようだ.
参考資料
プラズマクラスターの効果(シャープ)
実証機機関一覧(シャープ)
プラズマクラスター - Wikipedia および引用論文
「放電プラズマにより生成したクラスターイオンを用いた気中ウィルス不活性化技術」『シャープ技報』Vol.86(2003年8月) (PDF)
「正極性と負極性のクラスターイオンによる細菌不活化メカニズム」『シャープ技報』Vol.94(2006年8月) (PDF)
「高性能の空中浮遊インフルエンザウイルス不活化を謳う市販各種電気製品の性能評価」『感染症学雑誌』Vol.85(2011年)No.5 (PDF)
殺菌力を謳う各種空気清浄電気製品の,塗布乾燥状態の細菌に対する効果の有無の検証 日本環境感染学会誌 Vol.27 (2012) No.5 (PDF)
「殺菌性能を有する空中浮遊物質の放出を謳う各種電気製品の,寒天平板培地上の細菌に対する殺菌能の本体についての解析」『感染症学雑誌』Vol.86(2012年)No.6 (PDF)
シャープ株式会社に対する景品表示法に基づく措置命令について(PDF) 消費者庁 2012年11月28日
記載事項の一部「対象商品は、その排気口付近から放出されるイオンによって、対象商品を使 用した室内の空気中に浮遊するダニ由来のアレルギーの原因となる物質を、ア レルギーの原因とならない物質に分解又は除去する性能を有するものではな かった。 」
液体イオン化タンデム質量分析法による水クラスターの 液体及び気相中におけるサイズ分布の解析 BUNSEKI KAGAKU,62(12)pp 1087-1093, 2013 (PDF)
質量分析法 | JAIMA 一般社団法人 日本分析機器工業会
オゾン分解反応 Dithiolcarbonate (R-CH=CH-CH₂-S(C=O)SMe) 類のオゾン分解を実施.核磁気共鳴装置 (NMR) の存在しない時代の化合物同定の一手法であった.