計算機支援により誕生した

新型コロナ内服薬パクスロビド

12月23日のテレビ画面には, 製薬大手「ファイザー」が開発した新型コロナウイルスの飲み薬について, アメリカの規制当局が, 緊急使用を承認したニュースが流れていた. 注)「パキロビッドパック」, アメリカでの販売名「パクスロビド」

 アメリカのFDA(食品医薬品局)が, 22日に緊急使用の許可を出したのは, 「ファイザー」が開発した新型コロナの飲み薬「パクスロビド」である. パクスロビドは新しい抗ウイルス薬(PF-07321332, A)と, 既存の抗HIV薬であるリトナビル (D) とを組み合わせた合剤である.

ファイザーによると, 治療の対象となるのは12歳以上で, 重症化リスクが高く, 新型コロナの症状が軽度から中程度の人としている. 今月14日の時点で, 発症から5日以内に投与した場合, 重症化しやすい人の入院や死亡のリスクが88%減ったとする治験の最終結果が公表されている. 新型コロナの飲み薬の承認はこれが初めてのケースで, FDAは「パンデミックとの闘いにおける大きな前進だ」とコメントしている.

 さっそく, PF-07321332 (A) の構造式を調べてみた. 構造的には, ニトリル基, 三員環, トリフルオロ基, 4個のカルボニル基を有する柔軟性のある構造である.

PF-07321332 (下記論文ではA)

画面収録-2021-12-24-19.20.15.mp4

以下に開発に関する論文(NIH PMC公開)の要約を示した. オンライン(Google)による和訳である.

注)PubMedCentral®(PMC)は,米国国立衛生研究所の国立医学図書館(NIH / NLM)にある生物医学およびライフサイエンスジャーナル文献の無料の全文アーカイブである.

Exploring the Binding Mechanism of PF-07321332 SARS-CoV-2 Protease Inhibitor through Molecular Dynamics and Binding Free Energy Simulations

重症急性呼吸器コロナウイルス2(SARS-CoV-2)によって引き起こされる新しいコロナウイルス病は、世界中に急速に広がり、世界の公衆衛生に大きな脅威をもたらしています。ここでは、ドッキングと分子動的(MD)シミュレーションによって、PF-07321332、α-ケトアミド、ロピナビル、およびリトナビルのコロナウイルス3-キモトリプシン様プロテアーゼ(3CLpro)への結合メカニズムを示しました。 PF-07321332 (A) 、α-ケトアミド (B) 、ロピナビル (C) 、およびリトナビル (D) を使用した3CLproのMD軌跡の分析により、3CLpro-PF-07321332および3CLpro-α-ケトアミド複合体は、3CLpro-リトナビルおよび3CLpro-ロピナビルと比較して安定したままであることが明らかになりました。リガンド-タンパク質相互作用の動的挙動を調査すると、リガンドPF-07321332とα-ケトアミドは、3CLproの触媒ダイアド残基His41-Cys145との相互作用を介してより強い結合を示しました。 MDシミュレーション中の結合長の増加によって示されるように、ロピナビルとリトナビルは触媒ダイアドを破壊することができませんでした。リガンド結合モードと親和性を解読するために、SARS-CoV-2プロテアーゼとのリガンド相互作用と結合エネルギーを計算しました。特注の抗ウイルス薬PF-07321332臨床候補の結合エネルギーは、α-ケトアミドの2倍、ロピナビルとリトナビルの3倍でした。私たちの研究は、強力なPF-07321332の3CLproへの結合メカニズムと、結合エネルギーデータによって示される弱い結合親和性によるロピナビルとリトナビルの低い効力を詳細に解明しました。この研究は、コロナウイルス病と闘うためのより具体的な化合物の開発と最適化に役立ちます。

2D structure representation of (A) PF-07321332, (B) α-ketoamide, (C) lopinavir, and (D) ritonavir.


詳細はNIH公開資料を参照(CHARMM計算等の記載あり)

以下はABBV-744 (B) に関する研究の要約である.

ABBV-744 as a potential inhibitor of SARS-CoV-2 main protease enzyme against COVID-19

新しい病原体である重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は世界中に広がり、世界中で数千人の新たな死亡と感染例を伴うパンデミックになっています。コロナウイルス病(COVID-19)に対処するために、現在、効果的な薬やワクチンはありません。この必要性が私たちを動機づけました

SARS-CoV-2のメインプロテアーゼ(Mpro)酵素を標的とするドラッグリポジショニングアプローチを検討することにより、潜在的なリード化合物を探索します。この酵素は、ウイルスの複製と転写の媒介に大きく貢献します。ここでは、SARS-CoV-2 Mpro酵素の潜在的な阻害剤を特定するために、包括的な計算調査(計算化学的考察)を実施しました。構造に基づくファーマコフォアモデリングは、酵素とその生物学的活性阻害剤の共結晶化構造に基づいて開発されました。生成された仮説は、仮想スクリーニングベースのPhaseScoreに適用されました。ドッキングベースの仮想スクリーニングワークフローを使用して、HTVS、SP、およびXPベースのGlideGScoreを使用してヒット化合物を生成しました。選択したリード化合物の薬理学的および物理化学的特性は、ADMETを使用して特徴付けられました。分子動力学シミュレーションを実行して、検討対象の鉛化合物の結合親和性を調べました。結合エネルギーにより、化合物ABBV-744は強い親和性(ΔGbind-45.43kcal/ mol)でMproに結合し、この複合体は他のタンパク質-リガンド複合体と比較してより安定していることが明らかになりました。私たちの研究では、主要なプロテアーゼSARS-CoV-2ウイルスに対する有望な阻害剤と見なすことができる3つの最良の化合物を分類しました。 

取り急ぎ, パクスロビドと類似化合物の構造と開発手法について備忘録的に記載した. 作用機序は, コロナウイルスの複製に必要な酵素である3CLプロテアーゼの活性を阻害することでウイルスの増殖を抑え酵素のシステイン(Cys145)残基に共有結合直接結合する型の阻害剤である. なお, リトナビルがシトクロムP450酵素によるPF-07321332の代謝を遅らせ、主薬の血中濃度を高く維持する役割を果たす.

追加勉強分は追記していくつもりである. 酵素タンパクのアミノ酸配列データベース(PDB) が公開されて30年の歳月が経過した. 当時, 医薬品合成分野において, 「鍵と鍵穴」の関係をシミュレーションしてドラックデザインする時代が到来することを予想して, 薬学部に於ける情報処理教育を開始したことが懐かしく思い起こされる.

人類に対する最良のクリスマスプレゼントになることを祈りたい.


追記(2022.2.9)

アメリカFDA=食品医薬品局は去年12月、「パキロビッドパック」アメリカでの販売名「パクスロビド」の緊急使用許可を出していたが、ファイザーは28種類の薬と併用しないよう求めている. その中には, 睡眠をうながす薬や血圧を下げる薬など,比較的よく処方される薬も飲み合わせに注意が必要だとされる可能性がある


我国に於ける対応

ファイザーが開発した新型コロナウイルスの飲み薬について後藤厚生労働大臣は2月10日夜, 正式に承認したことを明らかにした.

併用できない薬

厚生労働省によると, 高血圧や高脂血症, 不眠症などの治療に使われる合わせて39種類の薬や食品を使用している人はパキロビッドパックの服用が認められない.

詳細は以下のとおり.

▽関節リウマチなどの治療薬の

1. アンピロキシカム

2. ピロキシカム

▽片頭痛の治療薬の

3. エレトリプタン臭化水素酸塩

▽高血圧症などの治療薬の

4. アゼルニジピン

5. オルメサルタン メドキソミル・アゼルニジピン

▽不整脈や狭心症などの治療薬の

6. アミオダロン塩酸塩

7. ベプリジル塩酸塩水和物

8. フレカイニド酢酸塩

9. プロパフェノン塩酸塩

10. キニジン硫酸塩水和物

▽脳卒中などの治療薬の

11. リバーロキサバン

▽結核症の治療薬の

12. リファブチン

▽統合失調症の治療薬の

13. ブロナンセリン

14. ルラシドン塩酸塩

15. ピモジド

▽片頭痛などの治療薬の

16. エルゴタミン酒石酸塩・無水カフェイン・イソプロピルアンチピリン

17. ジヒドロエルゴタミンメシル酸塩

▽子宮収縮の促進や子宮出血の予防などに使う

18. エルゴメトリンマレイン酸塩

19. メチルエルゴメトリンマレイン酸塩

▽性機能改善薬の

20. シルデナフィルクエン酸塩

21. タダラフィル

22. バルデナフィル塩酸塩水和物

▽高脂血症の治療薬の

23. ロミタピドメシル酸塩

▽白血病の治療薬の

24. ベネトクラクス

▽神経症の治療薬の

25. ジアゼパム

26. クロラゼプ酸二カリウム

▽不眠症の治療薬の

27. エスタゾラム

28. フルラゼパム塩酸塩

29. トリアゾラム

▽麻酔の前に投与する

30. ミダゾラム

▽肺高血圧症の治療薬の

31. リオシグアト

▽真菌症の治療薬の

32. ボリコナゾール

▽前立腺ガンの治療薬の

33. アパルタミド

▽てんかんの治療薬の

34. カルバマゼピン

35. フェノバルビタール

36. フェニトイン

37. ホスフェニトインナトリウム水和物

▽肺結核やそのほかの結核症の治療に使う

38. リファンピシン

39. セイヨウオトギリソウ

参考資料

PF-07321332 - Wikipediaと引用論文

Int J Mol Sci. 2021 Sep; 22(17): 9124

PubChem CID: 155903259(構造関連情報)

Exploring the Binding Mechanism of PF-07321332 SARS-CoV-2 Protease Inhibitor through Molecular Dynamics and Binding Free Energy Simulations

Bilal Ahmad,1 Maria Batool,1,2 Qurat ul Ain,1 Moon Suk Kim,1 and Sangdun Choi1,2,*

Małgorzata Borówko, Academic Editor

Abstract

The novel coronavirus disease, caused by severe acute respiratory coronavirus 2 (SARS-CoV-2), rapidly spreading around the world, poses a major threat to the global public health. Herein, we demonstrated the binding mechanism of PF-07321332, α-ketoamide, lopinavir, and ritonavir to the coronavirus 3-chymotrypsin-like-protease (3CLpro) by means of docking and molecular dynamic (MD) simulations. The analysis of MD trajectories of 3CLpro with PF-07321332, α-ketoamide, lopinavir, and ritonavir revealed that 3CLpro–PF-07321332 and 3CLpro–α-ketoamide complexes remained stable compared with 3CLpro–ritonavir and 3CLpro–lopinavir. Investigating the dynamic behavior of ligand–protein interaction, ligands PF-07321332 and α-ketoamide showed stronger bonding via making interactions with catalytic dyad residues His41–Cys145 of 3CLpro. Lopinavir and ritonavir were unable to disrupt the catalytic dyad, as illustrated by increased bond length during the MD simulation. To decipher the ligand binding mode and affinity, ligand interactions with SARS-CoV-2 proteases and binding energy were calculated. The binding energy of the bespoke antiviral PF-07321332 clinical candidate was two times higher than that of α-ketoamide and three times than that of lopinavir and ritonavir. Our study elucidated in detail the binding mechanism of the potent PF-07321332 to 3CLpro along with the low potency of lopinavir and ritonavir due to weak binding affinity demonstrated by the binding energy data. This study will be helpful for the development and optimization of more specific compounds to combat coronavirus disease.

Keywords: COVID-19, SARS-CoV-2, PF-07321332, α-ketoamide, 3CL protease, main protease


詳細は原報を参照 Int J Mol Sci. 2021 Sep; 22(17): 9124.

充填構造を以下に示した.

画面収録-2021-12-24-18.23.09.mp4

PF-07321332 - Wikipediaに掲載されている図

リトナビル(合剤として配合)

ritonavir 2021-12-25 9.03.12.m4v

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ABBV-744関連論文

(2021.12.24)