heimlich 清華
生徒視点です。
heimlich 清華
生徒視点です。
本土から島の誰かに会いに来る人なんてほとんどいない。いたとしても進学か就職で本土に行った奴の里帰りで、それもお盆か年末年始かだから毎月本土から来る人なんて今まで知らなかった。
そんな中、この島の出身じゃないのに月に一回は必ず来ている男が出現した。といっても目当ての人も本土から来ている先生だ。きっとあっちでの友達か何かなんだろうなあ、と俺たちは話しているが、それにしてもよく来るものだ。裏の兄ちゃんなんか彼女がいるのに金がないからと三ヶ月に一度来ればいい方なのにな。
「あ、大崎さんだ!」
その男── 大崎さんはよく目立つ。単純にデカいからだ。なんでも六尺はあるという。本土と飯が違うからか、と聞いたことがあるけど、「家系なんだと思います」と言われてしまった。そんなものか、と思うけれど、こうやってバスから降りてすぐわかるのは便利だと思う。他の奴らもすぐ気が付いて揃って大崎さんに向かって手を振れば、あっちも小さくだけど振り返してくれた。最初は返してくれなかったけど、だいぶ俺たちに慣れてきてくれたようだ。
「青海先生に言っておくな」
「大崎さん、お土産ある?」
「おれ、米か菓子がいい!」
「……遅刻しますよ」
誤魔化された! けれど始業まで時間がないのも確かだ。駆けていく俺たちを見送った大崎さんはそのまま学校とは反対の、家が建ち並ぶ方に向かう。あっちには青海先生の家があるので、きっとそこで先生が帰ってくるのを待つのだろう。
そう、大崎さんは青海先生に会いに来ている。俺たちの音楽の先生で、ピアノがすげえ上手い。本土の人がなんでうちの学校に? と思うけれど、島でピアノが弾ける奴なんてほとんどいないからあっちから来るしかないのだろう。先生も大変だ。
「あ、青海先生! 大崎さん来てたよ!」
「知っています。連絡がありましたので、今朝の便で来ると」
「ちぇー」
弓道部の朝練が終わったのか、たまたま下足場のところでかち合った先生に報告すれば、いつもの淡々とした調子で返された。よく考えなくとも突然大崎さんが訪問するような不躾なことはしなさそうだ。俺たちにも敬語で礼儀正しいし。あと初対面の時に呼び捨てにしても怒らなかった。怒ったのは青海先生の方で、それ以降俺たちはちゃんと「さん」付けをしている。
「そういえば大崎さんって何者なの? 先生の友達?」
「友達……よりも恩人、ですかね」
かちゃり、先生が眼鏡を動かす。たまにそうやってずれてもいない眼鏡をいじることがあるけど癖なのかな。恩人、ということは大崎さんも先生にお世話になったりしたのだろうか。ピアノをやるようには見えないけれど、あれですげえピアニストだったら面白い。それならちょくちょく島に来られるのも納得だし。つまり金持ち。
「そろそろ鳴りますよ、チャイムが」
しまった、と小走りで教室へ向かおうとしたけど、青海先生がいるので早足に切り替える。走ってはいないから叱られることはなく、なんとかチャイムが鳴る前に教室へと滑り込めた。
放課後、俺たちは青海先生の家に向かっていた。先生は柔道部の練習があるので、終わるまで暇だろう大崎さんと遊ぶ為だ。無愛想だけど案外気の良い大崎さんは俺たちを邪険にすることはない。俺たちも本土のことはラジオくらいでしかわからないので、大崎さんの話を聞くのは楽しみなのだ。
「そうだ、先生とどうやって知り合ったのか教えてよ」
朝に先生と話したことを思い出し、俺は大崎さんへと訊ねた。しかし大崎さんは申し訳なさそうな雰囲気を漂わせ。
「すみません、守秘義務があるので教えられません」
「しゅひぎむ?」
「秘密にしないといけないという契約です」
「え、先生にピアノを習ってたとかじゃないの?」
どうしてそのようなことを、と大崎さん以外の奴らからも視線を向けられたので、今朝先生が友達じゃなくて恩人だと言っていた、ということを告げれば、どうしてか大崎さんの方が驚いていた。
「それも違うの?」
「……いえ、恩人だと思われていたのは想定外で……」
「大崎さんが先生の恩人なの?!」
まさかの逆であった。一体どんな恩なんだろう、というのは大崎さんは言えないのだった。でも聞きたいなあ、と俺たちはあれやこれやと問い質したのだけど、大崎さんは全然教えてくれなかった。それよりも恩人だと言った時のことを聞きたがった。なんでだろう。
「先生はいつも通りだったけど、そういや眼鏡を直してたなあ」
「そうですか」
「大崎さんが笑った!」
「全然わからねえ!」
「いや、笑ったって」
俺が言った台詞で大崎さんは笑った、らしい。俺はいつも通りだと思ったけど、そこから笑っただの笑ってないだの言い合いになり、最終的にはどうすれば大崎さんが笑うか、と一発ギャグやら笑える話やらをすることになった。けれど大崎さん、ちっとも笑わない。
俺たちがむきになっている間に随分と時間が経っていたようである。がらがら、と玄関扉が開く音がして青海先生が帰ってきたようだ。
「先生おかえりなさい!」
「……もう遅いですから、早く帰りなさい」
「はーい」
俺たちは良い子の返事をしてドタバタと靴を履いて帰ろうとする。わざわざ見送りに来てくれた大崎さんと青海先生に手を振れば、やっぱり大崎さんは小さく手を振り返してくれる。青海先生も同じくらい小さく振ってくれた。
「おかえりなさい── 」
「ただいまかえりました── 」
俺が家を出るのが最後だったので扉を閉める為に振り返れば、夕日に照らされた二人は帰宅の挨拶をしているようだった。その時の大崎さんは間違いなく笑っていたし、何なら青海先生も笑っていた。どちらも見たことがない表情でびっくりしたけど、一緒に来ていた連中が急かすから、長く見ていることは出来なかった。
恩人、と先生は言っていたけれど、恩人相手だからあんな顔をするのだろうか。それなら大崎さんが笑っていた理由はなんだろうか。というかなんで大崎さんの方が会いに来ているのだろうか。
疑問は色々浮かんだけれど、きっとどれも「守秘義務」とやらでかわされる気がする。謎だなあ、と思いながら俺たちは小走りでそれぞれの家に帰り着いた。