理性の肖像 あこ
R-15 強制発情した大青が、留守番させられたり出勤したりする話。(名前バレあり)
理性の肖像 あこ
R-15 強制発情した大青が、留守番させられたり出勤したりする話。(名前バレあり)
にぎやかな笑い声が廊下に響く。とうとう始まった夏休みに、生徒たちは浮き足立っていた。背の高い教員とすれ違う。島では珍しく、日焼けの少ない男だった。
「先生さよならー」
「さよなら!」
「はい。さようなら」
品良く伸びた背筋が会釈の分だけ曲がる。しとやかな所作につられ、やんちゃ盛りの足音は緩やかに減速していった。
涼やかな声が、一番後ろの生徒を呼び止める。
「──失礼します」
すらりとした指には綿埃がつままれていた。ちり紙の中へ仕舞い込み、青海が目元を柔らかくする。
「頑張りましたね。大掃除」
「…あ、ありがとうございます……」
丸刈りの少年が、清潔に整えられた肩口へ視線を落とす。押し付けがましくない厚意は束の間、反抗期を忘れさせた。曲がり角が騒がしくなる。なんだなんだと首を伸ばす同級たちへ「いま行く!」と声を張り上げた。
「皆さんさようなら。また新学期に」
静かな挨拶を受け取って、子供たちがワッと駆け出す。他に大人がいないことを確認し、青海は注意を見送った。うららかな放課後が訪れる。
半分開いた窓から、ふいに風が舞い込んだ。
「、…」
ほとんど隠された首筋に冷気が当たる。胸に抱えた本たちは鈍い音とともに落下した。
足元に図鑑が散らばる。おっとり屈んだ佳人の頬は白く、不自然に緊張していた。片膝をつき、中途半端に開いたページをジッと見つめる。さらけだされた紙面にあるのは蔵書印のみだった。
せっかちな靴音が近づく。
「あ、いたいた。青海先生、この後の職員会議で……どうかしました?」
「いえ。何も」
同僚が瞬きを終える間に、あらゆる違和は取り去られていた。本たちを拾い集め、畳まれていた長躯が戻り切る。抱え直した何冊もの図鑑は、すべて生物に由来していた。
玄関の向こうに気配が立つ。
待ち構えていた大崎は額の汗を拭うと、慌ただしく引き戸へ手を掛けた。出来たばかりの隙間を縫って、家主がふらりと倒れ込む。たくましい腕が受け止めた。
「青海さん!」
「……失礼しました。力が入らず」
「気にしないでください。とにかく、いったん座りましょう」
「…っ」
床板の堅さに息をのみながら、青海はのろのろ足を崩した。はっ、はっ、と忙しなく呼吸を繰り返し、どうにかして平静を取り戻そうとする。凜とした眼光は失われ、全身から汗が噴き出していた。
「青海さ、」
からめ捕られた大崎が目を見開く。前触れなく重なった唇は中々離れようとしなかった。熱烈な施しに慣れておらず、与えられた息継ぎの機会をことごとく逃す。今まで握ってきた主導権のほとんどは、青海の慈悲による幻想だった。
「っは、…ン、」
「…まだです。まだ……」
はしたない水音が鳴る。青海は耳への刺激を打ち消すかのように、引き締まった腰へ脚を絡めた。ぐじゅ、と濡れた感触が互いに広がる。なすがままになった大崎は、思い人の気が済むまで付き合う他なかった。
至近距離で交わる溜め息に切迫感が募る。忠犬の思惑を察知した途端、青海は舌先を軽く吸って解放した。
「治まりましたか。症状は──」
かすかに震える声は細く、ほとんど囁きに近い。昼間とは思えないほど熱を帯びていた。大男の視線が泳ぐ。
「ええと…、……」
「大崎さん。お答えください」
「……一通り試しましたが、あまり改善は見られませんでした」
青海はスッと目を細め、介抱役の胸元へ入り込んだ。糊の効いたシャツに頬を寄せる。
「確かに。熱いままですね」
吐息が観察結果を告げた。置物じみた頑丈さに安堵して、より深く体を預ける。くたりとしなだれかかる姿態には、楚々とした魔性があった。
大崎が喉を低く鳴らす。飽くほど散らしたはずの熱は、あっけなく灼熱として戻ってきた。質感の変化を感じ取り、青海の眉がピクリと動く。純粋な憂いがあった。
「おつらいでしょう。今朝からずっと」
「これでも多少は落ち着きました。……青海さんは」
「ご覧の有様です」
口元をベタベタに汚したまま、スンと開き直る。
「校内の書物も調べましたが、めぼしい情報はなく。となると、やはり」
「原因は静馬さんからの差し入れ、という可能性が高いですね。すみません、このような事態にな……青海さん?」
あっさり抱擁を解くと、情人は廊下の先へ消えた。蹂躙された熱で立ち上がれない大崎を残し、衣擦れが小さく届く。程なくして、別のスーツに着替えた青海が現れた。
「大体の把握は済みました。戻ります。部活へ」
「えっ」
呆然とする忠犬をよそに、手早く革靴を磨く。
「な……何部ですか」
「柔道部です」
「今日だけでも休めませんか」
「大会が近く。大事な時期なのです」
「では、せめて校門まで送ります」
青海は視線を端に外し、眼鏡をカチャリと押し上げた。
「出歩かないでください。絶対に。三度目は言いません」
「……わかりました」
大崎が観念して目を閉じる。時と場所を選ばない発情は、生来の巨根と相性が悪すぎた。広くない島では確実に命取りとなる。招き入れた青海を道連れにして。
「行ってまいります。引き続き、家のものは好きに扱ってください。楽器以外は」
澄まし顔で淡々と靴紐を結ぶ。身だしなみを整えた麗人に、帰宅直後の弱々しさはなかった。修羅の覚悟を決めた青海を、大崎は落ち着きなく見送る。取り繕おうと思えば、どこまでも自身を騙そうとする人間だと知っていた。
「遅くなるようなら外套なり何なり、とにかく着込んで迎えにいきます」
「真夏です。今は」
「季節感のない不審者を生みたくなければ、早めに帰ってきてください」
正面からの脅しに、青海が眉をひそめる。あからさまに傷ついた表情の大崎へ、静かな口付けが寄せられた。入れ込んでいるのは飼い犬だけではない。
「……善処はします」
かすっただけの唇は、ぞっとするほど熱かった。
夕刻を告げる音楽が流れる。目の据わった大崎が、いよいよ家探しを本格化させたときだった。閉めたはずの襖が開く。
「探しました。こんなところに」
「え、あ、青海さん?」
「隣の部屋です。外套は」
奇行へ助言を送るやいなや、青海は糸が切れたようにへたり込んだ。帰宅を労おうとした大崎が言葉を失う。花はしとしと涙を流していた。
「ど、どこかで、行き倒れたかと……」
放心したまま呟く。長時間の極限状態が、理性の人に与えた影響は凄まじかった。
「心配してくれてありがとうございます。生憎、そこまでヤワじゃありません」
「よかったです……ほんとうに……」
返答にも覇気がない。相当参っているようだった。
「あの、差し出がましいようですが、少しは処理されたほうがいいかと」
「処理」
青海はぼんやり復唱し、心配そうな大男を見上げる。
「緋色さんが、抱いてくださるのでは……?」
涙で揺れた声が縋った。溶けた目尻は情欲に染まっている。平生の怜悧さはどこにもなかった。
襖が再び閉ざされる。悪戯の効果が切れるまで、まだまだ長い時間が必要だった。
あこ(X:@ako0404_2026)(スペース:花‐え1)
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