逃避行 equality
台場静馬さんから隠れてデートするお話です。18禁です。
逃避行 equality
台場静馬さんから隠れてデートするお話です。18禁です。
下宿の玄関に立った途端に、賑やかな声に迎えられた。
声の出どころは、二階の自分の部屋だ。
やはり、新木場さんの言っていた通りのようだ。
── 「午前中には着いていてね。その彼を、君の下宿まで送っていくと聞かなくて」
思わず眉間に皺が寄った。
靴を脱ぐ間も惜しく、すぐに階段を上がっていく。
襖は閉まっていて、中から楽しげな笑い声が一人分聞こえてくる。
立ったまま開け放つと、静馬さんが部屋の奥に座っていた。
赤地に南国の花をあしらった開襟シャツを着て、色の濃いサングラスをかけている。足を崩して座り、手にはパナマハットを持ってパタパタと扇いでいた。
自分を見るとサングラスを外し、目を細めて、口端を吊り上げる。
「大崎君、遅かったね」
「藤沢の事務所に寄っていたので」
つい、声が低くなった。
けれど、静馬さんは気付かなかったのか笑顔を崩さない。
「ああ、あっちに行ったのか。それは二度手間になったね」
これは一言言うべきかと口を開きかけたところで、静馬さんに向き合っていた相手がこちらを向いた。暑苦しそうにしている静馬さんとは違い、その人は汗ひとつ掻かずに涼し気な佇まいだ。上下黒のスーツ姿で、襟の高いシャツを着ていて、ネクタイすらも緩めていない。自分を見ると、ゆっくりと一つ頭を下げた。
「すみません。御足労をおかけして」
「いえ、そんなことは」
丸眼鏡の瞳を見返し、自分は否定した。
謝罪をすべきなのは、青海さんじゃない。むしろ、彼は静馬さんの被害者の一人だ。
本当は藤沢の事務所で落ち合う約束をしていた。
けれども、駅前にたまたまいた静馬さんに見つかり、青海さんは車で自分の下宿に送られることになったという。律儀な青海さんが探偵社に一言断りに来てくれたから良かったものの、知らなければあちこち探す羽目になっていたことだろう。
「それで? 明日は、平塚観光かい? それとも江ノ島?」
流れで明日の予定を訊ねられて、静馬さんを睨みつけそうになる。
さすがにこれは、釘を刺さなければいけない。
「ついて来ないでください」
「ひどいなあ。仲良くしようよ、三人で」
大げさに肩を竦め、眉尻を下げる。
傷付いた、あるいは弱り切った表情だ。
その台詞は、茨城に行った時にも聞かされていた。
豊洲さんを訪ねて茨城は笠間に行くと決めた時、自分は静馬さんに車を出してもらった。他にお願いする候補もいたが、一番気兼ねなく言えた相手が静馬さんだった。そして、訪れた先で青海さんとばったり出会った。その後、静馬さんの車に乗って移動し、途中で青海さんと降ろしてもらった経緯がある。静馬さんはその時、別れ際に同じセリフを言った。
── 「次は是非三人で、仲良くしよう」
含みを持たせた言い方に気付いたが、自分はその場では特に何も答えなかった。
あれ以来、静馬さんは自分の部屋に来て、何かにつけて構ってくる。青海さんのことを訊かれたことも何度かあった。
── 「彼はどこに住んでいるんだい?」
── 「次はいつ会うの?」
その度に、自分は聞こえていないふりで質問をかわしたり、曖昧な答え方をしたりした。できれば青海さんとの間に、静馬さんに入ってきて欲しくないからだ。
今回も静馬さんには内緒で事を進め、気付かれていないとさっきまで安心していた。でも、それは思い込みだった。静馬さんは知っていたのだ。── 今日、青海さんが来ることを。
電話の盗み聞きでもしたか。思い返せば、青海さんとの電話の内容を耳にしている疑いはあった。静馬さんはいつの間にか下宿に来て、果ては廊下で寝ていることもある。すべて筒抜けだった、ということもあり得る話だ。要するに自分が不注意だった。
じっと立ったまま見合っていると、静馬さんは持っていた帽子を頭に被る。
「明日、俺が車を出すよ」
「要りません」
「何時に来ればいい?」
「来ないでください」
「アハ、嫌だなあ。遠慮はよしておくれよ、兄弟」
兄弟と言われると弱い。それでも、ここは絶対に譲れない。
それなのに、彼は朝早く迎えに来ると言い残して部屋を出ていった。
呼び止める間さえ与えずに。
結局、静馬さんの手のひらの上だ。
嵐が去った後、青海さんと自分の間には沈黙が下りた。
どちらも何も言い出さないまま、見つめ合ってしまう。
お互いに何をどう言えばいいのか、静馬さんの所業に呆気に取られてわからなかったのかもしれない。
たっぷり一分ほど経った後、静けさを破って青海さんが先に口を開いた。
「仲が良いんですね」
仲が、良い?
思いがけない言葉を聞いて、自分は狼狽えた。
「そう、見えましたか?」
「はい」
青海さんの目には、一体自分たちの関係はどう映っているんだろうか。
何と答えていいかわからずにいたが、今は説明に時間を割く暇はない。
「今から、ここを立ちます」
「今から」
青海さんは繰り返し、目を膨らませる。
そして、眼鏡を押し上げた。
「いいんですか。彼を置いていって」
「いいんです」
むしろ、置いていくために今立つ。
静馬さんにこれ以上、引っ搔き回されたくはない。だから── 。
「明日の朝では間に合いません」
「ですが」
青海さんは、なぜか後ろ向きだ。
そんなに静馬さんが気になるのか。
それとも── 。
「自分と二人きりになるのは、嫌ですか?」
「いえ」
自分の問いを、青海さんはきっぱりと即座に否定する。
そして、わずかに頬を朱に染めた。
「……二人きりになりたいから。ここまで会いに来たんです」
青海さんの眼鏡の奥の瞳が、真っ直ぐに自分を捉えている。
胸に起きた衝動に、決心が揺らぐ。
部屋を出ないで、このまま朝まで一緒に過ごしたい。
けれども、一時の欲望で動けば、明日からの日々が台無しになりかねない。
「行きましょう。今なら、間に合います」
「わかりました」
青海さんは、置いていた鞄を手に取った。
自分も急ぎ荷造りし、部屋を出て階下に降りる。
「あら、大崎さん。今からお出かけ?」
ちょうど夕飯の支度をしていた大家が、階段を下りてくる音に気付いたのか声を掛けて来た。
「ええ、二、三日留守にします」
「まあ、急ですこと」
背後にいた青海さんからも、驚きのためか息を呑む気配がする。
最初に聞いていた日程である三日の間、すべて下宿を留守にして過ごすとは思いも寄らなかったのだろう。自分だって、さっき決めたばかりだ。
大家に頭を下げて下宿を出て、日が傾いた細い道を平塚駅に向かって歩き出す。
この道で静馬さんに出くわせば終わりだ。
思わず早足になったところ、青海さんも遅れずにぴたりとついて来る。
自分はその足音を聞きながら、走り出したいのを堪えて駅を目指した。
平塚駅の窓口には、数人並んでいた。自分は列の最後に加わって二人分の切符を買い、一枚を青海さんに手渡した。
「鎌倉、ですか」
「ええ、この時間なら乗り換えに間に合います」
今電車に乗れれば、藤沢まで出て、待たずに江ノ電に乗り換えられる。
藤沢駅周辺で、まだ静馬さんがぶらついている可能性も否定できない。
だから、駅の改札を出ずに電車を乗り換えて鎌倉に向かう。
自分の説明を聞いた青海さんは、口元を綻ばせて笑う。
「まるで、逃避行のようですね」
まるでではなく、その通りだ。
これは、静馬さんから逃れて二人きりで過ごす旅なのだ。
でも、口にするのは憚られて、無言で行き先を指差すだけにした。
「向こうです」
改札で切符を切られ、駅のホームに行く。一応、辺りを見回したが、知っている顔はなかった。ホッとして電車の座席に腰を下ろすと、向かい側に青海さんも腰掛けた。
こんな風に誰かと向かい合って電車に乗るのは、いつ以来だろうか。
そうだ。あの時は、祖母の握り飯を食べたんだった。
過去の想い出が蘇り、振り切るように青海さんを見る。
「お腹、空きませんか?」
突然の話題にも拘わらず、青海さんは間を置かずに答えた。
「平気です。私は。── 大崎さんこそ、空いていませんか?」
そういえば、昨日の夜、仕事の後に食べたきりだ。
時間は夕刻になろうとしている。
食に無頓着だとはいえ、あまりに間を空けすぎている。
「鎌倉に着いたら、何か食べましょう」
青海さんは頷き、ふいと窓の外に目を遣った。
自分はその美しい横顔をじっと見つめ、再会できた喜びがふつふつと湧くのを感じた。
最後に会ったのは、去年の秋だった。
あれから、手紙や電話のやり取りはしたが、顔を見るのは半年ぶりとなる。
今日から、鎌倉で二人きりで過ごす。
夢のような、時間の始まりだ。
そのためには、静馬さんから逃げ切らなくてはならない。
藤沢駅で乗り換えると、電車内には人が溢れ、やがて相席を求められた。
学生が二人、制服と体格からすると中学生のようだ。
青海さんの教え子と同じくらいかと思ったところで、窓から自分へ視線が向けられた。
その瞳に宿る熱を見た途端に、考えが消し飛んだ。
青海さんは今、誰の先生でもない。
自分のことだけを、直向きに思っている瞳だ。
喉が干上がり、手袋の中に汗をかく。
青海さんにも自分の熱が伝わったらしく、ハッとしたように視線を逸らされた。
車窓から外を眺めていたのは、自身の感情を隠すためだったのか。
やがて警笛が鳴り、電車は鎌倉駅へ入った。
ここからは、宿を探すことになる。
一応、目ぼしい宿はあるが、泊まれるかどうかは尋ねてみないとわからない。
青海さんと共に改札を抜け、駅舎を出たところで、自分は身を強張らせた。
ちょうど駅の向かい側に、車が一台停まっている。
その色を目にした途端に、どくりと心臓が奇妙な音を立てた。
グリーンの車なんて、この辺りでは彼以外に乗るとは思えない。
まさか、鎌倉に来ることまで読まれていたのか。
車内にいる人物を確認したくとも、よく目を凝らせば、その間に向こうからも視認できてしまう。相手に見つからないためには、こちらもその隙を与えないようにしなければならない。
自分は、さりげなく青海さんを柱の陰に誘導し、車から身を隠して訊ねた。
「青海さん、走れますか?」
「はい。どちらへ」
返事を聞いたところで、自分は青海さんの手首を掴む。
「こっちです」
ぐいと手を引いて、自分は仲見世通りの方へと向かった。
大小さまざまな店が軒を連ねる商店街で、道は細く、人も多い。
車では入ってこられない人混みの中を、縫うように移動した。
何度か人の流れに押し返されたが、その度に青海さんの手首を掴む手に力を込めた。ここで離れれば、見つけるのは困難だ。強い力で握り、後ろを振り返ることなく奥へと進む。すると、青海さんの方からも自分の手を掴んできた。
思いがけず、手を繋いで走る格好となる。
息を切らすほどの速度で二人、静馬さんの影から逃げる。
本当に、愛の逃避行をしている気になった。
商店街を抜け、細い路地の軒下を通って、自分は前に泊まったことのある宿へ入った。
「おや、大崎さん。久しぶりだねえ」
宿の女将は、変わっていなかったらしい。
しかも、自分の顔と名前まで覚えている。
「こちらに、二泊したいんですが。部屋は空いていますか」
すると、自分と青海さんを見比べて、ほほっと笑う。
「空いていなくとも、空けるわい。これ、丑松」
「へい」
「二階の角部屋を用意してやりな。── 支度ができるまで、食事でもしたらどうだい?」
後半は、自分への言葉だった。
たしかに、今食べなければ機会はないだろう。
「簡単なものなら、すぐに出せるよ」
「お願いします」
女将は頷き、一階の突き当たりにある食堂に自分たちを通した。
狭く薄暗いそこには、他に二組の客がいた。
年の離れた男女と、横並びに座る男二人。
どちらも入ってきた自分たちに、顔を向けることさえしない。
空いていたテーブルのうち、障子の傍にある席に座った。
料理は程なくして運ばれてきて、出されたお茶を飲んでから箸を取った。
簡単なものと言いながら、料理はどれも手が込んでいた。
山海の珍味をふんだんに使った食事だ。
「美味しいです。とても」
青海さんが箸を止めて顔を上げた。
そのどこかうっとりした表情に、心が落ち着かなくなる。
自分には、物の味がしなかった。
食欲を凌駕するほどに、別の欲が昂っている。
どれほど物欲しそうに、青海さんを見ていたのだろう。
自分を見て目を瞠り、青海さんは箸を置いた。
「あの」
二人の声が重なり、どちらとも続く言葉を止める。
互いに真意を探り、見つめ合っていたところ、不意に男が近付いてきた。
「用意が整いました」
用意とは、部屋のことだ。
それなのに、自分はぴくりと身を揺らした。
下心を見透かされている気になって、顔が熱くなる。
突然の衝動に返答することもできずにいると、青海さんが先に立ち上がり、丑松と呼ばれていた男に頭を一つ下げる。
自分も事態から立ち直って席を立ち、礼を述べてから後に続いた。
案内された部屋は、古風な作りだった。
窓に面して椅子が二脚、小さなテーブルが一つ。そして、部屋の中には布団が二組敷かれている。
「どうぞ、ごゆっくり」
案内に立っていた朴訥な男は、それだけ言うと襖を閉めた。
二人きりになって、自分は躊躇いを覚えた。
別に行為に耽るために、平塚の下宿を出てきたわけではない。
だが、ここで抱き着いて押し倒せば、それが目的と思われても仕方がない。
昂っていた劣情の持って行き場が塞がれたかのように、声も出せずに立ち尽くしていると、青海さんは部屋の片隅に鞄を置く。
「着替えます。浴衣に」
入り口付近に置かれた衣装盆に、二人分の浴衣が収められていた。
青海さんはそのうちの一揃えを、自分の方へと差し出す。けれども、浴衣を受け取らずに青海さんの手を引き、胸元に抱き寄せた。ふわりと白檀が香り、その懐かしい匂いに心が揺らいだ。
「……楓さん」
人前では呼ばない下の名前で呼ぶと、青海さんは腕の中でびくりと身体を震わせる。
唐突過ぎたかと懸念したが、自分は続けた。
「ようやく、あなたと過ごせます」
青海さんは、小さく身じろいでから、自分の顔に触れてきた。
手袋は、いつ脱いだんだろう。そういえば、さっき繋いだ時には既に、素手だったような気がする。心が急いて、そんなことにも思い至らなかったのか。
「楓さん」
もう一度名前を呼ぶと、青海さんは目元を緩めた。
「私もこの日を待っていました。緋色さん」
青海さんに望まれている。
抑えていた欲望が、一気に膨らんだ。
濡れた瞳に吸い寄せられて顔を近付けると、目を伏せられる。自分も薄く目を閉じて、唇を重ねた。しっとりとした柔らかな感触に、たまらず背中を抱き寄せる。青海さんは自分に身を預け、口付けに応え始めた。
舌を入れると、おずおずと遠慮がちに舌が触れ合わされた。熱い舌に舌を絡ませ、感触に酔う。唾液までもが甘く、蕩けるような響きの吐息に欲望が高まった。布団の上に青海さんを仰向けに寝かせ、覆いかぶさる。口付けを続けたままスーツの上から体を弄った。青海さんはこの暑い中、きっちりとベストまで着こんでいる。自分はそれを乱すことに、興奮を覚えていた。
「待って、ください」
「待てません」
「皺になります。このままでは」
青海さんが何を危惧しているのかはわかっていた。
でも、もう止められない。
自分は、無我夢中で青海さんの胸元をはだけ、好きなように貪り出した。
ピンクに色付く隠れた乳首を吸い立て、ぷっくりと芯を持って立ち上がるまで愛撫する。
じゅっと音を立てる度に、青海さんは身悶え、自分の頭を押しやろうとした。けれども、やがて自ら押し当てるような動きに変わり、背中をしならせて喘ぐようになる。重なった体が熱を発し、青海さんの性器の昂りを感じる。
自分は身を起こし、ズボンも脱がしていった。
「脱げます。自分で。離れてください」
恥じ入ったように言われたが、従わずに続ける。
「緋色さん」
「自分が脱がしたいんです」
「あ……そこは……」
下着の上から性器の形を指で辿り、次いで口に咥えた。
布地ごとしゃぶると、青海さんは上がりかけた声を呑み込んだ。
直接舐められるよりも、却ってもどかしくて堪らないのかもしれない。
「やめ……お願い、です。脱ぎますから、今」
何度も言われても、自分は止めなかった。
そして、たっぷりと時間をかけて、布地が濡れそぼるまで舐めてからようやく膝まで下ろす。下着から取り出すと、既に先端から白濁が溢れ出ていた。
自分は、鈴口から垂れる精液を指で掬い、こちらを窺ってきていた青海さんに見せつけるように舌で舐め取った。
青海さんは目を丸くし、次いで顔を逸らして口を噤む。
何を言っても無駄だと諦めたのかと思いきや、次の瞬間、身体をうつ伏せに返した。
「ください。……もう、我慢……できない」
白い綺麗な尻を向け、軽く持ち上げる。
あまりの媚態に、喉が鳴った。
「まだです」
「どうして。……今日は、そんなに意地が悪いんですか」
意地悪くしているつもりはなかった。
ただ、欲望のままに動いてしまわないよう、抑えたくなっただけだ。
切羽詰まって、自分本位になったら傷付けてしまうかもしれない。
謝罪すべきかと思ったところで、青海さんは更に続けた。
「やはり、怒っているんですね」
「怒る? 自分がですか」
むしろ、怒らせたのは自分だと思っていた。
「はい。何か私はしでかしたのでしょう」
「そんなことはありません。ただ── 」
言おうかどうか迷いながら、自分は青海さんに圧し掛かった。
「少し、嫉妬しました」
本当は、いち早く青海さんに会いたかった。
港まで迎えに行きたかったし、下宿まで自分が連れて来たかった。
その機会を奪われたことに、嫉妬してしまったのは事実だ。
「嫉妬するんですね。あなたも」
当然のことを言われて、そこでふと気付く。
あなたも、とは。
「青海さんも、嫉妬したんですか?」
驚いて訊き返すと、肩越しに振り返り、自分と目を合わせてから頷いた。
「しました……。お二人に」
静馬さんとは、青海さんに嫉妬されるような仲じゃない。
でも、今はその話をする場合ではない。
「愛しています。楓さん。あなただけを、ずっと」
「……緋色さん」
「嫉妬されたら、その分、自分が何度も伝えます」
青海さんは拙い自分の言葉を、しっかり理解してくれたようだ。
「私も、そうします」
どちらからともなく唇が重なり、今度こそ青海さんは自分にすべてを委ねた。
自分も、青海さんの尻に触れ、底を弄った。背中に口付けながら中を解すと、青海さんは高い声を上げた。指を増やし、底を緩めている間、滑らかな尻を撫でていた。弾力のあるそれを揉んでいると、中がひくひくと蠢く。この中に入ったら、どんなにいいか── 。想像しながらも、なるべく時間をかけて広げていく。
「緋色さん。も、う……」
振り返った青海さんの瞳は潤み、揺れていた。自分を欲しているのだとわかって、腰骨を掴んで、白い尻を突き出させた。窄まりに押し当て、先端を埋め込むと、すんなりと自分を受け入れる。半年ぶりに挿入した底は、自分を覚えていた。
「楓さん、楓さん」
何度も名前を呼び、奥深くまで入り込む。
底を穿つと甘い喘ぎを漏らし、青海さんが尻を更に持ち上げた。艶めかしい動きに引き込まれ、自分もゆったりと中を混ぜ、その動きに合わせた。
「ああ、は……っあ」
色付く吐息が艶めかしく、肌に汗が浮いて光り出す。自分はそれを唇で吸い、舌で舐め、中を擦り立てた。襟足を指で辿り、口付ける。青海さんは、布団に爪を立てて、喉を反らした。
肉を打つ音が部屋に木霊し、高い声が被さるように続く。
角部屋でなければ、両隣に筒抜けだっただろう。
さっき通りかかったところ、隣の部屋に人はなかった。
女将なりの配慮だったのかもしれない。
「もう、駄目……です」
ぎゅっと瞑っていた目を開き、肩越しに自分を振り返った。
眼鏡を外して、畳の上に置き、その濡れた目元を指で拭う。
「楓さん、もう少し付き合ってください」
「ああっ……あ……本当に、許し……」
切れ切れに言うその姿は、いつもの凛々しい青海さんからは想像ができないほどに、淫らで可憐だった。自分の知らない本性が、青海さんの中にはまだ眠っている。それを引き出す悦びに浸り、加減を忘れてしまう。
「緋色、さん。あ、そこ……っ」
「ここ、好きですよね」
「ちがい、ます……あう……っあ」
性器を掴んで扱きながら、自分は青海さんを突き動かし、責め立てた。
中に引き止めようとする内部に逆らって出し入れを続け、深く浅く動く。
二人とも息遣いが荒くなり、青海さんは掠れた声を出していた。
中は熱く滾っていて、自分はそれに浮かされて、何度も青海さんの名前を呼んだ。
後ろから胸元に手を回し、撫でていると、青海さんは自分の手を乳首へと誘った。
積極的な振る舞いに驚きながらも、胸が高鳴り、滾ってくる。指で摘まんで捻ると、青海さんは頭を振って悶える。それと同時に中がきゅっと締まり、思わず自分は低く呻いた。
「楓さん、愛しています」
「あーっ……んく……」
青海さんは喘ぎ、言葉を発することはなかった。
ただ、布団の上に手を突いて、身を捩るだけだ。
自分は、その手に手を重ね、激しく抽送を繰り返す。
「ああっ……は……っあーーっ」
一際高い声を上げて青海さんが先に達しても、自分は律動を続けた。
青海さんが前に逃げようとしたため、自分は一度引き抜いた。そして、仰向けにしてから、ぐったりとした青海さんに覆いかぶさる。
「緋色、さん。私は── っあ……っは……んんっ」
言葉を唇で塞ぎ、尚も執拗に抱き続ける。
自分の出したもので濡れた底は、掻き混ぜる度に卑猥な音を立てた。
互いに何度も放ち、疲れて眠り、目を覚ますとまた抱き合った。
そうして三日間、二人きりで宿を出ずに過ごした。
最後の日に東京まで見送ろうとしたけれど、青海さんは旅館の前で頭を下げて、こちらを寄せ付けない態度で颯爽と駅に消えていった。
もしかしたら、怒らせてしまったのかもしれない。
せっかく会いに来てくれたのに、自分の欲望のままに青海さんを好きにしてしまったような気がしてならない。
帰路に就き、呆然と電車に乗っている間、だんだんと後悔の念が押し寄せて来た。
好き勝手に振る舞い、呆れられたに違いない。
そうして、駅からの道を一人とぼとぼと歩いて帰宅すると、下宿の部屋には静馬さんがいた。
「彼は、帰ったのかい?」
畳の上にごろりと横になったまま、肘を突いて自分を見上げている。
追い帰そうと思ったところで、静馬さんは眉を上げる。
「寂しくなるだろうと思ってね。俺が来てやった」
恩着せがましい言い方に、何か言葉をぶつけてやろうとしたが、何もかもを見透かしたような瞳のせいで何も言えない。
やはりわかっていたんだ。
自分が静馬さんから逃れたのを。
いや、彼の方で見逃してくれていたんだろう。
「すみませんでした」
「謝る必要なんてないさ。弟のために、一肌脱いだだけだ」
笑う彼からは、ほんのりと酒の匂いがする。
きっと車で来ただろう彼を、もう追い帰すわけにはいかない。
自分も腹を据えて、彼と差し向かいで飲むことにした。
もちろん、自分から青海さんについて話すことはなく、意外なことに静馬さんから訊かれることもなかった。彼が旅行したという沖縄の土産話を、自分は聞くともなく聞きながら、今や船上の人となった恋人に思いを馳せていた。
それから数日後。
自分は、青海さんに電話をかけた。
「この間は、すみません」
最初に謝ると、受話器から微かに吐息で笑う気配がした。
「こちらこそ。── あなたに甘えてしまいました」
甘えたと言われても、心当たりはなかった。
どう答えればいいか迷っていると、青海さんは続ける。
「緋色さん。また会っていただけますか?」
「もちろんです」
即答して、また会う約束を取り付けた。
愛の囁きは、青海さんからはまだない。
けれども、会いたいと思ってもらえるなら、それがすべてだ。
今度は、こちらから会いに行こう。
青海さんの部屋で、二人きり。
次は、ちゃんと話もできるだろうか。
電話口で日程を決めながら、いつもより柔らかな青海さんの話し声に聞き惚れていた。
-了-