岡田雅勝
1935年(昭和10年)9月17日 北海道に生まれる。
1959年(昭和34年) 3月 北海道学芸大学学芸学部 卒業
1963年(昭和38年) 3月 北海道大学大学院文学研究科 修士課程 入学
1965年(昭和40年) 3月 北海道大学大学院文学研究科 修士課程 修了
1967年(昭和42年)10月 北海道大学大学院文学研究科 博士課程 中退
1967年(昭和42年)10月 北海道大学大学院文学部 助手
1973年(昭和48年) 4月 旭川医科大学 助教授
1988年(昭和63年) 4月 旭川医科大学 教授
2001年(平成13年) 3月 旭川医科大学 定年退職
旭川医科大学 名誉教授
岡田雅勝(1972).「科学的知性のひらく地平」伊藤 勝彦(編)『知性の歴史一思想史における理性と反理性』(8章,pp. 257-293).新曜社.[cinii]
岡田雅勝(1979).「経験主義」小牧治(編)『哲学一現代の哲学的思索のために』(pp. 95-104).有信堂.[cinii]
岡田雅勝(1979).「プラグマティズム」小牧治(編)『哲学一現代の哲学的思索のために』(pp.170-181).有信堂.[cinii]
岡田雅勝(1980).「7章 論理と倫理」宇都宮芳明(編)『西洋倫理思想-その歴史と形態』(7章,pp. 217-248)弘文堂.[cinii]
岡田雅勝(1986).『ウィトゲンシュタイン一人と思想』清水書院.(1-223頁)[cinii]
岡田雅勝・本間 謙二(編著)(1988).『知ることと生きること-現代哲学のプロムナード』.東信堂.「序 人間への問い(pp. 3-10)」「2章 言葉への問い(pp. 41-73)」「5章 価値への問い(pp. 142-160)」[cinii]
岡田雅勝(1988).「知識の問題」熊谷直男 (編)『哲学的思索の歩み』(p. 194-221).学術図書出版社.[cinii]
岡田雅勝(1991).『小熊秀雄一人と作品』清水書院.(1-226頁)[cinii]
岡田雅勝(1997).「カントとウィトゲンシュタイン」宇都宮芳明 ・熊野純彦・新田孝彦 (編)『カント哲学のコンテクスト』(pp. 226-247).北海道大学図書刊行会.[cinii]
岡田雅勝(1998).『パース――人と思想』清水書院.(1-219頁)[cinii]
岡田雅勝(1998).「ウィトゲンシュタイン」廣松渉 他(編)岩波哲学・思想事典(pp. 117-118).岩波書店.[cinii]
岡田雅勝(1998).「言語批判」廣松渉 他(編)岩波哲学・思想事典(p. 453).岩波書店.[cinii]
岡田雅勝(2002).「小熊秀雄と虚無主義」河合修・田中益(編)『小熊秀雄とその時代』(pp. 104-114).せらび書房.[cinii]
岡田雅勝(2004).「はじめに-バイオエシックス懇話会」坂井昭宏・松岡悦子(編)『バイオエシックスの展望』(pp. iii-iv)東信堂.[cinii]
岡田雅勝(2004).「パーナリズムの問題と医療の未来」 坂井昭宏・松岡悦子(編)『バイオエシックスの展望』(pp. 273-288)東信堂.[cinii]
岡田雅勝(2004).「岡田雅勝 略歴及び主要著書訳書」坂井昭宏・松岡悦子(編)『バイオエシックスの展望』(p. 291)東信堂.[cinii]
岡田雅勝(2024).ウィトゲンシュタイン研究--言語批判とソリプシズムの問題.あいわプリント.
[あいわプリント]
バーンシュタイン(著)岡田雅勝(訳)(1978).『パースの世界』.木鐸社.[cinii]
Bernstein, R. J. (1965). Perspectives on Peirce : critical essays on Charles Sanders Peirce. Yale University Press. ]
プライス(編)ホワイトヘッド(著)岡田雅勝・藤本隆志(訳)(1980)『ホワイトヘッドの対話―1934-1947』(藤本隆志と共訳)みすず書房.[cinii]
[Price, L. (Ed.) Whitehead, A. N. (1954). Dialogues of Alfred North Whitehead. Boston: Little, Brown & Company.]
カルバー,ガート(著)岡田雅勝(監修訳)(1984).『医学における哲学の効用 : 医学と精神医学の哲学・倫理問題』北樹出版.(岡田雅勝「序文、一章、八章、日本語条文、訳者あとがき)[cinii]
[Culver, C. M., & Gert, B. (1982). Philosophy in medicine : conceptual and ethical issues in medicine and psychiatry. Oxford University Press.]
ボースト(編)吉村章ほか(訳)(1987).『心と脳は同一か』(共訳)北樹出版.[cinii]
[Borst, C. V. (Ed.)(1970). The mind/brain identity theory. Palgrave Macmillan.
モンク(著)岡田雅勝(訳)(1994).『ウィトゲンシュタイン1』.みすず書房.
モンク(著)岡田雅勝(訳)(1994).『ウィトゲンシュタイン2』.みすず書房.[cinii]
[Monk, R. (1990). Ludwig Wittgenstein : the duty of genius. Free Press.]
シャーウィン(著)岡田雅勝・服部健司・松岡悦子(訳)(1998)『もう患者でいるのはよそう : フェミニスト倫理とヘルスケア』.勤草書房.(岡田雅勝(序文、五、六、九章)、服部健司(一、二章)、松岡悦子(三、四、七、八章、注))[cinii]
[Sherwin, S. (1992). No longer patient : feminist ethics and health care. Temple University Press.]
岡田雅勝(1966).カントの空間及び時間の先験的観念性.北海道哲学会会報, 13, 18-24.(1966年3月)
岡田雅勝(1966).カントにおける自我の二重性について.哲学(北海道大学哲学会), 3, 171-189.(1966年)[cinii]
岡田雅勝(1967).善の分析について-G・E・MooreのPrincipia Ethica中心に.北大大学院文学研究科, 11-22. (1967年6月)
岡田雅勝(1969).パースからミードヘ.北海道大学文学部紀要, 17 (2), 33-80.
(1969年11月)[link]
岡田雅勝(1969).言語批判の存在構造一ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』について.哲学(北海道大学哲学会),6, 107-132.(1969年)[cinii]
岡田雅勝(1969).語る行為と人間存在について-私と他者との関係において.北海道大学文学部紀要, 21 (2), 97-120. (1969年3月)[link]
岡田雅勝(1970).私と他者理解の問題.北海道教育大学哲学研究室形而(復刊号),1-7.(1970年)
岡田雅勝(1977).ソリプシズムとコトバ.北海道哲学会会報, 25, 1-7.(1977年7月)
岡田雅勝(1979).確実性の問題一「知と信」とに関するウィトゲンシュタインの省察.旭川医科大学紀要(一般教育),1, 1-12.(1979年3月)[link]
岡田雅勝(1979).若きウィトゲンシュタインの思索.形而(北海道教育大学哲学研究室),3, 20-27.(1979年)
岡田雅勝(1981).哲学的解釈学の特性.旭川医科大学(一般教育),3, 43-57.
(1981年3月)[link]
岡田雅勝(1982).哲学的文法.旭川医科大学(一般教育),4, 27-42.
(1982年3月)[link]
岡田雅勝(1983).価値的なものと言葉の問題.旭川医科大学(一般教育),5, 37-78.
(1983年3月)[link]
岡田雅勝(1983).シュテークミュラーと分析哲学研究.哲学(北海道大学哲学会),17, 1-21.(1983年)[cinii]
岡田雅勝(1984).文法的考察と感覚の表現.哲学(北海道大学哲学会),10, 40-54. (1984年)[cinii]
岡田雅勝(1985).規則一懐疑論の問題.旭川医科大学(一般教育),6, 29-52.
(1985年3月)[link]
岡田雅勝(1985).価値的なものの表現と医学.医学哲学医学倫理, 3, 30-40.
(1985年6月)
岡田雅勝(1985).ウィトゲンシュタインと芸術.北海道ドイツ文学会, 5-18. (1985年)
ハドソン(著)岡田雅勝(訳)(1985).「文法としての神学」現代思想:ウィトゲンシュタイン特集(pp. 247-261).青土社.(1985年12月臨時増刊号 13(14))
翻訳と解説 [cinii] [link]
[Hudson, W. D. (1968). Theology as grammar. In Ludwig Wittgenstein: The Bearing of His Philosophy upon Religious Belief (pp.58-72). John Knox Press. ]
岡田雅勝(1986).規則に従うこととプラクシスの問題.旭川医科大学紀要(一般教育),7, 41-58.(1986年3月)[link]
岡田雅勝(1987).バイオ・メディカル・エシックスの原則とパターナリズムの問題(一).旭川医科大学紀要(一般教育),8, 65-82. (1987年3月)[link]
岡田雅勝(1987).功利主義の原則とパターナリズム――医師患者関係をめぐって.飯田亘之(編)バイオエシックス最新資料集(pp. 53-68.).千葉大学教養部総合科目運営委員会.[link] [link]
岡田雅勝(1988).懐疑論と知の営みの根拠.旭川医科大学(一般教育),9, 29-52.(1988年3月)[link]
岡田雅勝(1989).バイオエシックスの問題提起とその思想の基盤.旭川医科大学(一般教育),10, 57-72. (1989年3月)[link]
岡田雅勝(1990).パターナリズムの正当化の問題.北大哲学会会報,37, 13-23. (1990年)
岡田雅勝(1991).人間実験に関する倫理理論一ロバート・ピーチの見解。旭川医科大学(一般教育),12, 37-50.(1991年3月)[link]
岡田雅勝(1993).脳死問題と〈脳幹死論〉の論理.旭川医科大学(一般教育),13, 53-75.(1993年3月)[link]
岡田雅勝(1994).日本における脳死問題と日本人の遺体観.旭川医科大学(一般教育),15, 63-77. (1994年3月)[link]
岡田雅勝(1995).Abortionの論理.旭川医科大学(一般教育),16, 53-67.(1995年)[link]
岡田雅勝(1996).死について.旭川医科大学(一般教育),17, 51-73. (1996年3月)[link]
岡田雅勝(1997).哲学的人間学.旭川医科大学(一般教育),18, 1-13.(1997年3月)[link]
岡田雅勝(1998).愛の源について.旭川医科大学(一般教育),19, 1-16.(1998年3月)[link]
岡田雅勝(1999).倫理的、宗教的表現について-ウィトゲンシュタインの語られないことと語らないということ.旭川医科大学(一般教育), 20, 1-8.(1999年3月)[link]
岡田雅勝(2000).病める人間学一哲学への誘い.旭川医科大学(一般教育),21, 1-16(2000年3月)[link]
岡田雅勝(2003)世紀末ウィーンとウィトゲンシュタイン.哲学(北海道大学哲学会),39, 57-72. (2003年7月)[link]
岡田雅勝(1958).サルトルに於ける詩の問題.童貞, 4, 37-39. (一九五八年三月)
岡田雅勝(1958).生の状況に於ける詩――エリユアールの詩と詩論.童貞, 5, 28-31. (一九五八年七月)
岡田雅勝(1958).詩の神話.童貞, 6, 27-29. (一九五八年)
岡田雅勝(1959).不条理詩論(1). Festa, 7, 41-43. (一九五九年)
岡田雅勝(1967).われわれにとって辺境とは何か.フロンティア, 22, 37-40. (一九六七年)
岡田雅勝(1967).言葉による冒険.フロンティア, 23, 15-18. (一九六七年)
岡田雅勝(1970).想像力と言語批判.フロンティア, 25, 15-17. (一九七〇年)
岡田雅勝(1971).詩的構想力と伝統.フロンティア, 26, 7-9. (一九七一年)
岡田雅勝(1976).サルトルの自由と状況――戯曲「悪魔と神」について.桟敷(旭川医科大学「文の会」), 44-48.(一九七六年)
岡田雅勝(1978).超越的なものと言語批判――ポエジー意味.桟敷(旭川医科大学「文の会」), 46-49. (一九七八年)
岡田雅勝(1977).詩論のエチュード(1)――詩作の根拠へ問い.フロンティア, 31, 9-13. (一九七七年)
岡田雅勝(1979).状況の詩――エリュアールの詩と詩論から.桟敷(旭川医科大学「文の会」), 92-98. (一九七九年)
岡田雅勝(1984).山本丞の詩――「海のはなやぎ」.フロンティア, 36, 11-17. (一九八四年)
岡田雅勝(1985).詩人の定義.フロンティア, 37, ●-●, (一九八五年)
岡田雅勝(1986).解釈学によるポエティカの発想.あうら(あうら書房), 5-10. (一九八六年)
岡田雅勝(1986).詩批判の倫理性.フロンティア, 39, 21-22. (一九八六年)
岡田雅勝(1988).『サラダ記念日』-表層と深層-.フロンティア, 41, 26-32. (一九八八年)
岡田雅勝(1989).小熊秀雄――愛の書簡.あうら, 6, 46-56. (一九八九年)
岡田雅勝(1990).小熊秀雄の詩論――「詩に触れて」から.■■■, 12-14. (一九九〇年)
岡田雅勝(1990).小熊秀雄『飛ぶ橇』の世界.Vita, 4, 11-20. (一九九〇年)頁)
岡田雅勝(1991).小熊秀雄の出生の秘密一ある奇妙な推測.桟敷(旭川医科大学「文の会」), 53-62. (一九九一年)(復刊号?)
岡田雅勝(1990).グッドマンの訳詩集一「長長秋夜」.フロンティア, 43, 31-33.
岡田雅勝(1992).小熊の混血児についてのある推測/長長秋夜忌.白樺通信, 2, 12-18. (一九九二年)
岡田雅勝(1992).「長長秋夜」の世界と主題.フロンティア, 45, 26-33.
岡田雅勝(1992).小熊の調刺詩を巡る昭和十一年の調刺詩問題.Vita, 5, 10-18. (一九九二年)
岡田雅勝(1992).佐藤喜一氏と小熊研究.Vita, 6, 79-86. (一九九二年)
岡田雅勝・石川郁夫(1992).佐藤喜一年譜.Vita, 6, 87-121. (一九九二年)
岡田雅勝(1993).小熊秀雄の童話.Vita, 7, 21-30. (一九九三年)
岡田雅勝(1993).小熊秀雄の詩論-「詩に触れて」から-.フロンティア, 46, 12-14. (一九九三年)
岡田雅勝(1994).「心の城」の崩壊の歌――小熊秀雄の第三詩集.フロンティア, 47, 20-24. (一九九四年)
岡田雅勝(????).小熊秀雄論――諷刺の精神と北の大地の歌.フロンティア, ■, 17-23. (不明)
岡田雅勝(1994).今野大力の小熊批判.白樺通信, 3, 48-51. (一九九四年)
岡田雅勝(1994).人間性を付与するユーモア.(同、ドナルド・リーチ訳、一九九四年、104-107頁)
岡田雅勝(1994).小熊秀雄の小説.Vita, 8, 19-28. (一九九四年)
岡田雅勝(1994).今野大力の詩――〈土〉を抱いて.生きもののうた-94夏第九集(生きもののうた文学会), 9, 27-33. (一九九四年)
岡田雅勝(1995).小熊秀雄の後期の小説.Vita, 9, 24-30.( 一九八五年、24-30頁)
岡田雅勝(1998).小熊秀雄の詩精神.Vita, 10, 9-14(一九九八年、9-14頁)
岡田雅勝(????).詩の言葉と内部世界の表出――小熊秀雄の詩集から.旭川詩集, 7, 72-78.
岡田雅勝(1998).小熊秀雄と叙事詩の問題.新日本文学, ■, 80-87. (一九九八年)
岡田雅勝(2001).小熊秀雄の詩と童話.旭川市民文芸, 43, 6-15. (二〇〇一年)
「追想」(旭川医科大学「かくらおか」7号、一九七六年、2頁)[PDF]
「ドイツの思い出――ある小さな町で――キルヒベルク・アム・ヴェクセル」(旭川医科大学かぐらおか、一九八〇年、3頁)[PDF]
「ミュンヘン・大学・若者」(旭川医科大学新聞局、一九八〇年)
「文芸活動の意味」(旭川市民文芸24号、一九八二年、4-5頁)
「北海道新聞、朝の食卓」、一年間の執筆、一九八三年一月一十二月、一月「雪の正月」、二月「厳寒の訪問者」、三月「自然のみそぎ」、四月「雪解け」、五月「初釣り」、六月「アマデウス」再演、七月「シャガールの画集」、八月「夏休みを終えて」、九月「インドのこと」、十月「紅葉のただ中で」、十一月「青春の惑い-青い鳥」、十二月「学生の文芸活動」
「市民活動の広場」(旭川市民文芸26号、一九八四年、4-6頁)
「「霊座」と同人誌発刊の意味」(「霊座」8号、一九八五年、18-20頁)
「青春の書『天の夕顔』」(旭川)(旭川市民文芸27号、一九八五年、32-36頁)
「旭川時代の小熊秀雄の文学を支えたもの」(旭川新書、あさひかわ文学館2号、28-29頁)
「大学の教育と学生気質」(フレッシュ6号、一九九〇年、2頁)
「フオイエルバッハ紀行」(「桟敷」旭川医科大学「文の会」、一九九二年、100-123頁)
「フオイエルバッハ紀行」(同)、一九九二年、109-123頁
「大学で学ぶことへの問いを-新入生へ」(旭川医科大学かぐらおか」68号、一九九四年、4頁)[PDF]
「随筆ノート読書論虚しさと愚かさの覚え」(霊座)9号、一九九五年、30-35頁)
「小熊秀雄賞の選考経過から」(「佐藤博信詩集」論編成-1976-1994)詩民族社、1995年、154-155頁
「小熊賞は阪井信夫氏に」(「詩と思想」6-N0.120.VOL・2)土曜出帆社、1995年、140頁
「第十二回日本生命倫理学会の報告と将来の展望」(旭川医科大学研究フォーラム二巻1号)2001年、88-90頁
「堀真追悼一寒椿」、「山音文学134号」令和二年三月、2-3頁
「片山晴夫先生追悼」、「北海道文学館報118号」令和三年十二月、6頁
「小鳥の裂け目」(北大詩話会、一九六三年、1-24頁)
「黒き衣の下に」(童貞4号、一九五八年、3-5頁)、「展開」、(童貞4号、5-6頁)
「愛」(童貞号、7頁)、「心」(童貞号、7頁)
「岩石一ある湖畔で」、「告白一ある乙女のノートから」「ある状況」(童貞5、1958年、32-33頁、iv-ix頁)
「愛の紳」(童貞6号、一九五八年、23-26頁)
「愛のなかに」(Festa7号、一九五九年、3-5頁)
「不条理の詩論一沈黙」(Festa8号、一九六〇年、37-38頁)
「不条理の詩論一狂気」(Festa9号、一九六〇年、19-20頁)
「ある夏の戯画一谷間の出来事」(Festa10号、一九六〇年、5-7頁)
「何もしないという罪」「浸透した存在に」(反世界創刊号北大詩話会、一九六三年、28-29,34-38頁)
「くりえいすと創刊号のことば」(くりえいすと1号、一九六七年、1頁)
「昨日から明日へ」(くりえいすと2号、一九六八年、6-7頁)
「ひとつの季節の行為」(くりえいすと3号、一九七〇年、2-3頁)
「開墾の季節」(フロンティア22号、一九六七年、26-27頁)
「夏の季節」(フロンティア23号、一九六七年、22頁)
「落日に駆けて」(フロンティア24号、一九六八年、12-14頁)
「枯れてしまっている木々」(フロンティア25号、一九七〇年、23-25頁)
「おれたちに明日を」(フロンティア26号、一九七一年、24-26頁)
「ナナカマドの実が」(フロンティア30号、一九七五年、8-9頁)
「なにかが風のなかに」(桟敷二号、一九七五年、
「明日」(桟敷三号、一九七六年、
「われら五月に待つ」(桟敷五号、一九七七年、34-35頁)
「イシカリの舟歌」(桟敷六号、一九七七年、46-49頁)
「旅立ち」(桟敷九号、一九七九年、102-103頁)
「緋鮒」(フロンティア33号、一九八〇年、15-16頁)
「またぐにの初夏の夜」(旭川市民文芸24,一九八二年、63-64頁)
「釣り」(フロンティア35号、一九八二年、6-9頁)
「冬の旅」(フロンティア38号、一九八五年、21-22頁)
「メメントモリ」(フロンティア40号、一九八七年、6-8頁)
「名も知らぬ流れのほとりにて」(あうら五号、一九八七年、36-41頁)
「老いを生きる」(フロンティア44号、一九九一年、13-15頁)
「中国の旅」(旭川詩集12号、一九九一年、18-19頁)
これはペンネーム岡雅彦で執筆した。これを掲載するにあたって、岡田尚志(次男、文化庁グラフィクデザイン大賞およびその他多数の作品を受賞)にすべて挿絵を描いてもらった。
1986年2月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」1 -「入学式」
1986年3月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」2 -「ファミコン遊び」
1986年4月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」3 -「試験問題」
1986年5月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」4 - 「新学期 -良きセンセイヘの期待と無責任な父兄の発言」
1986年6月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」5 -「春一桜ではなく魚の季節」
1986年7月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」6 -「つつじの花」
1986年8月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」7 -「釣りと人間の自然」
1986年9月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」8 -「夏休みと夏の自然」
1986年10月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」9 -「夏の終りの朝」
1986年11月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」10 -「読書の秋」
1986年12月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」11 -「中国への旅(1)」
1987年1月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」12-「中国への旅(2)」
1987年2月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」13-「中国への旅(3)」
1987年3月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」14-「ああ、学生(1)」
1987年4月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」15-「ああ、学生(2)」
1987年5月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」16-「ああ、学生(3)」
1987年6月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」17-「ああ、学生(4)」
1987年7月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」18-「爽やかな六月と替え玉」
1987年8月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」19-「真夏と魚の保護の訴え」
1987年8月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」19-「山開きと渓流釣り」
1987年9月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」20-「新人類」
1987年10月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」21-「暴力教師」
1987年11月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」22-「プロ野球の面白味」
1987年12月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」23-「晩秋の緑が丘に想う」
1988年1月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」24-「配慮ある教育行政と文化芸術の府へ努力を望む」
1988年2月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」25-「新しいカレンダー」
1988年3月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」26-「雪の祭典」
1988年4月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」27-「冬季オリンピック」
1988年5月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」28-「京都での散歩道」
1988年6月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」29-「ゴールデンウイーク」
1988年7月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」30-「王巨人軍を信じよう」
1988年8月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」31-「学生生活と夏休み」
1988年9月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」32-「お盆とお墓参り」
1988年10月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」33-「自然破壊と〈もの想う秋〉」
1988年12月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」34-「中国の観光地」
1989年1月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」35-「中華料理」
1989年2月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」36-「葬儀とは何か」
1989年3月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」37-「平成元年を迎えて-大和民族の生き方(1)」
1989年4月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」38-「平成元年を迎えて-大和民族の生き方(2)
1989年5月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」39-「消費税」
1989年6月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」40-「五月の風と政治不信」
1989年7月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」41-「六月の薫り」
1989年8月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」42-「政治は退廃している-庶民の怒りの声」
1989年9月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」43-「夏の選挙とオバタリアンの活躍」
1989年10月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」44-「ベトナム難民」
1989年11月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」45-「酸性雨」
1989年12月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」46-「登校拒否四万人と望まれる教育」
1990年1月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」47-「老いを生きる」
1990年2月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」48-「東欧の春」
1990年3月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」49-「冬の寒さと神々しい自然」
1990年4月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」50-「国民大衆に根差した政権を」
1990年5月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」51-「花」
1990年6月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」52-「冷たいゴールデンウイーク」
1990年7月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」53-「山菜と釣りの季節」
1990年8月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」54-「真夏と魚の保護の訴え」
1990年9月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」55-「北の都旭川」
1990年10月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」56-「老人と敬老の日」
1990年11月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」57-「ドイツの統一」’
1990年12月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」58-「枯れ葉の季節」
1991年1月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」59-「雪の季節のロマン」
1991年2月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」60-「正月」
1991年3月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」61-「湾岸戦争」
1991年4月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」62-「多数の暴力」
1991年5月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」63-「大学卒業と就職」
1991年6月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」64-「老いと生きがい」
1991年7月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」65-「初夏の庭」
1991年8月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」66-「脳死」
1991年9月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」67-「夏休みと釣り」
1991年10月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」68-「医の倫理」
1991年11月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」69-「キノコ狩」
1991年12月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」70-「老人と雪の到来」
1992年1月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」71-「長長忌」
1992年2月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」72-「年賀状」
1992年3月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」73-「脳死は人の死か」
1992年4月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」74-「学期末一三月」
1992年5月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」75-「人との別れ」
1992年6月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」76-「北の花」
1992年7月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」77-「アカシア祭一大連」
1992年8月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」78-「日系アメリカ人に会って」
1992年9月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」79-「オリンピック」
1992年12月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」80-「対外受精」
1993年1月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」81-「変貌する中国」
1993年2月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」82-「正月と変貌する中国」
1993年3月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」83-「翻訳」
1993年4月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」84-「詩を読むこと」
1993年5月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」85-「フェミニズムと働く母親」
1993年6月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」86-「男流文学論とフェミニズ』
1993年7月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」87-「初夏の季節とラムサール合
1993年8月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」88-「船釣り」
1993年9月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」89-「細川内閣の誕生」
1993年10月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」90-「冷夏」
1993年11月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」91-「悠久な歴史のなかで」
1993年12月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」92-「南の食べ物」
1994年1月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」93-「冬の到来と北の文化」
1994年2月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」94-「正月と新しい政治への期待」
1994年3月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」95-「政治改革」
1994年4月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」96-「冬季オリンピック・リレハンメル大会」
1994年5月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」97-「若者に価値観を期待する」
1994年6月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」98-「小熊秀雄賞と詩の薦め」
1994年7月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」99-「六月の季節と政治の革新」
1994年8月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」100-「百回目の執筆」
1994年9月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」101-「山女魚釣り」
1994年10月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」102-「層雲峡」
1994年11月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」103-「アジア大会と医療人権センター」
1994年12月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」104-「日本語」
1995年1月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」105-「詩人関根弘の死と脳死」
1995年2月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」106-「いじめと大人の世界」
1995年3月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」107-「阪神大震災」
1995年4月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」108-「詩集を読む」
1995年5月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」109-「信じること」
1995年6月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」110-「現代劇をみる」
1995年7月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」111-「野球を観る」
1995年8月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」112-「葬儀について」
1995年9月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」113-「小熊秀雄と池袋モンパルス展」
1995年10月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」114-「井上靖記念館」
1995年11月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」115-「還暦を迎えて」
1995年12月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」116-「イタリアへの旅」
1996年1月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」117-「武陵源への旅」
1996年2月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」118-「明石にて」
1996年3月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」119-「連日の雪」
1996年4月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」120-「春の訪れ」
1996年5月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」121-「四月になって」
1996年9月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」122-「ヨサコイソーラン踊り」
1996年10月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」123-「三浦綾子文学記念館」
1996年11月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」124-「ドライブ」
1996年12月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」125-「総選挙」
1997年1月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」126-「冬」
1997年2月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」127-「寒い国から常夏の国へ(1)」一タイにて
1997年4月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」128-「寒い国から常夏の国へ(2)」-チェンマイにて
1997年5月号「季節を駆け抜ける風とコトバ」129-「青根温泉にて」
ただしこれはペンネームの岡雅彦を用いた。岡田雅勝は「素人の北の釣り」と「茶の湯」だけである。
2002年11月号「素人の北の釣り」1,「釣りの始め」
2002年12月号「素人の北の釣り」2,「川魚の水族館」
2003年2月号「素人の北の釣り」3,「幻の魚イトゥ」
2003年2月号「素人の北の釣り」4,「魚釣り」
2003年3月号「素人の北の釣り」5,「ヤマメ釣り」
2003年4月号「素人の北の釣り」6,「ヤマメ釣りと禁魚区」
2003年5月号「素人の北の釣り」7,「イワナ釣り」
2003年6月号「素人の北の釣り」8、「フナ釣り」
2003年7月号「素人の北の釣り」9、「コイ釣り」
2003年8月号「素人の北の釣り」10、「虹鱒釣り」
2003年9月号「素人の北の釣り」11、「最果ての北の地方にて」
2003年10月号「素人の北の釣り」12,「渚滑川の源流をたずねて」
2003年11月号「素人の北の釣り」13,「サンル川を訪ねて」
2003年12月号「アイヌの文化」1,「カムイ・ユーカラを訪ねて一カムイ・ユーカラを書くにあたって」
2004年1月号「アイヌの文化」2,「カムイ・ユーカラを訪ねて-ミソサザイの神に語った話」
2004年2月号「アイヌの文化」3、「カムイ・ユーカラを訪ねて一国つくりの神々(1)」
2004年3月号「アイヌの文化」4、「カムイ・ユーカラを訪ねて一国づくりの神々の話(2)」
2004年4月号「アイヌの文化」5、「カムイ・ユーカラを訪ねて一国づくりの神々の話(3)」
2004年5月号「アイヌの文化」6,「カムイ・ユーカラを訪ねて-アイヌ・ラッ・クル(1)」
2004年6月号「アイヌの文化」7、「カムイ・ユーカラを訪ねて-アイヌ・ラッ・クル(2)」
2004年7月号「アイヌの文化」8,「カムイ・ユーカラを訪ねて-アイヌ・ラッ・クル(3)」
2004年8月号「アイヌの文化」9、「カムイ・ユーカラを訪ねて-アイヌ・ラッ・クル(4)」
2004年9月号「アイヌの文化」10、「カムイ・ユーカラを訪ねて-アイヌ・ラッ・クル(5)」
2004年10月号「アイヌの文化」11,「カムイ・ユーカラを訪ねて-アイヌ・ラッ・クル(6)」
2004年11月号「アイヌの文化」12、「カムイ・ユーカラを訪ねて-アイヌ・ラッ・クル(7)」
2004年12月号「アイヌの文化」13,「カムイ・ユーカラを訪ねて一マリリンコの物語(1)」
2005年1月号「アイヌの文化」14,「カムイ、ユーカラを訪ねてマリリンコの物語(2)」
2005年2月号「アイヌの文化」15、「カムイ・ユーカラを訪ねて-マリリンコの物語(3)」
2005年3月号「アイヌの文化」16,「カムイ・ユーカラを訪ねて-‘怪鳥フリューが語った話(1)」’
2005年4月号「アイヌの文化」17,「カムイ・ユーカラを訪ねて一‘怪鳥フリューが語った話(2)」
2005年5月号「アイヌの文化」18,「カムイ・ユーカラを訪ねて-小さなカワウソが語った話(1)」
2005年6月号「アイヌの文化」19,「カムイ・ユーカラを訪ねて-小さなカワウソが語った話」(2)」
2005年7月号「アイヌの文化」20,「カムイ・ユーカラを訪ねて-強情クマ神の話」(1)」
2005年8月号「アイヌの文化」21,「カムイ・ユーカラを訪ねて一強情なクマ神の話(2)」
2005年9月号「アイヌの文化」22,「カムイ・ユーカラを訪ねて-強情なクマ神の話(3)」
2005年10月号「アイヌの文化」23,「カムイ・ユーカラを訪ねて-強情なクマ神の話(4)」
2005年11月号「アイヌの文化」24,「カムイ・ユーカラを訪ねて-鼻長ネズミが語った話」
2005年12月号「アイヌの文化」25、「カムイ・ユーカラを訪ねて-ウサギのエカシが語った話(1)」
2006年1月号「アイヌの文化」26,「カムイ・ユーカラを訪ねて-ウサギのエカシが語った話(2)」
2006年3月号「アイヌの文化」27,「カムイ・ユーカラを訪ねて-山本多助の姿(1)」
2006年4月号「アイヌの文化」28,「カムイ・ユーカラを訪ねて-山本多助の姿(2)」
2006年5月号「アイヌの文化」29,「カムイ・ユーカラを訪ねて-山本多助の姿(3)」
2006年6月号「アイヌの文化」30,「カムイ・ユーカラを訪ねて-山本多助の姿(4)」
2006年7月号「アイヌの文化」31,「カムイ・ユーカラを訪ねて-山本多助の姿(5)」
2006年8月号「アイヌの文化」32,「カムイ・ユーカラを訪ねて-山本多助の姿(6)」
2006年9月号「アイヌの文化」33,「カムイ・ユーカラを訪ねて-山本多助の姿(7)」
2006年10月号「アイヌの文化」34,「カムイ・ユーカラを訪ねて-山本多助の姿(8)」
2006年11月号「アイヌの文化」35、「カムイ・ユーカラを訪ねて-山本多助の姿(9)」
2006年12月号「アイヌの文化」36,「カムイ・ユーカラを訪ねて-アイヌ民族(1)」
2007年1月号「アイヌの文化」37、「カムイ・ユーカラを訪ねて-アイヌ民族(2)」
2007年2月号「アイヌの文化」38,「カムイ・ユーカラを訪ねて-アイヌ民族(3)」
2007年3月号「アイヌの文化」39、「カムイ・ユーカラを訪ねて-アイヌ民族(4)」
2007年4月号「アイヌの文化」40、「カムイ・ユーカラを訪ねて-アイヌ民族(5)」
2007年5月号「アイヌの文化」41,「カムイ・ユーカラを訪ねて-アイヌ民族(6)」
2007年6月号「アイヌの文化」42,「カムイ・ユーカラを訪ねて-北海道のアイヌ(1)」
2007年7月号「アイヌの文化」43,「カムイ・ユーカラを訪ねて一北海道のアイヌ(2)」
2007年8月号「アイヌの文化」44,「カムイ・ユーカラを訪ねて一北海道のアイヌ(3)」
2007年9月号「アイヌ文化」45,「カムイ・ユーカラを訪ねて一北海道のアイヌ(4)」
2007年10月号「世界の神話伝説」(1)――スラブ神話(1)
2007年11月号「世界の神話伝説」(2)――スラブ神話(2)
2007年12月号「世界の神話伝説」(3)――スラブ神話(3)
2008年1月号「世界の神話伝説」(4)――シベリア神話
2008年2月号「世界の神話伝説」(5)――「ポリネシア神話」太平洋諸島の神話(1)
2008年3月号「世界の神話伝説」(6)――「ポリネシア神話」太平洋諸島の神話(2)
2008年4月号「世界の神話伝説」(7)――「ポリネシア神話」太平洋諸島の神話(3)
2008年5月号「世界の神話伝説」(8)――「ポリネシア神話」太平洋諸島の神話(4)
2008年6月号「世界の神話伝説」(9)――「オーストラリアの神話」(1)洪水神話(1)(2)
2008年7月号「世界の神話伝説」(10)――「オーストラリアの神話」(2)人類の起源(1)(2)
2008年8月号「世界の神話伝説」(11)――「オーストラリアの神話」(3)火の起源(1)
2008年9月号「世界の神話伝説」(12)――「オーストラリアの神話」(4)火の起源(2)
2008年10月号「世界の神話伝説」(13)――「インドネシア神話」(1)天地創造他
2008年11月号「世界の神話伝説」(14)――「インドネシア神話」(2)蛇の頭の上の大地(2)
2008年12月号「世界の神話伝説」(15)――「インドネシア神話」(3)ジャワ文字の起源(1)
2009年1月号「世界の神話伝説」(16)――「インドネシア神話」(4)ジャワ文字の起源(2)
2009年2月号「世界の神話伝説」(17)――「インドネシア神話」(5)猿亀合戦
2009年3月号「世界の神話伝説」(18)――「インドネシア神話」(6)キダング鹿とチェブルカン島
2009年4月号「世界の神話伝説」(19)――「インドネシア神話」(7)小鹿と猿の王様
2009年5月号「世界の神話伝説」(20)――「インドネシア神話」(8)小鹿と鰐
2009年6月号「世界の神話伝説」(21)――「インカ神話」(1)人間創造(1)(2)インカの神々(1)
2009年7月号「世界の神話伝説」(22)――「インカ神話」(2)インカの神々(2)
2009年8月号「世界の神話伝説」(23)――「インカ神話」(3)大洪水と鳥女
2009年9月号「世界の神話伝説」(24)――「インカ神話」(4)インカ人の階級の由来
2009年10月号「世界の神話伝説」(25)――「エジプトの神話」(1)ヘリオポリスの太陽神
2009年11月号「世界の神話伝説」(26)――「エジプトの神話」(2)へリオポリスの太陽神(2)
2009年12月号「世界の神話伝説」(27)――「エジプトの神話」(3)ヘリオポリスの太陽神(3)
2010年1月号「世界の神話伝説」(28)――「エジプトの神話」(4)ヘリオポリスの太陽神(4)
2010年2月号「世界の神話伝説」(29)――「エジプトの神話」(5)オシリス神話(1)
2010年3月号「世界の神話伝説」(30)――「エジプトの神話」(6)オシリス神話(2)
2010年4月号「世界の神話伝説」(31)――「エジプトの神話」(7)オシリス神話(3)
2010年5月号「世界の神話伝説」(32)――「エジプトの神話」(8)オシリス神話(4)
2010年6月号「世界の神話伝説」(33)――「インドの神話」(1)
2010年7月号「世界の神話伝説」(34)――「インドの神話」(2)リグ・ヴェーダ賛歌
2010年8月号「世界の神話伝説」(35)――「インドの神話」(3)インドラの神(1)
2010年9月号「世界の神話伝説」(36)――「イン液の神話」(4)インドラの神(2)
2010年11月号「世界の神話伝説」(37)――「インドの神話」(5)インドの三大神――シヴァ神
2010年12月号「世界の神話伝説」(38)――「インドの神話」(6)インドの三大神――ヴィシュヌ神
2011年1月号「世界の神話伝説」(39)――「インドの神話」(7)インドの三大神――ブラフマナ神
2011年2月号「世界の神話伝説」(40)――「インドの神話」(8)マハーバーラタ
2011年3月号「世界の神話伝説」(41)――「インドの神話」(9)ラーマーヤナーダシヤラタ王と馬の供物
2011年5月号「世界の神話伝説」(42)――「ギリシアの神話」(1)エーケ文明
2011年6月号「世界の神話伝説」(43)――「ギリシアの神話」(2)ミケーネ文明
2011年7月号「世界の神話伝説」(44)――「ギリシア神話」(3)神々の誕生
2011年8月号「世界の神話伝説」(45)――「ギリシア神話」(4)神々の系譜
2011年9月号「世界の神話伝説」(46)――「ギリシア神話」(5)オリンポスの神々の系譜
2011年11月号「世界の神話伝説」(47)――「ギリシア神話」(6)オリンポスの神々の系譜(2)
2011年12月号「世界の神話伝説」(48)――「ギリシア神話」(7)オリンポスの神々の系譜(3)
2012年1月号「世界の神話伝説」(49)――「ギリシア神話」(8)オリンポスの神々の系譜――ゼウスの支配体制
2012年2月号「日本昔ばなし」――浦島太郎(1)
2012年3月号「日本昔ばなし」――浦島太郎(2)
2012年4月号「日本昔ばなし」――一寸法師(1)
2012年5月号「日本昔ばなし」――一寸法師(2)
2012年6月号「日本昔ばなし」――横笛(1)
2012年7月号「日本昔ばなし」――横笛草紙(2)
2012年8月号「日本昔ばなし」――横笛草紙(3)
2012年9月号「日本昔ばなし」――横笛草紙(4)
2012年10月号「日本昔ばなし」――横笛草紙(5)
2012年11月号「日本昔ばなし」――鉢かづき(1)
2012年12月号「日本昔ばなし」――鉢かづき(2)
2013年1月号「日本昔ばなし」――鉢かづき(3)
2013年2月号「日本昔ばなし」――鉢かづき(4)
2013年3月号「日本昔ばなし」――鉢かづき(5)
2013年4月号「日本昔ばなし」――鉢かづき(6)
2013年5月号「日本昔ばなし」――鉢かづき(7)
2013年6月号「日本昔ばなし」――鉢かづき(8)
2013年7月号「日本昔ばなし」――「一体さんのとんち」猫の草紙(1)
2013年8月号「日本昔ばなし」――「一体さんのとんち」猫の草紙(2)
2013年9月号「日本昔ばなし」――「一体さんのとんち」猫の草紙(3)
2013年10月号「一休ばなし」(1)
2013年11月号「一休ばなし」(2)
2013年12月号「一休ばなし」(3)
2014年1月号「一休ばなし」(4)――タコを食べて、吐き、それの弁解
2014年2月号「一休ばなし」(5)――大名に引導を渡すこと
2014年3月号「一休ばなし」(6)――かわらけ(土器)売りを追いはぎした話
2014年4月号「一休ばなし」(7)――元日に「どくろ」を捧げて街を歩く
2014年5月号「一休ばなし」(8)――蜷川新右衛門
2014年6月号「一休ばなし」(9)――一体の弟子が四十雀に引導を渡す
2014年7月号「一休ばなし」(10)――謎を解いて人に尋ねること
2014年8月号「一休ばなし」(11)――カタツムリの角の話
2014年9月号「一休ばなし」(12)――愚か者が話則をしてくれることを求める
2014年10月号「一休ばなし」(13)――休魚を釣ること-それと達磨の由来
2014年11月号「一休ばなし」(14)――一休が檀那の女房に恋心をもつ
2014年12月号「一休ばなし」(15)――大内灯篭のこと
2015年1月号「一休ばなし」(16)――新右衛門仏法物語のこと、一体末期辞世
2015年2月号「一休ばなし」(17)――風雨の日、新右衛門が見舞いに行く
2015年3月号「一休の生涯(1)」――一休の略歴
2015年4月号「一休の生涯(2)」――一休の略歴
2015年5月号「一休の生涯(3)」――一休の略歴
2015年6月号「一休の生涯(4)」――一休の略歴
2015年7月号「一休の生涯(5)」――一休の略歴
2015年8月号「一休の生涯(6)」――一休の略歴
2015年9月号「一休の生涯(7)」――一休の略歴
2015年10月号「茶の湯(1)」――始めに――「茶の本」と「茶話抄」
2015年11月号「茶の湯(2)」――茶の原産地
2015年12月号「茶の湯(3)」――現在世界で飲まれている一日本との関わり(1)
2016年1月号「茶の湯(4)」――茶の西欧での需要’
2016年6月号「茶の湯(9)」――朝鮮の茶(2)
2016年7月号「茶の湯(10)」――道教と禅一中国の美の思想
2016年8月号「茶の湯(11)」――禅にみられる道教の教え
2016年9月号「茶の湯(12)」――日本の茶の歴史一奈良・平安時代の茶
2016年10月号「茶の湯(13)」――奈良・平安時代の茶、鎌倉時代の茶一栄西の茶
2016年11月号「茶の湯(14)」――鎌倉時代の茶一「喫茶養生記」
2016年12月号「茶の湯(15)」――明恵の茶
2017年1月号「茶の湯(16)」――極楽寺の千腹茶臼、喫茶儀礼の伝来、二人の禅僧一栄西と道元
2017年2月号「茶の湯('7)」――室町時代の茶一佐々木道誉の茶会、足利義満
2017年3月号「茶の湯(18)」――闘茶、闘茶の会
2017年4月号「茶の湯(19)」――闘茶の点て方、寺院の闘茶会、茶会の礼法
2017年5月号「茶の湯(20)」――足利義政,能阿弥
2017年6月号「茶の湯(21)」――相阿弥
2017年7月号「茶の湯(22)」――村田珠光一茶道の開祖
2017年8月号「茶の湯(23)」――珠光の教え
2017年9月号「茶の湯(24)」――戦国大名と茶の湯
2017年10月号「茶の湯(25)」――禅と茶室
2017年11月号「茶の湯(26)」――茶道の中興の祖一武野紹鴎
2017年12月号「茶の湯(27)」――茶道の中興の祖一武野紹鴎(2)、堺の町衆と堺流茶道
岡田雅勝(2002).「小熊秀雄と虚無主義」.田中益三・河合 修(編)『小熊秀雄とその時代』(pp. 104-114).せらび書房.(平成15年7月)
岡田雅勝(2004).「カムイユーカラの世界」.ぺたぬぅ, 3, 42-55. (平成16年4月)
岡田雅勝(2004).「カムイユーカラとイカラカラ」.山音文学, 104, 119-127. (平成16年12月)
岡田雅勝(2004).「大堀さんとの出会いと山音文学」.山音文学(特別号), 214-215. (平成16年)
岡田雅勝(2005).「高村光太郎の彫刻と詩」.山音文学, 106, 85-93. (平成17年5月)
岡田雅勝(2005).「井上靖の文学一歴史小説」.山音文学, 106, 120-130. (平成17年12月)
岡田雅勝(2005).「ヘルマン・ヘッセの魔法使の幼年時代について」.山音文学, 107, 127-138. (平成17年4月)
岡田雅勝(2005).「ギリシア悲劇と人間」.ぺたぬぅ, 4, 20-39. (平成17年4月)(2005年4月)
岡田雅勝(2005).「井上靖のシルクロードと西域物語」.山音文学, 108, 26-36. (平成17年9月)
岡田雅勝(2007).「アベラールとエロイーズの物語――中世における愛の書簡」.山音文学, 109, 75-95. (平成19年5月)
岡田雅勝(2005).「小熊秀雄――叙事詩と飛ぶ橇について」.ぺたぬぅ, 5, 20-39. (平成19年12月)
岡田雅勝(2006).「創造的統一性――タゴールの詩について(1)」.山音文学, 110, 74-81. (平成18年5月)
岡田雅勝(2007).「創造的統一性――タゴールの詩について(2)」.山音文学, 111, 76-84. (平成19年12月)
岡田雅勝(2006).「プラグマティズム――アメリカン・ウエイ・オブ・ライフ」.大航海, 60, 153-163.(ケルン書房)
岡田雅勝(2008).「創造的統一性――タゴールの詩について(3)」. 山音文学, 112, 69-76. (平成20年12月)
岡田雅勝(2006).「生と死の思索」.ぺたぬぅ, 6, 38-69. (平成18年11月)
岡田雅勝(2007).「ケルト神話」.ぺたぬぅ, 7, 40-52. (平成19年8月)(2007年5月)
岡田雅勝(2007).「イソップ寓話集と伊曽保物語」.山音文学, 113, 83-91. (平成19年12月)
岡田雅勝(2007).「ケルト神話(2)」.ぺたぬぅ, 8, 17-36. (平成19年11月)2007年12月
岡田雅勝(2008).「小熊秀雄論一長長秋夜の世界」.山音文学, 114, 38-49. (5月)
岡田雅勝(2008).「ケルト神話(3)」.ぺたぬぅ, 9, 48-65. (平成19年8月)2008年5月
岡田雅勝(2008).「ヌマンシアーセルバンテスの戯曲」.山音文学, 115, 102-121.(平成20年12月)
岡田雅勝(2008).「伊藤整一鳴毎仙吉について」.ぺたぬぅ, 10, 89-137. (平成20年12月)2008年12月
岡田雅勝(2009).「方丈記の思想」.ぺたぬぅ, 11, 2-24. (平成21年6月)2009年6月
岡田雅勝(2010).「世阿弥と能について」.ぺたぬう, 12, 2-32. (平成22年2月)(2010年2月)
岡田雅勝(20??).「幽玄について――世阿弥の芸術」.山音文学, 116, 62-73. (平成22年6月)
岡田雅勝(2009).「敗北の詩人の影に-中原中也と長谷川泰子を巡って」.山音文学, 117, 67-97. (平成21年12月)
岡田雅勝(2010).「ベルシーレス――セルバンテスの最期の作品」.山音文学, 118, 125-149. (平成22年2月)
岡田雅勝(2010).「神話の系譜――天地創造の神話(1)」.山音文学, 119, 98-129. (平成22年9月)
岡田雅勝(2010).「芭蕉の紀行文について」.ぺたぬぅ, 13、14-35. (平成22年10月) 2010年9月
岡田雅勝(2011).「神話の系譜(2)――人類の起源について」.山音文学, 120, 109-121.(平成23年3月)
岡田雅勝(2011).「遊び心へ誘い――同人誌への案内」.ぺたぬぅ, 14, 1-2. (平成23年年4月)2011年3月
岡田雅勝(2011).「敗北の詩人――小熊のダダの精神について」.ぺたぬぅ, 14, 67-88. (平成23年3月)2011年3月
岡田雅勝(2010).「神話の系譜(3)――人類の起源について」.山音文学, 121, 109-129.(平成22年12月)
岡田雅勝(2011).「神話の系譜(4)――火の起源について」.山音文学, 122, 101-123.(平成23年6月)
岡田雅勝(2011).「日本神話研究――日本神話の礎(1)」.山音文学, 123, 10-29. (平成23年9月)
岡田雅勝(2011).「ダダイズム――フーコ・バルの時代からの逃走」.ぺたぬぅ, 15, 80-110. (平成23年9月)
岡田雅勝(2012).「日本神話研究――神々の誕生と記紀神話の成立(2)」.山音文学, 124, 106-123. (平成24年2月)
岡田雅勝(2012).「葉隠」.ぺたぬぅ, 16, 111-141. (平成24年8月)2012年4月
岡田雅勝(2014).「日本神話研究――天の岩戸、八俣、そして大國主命の物語(三)」.山音文学, 125, 68-94. (平成26年8月)●
岡田雅勝(2012).「壱岐紀行」.ぺたぬぅ, 17, 89-103.(平成24月9月)2012年9月
岡田雅勝(2013).「グリム童話の成立」.ぺたぬぅ, 18, 77-94. (平成25年3月)2013年3月
岡田雅勝(2015).「日本神話研究一国譲りと天孫降臨を中心として(四)」.山音文学, 126, 84-112. ●
岡田雅勝(2013).「宮沢賢治論」.ぺたぬぅ, 19, 62-95. (平成25年9月)
岡田雅勝(2015).「茶の湯(1)」.山音文学, 127, 78-111. (平成27年11月)●
岡田雅勝(2014).「カムイ・ユーカラーアイヌ・ラッ・クル伝」.ぺたぬぅ, 20, 116-143.(平成26年3月)
岡田雅勝(2014).「セルバンテス論一ドン・キホーテを求めて(1)」.ぺたぬぅ, 21, 88-118. (平成26年9月)■
岡田雅勝(2016).「茶の湯(2)」.山音文学, 128, 108-128 (平成28年7月)●
岡田雅勝(2015).「セルバンテス論――ドン・キホーテを求めて(2)」.ぺたぬぅ, 22, 89-118. (平成27年4月)
岡田雅勝(2015).「セルバンテス論――ドン・キホーテを求めて(3)」.ぺたぬぅ, 23, 117-148. (平成27年9月)■2015年9月
岡田雅勝(2016).「セルバンテス諭――ドン・キホーテを求めて(4)」.ぺたぬぅ, 24, 122. (平成28年9月)★?
岡田雅勝(2016).「セルバンテス論――ドン・キホーテを求めて(5)」.ぺたぬぅ, 25, 89-130. (平成29年3月)■2016年9月
岡田雅勝(2016).「創作円空の生涯――日光を巡り、大峰山の修験道での修験道(3)」.ぺたぬぅ, 28, 36-59. (平成30年6月)★(2018年3月)
岡田雅勝(2017).「創作円空の生涯――歓喜沙門、荒子観音寺、日光滝尾の洞窟(4)」.ぺたぬぅ, 29, 64-84. (平成31年3月)
岡田雅勝(2017).「円空の旅」.山音文学, 129, 83-99. (平成29年5月)●
岡田雅勝(2017).「茶の湯(3)」.山音文学, 129, 106-127. (平成29年5月)●
岡田雅勝(2017).「創作円空の生涯――出生から蝦夷地をさるまで(1)」.ぺたぬぅ26, 92-114. (平成26年30年5月)★?
岡田雅勝(2017).「創作円空の生涯(2)――陸奥の国と出羽の国を巡って」.ぺたぬぅ, 27, 39-56. (平成30年1月)■(2017年9月)
岡田雅勝(2018).「アイヌの叫び」.山音文学, 130, 121-145. (平成30年2月)
岡田雅勝(2018).「『グリム童話(メルヘン)集』の問題」.山音文学, 131, 91-112. (平成30年8月)●
岡田雅勝(2018).「創作円空の生涯――美濃にて、最期の三年間と入定(5)」.ぺたぬぅ, 30, 51-70. (平成30年12月)
岡田雅勝(2019).「道元――出生以前の時代考証」.山音文学, 132, 102-114. (令和元年5月)●
岡田雅勝(2020).「道元――幼年時代、比叡山で出家、宋で禅の修行(1)」.山音文学, 133, 69-95. (平成30年3月)(2020年1月)
岡田雅勝(2020).「道元一宝慶記、末法思想否定」(2).山音文学, 134, 83-103. (令和2年3月) (2020年12月)
岡田雅勝(2020).「千利休(1)――堺の町と千利休の誕生から信長の茶頭まで」.ぺたぬう, 31, 127-163. (令和3年8月)■(2020年3月)##年1回発行に
岡田雅勝(2021).「千利休(2)――利休の妻と子たち、信長の後継者秀吉、北野大茶会」.ぺたぬぅ, 32, 95-138. (令和4年9月)
岡田雅勝(2021).「道元――中国の禅,日本の禅、永平寺の建立、道元入寂、入寂後の永平寺(3)」.山音文学, 135, 63-94. (2021年11月)●
岡田雅勝(2021).「千利休」(3)――秀吉の茶の湯と利休の佳茶、利休の死、三千家の成立」.ぺたぬぅ, 33, 130-164. (令和5年9月)R3
岡田雅勝(2022).「遠野物語」.ぺたぬぅ, 34, 120-159. (令和7年9月)★?
岡田雅勝(2023).「ギルガメシュ叙事詩」.山音文学, 136, 92-132. (令和5年4月)
岡田雅勝(2023).「知里幸恵――その生と死」.ぺたぬぅ, 35, 152-207. (令和5年9月)
岡田雅勝(2024).「柿本人麻呂.ぺたぬぅ, 36, 144-189(令和6年8月)
岡田雅勝(2024).「梅原猛の世界――地獄の思想」.山音文学, 137, 69-127.(令和6年12月)
岡田雅勝(2025).「カント」.ぺたぬぅ, 37, 144-209.(令和7年9月)
2025年10月
「この37号で、私を書くことを止めたいと思っています。今年の九月で九十歳になりました。これまで長い間愛読下さいまして誠に有難うございました。私のつたない書いたものを読んで頂き、本当に有難うございました。」
参考サイト
山音文学(https://sanon.base.shop/categories/1426433)
ぺたぬぅに関する情報(http://aiwaprint.jp/pub/publish_news.html)
岡田雅勝の全作品のリストを掲載しています。本人が作成したリストに手を加えたものです。公刊されていないものなどについては現物で確認できていないものも多く、出版年や号数・掲載頁数が不明なものがあります。誤っているものもあるかもしれません。できる限り修正していきたいと考えています。
上記の「この37号で、私を書くことを止めたいと思っています。・・・」という言葉は、本人からの手紙の中に書かれていたものです。
2025年10月