2024年11月30日
2024年11月30日
ほこりをとってほっこりした
ノートパソコンがうるさかったので、ほこりをとりました。
ほこりをとってほっこりした。
ほこりをとって、ほっこりした。
……
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ほこり、ほっこり。
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w
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wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
この前アラサーの仲間入りをしてしまった以上、こういう文章のひとつも出しておかねばね。
最近は何もしていない。いやこれでは曲解を招く。でもだよ、もしこんな作品を作っていますと私が書いて世にはなったとする、してもし「楽しみにしています」などの反応が来でもしたらどうだ。作品を公開したとき、その反応があったから作品を作り上げられたみたいになるではないか。応援されなければ、ひとりで作り上げることもできないみたいではないか。そんなの非常に由々しき事態だよ。非常と由々しきという、似た意味の言葉をわざわざ重ねるほどの事象。重言だよ。
ほら、こんな旨の言葉をよく目にするではありませんか。
創作者に言葉はいらない。
表現者なら、作品で語れ。
これに対して私は次のように感じるわけです。
創作者として在りたいならば、孤高であらなけあなりません。
創作者として生きるのならば、孤独であらなけあなりません。
誰に頼まれたわけでもない創作表現をするのであれば、作っている最中に誰かの期待なぞあってはならんのだ。自分以外の要素を、作品の表現に入れるわけにはいかんのだ。だから私は、作っているとか作っていないとか、そのためにどうしてるだとか言いたくない。昔、ここまで表現に真剣でなかったときは、進捗を放っていたこともあったよ。けれどね、今のぼくにはもう、できませんよ。
最近、小説では志賀さんの『和解』、川端さんの『雪国』、ゲームでは『サクラノ詩』、『サクラノ刻』に触れた。一番心に残ったのは『サクラノ刻』。久しぶりにノベルゲームに触れて、音楽を自分で作りたいと思ったときの衝動を思い出した。
ああ、そうだ。ぼくは、こういうのが作りたかったんだ。
ホームページに文章を残す意味を考え出すと、この文章さえ公開できなくなってしまうのでここらで早々に切ります。
それではまたどこかで。
おまけ
夕景の写真