手紙
手紙
そろそろバレンタインデーの時期だ。今年は去年よりも忙しくなる。急いで事務処理を終わらせてしまおうと、ペンを走らせる速度を上げた。
横に線を引いた勢いのまま縦に繋げる。特徴的な音だと指摘されるまで、自分では気にも留めていなかった。リズミカルに体が動くのは持つのが剣もペンも同じことのようだ。
◇
団長からチョコレートを貰った。お礼のお菓子はホワイトデーに用意するとして、その前に手紙を送ろうと書き始める。
伸び伸びと勢いよく流れるように線を繋げて文字を書いていく。報告書やお偉い様へ書く手紙とは違って、個人的な手紙は楽しく書きたい。小さく顔や星も描いておいた。ほんの少しだけ色も塗っておく。
エッセルとカトルも以前は返事を書いてくれたのに、最近では必要ない忙しいといって手紙をくれなくなった。持ち歩けずに星屑の街に貰った手紙を置いているのも心象がよくないのかもしれない。団長たちも忙しく返事は滅多にこない。
手紙を持ち歩けなくても、何のしがらみもない相手と文通をしたら楽しいかもしれない。そうやって出来もしないことを空想した。もしもそんなことが出来るなら、便箋と封筒とインクも素敵なものを用意して思う存分に拘りたい。いつも使っている一番質の良い高級なものではなく、好きな色や模様を選んでもいい。実際にはあり得ないことだというのに必要な買い物のついでに準備だけはしてみた。
細かい金の粉が混ざった濃い藍色のインクはまるで夜空を溶かしたような幻想的な代物だ。煌めく剣拓の色をした封蝋用のシーリングワックスは二本買った上に、剣のデザインのスタンプまで特注で作ってしまった。
すぐにでも使いたいが使う宛はない。団長への手紙も既に書き終えている。書き直すか迷ったが、他の団員と気合の入れ方が違い過ぎると、そんなに団長からのチョコが嬉しかったのかとおかしな目で見られてしまう。
どれも消耗品で腐るものでもないから無駄にはならない。そう自分に言い聞かせて、今はまだ使う予定のない品々を机の抽斗に仕舞い込んで団長の元に向かった。
団に面倒な依頼が立て続けに入ってきたらしく、団長が珍しく頭を抱えている。手紙を渡すと返事は書けないよと言われてしまった。お礼の手紙なのだから当然のことだ。首を傾げていると謝られてしまった。こんなにも追い詰められているのか。せめて書類の向きだけでも揃えてあげようと紙類を整えながら様子を伺う。
「団長ちゃん、お兄さんに手伝えることはある? チョコのお礼に今だけ手伝ってあげちゃうよー?」
「うーん、気持ちは嬉しいけど、十天衆の頭目に書類仕事はさせられないよ」
団長はそう言って苦笑した後に何か思い出したかのようにハッと息を飲んだ。机の抽斗から一通の封筒を取り出し、何も言わずに両手で差し出してきた。
十天衆頭目に渡す程の依頼があったのかと背筋を伸ばしながらこちらも両手で受け取る。シンプルだけど値段が張りそうな上質な色と手触りの封筒には名前が書いていない。切手や消印もないことから、直接手渡しされたのだろう。おそらくまだ未開封の状態だ。
「シエテには、ラブレターの返事の代筆をお願いしたい」
「ラ、ラブレター!?」
団の仕事ではなく、個人的な案件を頼みたいという。お断りの返事を書いて欲しいそうだ。
途端に封筒の重みが増した。団長がラブレターを貰うなんて一大事だ。団内に衝撃が走るだろう。この手紙の存在が明るみになれば、ただでさえ忙しい団長の元に団員からの手紙が大量に届いてしまう。
「ラブレターっていうのは言い過ぎたかも。そう言って渡されただけで、内容はまだ確認してないから違う可能性もあるかな」
「俺が先に読んでいいの? それにお返事って、団長ちゃんの字じゃないと後々面倒なことにならない?」
どうやら、望みは一欠片もないと思わせたいらしく、匿名で団長の代筆者としての立場で断って欲しいと言われた。誰かに手紙を書きたい気持ちを持て余していたことだし、忙しい団長の為になるならばいいかと引き受けてもいいかと迷ってしまう。読んでから決めてもいいだろうか。
他人の恋文を覗き見るという好奇心が無いとも言えない。後ろめたい気持ちもあるが、みんなの団長にラブレターを送ってきた不届き者がどんなことを書いてきたか確かめてもおきたい。不埒な考えを持っているならお灸を据えてやろう。
預かった手紙をその場で開くと、ラブレターというよりも日記のような内容が殆どを占めていて、最後に団長が一緒ならもっと楽しかったのにと締めくくられていた。直接的に好きだとか愛しているだとかの言葉はない。ただ最後に目に入った署名を見て、どうして団長がこんなことを頼んできたか分かった。特に関わりはないが団長の話を聞く限り、とても面倒で厄介な相手だ。
十賢者のロベリア。団長のことを自分と同じ趣味嗜好をしていると思い込んでいる男だ。過去はさておき、団長のことを恩人と崇めている現状は無害ではある。能力が非常に優れているのが扱いにくさを助長していて、喋ったこともあるが捉えどころがなく信頼は出来ない、が──
「ふふっ」
笑いが堪えられなかった。手紙に書いてある内容は随分と可愛いらしい。他の団員から親切にされて戸惑っていたり、好きな食べ物の話だったり、団長への感謝を何度も書いている。
これはラブレターではなく、単に団長から手紙が欲しかっただけなのではないか。俺だって団長から手紙を貰えたら嬉しい。
「ラブレターじゃないみたいだよ。手があいた時にお返事を書いてあげれば?」
手紙を返して読んでもらうと、団長は無表情で流し読みした後に返してきた。
「無理。絶対に面倒なことになるよ。お願いシエテ」
顔を覆ってすんすんと鼻を鳴らし始めた。嘘泣きにもなってないが、よほど返事を書きたくないようだ。受けるにしても詳しい経緯だけは聞いておくことにした。
このラブレターを無理やり渡されてから、返事を数時間置きに要求されてどんどん期待値が上がっているらしい。
お願いだからもう送ってこないように徹底的に断って欲しいと、何故か増えている書類に囲まれながらも再度頼まれてしまった。十天衆頭目が、天星剣王が、一度受けた依頼を破棄するのかとまで言われてしまったらやるしかない。十天衆と剣の腕前と、手紙の代筆を断ることに何の因果関係もないと思うが、必死過ぎて可哀想になってきてしまった。もうここは腹を括って返事を書くしかない。
「わかったよ、団長ちゃん。シエテお兄さんに任せてよね!」
そう答えると、見たことのないくらいの笑顔を見せてくれたが、なる早でお願いねと言って部屋を追い出されてしまった。
匿名で回答していいとはいえ、後で正体が判明して恨まれでもしたら面倒な相手だ。念には念を入れて、目上の人物と会話する時のように丁寧な言葉で、一人称は私で書き出すことにした。
折角だから拘ったレターセットを使いたいところだが、簡素な便箋と封筒にしてインクも普段使っている特徴のない濃いブルーブラックのインクを選んだ。
『団長は忙しいため、私に代わりに書くように依頼してきました。団長は貴方との文通に付き合うつもりはありません。早々に諦めてください』
文章の始めに、そうはっきりとお断りの言葉を書いた。線を繋げずに見本のような特徴のない文字を書くのは慣れない。ほんの少しだけ手が震えたがすぐに慣れ、諦めてくださいと書き終える頃には筆に勢いが乗ってきた。もう少しだけペンを走らせたくなってしまう。ついついロベリアからの手紙に書いてあったパティスリーの近くにある美味しいケーキを出してくれるカフェの情報と、近いうちに取り壊し予定の建物の話も添えてしまった。書いてあったことに対する返事を書くのは、手紙としては間違っていない。完璧な手紙に満足気に頷くと封筒に入れた。
余計なことを書いてしまったと反省することになるとは、この時は全く考えもしていなかった。
「えっ、返事がきたの? 団長ちゃん宛じゃなくて、代筆した俺宛に?」
団長からの手紙でないことには不満そうだったが、手紙が返ってきたこと自体には嬉しそうにしていたみたいだ。やっぱり、単に誰かから手紙が欲しかっただけだろう。
手紙を渡した翌日には返事を書いてくれた相手に渡して欲しいと、新たな手紙を持ってきたらしい。それから次の返事はいつ頃になるかと何度も聞かれたという。団長の悩みは全く解決していない。
「ロベリアが飽きるまで引き続き頼んだよ、シエテ」
「えぇっ!?」
「これじゃあ依頼は失敗だよ。ちゃんと断ってくれたんだよね?」
断りはした。追加の返事で喜ばせてしまったのか。いくら身内の問題だとしても立場のある人間としては依頼失敗のまま逃げるわけにもいかない。
「次はもっと厳しくお断りするから、安心して任せてよ」
机の上の書類の量は確実に減ってはいたがまだまだ終わりそうにない。団長の目の下にはくっきりと隈が出来ていた。負担を減らす為にも次こそは完璧に断ってみせよう。
慎重に手紙を懐に隠し、部屋まで持ち帰ると封を開けた。
返事をくれたことへの感謝の言葉と、カフェと解体現場には絶対に行くと書かれている。思ったとおり喜ばせてしまっていた。これは俺のミスだ。責任を取ってもう一度お断りの文面を書くしかない。
読み進めていくと『団長は忙しい上に手紙を書くのを照れくさく感じていているのか、返事をキミに書かせるなんて子供じみたことをして困ったものだ。そこがまた可愛らしいと思わないかい?』と、いったい何目線で言っているのかわからない言葉で締められていた。
『特別仲の良い大好きな団長に頼まれて、仕方なく書いているだけだからもう返事を書いてこないで欲しい』という拒絶の言葉から書き始める。ここまで強く書けば流石に迷惑だとわかってくれるだろう。
団長の負担の一部を取り除くだけで、俺にとっては意味のない不毛なやり取りだ。だけど、団長が可愛いことには同意しておいた。
書いてこないで欲しいと願った返事は、またすぐに返ってきた。
『キミは団長と違って忙しくないのだろうから、少しくらいは構わないだろう。現にこうして律儀に返事をくれる。優しい友人とのやり取りは、数少ない楽しみなんだ』なんて、そんなしおらしい返事が返ってくるとは予想外だった。はっきりと返事を書いてこないでと書けば、それ以上返ってこないものだと思っていた。
数少ない楽しみ、と書かれるとなんだか放っておけなくなる。それも見越してそうで悔しい。
ロベリアが飽きるか、本当に忙しくなって手紙を出せなくなるまでは構ってあげてもいいのかもしれない。他に書く手紙のついでのようなものだ。どうせなら便箋と封筒も好きに選んで、即席の文通相手にしてしまえば両者が楽しめてウィンウィンじゃないか。
何度か手紙のやり取りをしているうちに、団長がまたかという顔をしだした。毎日交換していればそうなるだろう。
ロベリアは手紙に飽きるどころか、どうして彼女は名前を書いてくれないのだろうと団長に聞いたそうだ。団長も団長で、ロベリアと仲良くしているなんて誰にも知られたくないんだよと答えたらしい。その上でとても照れ屋さんだと解釈したようだ。そのポジティブさは見習いたいが、そこまで言われたら普通に諦めて欲しい。
──彼女?
ふと、今書いている手紙を見る。
綺麗な色をした便箋に書かれた丁寧な言葉。美味しいものが好きで、流行りものや可愛いものも好きな私……そう、私だ。最初に目上の人を相手にと考えて一人称も変えてそのままの設定で続けている。
思わず頭を抱えた。そんなつもりはなかったのに、勘違いさせてしまったらしい。団長からそれとなく男だと伝えておいて欲しかったが、手紙のやりとりには一切関わりたくないと断られてしまった。
女だろうが男だろうが手紙を交わすだけなら実害はないとはいえ、騙しているようで後ろめたさがある。
もう書くのをやめようと思ったが、偶然見てしまった。甲板で嬉しそうに手紙を読んでにやけている姿を。ここで止めてしまったら悲しませるだけでなく、執着してしまうかもしれない。
早く飽きて欲しいと願いながら手紙を書き続けた。
ロベリアの手紙はいつもいい匂いがする。確か、本人は血生臭い男だったはずだが手紙は違う。甘さを含んでいるが男らしく重たい香りだ。
廊下や食堂ですれ違う時、当然のことながら目は合わない。ロベリアはオレに興味がないからだ。元々共通の話題も少なく、特に仲良くなるきっかけもない。手紙のやり取りから一方的に親近感を感じている。
風に乗って手紙に似た香りが一瞬だけした。似てはいるが少し違う香りに、なんだか胸の辺りがやけに擽ったくなる。
手紙に書きたいことがたくさんあるのに、書けないことばかりだ。剣の話を詳しくしたらバレそうだし、十天衆のメンバーについても関係を疑われそうで書けない。
ロベリアの書いた文章をよく読んで返事を返す。そのせいかロベリアのことを多く知っていく。思慮深く言い回しが妙で、食べるのが好きで、やけに格好付けている。そして、手紙の相手と街歩きをしたり、食事をしたり、たくさんお喋りをしたいと願っている。
叶うわけがないのに、そんな些細な幸せを願っている。
手紙を渡そうと団長の元に行くと、部屋のドアが少し開いていて中からロベリアの声が聞こえてきた。
「彼女がペンを走らせる音を想像するだけで興奮してくるのに、実際にその音を聞けたらと思うと……トレビアン! 楽しみだなぁ。いつになったら会わせてくれるんだ。ホワイトデーまでには頼むよ。デートしたい場所があるんだ」
「ひょっとして、妬いておるのかい? 団長」
「別に彼女とはそういう関係じゃないさ。でもとても彼女はオレに特別に優しくしてくれるからね」
未だに手紙のやり取りをしている相手が女だと勘違いしている。しかも以前よりも期待が膨らんでいそうだ。罪悪感が重くのしかかってくる。
ノックをしてドアを開くと、ロベリアは口を噤んだ。また明日来るからと団長に言って、俺と入れ違いに出て行くのを見届けてドアを閉めた。去るまで一度もこちらを見なかった。
ロベリアはシエテのことを好いていない。無関心だ。それは紛れもない事実であり、団長のことが好きで、手紙のやり取りのある女性のことが日に日に気になっている。気になってなかなか眠りにつけなくなるほどに。全部手紙に書いてくるから、詳しく知っている。
団長としては、ロベリアが架空の相手に夢中になるのなら都合がいいという。止め時が分からない。ロベリアの健康面が疎かになるくらいなら返事を書くのを止めようと思うのに、なかなか実行に移せないでいる。
剣が好きなのかと書かれていてヒヤッとした。ついつい調子にのって特注の封蝋を使ってしまったせいだ。そこまで細かく見ないだろうと調子に乗っていた。手紙の送り主を知りたいのだから、何か情報がないか隅々まで見ているのは当然のことだろう。
剣のスタンプを使ったのは、天星剣王に憧れていると書いて誤魔化した。彼は格好良くて強くて優しくてとても頼り甲斐がある。魔物の襲撃から助けて貰ったことがあって命の恩人だと、ここまで書いておけばまさか本人だとは思うまい。我ながらいいカモフラージュだ。
バレないように細心の注意を払って団長に手紙を渡しに行く。団長も渡すタイミングをある程度コントロールしてロベリアには分かりにくくしてくれているから助かる。
溜まっていた書類も全て無くなって、何も知らないロベリアの反応を楽しめるようになってきたそうだ。今後も注意して渡して欲しいとお願いして部屋を後にした。
廊下を歩いていると、菓子の包み紙を抱えるロベリアが見えた。そういえばホワイトデーの直前に新作の硬いビスケットが出るから楽しみだと手紙に書いていた。どこか嬉しそうな表情をしているのがこっちまで伝わってくる。
「やぁやぁ、それって新作?」
しまった。声をかけてしまってから失態に気が付いた。
「……あぁ」
俺とロベリアは全く親しくないというのに随分と気軽な声の掛け方をしてしまった。そう意識し直すと、今立ち止まった位置も距離が近かったかもしれない。ロベリアも困惑していているのか話が続かない。それどころか不機嫌そうにこちらを睨みつけている。最初から立ち止まらなければよかった。
鼻先に香る匂いが、菓子のバター香りと共に爽やかなシトラスの香りが混ざっていて首を傾げる。付けている香水がいつもと違っている。
「あー、そ、そうだ、香水変えた?」
「何の話だ?」
怪訝な顔をしてこちらの様子を伺っている。親しくもない相手に、いきなり香りが違うと指摘するなんて不審者めいている。続けて墓穴を掘ってしまった。
どうやって誤魔化そうか、混乱して頭がよく回らない。もう立ち去ってしまおうと一歩下がったところにロベリアの顔が近付いてきて、シトラスの香りが強くなる。手紙からするいつもの香水と違う爽やかな香りだ。
距離が近付いたことで、ほんの少しだけ目の下に隈が出来ていることにも気づいてしまった。
「え、えーっと、あっ! ひょっとして、最近眠れてないんじゃない?」
「……どうしてそう思ったんだい」
「えっ? あー、なんとなくだよ。元気なさそうじゃな~い。悩みがあるならこの頼れる天星剣王が聞いてあげようじゃないか」
背筋を伸ばして胸の上に手を置く。開き直って堂々と構え、答えればいい。最終手段として手紙を書くのをやめればいいだけの話だ。この場をやり過ごせばなんとかなる。
「へぇ」
ロベリアはこちらの胸元に視線を向けるとすぐに斜め上の方を眺めて、気のない返事をした。やはり俺には興味がないのだろう。このまま特に悩みはないと言うだろうから、そう言われたらすぐに退散しよう。我ながら完璧な作戦だ。
「探している人物がいたんだ」
意外なことに悩みを打ち明けられてしまった。あまり面識のない相手にでも縋りたくなるほど会いたいのか。そんな人物はいくら探してもいないと、解放してあげられないだろうか。
「一緒に探してあげようか」
流石に二人がかりで探して存在が見つからなかったら諦めてくれるだろう。団長にも協力してもらって、深い事情があって一時的に身を寄せていただけで、もうこの団から去ったことにしたらいい。
「くはっ、もういいんだ。それよりもその人物ともっと親密な関係になりたい。どうしたらいい?」
「うーん、モテる方法が知りたいってこと? それならこのシエテお兄さんに任せてよ」
少しでも気が紛れて、夜眠れるようになって欲しい。新しい出会いがあれば文通相手のことなんてすぐに忘れる。少しだけ寂しいけれどお互いの為だ。
「キミの部屋でゆっくり話を聞かせてくれないか」
「ちょっと、今は……部屋の中が散らかっていて……ダメかなぁ~、あはは~」
サイドテーブルにレターセットを置いたままだ。見られたら絶対にまずい。この場を耐えきれたら、今まで使っていたものは全て処分しよう。一般的な事務用の便箋と封筒に戻して今まで以上に気をつければいい。
「それなら、オレの部屋にしよう。大事なコレクションをシエテにだけお披露させてくれ」
「へぇ、なんだろう」
ロベリアのコレクションと言ったらクラポティだろう。出来ることならロベリアの幸福の音ではなく、演奏会や綺麗な音にして貰いたい。
おかしな関わりを解消出来たら、普通の仲の良い団員同士として、友達のような関係を築けたら嬉しい。手紙のやり取りが出来たのだからすぐに仲良く出来るはずだ。軽い足取りでロベリアの部屋に入った。
椅子に座るように言われて腰を掛けると、すぐに内鍵を掛けられる。そんな慎重になって見せるような、とっておきのコレクションなのかと首を傾げて待つ。パチンッと指の鳴る音と共にテーブルの上に手紙の束が出された。身に覚えのあるものばかりだ。
動揺を表に出さないように手のひらを握って耐える。手紙を大事にしているのは知っていたから、きっと他の人間にも見せたいだけだ。これを乗り切ればきっと大丈夫。感情を隠すのは得意じゃないか。これよりもずっと危険な修羅場を乗り越えてきた。
「オレの為だけに、シエテが書いてくれた手紙だ。ほんの少しずつヒントが隠されていたのさ。オレに見つけて欲しかったんだろう?」
「えっ」
ヒントなんて隠してない。ずっとこちらの正体が分からないようにしていた。何を書いたか思い出そうとしても、ロベリアの手紙の文章ばかりが浮かんでくる。繰り返し、繰り返し読んでいた。
口元に手を当てて、指先に付いた香りに気が付いた。何度も嗅いでいるうちに慣れてしまったロベリアのトワレの香りが、薄っすらとしている。
「メルシー、ジュテーム、シエテ。やっと会えた」
後ろから抱き締められて右手を掴まれる。指先と爪の間に香りだけでなく、薄っすらとインクが付いていた。優しく撫でられる。音以外の情報にも目ざとく気が利くは知らなかった。
「キミはオレを焦らすのが上手いな。恋敵かと思っていた人物がまさか本人だとは」
こめかみに唇が落とされ、それが嫌ではなくて、もう逃げられないと悟った。
◇
サリサリとペンを走らせる音を聞いて楽しそうにしている同室の男は、次のバレンタインデーにチョコレートが貰えると心待ちにしている。チョコレイ島で新鮮なカカオを取ってきて、職人に最高のチョコレートを作ってもらう手配をしてある。包み紙と箱は自分でデザインした特注のものを用意した。
一つリクエストがあって、渡す時には久しぶりに手紙を添えることになった。こうして見られながら文字を書くのも最初のうちは恥ずかしかったけどもう慣れたものだ。書き終えた手紙の最後に名前を書くと、封筒に入れて封蝋を垂らす。剣の印を押し終えるとすぐに伸びてきた手を叩き落とした。
この手紙はバレンタインデーに渡すものだ。まだ渡さない。ゆっくりとテーブルの上を片付けてから挑発するように封筒に唇を落とすと、可愛い恋人は良い子で我慢するのを完全に諦めてしまった。強い力で抱き締められると嗅ぎ慣れた甘く重たい香りに包まれる。
ホワイトデーには手紙を──、強請らなくとも送ってくる。お喋りなこの男が何を書いてくるか今から楽しみだ。