ハートフルなクリスマス
ハートフルなクリスマス
一枚の空図を差し出された。座ったまま片手で受け取ると、テーブルの上に広げる。書かれている空域と周辺の島の名前は知っているものだ。しかし、ぐるぐると二重に赤く丸をつけられた島の名前は記憶している島の名とは異なっている。
「クリスマスの島? 聞いたことないなぁ。確かこの島は別の名前だったよね」
空図を持ってきたロベリアに詳細を尋ねる。椅子に座るように視線で促したが、部屋の壁に背を付けたままにやにやと口元を緩めている。こちらの反応を観察されているようで癇に障る。
その印の付けられた島には小さな集落しかなく、当然のことながらサンタクロースも住んではいない。クリスマスとは特に関係のない島のはずだ。
「サンタさんのお手伝いをしていて知ったんだ。その島は今の時期だけクリスマスの装飾で飾られていて毎年規模が大きくなってきて人口も増えて、今年は島全体がポンッ、バーン、キラキラ……とにかく、楽しそうだろう?」
大袈裟な身振り手振りで島の魅力を語ってくる。目をキラキラさせてまるで子供みたいだ。
暫く行っていない間に観光地化したのか。確かに、工芸品の質には目を見張るものがあったし、艇着場に適した広い土地もあった。食べ物も美味しかった覚えがある。それに時期によっては雪が降り積もる日もあるとなれば、装飾をしてクリスマスの島と宣伝するのは非常によく考えられたものだ。凄腕の商人が関わっているのだろう。ウーノが知れば興味を示しそうだ。
どうやらロベリアはそのクリスマスの島に行きたいようで、わざわざ俺に言いにきたということは、団長が心置きなく楽しめるように依頼を捌くか艇で留守番をして貰いたいのだろう。
どうせなら俺も団長たちと一緒に行きたいが、ロベリアが見つけてきた場所だ。ここは年長者として譲るべきだろう。団長たちの感想を聞いてから十天衆の皆を誘ってもいい。
「団と艇のことは任せて、団長ちゃんたちと楽しんできなよ」
俺の回答はロベリアが望んでいたものとは違ったようで、にこにことしていた表情がスッと消えた。
「……団長を誘ったんだが、警戒されて島の存在すら信じてくれなかった」
「いやいや、何をしたらそうなるんだよ」
「面白い場所に連れて行くと言って、ちょっと魔物の巣に連れて行ってあげただけさ」
いくらロベリアが相手でも島の存在から疑われるなんてことはないだろうと思ったが、警戒されても仕方ない理由があった。なんだかんだいってもロベリアは団長に対しては真摯な男だと聞いていたが、とんでもないことをしでかしている。
「きちんと反省して、全力で謝ってこい」
「ノン、オレは何も悪いことはしてない。団長は強くなって近隣の村人も喜んでオレもコレクションが増えてみんな幸せさ。ちゃんと信頼はされてるんだぜ」
団長に強くなってもらって村人も救えるならそこまで悪くない気もしてくるが、騙し討ちは駄目だ。俺もそれでエッセルとカトルに厳重注意された。ロベリアとは根元にほんの少し似通っている部分があってどうも好きになれない。それでも同じ団員としてこうして突然部屋を訪ねられても相談にのっている。
「なぁ、シエテ、溶かしたチーズをかけた蒸し野菜が名物らしいぜ。それにソーセージも添えられる。スパイスの効いたグリューワインや肉団子がごろごろ入ったスープも絶品だってサンタさんが言ってたんだ」
「ふぅ~ん」
想像するとお腹が空いてきた。寒空の下で飲む温めたワインは格別だ。
「パンやケーキもいろんな種類があって、お菓子もたくさん売ってる」
「そ、そうなんだ。それはいいね」
クリスマスのお菓子はきっと色鮮やかで甘く特別なものだろう。たくさんあるなら食べ比べをしたいし、買って帰ったら皆が大喜びしそうだ。
「島全体がお祭りみたいだって聞いたぜ。行きたいだろう?」
祭りと聞いたらもう静観してられない。
「お祭りなら見逃せないな。お祭り男としては偵察しないとね」
同じ騎空団の団員が困っているのを助けるだけで、問題を起こさないようにロベリアを監視をする意味もあって、決して遊びに行くわけではない。
「オレと一緒に行こう。キミが行くと言えば団長も興味を持つはずさ」
それが狙いだったのか。オレが着いていれば問題は起こさせない。クリスマスの島には行ってみたいから同行者がいるに越したことはない。食べ歩きするにも二人いた方が分け合えて種類を多く食べられる。断る理由もない。
「荷物持ちをしてくれるなら考えてもい……」
「決まりだな!」
早速、団長の元へ外出の連絡をしに行こうとするとロベリアも着いてきた。二人で行く予定だから気に留めずに、他にも島について何か知っているか聞きながら向かった。
団長たちに外出を告げると団長もビィもルリアも驚いた顔をしている。組み合わせも行き先も意外だったのだろう。
「シエテが行くってことは本当に存在する島なんだね」
「なんだよ、ロベリアの作り話じゃなかったのかよ」
「本当にあるなら私たちも行ってみたいですね!」
どれだけロベリアを信用していないのだろうか。ロベリアに視線を向けると目が合い微笑まれたが笑い事ではない。
団長が連れ去られてロベリアが満足するまで魔物退治をさせられたのは事実で、対策として信用出来る人間と一緒にいる時以外ではロベリアには着いて行かないことに決めたらしい。グランサイファーごと行くなら屈強な団員たちが同行して酷い状況は避けられる。それに、ロベリアの言うとおりの島があるならみんな大喜びするはずだ。
クリスマスの島が楽しい場所だったら来年は星屑の街の子供達を連れて行ってもいい。その分、これまで以上に働かないといけなくなるが、エッセルもカトルも喜んでくれるだろう。休みなく依頼をこなすことには慣れている。
「先に二人で行ってるから、団長ちゃんたちもおいでよ。もしも実在しなかったらすぐに連絡するから安心して。シエテお兄さんが懲らしめておくから」
二人用の小型騎空艇の運転は慣れている。ロベリアを乗せるのには不安があるが流石に大人しくしてくれるだろう。
「今受けてる依頼が終わったら向かってもらうよ。クリスマスの島でシエテに何を買って貰おうかな」
「えぇっ!? ……お、お手柔らかにね?」
笑い合う三人を見ているとこっちまで楽しくなってくる。張り切って偵察をしてこよう。
こうしている間、ロベリアは少し後ろで静かに笑みを浮かべているだけだった。団長にウインクをして嫌そうな顔をされたくらいだ。どうしてここまで着いてきたのか、何を考えているのか本当によくわからない男だ。
要件がすんだので団長たちのいる部屋を退出し、廊下を歩いていると前方からやってくるソーンの姿を見つけた。手を振って小走りで駆け寄る。
「ねぇねぇソーン、俺たち先行してクリスマスの島に行くんだけど一緒に行かない?」
せっかくだから人数は多い方がいい。そう思って声をかけたがすぐにロベリアが割り込んできた。
「二人乗りの艇で行くんだろう」
何を心配しているのか。ロベリアのことを置いて行ったりしない。人数が増えるなら艇だけではなく操舵士も雇えばいい話だ。
「心配しなくても、もっと大きい艇を借りてくるから。ね、ソーンも行きたいよね?」
「ノンノン、二人で行く約束だ」
「そんな約束はしてないよ」
ソーンは俺とロベリア両方に視線を向けてから困ったような顔をした。
「シエテ、私は遠慮するわ。これから友達と約束があるの」
「そ、そっかぁ。残念だけどそれじゃあ仕方がないね。グランサイファーもクリスマスの島には向かうからさ、先行して集めた情報は後で共有するよ」
「ふふっ、シエテってたら本当に楽しみなのね」
ソーンも友達が増えて、友達と遊びに行くことが多くなった。とても良いことなのにソーンに断られると少しだけ寂しさを感じてしまう。
「マドモアゼル、感謝するよ。シエテのことはオレに任せてくれ」
「……シエテに何かしたら、十天衆全員が敵に回ることを忘れないで」
戦場でも狩りでもないのにソーンの目が鋭く光る。珍しい姿を少し不思議に思いながら手を振りその場を後にした。
小型の騎空艇に乗ってすぐにロベリアに声をかける。どうしても気になってしまって島に着く前に確認しておきたい。
「お前、ソーンに何かした? ソーンがあんなこと言うなんて滅多にないよ」
「彼女には何もしてないさ」
含みのある言い方だ。まるで他の誰かには何かをしたかのうように言う。
「本当にぃ? ソーンだけじゃなくて、ソーンのお友達にも変なことしちゃダメだよ」
「くはっ、変なことというのは具体的に何を指すんだ?」
「そ、それは……真面目にお付き合いする気もないのに思わせぶりな態度を取ったり、とか」
若い男性騎空士がそういった問題ごとを起こしやすいとは聞いたことがある。幸いなことに十天衆でもこの団でもそんなことは起きていないが、世間一般では惚れた腫れたで揉めて騎空団が解散することもあるらしい。にわかには信じがたいが念の為に牽制してもいいだろう。特にロベリアは性格はさておき顔はいいのだから。
「そんなことは絶対にしない。安心してくれよ」
「どうだかね」
そう言いながらヘラヘラ笑っている姿には余裕がある。信じるにもロベリアのことをあまり詳しくは知らない。ソーンの態度は気になるが、今から二人で行動するのだから変に衝突したくない。
「オレは本当に気のある相手にしかアプローチしない。そんな時間があるならタワーと幸福な時間を過ごすさ」
確かにそれはそうだ。俺も女の子とお喋りするより剣拓コレクションを眺めたり、剣を振ったりする方が好きだ。
案外、気が合うところもありそうで安心する。
「男同士、気楽に巡ろうか」
「ウィ! 二人きりでゆっくりしようぜ」
男友達と遊びに行くなんて今まで経験したことがない。クリスマスの島の話を聞けば聞くほど期待に胸が躍る。
「ロベリア、こっちこっちー。ほら、見てみなよ。珍しい形だねぇ」
「待ってくれシエテ。さっきから動きが早い」
後ろから付いてくるロベリアの息があがり、薄く開いた口から白い息が出ている。
艇着場に着く前から降り積もった雪と、そこら中に飾り付けられた派手な装飾類が見えた。艇から降りた後もこんな場所でしか着れないような凝った模様のセーターを着た人たちが大勢いて、非日常的な光景にテンションが上がってしまった。すぐに柄が入ったセーターを買ってロベリアにも着せた。それから真っ先に宿泊先を決めて荷物を置き、島中を素早く歩き回っている。ゆっくり歩いていたら全て回りきれない。
「えー、そうかなぁ。ロベリアが来たいって言ったんだからもっと楽しみなよー」
「キミがはしゃぎ過ぎなんだ」
そうは言っても好きに回っていいと行き先を任せてくれて、すぐ後ろを付いてきている。
今日は全体を見て回って目星をつけ、明日以降じっくりと見定めていきたい。団長たちを案内しないといけないのだから把握して簡易的なマップやガイドブックを作ってもいい。
「あっ、ほらほら見て!」
オーナメントの店の前で足を止め、ロベリアの腕を掴んで引き寄せる。指差す先は店のショーケースではなく店内の壁だ。
「そんなに大きな声を出さなくてもキミの視線の先は常に見ているさ」
この店には他にはない俺の好きなモチーフがあったのを見逃さなかった。店内に入ると、金属の他にもガラスのキラキラとした剣の形をしたオーナメントが並んでいる。クリスマスツリーを木の伐採から作ったことがあるが、更に拘ったものが作れそうだ。
「この剣、格好良いね。剣をたくさん飾ったツリーなんて素敵じゃない? 刀もないかな? そうだ、グランサイファーの食堂に飾らせて貰おうか」
「こっちの星やオーブのオーナメントにしておいたらどうだ」
ロベリアがすぐ隣に立つ。この島に来てから立ち止まると距離が近い。セーターだけでは少し肌寒いからだろうか。ぴったりとくっつくと温かいから避けずにそのままにしている。
「でも、剣の方が格好い……」
「ノン、それを喜ぶのはキミくらいだ」
「えぇ~」
団内には剣士以外も多いから残念だけど剣のツリーは諦めるしかないか。剣以外のオーナメントにも目を向ける。どこかで見た覚えのある形を見つけた。
「あ、ほら、タワーの肩の部分に似てるよ」
「くはっ、本当だ。いいな。すぐに壊してしまいそうだが買って帰ろう」
ロベリアとの会話はトントン拍子に進む。いくら好きに歩き回っても逸れず文句一つ言わずに付いてきてくれる。買い物をしても全て預かってくれて全力で観光出来ている。ほんの少しだけあった苦手意識も完全に無くなった。
それにこの島に来てからずっと周囲の目が温かい。ここにいる人たちは皆にこにこしていて親切にしてくれる。こんなに好意的な視線で見られることはそうそうない。おかげで余計に楽しい気持ちになってしまう。
オーナメントの他にもマフラーや手袋を買ったり、お菓子を買ったり、立派な飾り付けされたツリーを眺めたりと忙しなく歩き回った。
歩いているうちに気になったことを聞いてみる。
「人の腰に手を回すのって癖? 俺相手だからいいけど、女の子相手ならちゃんと許可を取ってからにしなよ」
「しないさ。キミだけだ」
調子のいい返事ばかり言ってくることには変わりなかった。
「はいはい」
こちらも適当に流すと、風に乗って肉とタレの焼ける香ばしい匂いがしてきた。風上に視線を向けるとテントの下に木で出来た簡易的なテーブルと椅子が並んでいるが見えた。周囲に食事の屋台が並んでいる。香りはここからきていたらしい。席に空きが多くあってゆっくりと食事が取れそうだ。歩き回って腹も減っている。ロベリアも同じことを思ったのか自然と目が合った。
「俺が食べ物を買ってくるから、ロベリアは飲み物を買ってきてくれる? 甘くないお茶とスープがいいな」
「ウィ、仰せのままに」
二手に分かれてすぐにサプライズをするのに絶好のチャンスだと気がついた。屋台に向かって行き、後ろを振り向いてロベリアがいないことを確認するとそのまま素早く道を外れる。アクセサリーが並ぶ露店でマフラーに留められるピンを選び、会計を済ませてポケットに突っ込んだ。
急に寒くなってきてマフラーの中に顔を埋める。吹く風が冷たい。
何事もなかったように手早く名物と聞いた蒸し野菜とソーセージ、でかい塊肉、焼き立てのパンなど目に止まったものを手当たり次第に買って両手いっぱいにしてテントに戻った。辺りを見渡してもロベリアは戻ってきていない。
空いている場所に座るとすぐに背後から声が聞こえた。
「くはっ、美味しそうだ」
「シエテお兄さんの特撰メニューだよ~」
ロベリアはテーブルの上に持ってきた飲み物を置くと、向かい合わせではなく隣に座ってきた。
「え、こっちに座るの?」
「キミの顔を見るよりも、体を温める方が重要だろう」
背中に手を当てられると感じていた寒さが和らいだ。男の顔を見て食事をしても楽しくはないのだろう。それよりも冷えてきたから助かった。
「音の魔術って便利だよねぇ」
「ウィ、脳を沸騰させて破裂させるのも簡単に出来るぜ」
ボンッと言う冗談に苦笑しながら肉を切り分ける。スパイスの香りがして食欲を誘う。表面が硬く焼かれたパンは中はふわふわで、蒸し野菜とソーセージにかかったチーズの味が濃くてよく合う。揚げた芋もシンプルな味ながらホクホクして濃い味の料理の合間に食べると手が止まらなくなってしまう。シャーモンのクリームスープと肉団子のトマトスープは半分食べたら交換した。どちらも美味しいけど、両方食べたら食べ過ぎでまたお腹が痛くなっただろう。
なによりも隣でもごもご言いながら、勢いよく食べる姿を見るのは楽しい。食べ方が少し汚くて、口の中いっぱいに頬張るのが子供みたいで可笑しい。
「キミは美味しいものを食べると笑顔になるのかい?」
「それもあるけど、美味しそうに食べてるところを見るのも好きだよ」
口の端に付いたソースを親指で拭ってあげて、そのまま指を舐め取った。ロベリアは手を止めて、何も言わずにこちらを見つめている。
「お腹いっぱい? お兄さん、もう食べられそうにないんだけど〜」
「ノン、まだ食べられるさ。見ててくれよ」
頬を赤らめて微笑まれると本当に無垢な子供のような顔に見える。残った料理が消えていくのは見応えがあった。
日が傾き始めて夕日のオレンジ色が街を照らす。食後に少し歩いて、追加で買った熱々の珈琲を飲みながら景色を眺める。気温が下がるにつれて口数も減ってくる。
近くで演奏する音楽に耳を傾けて足を止めた。伸びた影が重なり合っていて、なんだか落ち着かず口を開く。
「気温も下がってきたから、温かい珈琲が体に染み渡るねぇ」
「寒い時はオレにくっついたらいい」
二人で隣り合うとロベリアの魔術の影響もあって本当に温かい。
「コートを買わなくていいね」
「あぁ、オレがいれば必要ない。後で団長には防寒具を用意するように伝えておくさ」
完全に日が沈みきっても蝋燭や魔法の灯りが煌めき、月と星の光も相待って島全体が優しい明るさに包まれている。
気温は更に下がってきて吐く息が白い。セーターだけでは寒くなってきたが、ロベリアとくっついていると暖かく快適だ。暖房器具として雇いたい。
「ねぇ、グリューワインも飲もうよ。名物なんだろう」
「それならサンタさんのおすすめの店に案内しよう」
腰を抱かれたまま歩く。暖かいのはいいけど少しだけ恥ずかしい。島全体が非日常的な空間で皆固まって行動していて自分たちも仲の良い友人だと思われるはずだ。その程度で済むとしても知り合いには見られたくない。
グリューワインの店は列が出来ていて特に女性客が多い。寒さで口を開くのが僅かに遅れて、ロベリアが注文をしてくれた。
「一つはトッピングも追加してくれ」
何を入れるのか眺めていると乾燥させたオレンジが入れられた。温かくスパイスの効いたワインにオレンジは合う。後で一口飲ませてもらおう。そう考えているとトッピングを入れた方を渡された。
「え、いいの? なんか悪いね」
「オレの気持ちさ」
オレンジの断面はハートの形をしている。型か何かで変形させているのだろう。
「へぇー、面白いねー。女の子が好きそう」
これはソーンに教えてあげよう。サンタクロースもお勧めなんてきっと喜ぶ。
ふぅふぅと息を吹きかけて冷ましていると、ロベリアがじっとこちらの顔を見ている。
「一口飲む?」
「……オレンジのスライス一枚でそこまで味は変わらないさ」
「そんなことないよ、いい香りがするから」
ほら、とカップを顔に寄せると香りだけ嗅いで上機嫌に笑みを浮かべている。遠慮しなくてもいいのに。よく食べていたからお腹がいっぱいなのかもしれない。かく言う俺も食べ過ぎて少し苦しい。もうこれ以上の飲食は難しい。
温かいワインをちびちび飲みながら景色を眺める。寒さを最小限に抑えて観光が出来るのは最高だ。ひょっとすると団内でロベリアの取り合いになる可能性だってある。
「はぁー、楽しい。団長ちゃんたちも早く来ればいいのに」
「キミが来てくれたおかげで皆を呼ぶことが出来るんだ。感謝してるよ、シエテ」
満足気に言う。ここに団員たちが来たら絶対に良い思い出が出来る。そう思うだけで胸が温かくなってくる。
「皆のことを思いやれてロベリアくんは良い子だね」
「いくら褒めてもこの景色以上のものは何も出せないぜ」
周囲には幸せそうな人々の笑顔があって、空を見上げると満点の星が見える。感謝の気持ちを表すなら今しかない。
「そんな良い子にシエテサンタクロースからプレゼントがありまーす! じゃじゃーん!」
ロベリアが驚いたように目を見開く。ポケットの中からマフラーを留めるピンを出した。
「いつの間に買ったんだ」
「食事を買いに行った時だよ」
手渡すと本当に嬉しそうに笑ってくれた。
「メルシー、シエテ。大切に身につけてさせてもらうよ」
結構な大きさをしているピンなのに、耳の既に開いている穴ではない部分に躊躇なく刺そうとして慌てて止めに入った。
「わー、待って! なんで!? マフラーを留めるピンだよ?」
「くはっ、冗談さ」
肝が冷える冗談は止めて欲しい。行動が物騒すぎる。この場で刺したらかなり出血しただろう。この男の発想が怖い。笑顔が可愛いだけに恐ろしい。
取り上げたピンをマフラーの結び目に取り付けてあげた。満足気な顔をしていて、付けて欲しかったのだと気がついた。あまりにも幸せそうな顔をするから贈ったこっちが恥ずかしくなってくる。
「オレもシエテにプレゼントがしたい」
「別に気を遣わなくていいよ」
「オレがしたいんだ。選ばせてくれよ」
手を握られて懇願するように言われると断れない。
「それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
何を選んでくれるのかなんだか胸の辺りがこそばゆく感じる。
「ない。ないない。それはないよー」
「どうしてだ。オレの気持ちなのに」
金属製のオーナメントの店でロベリアが選んだのは血管が浮いたリアルな心臓の形をしていた。小ぶりでコインくらいの大きさしかないのも、オーナメントとして使い道もなさそうで微妙だ。
「ひょっとして嫌がらせ? 俺が一日中連れ回したことを怒ってる?」
「怒ってなんかないさ。今日一日オレも楽しかった。売り物を否定するだなんてはしたないぜ」
「売り物じゃなくてそれを選ぶお前のセンスの話だよ」
「オレの気持ちを表すのにはコレじゃ物足りないんだ」
これ、と言って指差したのは可愛らしいハートの形をしている。ハートじゃ足りないから心臓の形を渡そうとしてくるのは、どういう意味があるのか全く理解できない。感謝の気持ちにしては話が変わってきそうだ。
「何言ってるの、恋人同士でもあるまいし」
そう言った瞬間、店内にいる他の客たちが大きな声をあげてこちらを見た。
「「「えぇっ!?」」」
「……え?」
周囲を見渡すと声を上げた人たちから視線を逸らし去っていく。すぐにロベリアの顔を見るがにっこりと微笑まれるだけだった。
「え、なに? 俺たち恋人同士に見えるの?」
「シエテはこっちの方が好きそうだしコレにしよう。冷えてきたし、買い終えたら宿に向かおう」
こちらの質問の答えになっていない。ロベリアの言っていることに異議はないが納得いかずに食い下がる。
「嘘でしょ? 男友達にしか見えないよね?」
やはり答えてくれない。何も言わずにウインクをしてから会計に向かってしまった。いい年した成人男性二人だ。どう見たって恋人には見えないだろう。
店から出て、ロベリアは隣に位置取る。決まって左側に来る。腰に手を回されるのにも慣れた。これが勘違いされる原因かもしれない。
手渡されたハートの形をしたオーナメントを、釈然としないまま服のポケットにしまった。
「……ありがとう」
「オレの気持ちさ」
「それよく言ってるけど、感謝してるってことだよね?」
「オーララ、そろそろ気づいてくれよ」
ため息混じりの声に思わず目を合わせると、すぐに逸らした。動揺しておかしなことを口走りそうで奥歯を噛み締める。
ロベリアがあまりにも優しい瞳でこちらを見ていた。まるで恋をしているような顔だった。
宿は男同士だからと同室で、先にロベリアにシャワーを浴びてもらって情報をまとめようと紙とペンを取り出す。特に美味しかった食べ物や飲み物の店を書き出し、団長やソーンたちが好きそうな物が売ってる店もリスト化する。こうして一日を振り返ると、ずっと楽しかった。
貰ったオーナメントを取り出して握る。手のひらに隠れるほど小さなそれは、飾るのではなく持ち運ぶには丁度いいサイズだ。金属製だから壊れにくい。騎空士にお守り代わりに贈るのに向いている。
結局、心臓ではなくハートの形をした可愛らしいものをくれた。花の模様が刻まれていて、ロベリアの気持ちにしては随分と平穏な形をしている。
向けられる好意の種類を読み違えるほど鈍くはない。ただし、ついさっきまで気がつかなかったのは致命的で、色々と手遅れかもしれない。並んだベッドとベッドの隙間は手を伸ばせば届く範囲だ。
こんなことなら別々の部屋にすれば良かった。宿に戻ってきてからも酒でも飲みながら一日の感想を話したら良いと誘導された。あったかい部屋でベッドに横になりながら話すなんて想像しただけで楽しいに決まっている。そんな普通の友達同士に多少の憧れを抱いていた。片方が邪な気持ちを抱いていたら話が変わってくる。
この島に二人きりで来たのも作為があったのだとしたら。いや、仮定の話ではなくあったのだろう。そうとしか考えられない数々のことが頭の中を過ぎる。無意識の内にメモにハートを描いていたのに気がついて黒く塗り消す。これほど恥知らずな勘違いであって欲しいと願うことも珍しい。
暖炉がよく効いていて室内は暖かい。気持ちを切り替えようと立ち上がり、セーターを脱いでハンガーに掛けると背中側の模様が前面に比べて意味のない形をしていることに気がついた。なんの模様だろうと首を傾げていると、ロベリアが脱いだセーターが椅子の背もたれに掛けられているのが目に止まった。
俺とロベリアのセーターは対になっていると店の人が言っていた。決してペアルックではなく、色も柄も違うから何が対なのか分からない。ロベリアがこれがいいと言って、前面がクリスマスらしい柄をしているからそれでいいかと軽く了承した。早く街中を見て回りたくて即決してすぐに着込んだ。ロベリアは常に俺の後ろを歩くか、隣にくっついていた。オーナメントの会計に向かった時など背後を見る機会はあったはずだが、他のことに気を取られていて模様には気に留めてもいなかった。嫌な予感がする。違う、そんな訳ないよなと願うが、そうであるとしか思えない。
ロベリアのセーターの裏が左側に、俺のセーターの裏が右側にくるように置くと、模様の端が繋がってハートの形になった。
「はぁぁぁあ……」
深い溜め息を吐く。こんな格好で街の中を並んで歩いていたなんてロベリアは何を考えているのだろう。
名言はされていなくとも心当たりはある。そんな訳がない、勘違いしたくないと目を背けているロベリアの気持ちとやらが、俺の自惚れであってくれと願っていたのにこんなのもう否定出来ない。
手のひらの中の、ハートの形をしたオーナメントの重みが増して感じる。暖炉の熱気のせいで頬が熱い。頭を冷やす為に窓を開けようと手を伸ばすと、結露した窓ガラスにハートが描かれていることに気付いて動きを止めた。ロベリアがシャワーを浴びに行く前に残したのか。どれもこれもハートばかりで嫌になる。これもロベリアの気持ちとやらなのだろう。
頬だけではなく耳も、手も熱くなってきた。それどころか握り締めた小さなハートも、鼓動が早まる己の心臓も、なにもかもが熱を帯びているように感じる。
キュッというハンドルを回す音がして、シャワーの音が止まった。
窓ガラスのハートは雫が垂れて形が消えかけている。書いていたメモは文字が全く増えていない。ペンを持って今日を思い出すのは耐えられない。
静かになった部屋に自身の心臓の音がやけに大きく響く。今この身に起きている異変に、観察力のあるロベリアは必ず気がつく。
窓を開けて冷たい風を全身に浴びる。幻想的な景色が広がり、遠くに聖歌が聞こえる。
溢れ出しそうな感情が冷えるのが先か、ロベリアが隣にやってきて暴かれるのが先か、クリスマスの島だけが知っている。