疑惑のあとで
疑惑のあとで
甲板の上で空を眺めているとロベリアが真っ直ぐこちらに近づいてきた。なにか用でもあるのかと様子を伺っていると、足を止めることもなく接近してきて両手首を掴まれた。
「どうしたの?」
予想外の動きに驚く。同じ団に所属しているとはいえ、特に接点がない相手に接触されるとは思ってもいなかった。
力強く引っ張られて足がよろめく。ロベリアの肩に顔が近付くが、ぶつかる前に体勢を整えて顔を上げた。
「いきなり何する……えっ?」
そんな数秒の間に甲板ではなく、何処か別の島の上に立っていた。周囲を見渡すが何も無い草原が広がっている。
「えぇっ、本当になに!?」
急に影が射した。自然と視線が上へと動く。見上げた先にはロベリアが契約している星晶獣ザ・タワーが立っていた。
タワーはムッとした顔をして腕を組んでいて、ロベリアも常とは違い余裕のない、どこか思い詰めたような表情をしている。
「何かあった?」
説明もなくわざわざ俺を呼ぶなんて、深刻な理由があるに違いない。
「シエテ、キミという人間にはつくづく失望した。もっと出来る男だと思っていたよ」
ロベリアに深い溜め息を吐かれた。全くもって意味がわからない。この二人に何かをした覚えがない。失望も何もなにもそもそも接点がない。タワーもロベリアの言葉に頷いているが、なんでこんな場所に連れてこられたか皆目見当もつかない。
「どういうこと? 俺が何かした? ちゃんと説明してくれないとわからないよ?」
大きな溜め息が重なって聞こえた。俺の行動は同じ十天衆のメンバーになら、なにかしらの影響があるかもしれない。全く無関係の二人には迷惑はかけていないはずだ。こんな被害者のような態度で責められる筋合いはない。
後ろ暗いことは何一つない。胸を張って腕を組み、堂々とした態度で言葉を待つ。
ロベリアとタワーは、お互いに顔を見合わせてから説明を始めた。
二人の言っていることをまとめると、どうやら俺はロベリアとタワーの幸福の時間を邪魔した、らしい。
擬音混じりの説明だの、破壊の音だの、全く関係ない思いつきの話だの、二人の思い出話だのが混ざり、それらにツッコミを入れつつ聞いていたら日が傾いている。
他人に迷惑をかけない二人だけの空間に俺という異物が割り込んできたと言うが、当然ながらそんなことはしていない。ただ俺と似た姿をしている別人については心当たりがあった。奴なら彼らの言う二人きりの世界にも干渉出来るのだろう。
奴――、標神について二人に説明することは出来ない。明言してしまうとこの世界にどんな影響を及ぼすかわからない。無関係な彼らまで神が関わってくるような複雑な問題に巻き込んでしまう可能性が高い。
「俺じゃないよ。よく似たそっくりさんじゃない?」
なんにせよ他人の空似と主張して無関係だと主張するしかなかった。どうしてこの厄介な連中に介入したのか、行き場のない恨みだけが募る。もしかしたら犯人は標神でもない全く無関係な人間や存在かもしれない。それなら本当に人違いだ。
「ノン、ここに証拠がある」
取り出された白い巻貝が、ロベリアとタワーが襲撃に合った時の音を出す。襲撃者は聞き覚えのある話し方をしている。完全に標神だ。やはりそうだった。胃がシクシクと痛み始めてきた。
「お、俺じゃないよ。お前たちだけの空間なんて知らないし、どうやって入るの。普通の人間には無理だって」
本当に俺ではないし、標神の存在を認識されたくもない。ここは知らないふりを続けるしかない。
「こう……パッと……キミならポンッとしてパリンと出来るだろう?」
「よくわからないし濡れ衣だってー。今日はずっと艇にいたから」
「これは一昨日のことさ」
「一昨日は別の空域にいたからやっぱり俺じゃないね。団長ちゃんに確認してもらってもいいよ」
団長という確かな証人がいることを示唆すると、ロベリアの眉間に皺が寄った。
「ロベリア、やはり別人ではないのか」
「おいおいタワー、自白するまで徹底的に疑い続けろと言っただろう」
証拠として出された音声は、限りなく似てはいるが別の人物だ。一筋の光明が差した。音に拘りのある人物なら異なる存在と認識してくれるかもしれない。
「だからぁ〜違うってぇ〜」
標神は出さないような演技じみた声で訴え続ける。
「襲撃者はこんな気の抜けた声ではなかった」
「くはっ、確かにそれもそうだ」
こちらを見て鼻で笑っている。容疑は晴れているようだが、気の抜けた声ではなかったという理由が少し気に食わない。もっと愛想が良いとか、話しかけやすいとか言いようがあるだろう。
「ねぇ、気が済んだなら元いた場所に帰してよ」
辺りは薄暗くなってきている。お腹も空いてきた。いつまでもこの二人に付き合っていられない。
「あぁ、その前にちょっとオレたちのことを攻撃してみてくれないか」
「え、えぇっ!?」
ちょっと甲板まで散歩をしに誘う時のような気軽な提案の言葉に驚き、思わず声をあげてしまう。疑り深く完全に納得したいだけならいいが、ロベリアの変な趣味に付き合わされるのは嫌だ。
「いいや、待て。ロベリアだけにしてくれ」
「まぁ、それでもいいさ。シエテ、違うというなら証明してみせてくれよ」
両手を広げて力を抜いて無防備に立つロベリアに戸惑い、タワーに視線を向けるが頷かれてしまった。やれ、ということだ。いっそのこと逃げてしまいたいがここが何処だかわからない。やるしかない。しかし、剣を使うかどうかは悩む。いくら相手がロベリアで、望まれたことだとしても、こんなことで団員の血を見たくない。素手で許して貰おうと剣を抜かずに腰を落として構えた。
スモウォーでの経験を思い出しながら臍の下に力を込めるように息をゆっくりと吸って、吐く。内臓を痛めることがないように、力を受け流しやすい肩の辺りを狙って真っ直ぐ手を突き出す。
「どすこいっ!」
パァンッという乾いた音がして、ロベリアが上半身のバランスを大きく崩すが、すぐに足を引いて後ろに倒れはせず踏みとどまった。どうやらロベリアにはスモウォーの才能がありそうだ。誤解が完全に解けたら稽古に誘いたい。スモウォーの稽古を積めばロベリアであっても健全な精神が目覚める見込みがある。
「おおっ」
タワーが感嘆の声を上げた。
稽古から離れて随分と時間が経つが、鍛錬した動きは体に染みついていたらしい。ごっつぁんですと言いそうになって口を噤む。これは正式なスモウォーではなく、ただ張り手を見せただけだ。
ロベリアは肩を抑えて小さく震えている。流石に痛かったのだろうか。心配して一歩近寄った瞬間、顔を上げた。目は爛々と輝き、頬を赤く染めて息を荒げている。
「……くはっ! トレッビアンッ! 良い音が出せるじゃないか! 骨だけじゃなく内臓と脳まで震えたぜ」
どうやらロベリアを満足させられたようだ。スモウォーの稽古をした夏の日を思い出す。あの楽しかった日々が役に立って嬉しい。
「これで疑いは晴れたよね。そろそろ帰してもらえるかな」
そう訴えてもロベリアとタワーは二人で目線を合わせてこちらを見ない。俺には聞こえないように意思の疎通をしているようだ。
嫌な予感がする。こちらに聞こえないように相談するなんて、俺にとって都合の悪いことに決まっている。
どうにか逃げ出すことが出来ないか周囲を見渡す。実は艇からそう離れていない場所だったりしないかと願うが、どこまでも続く草原には見覚えがない。そうやって考えている内に、にっこりと満面の笑みを浮かべたロベリアに肩を掴まれた。
「シエテ、キミはオレたちにはない音を出す才能がある。定期的にオレとタワーの世界に招待しよう」
「えっ」
どうやら誤解が晴れただけではなく、気に入られてしまったらしい。
「キミのおかげでタワーも新しい破壊の方法を生み出せそうだ。良かったな、タワー」
「またアレが我々の邪魔をしに来るかもしれない。シエテ、お前が追い払うんだ」
標神のことを出されると後ろめたさから言葉が詰まった。こんな面倒なことは断らないといけない、巻き込みたくはないのに、既に目をつけられているなら標神に対する強力な切り札になってくれるかもしれないと迷う。そうやって迷っている間も仲の良い二人を見て、自分勝手な打算を振り払って反論した。
「で、でも、お前たちの世界って、そんな得体の知れない場所には行きたくないなぁ。行き方も知らないし、折角のお誘いだけど遠慮するよ」
ロベリアは首を傾げてから、大声で笑い出した。
「くはっ、くははっ! シエテ、キミはもう知ってる場所だろう」
タワーもロベリアと同じように、にやにやとした笑みを浮かべている。
「まさか……」
周囲を見渡すが何も違和感はない。足元には見たことのあるありふれた草や野花が咲いていて、時間と共に空の色が変わり、心地よい風も吹いている。
「場所を変えよう」
タワーがそう言うと風景がぐにゃりと歪み、荒廃した土地に変わった。思わず息を飲む。
「タワー、ここよりもアウギュステの砂浜にしてくれ。確かそこで会得したと団長が言っていた」
今度は瞬きをした一瞬の間に周囲が砂浜に変わっていた。アウギュステの眩しい日差しと海の香りに包まれる。場所も時間帯も違う。とんでもない状況だ。こうなると、もうどうしようもない。帰るにはロベリアとタワーを満足させるしかない。
「シエテお兄さんはスモウォーも武術も少しかじった程度だからさ、専門家に教わった方がいいと思うけどなぁ」
「そのオレたちに教えてくれる専門家とやらを、キミが連れてきてくれるのかい」
最後の抵抗も虚しく終わり、まずは基本の構えから教えることにした。
元いた場所に帰してもらう頃には、空には満点の星が輝いていた。食堂は夕食の片付けが終わっていて、ロベリアと共に近くの島のレストランに行って食事をご馳走するという災難が続いた。よく食べてよく喋るロベリアとの食事は財布には痛手だったが、それなりに楽しくはあった。俺に似た襲撃者に関してこれ以上言及しないという約束を交わせたから良しとしよう。
こうして己の意志とは関係なく、碌でも無い縁が出来てしまったのだった。
一人でいると何処からともなくロベリアがやってきて、問答無用で連れ去られることにも驚かなくなってきた。朝の時点で今日は来るだろうなという予想をして前持って準備をしておくほど順応している。
ちっともこちらの言うことを聞いてくれない生徒二人を教えるのは非常に難しく、スモウォーからはかけ離れてしまっているが三人とも体術が格段に向上している。特に巨大な星晶獣タワーとの組手は貴重な経験でとても勉強になる。手加減をしてくれないので肝を冷やすこともあるが、その辺りはロベリアが調整してくれて怪我を負うことはない。
何度も何度も強制的に拉致されているうちにロベリアともタワーともかなり打ち解けてきた。
お菓子とお茶を用意されていてお茶会が始まっても何も言わずに椅子に座って楽しむくらいだ。話の流れで彼らが暴れても問題ない場所を教えてやると、逆にこちらの知りたかった情報を教えて貰えることもあった。
「くはっ! シエテといると楽しいな。タワーもそう思うだろう?」
「まぁ、偶には悪くはない」
そうやって満面の笑みで言われてしまうと気を許してしまうのも仕方がないことだ。共に過ごせば過ごすほど分かってくる。二人は決して善良ではないが、邪悪でもない。
疲れている時は指導もそこそこに景色のいい場所で休ませてくれた。離れた場所で二人は遊び続けるようだが、音は遮断してくれるから気にならない。ありがたく休憩を取らせてもらった。
今日は疲労の蓄積が酷く気怠い。頭痛がしてきた。少しの練習も辞退したいくらいだったが、口を開くのが遅く連れ去られてしまった。
移動してすぐに草原に押し倒された。タワーが陰を作ってくれて、ロベリアもすぐ隣に座った。どうやら俺が眠るまで側にいるようだ。疲れていることを顔には出していないはずだったのに通用しなかった。
疲れていると逆に眠れない。頭もずっと痛む。二人の気配も気になってしまう。
寝た振りをしていると、ロベリアの手のひらが瞼を覆った。じんわりと目の周りが温まっていく。
「シエテ、幸福を思い浮かべるんだ」
幸福と言われてすぐにロベリアとタワーがはしゃいでいる場面が思い浮かんだ。
「私達の幸福ではない。シエテ、お前の幸福はなんだ」
タワーに言われて、頭の中を読まれているのかと困惑しながらも、幸せを感じた時のことを思い返す。
美しい剣の姿と物語が好きだ。剣は常に俺の側に在った。強い剣士と戦って勝つ瞬間、生きていると強く実感する。剣拓をとらせてもらっている時に感想戦や情報交換が出来ると嬉しい。勝っても恨まれたり畏怖されることも多い、そう考えるとズキンと頭が痛み、顔を顰めた。
ほぼ同時に頬を突かれ、ロベリアとタワーがすぐ近くにいることを思い出す。言われたとおりに幸福を思い浮かべないと二人の機嫌を損ねてしまう。
団長や十天衆の皆とパーティーをしたことや温泉旅行に行ったこと、祭りに参加したことなどが浮かんでくる。楽器の演奏が出来るようになった。甲板で何も考えずに青い空を見上げる時間も好きだ。
そしてやっぱり、ロベリアとタワーが架空の建物を壊して喜んでいる姿が思い浮かんだ。たまにロベリアが潰されるというグロテスクな事故も起きるが、すぐに元通りになるから慣れてしまった。きっかけはなんであれ楽しく過ごせている。俺のことを超人や化け物として扱わない二人と過ごす時間も、かけがえのない幸せな時間だ。
―――
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額に、何か柔らかいものが触れたような気がした。
「シエテ、そろそろ帰る時間だ」
声をかけられ、ゆっくりと目を開く。眠りにつく前と比べて随分と日が傾いている。体を伸ばしてから肩を回すと全身がすっきりして調子がいい。今日は本当に眠りに来ただけだった。
「俺を連れてくる意味あった?」
周囲を見渡すがタワーの姿は見えない。ロベリアは服がボロボロになっていて血の臭いがする。体術の練習はせずに二人で派手に暴れたのだろうか。それにしては物憂げな表情をしている。喧嘩でもしたのだろうか。
「ゆっくり眠れただろう。タワーも心配してたぜ」
「ありがとう。おかげで元気になったよ。今度二人に何かお礼をしないとね」
共に過ごす時間が増えるほどわかってきたことが多くある。ロベリアは優しさを持っていた。タワーと接している姿を見ていると面倒見が良く責任感もある。意外なことが多い。団に入ってから人間性が成長していることも知った。団長に対しては一途で健気な面も持ち合わせている。今日だって真意はわからないが助けられた。
「くはっ、オレも天星剣王の寝息がコレクション出来た。キミは何も気にしなくてもいいんだ」
「そんなもの何の役に立つんだよ」
「寝る前に聞くのさ。一緒に寝てる気分になれるだろう」
ロベリアの瞳が熱を帯びていることに気が付いた。見てはいけないものな気がして慌てて視線を逸らす。あの瞳に見つめられるのは良くない気がする。額に手を当てながら迷う。脳裏に過った「一緒に寝ればいいじゃない」の一言は口に出さずに飲み込む。言ってしまえば関係が変わってしまいそうで言葉に出来ない。とても不健全な気がしてまう。
「帰ろう」
余計な考えを振り払い、端的に要件を言うと、すぐに手を差し伸べられた。
いつものように手を取ろうとして違和感から動きを止める。ロベリアの手は珍しく土で汚れていて生傷も残っていた。俺の視線でロベリアも汚れていることに気がついたのか、隠すように手を引こうとした。咄嗟に、手のひらが閉じきる前に掴む。
「オーララ、キミの手を汚してしまった」
「そんなことよりも、帰ったら傷口を洗わないとね」
「この程度はすぐに治るさ」
「だめだよ。何があったか知らないけど他にも怪我してるだろう。一緒に医務室に行こう」
「……ウィ」
ロベリアは納得がいっていないようで渋々頷いた。緩く握っている手に力が込められる。お互いにそれ以上は何も言わず艇に戻った。
肩が触れ合いそうで決して触れ合うことのない距離を保ち、医務室に向かって並んで歩く。ロベリアは相手に不快だと思われない距離を測るのが上手い。視線を向けると目が合い、微笑まれウインクされた。気が抜けて自然と表情が緩む。
隣で眠るようになるのも、そう遠くない未来なのかもしれない。
「アレを引き離すにはどうすればいいんだろうな、タワー。くはっ、無理に答えなくてもいいんだ。お前もゆっくり休んでくれよ。ただ、改めて邪魔が入って思い出したのさ。オレの物に手を出された時の、怒りを」