心臓高鳴るハロウィンナイト
心臓高鳴るハロウィンナイト
照れ屋さんの団長に冷たくあしらわれても、団長に嫉妬したタワーに無理難題を突きつけられても、コレクションの一つを誤って割ってしまっても、揺るぎのない幸福に包まれている。
少し前までは考えられないことだが、恋人が出来た。年上の、他にはない音のする可愛い人だ。受け入れて貰うまでにかなりの苦労をした。それでも恋人のことを考えるだけでどこからか幸福な音が聞こえてくる上に、タワーも浮かれたオレを破壊すると良い音がすると理解してくれたから、これまでの苦労は今後の幸せを引き立てるスパイスのようなものでしかない。付き合いたての恋人同士がうんざりするような甘ったるい音を出す理由を、身を持って理解した。
ハロウィンの夜、子供たちが眠りにつく頃に落ち合おうと約束をした。絡めた小指から温かな音が聞こえてくる。
デートの約束に喜ぶオレを見て微笑む姿は恋人というよりも保護者のようで、余裕があるにやけた表情を乱すにはどうしたらいいのか頭を悩ませる。甘やかされるのはいいが、子供扱いされることには不満がある。もっと恋人として、男として見てもらいたい。シエテの言う抽象的なデートの時間と場所の指定に応えられるのは、オレくらいしかいないのだから。
シエテが夜道をふらふらと歩いているのを見つけると、音と気配を消して尾行する。周囲に人がいなくなったタイミングで、今いる場所に残響を残して一瞬で距離を縮めて背後から素早く抱き締めた。
「ジュワイユ、アロウィン!」
ハロウィンのイタズラだと宣言することも忘れていない。大して驚きはしないだろうが、抱きつく正当な理由にはなる。
「うわぁっ!?」
予想したよりもずっと大きな声があがって、こちらも少しだけ驚いてしまう。驚いた演技ではないようだ。シエテの胸の中心部からドクンドクンと大きな鼓動が響く。常に飄々としているシエテにしてはとても珍しい騒がしさだ。
後でこの音を聞けば、今触れている感覚も思い出せるだろう。素晴らしいコレクションが手に入った。
いつもは殆ど香らないシエテの匂いが薄らとして、口の中にじわりと唾液が溢れる。喉を鳴らして飲み込むと口を開いた。
「くはっ、随分と驚いたみたいだな。心臓がコンセールを開催してるぜ」
ずっと聞いていたい音が、少しずつ小さくゆっくりと余韻を残しながら落ち着いていく。
シエテも周囲に人がいないことを把握しているようで、後ろから抱き締められたまま大人しくしてくれている。誰かに見つからないように、見つかるとしても時間を遅らせられるように念を入れて音を遮断する。このまま連れ去ってしまいたい衝動を堪える為に腕に力を込めた。
「いや、うーん、後ろにいることはね、わかってはいたんだよ」
言い淀みながらシエテの指先が彷徨い動き、抱き締めている手の甲に遠慮がちに触れた。素直に手を重ねてくれないところがもどかしく、意地らしくもあってオレを堪らなく煽る。
シエテはオレとの位置関係も、残響を残せることも、一瞬で移動出来ることも把握している。あんなにも心臓が大きな音をあげることは予想外の出来事だった。
「それならさっきの音は?」
胸の中心を指先でトントンと叩く。証拠だってちゃんと残している。
「なんでもないよ。お前のイタズラに驚いただけだって」
「キミほどの人間が、この程度のことで?」
この件に関してオレが譲る気がないことを察したのか、シエテは観念したように小さく息を吐いた。
「……なんか、急に意識しちゃったんだよねぇ〜。あははっ」
陽気に笑っているが、耳の後ろまで赤く色付いている。意識したと言われてすぐにはピンとこない。
再び心臓の鼓動が大きくなっていくのを感じ取り、改めてシエテがオレの腕の中に収まっていることを実感する。これまでとは違う、恋人同士の距離だ。
「オレのことを、恋人として意識してくれたのか」
ぐっと奥歯を噛み締める微かな音がした。それだけで胸の辺りが騒がしくなって耳の奥まで震わせる。オレの心臓と、シエテの心臓の、どちらが大きな音を立てているのか重なり合ってわからない。
「さっきから質問ばかりじゃない。ほら、ハロウィンを楽しまないと。特別な珍しいお菓子をたくさん買ってきたんだよ。一緒に食べようよ」
シエテは鞄を持っていないし、ポケットの上から探っても何も入っていない。
「くはっ、そんなことを言って一つもボンボンを持っていないじゃないか。オレにイタズラされたいのかい?」
耳に齧りつこうと顔を寄せると、するりと腕の中から抜け出される。振り向いたシエテは、視線を左右に動かしてから困ったように微笑んで、心臓を捻り潰すようなことを言った。
「……そうだよ。わざと忘れてきた」
動揺するオレを置いて歩き始めたシエテの背中を、慌てて追いかける。仮装する人々もカボチャのランタンも何もかも、オレの興味を引くことはない。背筋を伸ばして真っ直ぐ歩くシエテの姿しか目に入らなかった。
シエテの望むイタズラを考えながら歩く夜道はドクンドクンと騒々しく、甘い予感に満ちている。