よく喋る子供と手を繋ぐ
よく喋る子供と手を繋ぐ
疲労が溜まっていて、気分が憂鬱で、眠ってしまえばいいがまだ日も高い時間に眠りに就くのも気が進まない。一人でいると標神が煩い。ほんの少しだけ、誰かと楽しく会話がしたいとカフェミレニアに足を運んだ。
あまり口数の多くないサンダルフォンが相手なら疲れていても落ち着いて会話が出来る。拘って選ばれた調度品に囲まれて、美味しい珈琲も飲めて気分転換には最適な場所だ。艇の中にこういった施設があるのはとてもいい。当然のことながら、そう考えている団員は俺以外にも多くいる。
若い女の子たちがカウンター近くの席に座り、楽しそうにサンダルフォンに話しかけている。こちらに助けを求めるように視線を向けられたが、今日はそんな余裕もないのでカウンターから一番遠い窓際の席を選んで座った。
注文した珈琲を淹れてくれている間、窓の外を眺める。青い空に白い雲が流れている。珈琲の酸っぱい匂いが鼻を擽る。コポコポと湯が沸く音に混ざって、賑やかで楽しそうな女の子たちの声が響いている。静かでゆっくりと流れていく時間も好きだが、活気に溢れた時間もいいものだ。気持ちが安らいでいくのを感じる。
珈琲が出来上がった頃かとカウンターに視線を向けると、先ほどまではいなかった人物が珈琲を二つトレイに乗せてこちらにやってくる。窓の外を見てぼーっとしていたせいかロベリアが来ていることに気が付かなかった。
「同席してもいいかい?」
断られると思っていないのかテーブルの上に二つの珈琲を置いて微笑みかけてくる。少しだけ誰かと話がしたくてカフェに来たのだ。特に断る理由もない。女の子達に混ざって座るのは落ち着かないだろう。気持ちはよくわかる。遠巻きに見守っているくらいがいい。
「構わないよ」
こちらも微笑み返して返事をすると、ロベリアはトレイだけをカウンターまで戻して目の前に座った。湯気があがるカップを包むように両手を近づける。手のひらに熱を感じながらロベリアの顔に視線を向けた。改めて見ると本当に整った顔をしている。団長から聞いている限り碌でもない性根の人間だが、黙っていたら魅力的な見た目をしているのは確かだ。真面目に生きていれば誰にでも好かれるだろうに、目立たずに隠れて生きているなんてなんだか勿体ない。カップの持ち手を持つ指先まで優雅さがあるなんて羨ましいくらいだ。
視線が合うと鼻で笑われた。不躾に見過ぎてしまったか。様子を窺っていると、ロベリアはカップを置いて話し始めた。それはもう、怒涛というほどに。
こちらが口を開く隙がないくらいに舌が回るのを、珈琲を飲みながら見ているしかなかった。団長はオレの手綱を握ってくれていて決して手を離さないだのなんだのと立て続けにぺらぺらと喋っている。誰かと団長の話がしたいのかと思ったが、こちらが話す内容には全く興味がないようで口を挟むのを許してはくれない。団長とのエピソードトークを語られ続ける。こちらも暇ではないが、艇から離れている間の団長の話を聞くのはなかなか面白い。詳細は曖昧だが、とにかく派手に大活躍していることはわかる。
ふと、エッセルやカトルと仲がいいことを自慢したい星屑の街の子供もこんな感じだったことを思い出した。不在中にあった出来事を自慢してくる姿がいじらしくて可愛くて、つい対抗するようにその子の知らないエッセルやカトルの話をして泣かせてしまった。いい大人がどっちの方が仲が良いのかで子供と張り合うのはとても恥ずかしいことだとよくわからされた。カトルに叱られたし、ネハンには冷たい目で見られたし、シスには呆れられた。当然のことながら子供たちの大多数にも不評だった。
ロベリアは見た目だけは大人だが、中身は子供のままなんだろうと思うと、微笑ましいものを感じる。ロベリアが団長にとって手のかかる弟のような存在なら、団長の兄的存在の俺にとってもロベリアは弟ということになる。うんうんと頷きながら珈琲を飲む。なんだか可愛く見えてきたし、子供との交流で反省して黙って聞き入れることを学んでいて良かった。
たまにはこんな時間があってもいい。カトルやシスはあまり近況報告をしてくれないから、少しだけ寂しさを感じていた。余裕のある時間を取ることの重要性が身にしみる。今回の滞在中に団長とも時間を作ろう。今日の空も青く広く美しい。リラックスしてきてなんだか眠たくもなってきた。
「キミ、オレの話を聞いていないんじゃないか?」
急にロベリアの顔が近寄ってきて、驚いて体を後ろに逸らす。全く聞いてない訳でもないが、大部分を聞き流している。団長と関係のない説明部分は特に擬音が多く混ざって集中しきれていなかった。聞いてはいたが音楽を聞いている感覚に近く、このまま続いていたら座ったまま寝てしまう可能性もあった。
「ご、ごめん、思ったよりも疲れてたみたい」
咄嗟に言い訳をすると大きく息を吐かれた。口をむっと尖らせて横を向かれてしまったところから、どうやら気分を害してしまったらしい。こういうところも子供みたいだなんて、思わず笑いそうになるのを耐える。
「本当にごめんねー。後でお菓子をあげるから許してよ」
子供は大体これで機嫌を直す。部屋に置いてあるお菓子の在庫を思い出しながら何をどれだけあげるか考える。たくさん食べそうな見た目をしているから一つじゃ足りないだろう。
「お菓子?」
「ものすごーく美味しい特別なやつだよ。俺の部屋にあるから後で取りにおいで」
不満そうな顔のままこちらをじっと見つめてくる。流石にそこまで子供じゃなかったか。曖昧に微笑みながら返事を待つ。酒を飲みに行くほど関わりを持つ気はなかった。こうして偶然時間のあるタイミングで出会ったら団長の話をする程度の関係で充分だろう。
「ノン、今すぐ欲しい」
このくらいの我儘なら可愛いものだ。少しだけ残った珈琲を飲み干して立ち上がる。
「じゃあ一緒に取りに行こうか」
ロベリアは何か考えているような顔をしてから頷いた。
二人分の珈琲カップをカウンターまで返し終えてもロベリアはなかなか席を立たない。まだ喋り足りていなかったのか。歩きながらでも話せるだろうに。このまま置いて行こうか悩んで、先程の話を思い出す。
「う~ん、手を繋いで行く? 団長ちゃんは手を離さないとか言ってなかったっけ」
そう言って手を差し出すと、ロベリアは大きく目を見開いてからゆっくりと手を重ねてきた。どうやら対応としてこれが正解だったらしい。
「くはっ! キミは面白いな」
きゅっと手を握られる。立ち上がったロベリアがぴったりと横にくっつく。距離がやけに近い。その分、上機嫌な笑顔がよく見える。本当に嬉しそうな顔をしていている。人間の友達がいなくて寂しかっただけなのかもしれない。
「そんなにシエテお兄さんと手を繋げて嬉しいの?」
ここまで星屑の街にいる幼い子供のような精神年齢をしているなんて少し心配になる。とても能力のある大人のくせに酷く幼い。監視する対象からは外しているが、たまには気にかけてあげた方が良さそうだ。
「……ウィ、キミからは興味深い音がしているから気になっていたんだ。それとは別に気に入ったぜ。危なっかしくて目が離せなくなりそうだ」
何を言っているのだろうか。ロベリアの方がよほど危なっかしいだろう。
「ふぅ~ん、そう」
機嫌が完全に直ったようで部屋までの道中もずっと喋っている。団長の話ではなく、俺を褒めるような内容だった。褒められて悪い気はしない。相槌を打ちながら艇の中を並んで歩く。
「本当によく喋るねぇ」
「オーララ、連れないな。口説いているつもりだったんだぜ。もっと真剣に聞いてくれよ」
「はいはい」
比類なき力を持っているのだ。十天衆の頭目で、金も持っている。国や島単位でのラブコールは受けたことがある。こうやって褒められることには慣れている。
「キミに贈るのは言葉じゃない方が良さそうだ」
「なに、プレゼント? 楽しみにしてるね」
部屋に入れた途端、大人の力でベッドに押し倒され、大人の欲求を見せつけられ後悔することになるなんて、この時は全く想像もしていなかった。
ロベリアという男は、幼い子供のようで、全くもって子供ではなかった。