流暢な罵倒とのギャップにやられたらしい
流暢な罵倒とのギャップにやられたらしい
隣の部屋からパァンッ! という大きな音がした。何かを叩いたような破裂したような、とにかく日常生活ではしない異常な音だった。そもそも騎空艇は常に駆動音がしていて壁も厚く隣の部屋の音が気になることなんて珍しいことだ。慌てて音のした部屋の様子を見に行く。
隣室では報酬を支払いに来た依頼人の対応をシエテにしてもらっている。緊急事態でもないのに十天衆の頭目に仕事の代理をしてもらうなんて恐れ多いことだけど、どうしても早急に処理しないといけない書類があったからお願いすることにした。シエテにしては珍しく強引な口調で任せて欲しいと言ってきたから甘えてしまった。
それだけなら何の心配もないが、依頼を実行した団員の代表としてロベリアが同席している。他の団員たちがお酒を飲みに行ってしまったのでやむを得ずの人選だった。シエテがいれば何の問題もないだろうし、ロベリアだって普段は人当たりがよく一般人相手に好かれるような応対をしているから大人しくしているはずだ。
でも、きっと何かが起こった。
二人とも好意的で強くて頼りになる存在だ。それでも何故か心配もないとは言いきれない不安の残る、そんな珍しい組み合わせだ。
ノックしてすぐ、返事を待たずにドアを開ける。部屋の中では口をぽかんと開いた依頼人とシエテ、そして頬に手を当てて息の荒い異様な姿のロベリアがいた。
よく見るとロベリアは口の端から血を垂らしている。それなのに顔がにやけていて怖い。
「なにがあったの?」
「い、いや、ちょっと依頼人と揉めてて」
シエテに聞くと途端に眉を下げて困ったという表情になってしまった。ちょっと揉めたくらいでこんな謎めいた状況にはならないだろう。シエテが視線を左右に彷徨わせてから依頼人に向けると、気付いた依頼人は慌てて立ち上がった。
「かっ、帰ります! 当初言った金額を払いますからっ!」
そう言ってルピの入った袋をテーブルの上に投げ捨てて、部屋から逃げるように出て行ってしまった。
気不味そうな顔のままシエテは口を開く様子もなく、ロベリアはうっとりとした表情で小さく荒く息をしている。
「ロベリア、録音してたんでしょう。何があったか聞かせて」
「それはだめだよ! 絶対にだめ。団長ちゃん、俺から説明するよ」
シエテが慌てて止めに入ってくる辺り確実に何かまずいことが起きたのだろう。大きな音といい、きちんと説明して欲しい。
「はぁ……、団長が聞きたいと言うなら、共に分かち合おうじゃないか。ルジストル」
勿体ぶった動作をしながらクラポティを出してくれた。シエテが頭を抱えだした。黙っていると先ほど聞いたパァンッ! という音が部屋に響いた。
それだけで音は終わったようだ。ロベリアの口から、あぁ素晴らしいと小さく声が漏れる。そうじゃない。その前のやり取りを聞きたかったのに、ただ大きな音だけがしただけだった。
「あぁっ、あぁ、トレビアン!」
音を聞いて身悶えているロベリアの鳩尾を狙って殴っておいた。こういう状態の時には本当に役に立たない。苦痛に顔を歪めながら親指を立てられたが無視してシエテに話の続きを促す。
「えっと、依頼人が報酬の支払いを渋ってね。そんなことは認められないと説得していたんだけど、団長ちゃんのことを悪く言い始めて……」
それは仕方ない。これまでも稀にあったことだ。団長としてそれなりに活動しているつもりだけどまだ大人とも言えない年齢で未熟だし、今回だって本来は自分が対応するべきだったのに出来なかった。依頼を実行したのも、報酬を受け取るのも、団員に任せてしまった。きっとシエテは依頼人の不満を察して代わりに対応すると言ってくれたのだろう。早く団長として頼りにされたいのに、シエテにとってはまだまだ力不足の子供なのだ。
「団長ちゃん、あの依頼人のように狡い人間はいくらでもいるからね。今回はこちら側の対応に何の問題もなかったようだし、団長ちゃんはよくやれているから。いつも頑張ってて偉いよ」
「ウィ、シエテの言うとおりさ」
もう痛みが収まったようでロベリアがシエテの肩に手を置いて頷いている。 睨みつけると肩を竦めてやれやれと言って黙った。
「段々と難癖が酷くなってきて、一度ガツンと注意しようと思った矢先にロベリアが依頼人のことを悪く言い出して。悪くというか酷く? よくあんな一方的に口汚く罵り続けられるなってくらいの状態で……」
シエテが言い淀む。どれだけの悪態を吐いたのだろう。ロベリアは怒ってもそういう面を見せないから想像もつかない。
「それで、お兄さんもびっくりして思わず引っ叩いちゃったんだよね~、あははっ」
「くはっ! いいのさ、おかげで良い音と出会えた」
どうやらあの大きな音はシエテがロベリアを叩いた音だったらしい。依頼人は関係なくてよかった。
二人して向かい合って笑っている。説明された内容は無茶苦茶だが当人同士が納得しているなら問題ないのだろう。
「叩いた時の音でロベリアが変に興奮して語りだしてさ、それで依頼人が怯えてしまったんだろうね。結果的に納得して全額払ってもらえたからよかったよ」
「くはっ、あれはシエテに怯えたんだろう。冷たい視線も殺気も凄まじかった。キミとは仲良く出来そうだ♡」
二人は妙に息が合っているように見える。特にロベリアはすっかりシエテに懐いている。
「団長ちゃん、報酬を回収してもらえるかな? ロベリアの手当てをしてくるね」
「ロベリアはそのままでもいいんじゃない」
どうせすぐ治る。シエテに頬を叩かれた時よりもさっき鳩尾を殴った時の方が、確実にダメージが上だったろうに、何事もなかったかのように真っ直ぐと立っている。それなのに頬は赤く腫らしたままで痛そうにしているのは不自然だ。被害者ぶって甘やかされたいだけなのが透けて見える。普段なら誰もロベリアの心配などしない。せいぜいルリアくらいだ。ロベリアの頑丈さは周囲に知れ渡っている。
「オーララ、話していたら傷口が開いてしまった」
シエテは年下に甘えられると喜んでお世話してしまう。人の良さを嗅ぎ分けて懐に入るのが上手いロベリアに完全に巻き込まれてしまっている。痛がるふりをして抱き着いているし、どう見てもやり過ぎだ。離れるように言おうとすると声が出ない。音魔術を使っただろうロベリアを睨みつけると、悪びれもせずにウインクしてきた。
「ごめんねぇ。ちゃんと責任を取って治療して貰えるようにするから」
「責任を取る? トレビアン、それはいい提案だ!」
シエテの肩に凭れかかって運ばれていくのを黙って見送る。部屋を出ていきドアが閉まってから声を漏らす。
「あ~あ」
シエテは頼られて嬉しそうな顔をしていた。無事を祈るしかない。せめてロベリアの幸福の音を探す手伝いをさせられる程度で済めばいい。
全額支払ってもらった報酬を抱えて、もう少しだけ残った作業に戻ることにした。その後も忙しくて二人がどうなったか確認するのを忘れてしまった。
後日、ロベリアにさらっと「シエテと恋人になった」と言われて悲鳴をあげて喜ばせてしまったのは致し方のないことだ。
責任を取るとか、なんでもするとか、好きにしていいだとか簡単に言ったらだめなんだとビィが口煩く注意してくるのがどういうことかというのを、全てシエテを通して思い知るのだった。