古戦場から離れて(闇)
古戦場から離れて(闇)
破壊の祭典たる古戦場も、日程の後半に差し掛かると同じ音の繰り返しで飽きてきた。ロベリアはお気に入りの団長が奏でる破壊の音を、後方から僅かばかりのサポートをしながら聞き入っている。ロベリアと共に前衛として破壊に加わるのなら幾分マシな音になっていただろう。私にはこの音は面白くない。
サボってもわからないから仮想空間に幸福の音を奏でに行こうと誘っても、ロベリアは乗ってこない。団長の鬼気迫る破壊の音を余すことなく聞いていたいから一人で遊ぶかカードに戻っていてくれと、こちらを見ることもなく言われてしまった。本当に面白くない。
戦場から離れても誰もこちらには気付かない。このまま近くの島に移動しても、古戦場の開催時間が終わるまでは誰にも不在を気取られることはないだろう。
体のサイズを自由自在に変えられるようになって、街の中を目立たずに移動出来るようになった。ロベリアの拳と同じくらいの大きさになって、誰にも見つからないように屋根の上を移動しながら人間たちを見下ろす。
稲妻を落とし拳を叩きつけ、より多くの生命を破壊したい。それには賑わっている時間と場所を予め調査することが大切だとロベリアに教わった。ロベリアは本当に素晴らしい契約者だ。あれだけの破壊の才能を持った人間は他に存在しない。唯一無二の存在だ。
だが、不満も多い。コアが作り直され、ワールドを破壊して暫く経った後もそうだし、今この時だってそうだ。虚無から目を逸らすことが出来ない。破壊を追求することこそが私達の幸福だというのに、ロベリアはふらふらと道を外れることがある。
ロベリアからこんなにも離れることは初めてのことだ。漠然とした不安がある。これ以上遠くに長い時間いるのは良くない感覚がする。
「お~い、何してるのぉ~」
苛立ちが増して屋根のレンガを破壊しようと拳を振り上げた瞬間、聞き慣れた気の抜けた声が聞こえてきた。
ロベリアと同じ騎空団に所属する天星剣王だ。団長と同じくロベリアの時間を奪う気に食わない相手で、死を恐れていないのかロベリアの恋人でもある。ロベリアはとても魅力的な天才だと思うが、恋人として選ぶ人間の気がしれない。
屋根から飛び、天星剣王の肩に降り立った。この位置なら他の人間に干渉されることもなく街の中をより詳しく観察出来る。丁度いい乗り物を見つけた。すこし歩かせてからロベリアの元へ帰ろう。天星剣王と散歩してきたと言えばロベリアは嫉妬して何をしでかすか予想もつかない。片側の口角が上がる。
「何か悪いことしようとしてなかった?」
「……いいや、していない」
この男は勘が鋭い。強力な力を所有していて敵わない相手であり、きっと破壊したら今までにない良い音がする。ロベリアが選んだ理由も理解出来る。
例えレンガの一つであっても、例え元通りに再生するとしても、何かを壊す瞬間を見つかるとロベリア共々叱られてしまう。壊す前で本当に良かった。以前、建物を破壊してしまった時にロベリアと並んで正座をさせられ説教をされた上に反省したと言うまで何度も剣で斬られてから逆らえなくなってしまった。
「それならいいけど。ロベリアは一緒じゃないの?」
「アイツならまだ古戦場だ」
「そっか、そうだよね」
最後まで参加する予定のロベリアとは違い、天星剣王は予選だけ参加していた。自身の団の事務作業が滞っていて本戦の参加を辞退しているのを聞いていた。
この大きさで顔の近くにいると人間の表情がよく見える。これは確か寂しそうな顔というのではないだろうか。ロベリアが稀にこんな顔をする。変な髪の毛も萎れているように見える。なによりも声に張りがない。
「こんなところで油を売っている暇があるなら古戦場に戻ればいい」
その方がロベリアも喜ぶだろう。
「緊急の案件が終わって息抜きしてるだけで、まだ全部は終わってないんだよ。買い出しを終えたら戻らないと」
「……つまらん」
面白くないことだらけだ。この男を連れて行けば大喜びしたロベリアの意識が破壊に向かうというのに。団長たちからも感謝されるに違いない。
思い通りにいかないのは実に腹立たしい。風に靡く髪の毛の長く伸びた部分を掴む。
「ほ、ほら、タワーが差し入れを持って帰ったら喜ぶんじゃない? 一緒に買いに行こうよ。だから髪を引っ張るのはやめようねー」
ロベリアが好む菓子を渡してやる光景を思い浮かべる。悪くない。こちらの言うことをなんだって聞いてくれることだろう。
手を離して頷いて返すと、天星剣王はゆっくりと歩き始める。菓子を買う場所がどこかわからない。このまま天星剣王の肩に掴まって共に移動することにした。
人々が行き交う大通りを眺めながら進む道は、いつもと音の聞こえ方が違っている。破壊とは関係のないロベリアのコレクションで聞いた音とよく似ている。この場所はロベリアの耳の位置と近いのかもしれない。
今後はロベリアとこうして並んで街歩きをしてみてもいい。どうやら共に歩く人間が堂々としていると肩に何か乗っていても気にならないことがわかった。カードではなく外に出ていれば、きっとこれまでとは違う音の聞こえ方がするはずだ。
菓子屋は白く矮小で破壊しがいのなさそうな建物だった。確かに店内には菓子が並んでいる。辺りを見渡してもロベリアが好きなポップコーンの機械はないようだ。
天星剣王が菓子を次々と指差し、トレイに乗せてもらっている。トレイが埋まるほど選ぶとこちらに視線を向けてきた。
「ほら、お前も好きに選んでみなよ」
そう言われても食事を摂取出来ない体では味の違いが想像もつかない。ロベリアがなんと言っていたか思い出そうとするが食べ物には興味がなくて具体的な名称が出てこない。
「ロベリアは……ふわふわではなく、がりがりの方が好きだ」
「はいはい、噛んだ時にでかい音がするやつね」
私が望んだものを選抜し、別のトレイに乗せて貰うよう頼んでくれた。ロベリアはよく食べるからこれだけでは量が足りないだろう。
「アイツは貝の形も好きだ。でかいケーキも一人で食べられる」
「海のある島の出身なんだっけ。さすが、契約者について詳しいねー」
当然だ。私がロベリアのことを一番知っている。団長よりも恋人よりも共に過ごしている相棒なのだから。
「しゅわしゅわも買ってくれ」
絶対に飲み物も欲しがる。しゅわしゅわを飲み過ぎたロベリアはいつもより饒舌で突飛なことをして面白い。この男にもあの姿を見せてやりたい。
「あはは、お酒は古戦場が終わった後にしようか。後でタワーの名前で艇に届けて貰えるように手配しておくよ」
「それもそうだな。飲み過ぎて脱ぎ出したら困る」
「えぇっ、そんなことするの!?」
「いいや、しない」
酒を飲み過ぎると服を脱ぐ人間もいるらしいとは聞いたことがある。紳士的に振る舞うことを心掛けているロベリアは決してしないが、気の利いたジョークも言えるのだと知らしめておきたかった。天星剣王はお気に召したのか大きな声で笑った。
ロベリアの話で盛り上がりながら選んでいると、二枚目のトレイも埋まりそうになっている。上機嫌にニヤけている顔を見ていると一つの菓子が目に止まった。
「あれもだ」
「それはふわふわのやつだよ」
「これは……、お前の、シエテの分だ」
「俺の?」
天星剣王は大きく目を見開いてから、口を開けて笑った。
「よし、これも買おう。どんな味がするか楽しみだなぁ〜」
そんなにも食べることが楽しみなのか鼻歌を歌い始めた。悪くはない音を聞きながら、今すぐ周辺一帯を破壊したい衝動が膨らむ。特に、この男を壊したい。自然と拳を強く握ってしまう。
「どんな反応だったか後で教えてね」
こちらに向かって笑顔で話しかけられると破壊衝動が霧散する。今じゃない、なによりも私の獲物ではない。
「……あぁ」
会計を済ませて二つに分けて包んでもらうと、人気のない路地裏に移動して人間と同じくらいの大きさになった。このサイズでないと持ち変えれないほどの量を買ってもらった。紙の袋のうち一つを受け取ると握り潰さないように指先に細心の注意を払う。
天星剣王は菓子屋を出てからずっとにやにやしている。機嫌のいい時のロベリアによく似た表情だ。ロベリアの元に帰りたい気持ちが増していく。早く菓子を持ち帰ってやりたい。そしてお前の恋人と街中を歩いて、一つずつ菓子を選んだのだと話をしてやりたい。
それにしても、やけにこちらに視線を向けてきていて気に触る。
「どうした」
「いや、ほら、タワーが名前を呼んでくれたのって初めてのことじゃない?」
そう言ってくる顔が嬉しそうだということはわかる。ロベリアと二人きりで話している時も同じような顔をしていた。髪の毛もピンッと張って上を向いていて、こうも全身で喜びを示されても何と返せばいいのか答えを持たない。
「ひょっとして照れてる? ……本当にお前たちはよく似てるよね……聞いていた話よりも丸くなってるみたいだし」
小さくはなっているが、どこも丸く変化してはいない。知らない間に形態が変わることもあるのか、後で鏡で確認しておこう。
また、ロベリアのことを鮮明に思い出す。似てると言われて悦ばしさや誇らしさだけではなく複雑な感情が浮かぶ。うんざりすることもあるが、今は早く会いたい。
「それじゃあ、またね」
何も返せない私を置いて、天星剣王──シエテは人通りの多い方へと歩いていき、人の群れの中に紛れていった。掌の上に置いた紙の袋がカサリと音を立てる。
あの特徴的な髪の先が見えなくなるとすぐに古戦場に戻った。
休憩時間に菓子を差し入れるとロベリアと団長が特に喜んだ。疲労のせいで少しばかり頭がおかしくなっているのか二人とも声がでかい。金の心配をされたのでシエテに買ってもらったと言ったら、どういうことだと詰められて非常に面倒くさかった。もっと褒め称えて貰えると予想していたのに散々な結果を迎えてしまった。早く休憩時間が終われと思ったのは初めてのことだ。
古戦場は終盤に差し掛かり、戦場は激しさを増していく。島中の空気が震え、狂気すら感じられる破壊の音と断末魔の繰り返しは、悪くないが退屈なことには変わりはない。
差し入れはもう二度としない。しかし、息抜きの買い物だけなら付き合ってやってもいい。そんなことを言えばまたロベリアが煩いことは容易に想像がついた。この場を離れるのは禁じられてしまった。口を閉じたまま遠くを眺める。
この調子ではロベリアとシエテと、三人で街の中を歩けるようになるのは当分先のことになりそうだ。