共謀
共謀
入り組んだ路地の奥、小さく開かれた空き地に立つ。数分前から雨が降り始めている。これも計画の内なのだろうか。
用意周到に整えられた状況に組み込まれている。駒として動くのはこんな気分なのか。僅かばかり自省していると、迷いながら走る人の気配が近付いてくる。そう遠くない場所から大きな音が聞こえた。道に放棄されたゴミを倒したのか、ただぶつかって倒してしまっているだけなのか、どちらにせよ逃げ道はない。
この場所に繋がる細い道の先まで来たのが見えた。もうこの空き地に来るしかない。終わりだ。
向かってくる男の後ろに黒い影が見えた。いる。そこまで来ていることが確認出来たので、仕事がしやすいように脚を少しだけ開いて構えた。
ようやくここまで辿り着いた男が「助けてくれ」とこちらに縋り寄ろうとするのと同時に腰に下げた剣を抜き、普段よりも力を込めて一閃した。空気と雨と男の首を斬る音は思ったよりも大きく響いた。男が悲鳴を上げる間もなく胴から頭が離れた。地面に落ちる前に縦に両断するとそれぞれを踏み潰した。
雨粒が地面を叩く音に、黒い影に徹していたロベリアがゆっくりと手を叩く音が混ざる。頭を覆うフードのせいか、舞台の上で大勢の拍手に包まれているような錯覚がして眉を顰める。
「ブラボーッ! 実に手慣れたものだ。あぁ、特に頭頂骨を無慈悲に踏み抜く音なんて……トレビアンッ! 左右で踏み方を変えて楽しめるようにしてくれるなんて驚いたよ。くはっ、音がするようにとは言ったがここまでしてくれるとは。それに雨の音とのアルモニーもまた……」
ロベリアも深くフードを被っていてよく動く口元よりも上が見えない。興奮気味に一方的に喋っているのを聞き流して、ブーツに付いた汚れが落ちやすいように足の角度を変える。依頼内容に対してやり過ぎだったらしい。慣れないことはしなければよかった。剣に付いた血と雨を振り落とすと柄に収める。早く手入れがしたい。
数日前、ロベリアが一人で訪ねてきた。団長と約束していて殺しは出来ない。だから正義の味方に悪党を退治して欲しいという。非常に困惑した。直接手を下さなければいいという話ではないことを、ロベリアは理解していない。こちらも世界を破壊する可能性以外には極力介入しないようにしている。断った上でおかしなことを考えるなと警告しようと思っていた。
相手は極悪人で命を狙われることに慣れている。どれだけルピを用意しようとも再生されないような状態になるよう派手に音を立てて始末して欲しい。後処理はするからとそれはそれは熱心に頼まれた。タワーから詳しい説明を聞いていくと、これまでに散々人間の嫌な面を見てきた俺ですら吐き気のするような外道で、迷った末に引き受けた。殺さなくてもロベリアなら上手くあしらえそうだとも思ったが、一度は大怪我を負わせて見逃したが全く改心しなかった相手だと聞いて承諾するしかなかった。
何があっても全く反省しない悪人がいることも、よく知っている。
「片付けはしっかりしてよ。こんなこと知られたくないでしょ」
誰に知られたくないのか口に出さずとも同じ顔が浮かんでいるだろう。
マントが雨を弾いてくれるが、それでも長い時間外にいれば体も冷える。熱いシャワーを浴びたい。
「ウィ、勿論さ。キミには今後もお願いしたいからね」
次があるのか。誰かに代わって欲しいと過るが、こんなことを他の誰かに任せられない。人間の頭だったものの破片を見て諦める。
音の魔術を使うロベリアは一人でも莫大な情報を収集出来る。特にずっと団長の側にいるから脅威に気がつくのも早い。団長との約束を守ろうとしていることは悪いことではない。だけど、どこか腑に落ちない。どうしてわざわざ俺を選んだのだろうか。
地面に影が差す。いつの間にか近寄られていてお互いの顔がはっきりと見える距離になっていた。小さな葛藤を悟られないように目線を逸らす。
「オレは団長たちを守れればいいんだ。でも、キミは違うだろう?」
近い将来、星屑の街にも悪意の手が伸ばされそうだった。それでなくても大勢の子供たちが被害に遭っていて許せなかった。標神が被害の可能性を囁く声も無視出来なかった。いつもなら聞こえない振りでやり過ごしているのに。シンシャたちや団長たち、エッセルやカトル、星屑の街の子供達の顔が思い浮かんで冷静ではいられなかった。
パチンッと指を鳴らす音が響き、血の跡だけが残った。それもそのうち雨に流される。ここは、そういう場所のようだ。
団長たちなら決して殺しはしなかった。だから俺が手を下した。別の遠い空域で、手を下す必要がなくなってくれた時のことを思い出す。全てがそうであってくれればいいのにと、ほんの数秒だけ願った。
息を吸い、大きく吐き出す。もやもやした気持ちが消えて頭の中がすっきりする。使命はこの世界を守ること。ただそれだけだ。そう割り切ると、いつもどおりの笑みを浮かべることが出来る。
「帰ろうか。今日の晩ご飯はなんだろうねー」
ロベリアの顔をまっすぐに見ると異変に気がついた。緑色の瞳が、今までに見たことのないほど爛々と輝いている。光に吸い寄せられるように覗き込むと、強く両腕を掴まれた。
「わっ!?」
掴まれた腕に気を取られているうちに顔が近付き鼻先が触れる。文句を言おうと開けた唇が、ロベリアの唇に覆われて熱い。舌を捩じ込まれて口の中を蹂躙される。
こんなことは初めてだが、冷えて動きが鈍くなった体が悪くはない感触として受け入れている。呼吸が奪われて息苦しさを感じているのに、熱くて気持ちが良くて無理やり振りほどいて拒むほどではない。必死な瞳と目が合ったが気が付かない振りをして瞼を閉じる。今、緑色の瞳を見ると、なにもかもを許してしまいそうな予感がした。
暫く好きにさせていると、満足したのかすんなりと解放された。
何か言ってやろうかと視線を向けると、早口で捲し立てられる。
「報酬さ。準備が大変だったんだぜ。ご褒美を貰わないと割に合わないだろう。それと、今晩のメニューはトマトシチューだ」
こちらに喋らせたくないのか親指で唇を拭われる。指先は優しく温かいのに震えているのが伝わってくる。
「報酬はそっちが支払う側じゃない?」
向けられている何かしらの感情に気がついてしまった。心臓の辺りがじんわりと熱くなってくる。それなりの理由があって共謀者に選ばれた。自然と笑みが溢れる。お互いに難儀な性格をしている。
雨足が弱まり、雲が薄くなってきた。予想外のことで時間が経ってしまったのだろう。
「くはっ! ツケておいてくれよ」
手を掴まれて歩き出す。ほんの少しだけ力を込めて握り返すと、面白いほどに動揺しているのが伝わってくる。赤くなってきているロベリアの指先を見ながら、もう一方の手でマントのフードを深く被り直した。