七の日
七の日
朝起きて、今後の予定を確認していて閃いた。
「まずは団長ちゃんを誘わないと」
廊下を出てすぐに通りがかった団員に団長の居場所を聞くと、武器倉庫を見に行ったと教えてもらえた。急ぎ足で向かうと、珍しく一人で歩いているところを見つけることが出来た。倉庫での用事はすませた後のようで最近あまり使用していない武器を何本も背負っている。
団長は人気者だ。二人きりで話せる機会はそう多くない。話すには丁度いいタイミングだ。今日の運勢は絶好調だと思いながら声をかける。
「ねぇ、団長ちゃん。今日は何の日かわかるかい?」
唐突な問いにも関わらず、視線を斜め上に向けて考えてくれているのをわくわくしながら待つ。
「護衛依頼の最終日だから、依頼主に報告して報酬を受け取らないとだね」
「そういうことじゃなくてさ。ほら、今日は七の付く月と日だよ。しかも、今いる空域の年号にも七がつくんだ。つまりぃ~」
「七星剣の日だね」
団長はそう言いながら楽しそうに笑っている。俺が何が言いたいのかはわかっていているのだろう。その上で揶揄ってきている。長い付き合いで慣れたやりとりだ。こちらも流れに乗るしかない。
「ちょっとちょっと、シエテお兄さんを目の前にしてそれはないんじゃない!? ほら、団長ちゃんが七星剣より大好きな七に関係する……」
「シエテの日だって言いたいんでしょ」
「そうだよ! 今日はシエテお兄さんの日だから、皆でお祝いしようよ」
「う〜ん、去年だってシスの日を祝ってないし、そんなこと言ってたら毎日がお祝いになっちゃうよ」
毎日何かしらのお祝いが出来るなんてとても素敵なことだ思う。この世界がもっと平和だったらそれが叶うのに、現実はそうではない。ほんの数日先にもう会えなくなることだって無いとは言いきれない。
だからまた今度ではなく、思いついた今すぐに実行したい。
「確かに、それはそうだけど……じゃあ、ウーノとソーンとサラーサとカトルとフュンフとシスと俺の日ってことで今日まとめてお祝いするのはどう? 今からお兄さんが全部準備しちゃうよ。俺の奢りだよ~?」
「突然言われても今日は難しいよ。ごめんね、シエテ」
困った顔をさせてしまった。急に言っているのはさっき思いついたからで、予定があるのは当然のことだ。もっと早くから計画していればいろいろ準備が出来て楽しい時間が過ごせたのに残念だ。
今日は依頼があるからまた来年オクトーの日にまとめてやろうとは言ってくれたが、一年以上先に参加出来るという保証はない。感情を抑える為に拳を握り締め、そうだね急にごめんねと笑って謝ることは出来たから面目は保たれた。
最近、少しだけ自分本位になっている気がする。十天衆揃っての旅行もスモウォーの稽古も楽しくて、もっともっと幸せな思い出が欲しいと行動してしまう。特異点としての運命を背負っている団長に迷惑はかけられないというのに、一緒の時間を過ごしたいと強く願ってしまう。
窓の外を見ると晴天の空が見える。まだ今日は始まったばかりで時間がある。張り切って準備しようと思った予定もなくなってしまった。気持ちの切り替えがうまくいかない。
「サリュ、シエテ。暇そうだな。街に出るから付き合ってくれよ」
声をかけてきたのはロベリアだった。同じように暇を持て余しているようだ。複数人で食事に行った時に全員分の代金を支払ってから何故か懐かれてしまって、時折こうして声をかけてくる。
「いいよ。着替えてくるから待っててよ」
「部屋に戻るならこれも持って行ってくれ」
ロベリアはそう言うと同時に指を鳴らし、小さな薔薇の花束を差し出してきた。
「えっ?」
薔薇とロベリアを交互に見るが、にっこりと微笑まれるだけだ。胸の前まで突きつけられると受け取るしかない。両手で持つと満足したように目を細めた。
「あ、ありがとう」
「くはっ、どういたしまして」
どうやら贈り物として受け取るのが正解だったようだ。花を送ることはあっても貰うことはない。いざ貰ってみると嬉しさと同時になんだか照れくさくもある。
「オレも着替えてくるから艇の入口で待ち合わせようぜ」
「あ、あぁ、うん」
花束を持て余しながら頷く。ロベリアが去っていく背中をぼんやりと眺めていると、廊下の角を曲がる時にひらりと手を振ってきた。気障ったらしい男だと思いながら部屋に戻る。
廊下を歩いている最中も部屋に戻ってからも、薔薇の深く豊かな香りがしてなんだかそわそわと落ち着かない。テーブルの上に置いてから、少し悩んで水差しに挿した。外に出るついでに花瓶を買ってきて、この水差しは後でよく洗えばいい。適当に扱って枯らしてしまうには惜しい気がする。
「……七本だ」
挿す時に気がついたが薔薇の花は七本で、やはり今日は七に縁のある日のようだ。帰ってきたら七星剣を念入りにお手入れしてあげてもいいかもしれない。そう考えながら新しいシャツに袖を通した。街に行くならお洒落をしよう。アクセサリーを選ぶのも久しぶりだ。
ロベリアと二人きりで出かけるのは初めてのことだ。待ち合わせまでして、まるでデートみたいだなんて思い浮かんですぐに頭を振った。そんなことを言ったら呆れた目で見られるに決まっている。年下の男の子をからかうのも程々にしないと、せっかく懐かれているのだから嫌われてしまうのは避けたい。
待ち合わせ場所に行くと既にロベリアが待っていて、団員と話をしていた。いつもの十賢者のローブ姿ではなく、水色のシャツに白いハーフパンツを履いていて爽やかな好青年といった出で立ちをしている。
近くまで行くと、これからシエテとデートなんだと言っているのが聞こえてきた。同じような冗談を思い浮かべて、しかも他の団員に言うなんてとんでもないふざけた男だ。変なことを言って嫌われないようにしないとなんて杞憂だった。ロベリアのことだから近くにいるのがわかって言っているのかもしれない。これ以上、余計なことを言われる前に急いで合流する。
「おまたせ。少し待たせちゃったかな」
「ノン、オレも今来たところさ。セボン! そのシャツ、よく似合ってるぜ」
「そ、そう? ロベリアも涼しげでいいじゃない」
男同士で何を褒め合っているんだろうか。団長相手ならシエテお兄さんは何でも似合うからと軽口を叩けるのに、ロベリアは真面目に言ってきているようで冗談で返しにくい。早々に切り上げて、団員に見送られながら街へと向かう。
「何処に行くか決めてるの?」
「ウィ、いつもキミにはご馳走になっているから今日はオレに任せてくれ。レストランを予約しているんだ。食事をしてないだろう?」
「今日はまだ何も食べてないけど、本当に奢ってくれるの? いいの?」
「くはっ、デートだからな」
「はいはい。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
ロベリアがいまいち何を考えているのかわからないが、せっかく誘ってもらったのだから楽しむことにした。そういえばこうやって誰かに誘われる機会はあまりない。今日は時間を持て余しそうだったから余計にありがたい。
洒落たレストランで食事をして、ロベリアが見たいという景色の綺麗な場所へ行って、街中を散策して花瓶も買った。
団長たちへのお土産にケーキを買おうとしたら日持ちのするクッキーの方がいいと勧められた。意外にも他者への配慮も出来るのだと見直したが、クッキーは食べる時にサクサク音がして良いと付け足されて笑ってしまった。どうせならと硬めの木の実が入ったクッキーも追加で買った。後で渡したら喜ぶだろう。
そうこうしているうちに、思っていたよりも長い時間を過ごしてしまった。もう日が傾いてきている。そろそろ帰ろかと言う前に、ロベリアが騎空艇の方角に足を向けた。
「本当は帰したくないんだが……、時間までに帰らないと団にいられなくなる」
「何か予定でもあるの?」
「それは帰ってからのお楽しみさ」
艇に帰ってくると手首を掴まれた。魔術師の指先は綺麗なものだと意識を取られているうちに、どこかに向かって引っ張られる。
どうやら連れていかれる先は食堂のようだ。なにやら賑やかな音が聞こえてきた。
食堂には団長、ビィ、ルリアと、十天衆の皆、イーウィヤに、キッチン担当のいつもの三人、他にもよく知った団員たちがいた。
いつも準備してくれるシエテの為にサプライズがしたかったと団長に言われて、思わず瞳が潤んでしまった。準備を隠し通す為に外に連れ出す役目をロベリアが担ってくれたそうだ。どうりで今日は随分と優しくしてくれる訳だ。団長の為ならなんだってするのだろう。
シエテの日のお祝いといっても、皆で集まって食事をするだけだ。それでも大人数で集まると盛り上がり、笑い声が響く。団長とルリアの手作りケーキを七つも食べさせられてお腹が苦しくなったけど、とても幸せな時間だった。
徐々に人の数が減っていき、日付が変わって宴もお開きになった。
片付けを手伝ってから部屋に戻ろうとするとロベリアが近付いてきた。部屋まで送ってくれるらしい。同じ騎空艇にいて見送りなんて必要ないが、もう少しだけ誰かとお喋りを続けたい気持ちがあった。もしかしたらこれも団長の為に気を遣っているのかもしれない。有り難く受け入れて、ゆっくりと並んで歩きながら小さな声で話をした。
「薔薇の花もわざわざ用意してくれてたの?」
「ウィ、キミの為に特別にね」
「こんなに甘やかされると、我儘になっちゃいそうだよ」
「くはっ! いいんじゃないか。幸福になるには自分の欲求に素直な方がいいのさ」
「それ、ロベリアが言うとなぁ」
ロベリアの言う幸福は独特の価値観だから参考にならない。きっと今、俺が感じている幸せ過ぎて怖いという感覚を共感出来ないだろう。それでも隣にいてくれる優しさは感じられる。
皆が笑って美味しいものを食べて、今日は本当に幸せな一日だった。またこうして平和な時間を過ごせるように、これからも戦い続けないといけない。
部屋の前まで着く頃にはお互いに言葉もなく、黙ったまま歩いていた。よく喋る者同士だが無言が続いても特に気にはならない。
同じ団の団員としては仲良くしているが、友人とも言えないなんとも言い難い相手だ。敵ではない軽度の監視対象かななんて思いながらも、素直に感謝の言葉を口にした。
「ありがとう。今日は本当に楽しかったよ。明日、団長ちゃんたちにも改めてお礼を言わないとね」
ロベリアと共に過ごした時間は楽しくて、今日という幸せな一日の半分は彼のおかげだった。
ドアを開けて自室に踏み入れると、動いた空気に混ざって仄かに薔薇の香りがして思わず頬が緩む。
「まだまだ時間がかかりそうだな」
いつもの特徴的な声でなく、鼻で笑う音がした。
「えっ、なに?」
小さな声だったが聞き取れはした。でも言っている意味が理解出来ずに聞き返した。いつもよりずっと低く感情の込められた声だった。表情もなくこちらを見つめるロベリアと目が合うと、わざとらしく笑ってウインクをされた。
「くはっ、そんな顔をしないでくれよ。ボンニュイ。おやすみ、シエテ」
「……おやすみ」
預けていた花瓶とクッキーを押し付けられ、部屋の中に強引に押し込まれてドアが閉まった。微かに聞こえる遠ざかっていく足音が、聞こえなくなるまでその場から動けなかった。
クッキーはロベリアへのお礼に買ったものも含まれていた。団長たちもロベリアも、渡したら喜んでくれるだろう。明日会うのを待ち遠しく思う。七星剣のことは後回しにして、花瓶に花を挿し直すと手早く寝る支度をした。
楽しかった。皆のおかげで特別な日になった。ふわふわとした気持ちを抱えて眠りにつく。ほのかに良い香りがして、とても良い夢が見れそうだ。
『シエテ』で、よかった。そう思いながら意識は遠く、星の海へと沈んでいった。