聞かれてもいい会話にはわざわざ魔術を使わない
聞かれてもいい会話にはわざわざ魔術を使わない
グラン・サイファーは大型の騎空艇だ。広い甲板の上には死角になる場所もある。そして、風の向きや強さによっては目の前の相手の声を聞き取るのが難しくなることもあれば、遠く離れた場所の音を運んでくることもある。
「心臓は一つだけだ。だからキミには捧げられない」
「そんな申し訳なさそうな顔をして言われてもなぁ。捧げられても困るし、お前のような人間でも命は大切にした方がいいよ」
聞こえてきたのはロベリアとシエテの声だ。辺りを見渡しても二人の姿は見えない。きっと風上にいるのだろう。お喋りが好きな団員同士だとしても、なんだか奇妙な組み合わせだなと思った。
「くはっ、オレのことを心配してくれているんだな」
「まぁ、頭が心配と言えば心配かなぁ」
ロベリアは上機嫌で弾んだ声をしているけど、シエテはあまり友好的ではない声をしている。シエテが相手のことをお前というのは、わざと壁を作って確実に言葉を伝えたい時だけだ。普段は使わない呼び方だから自然と背筋が伸びてしまう。
「ジュテーム、シエテ。やはりオレはキミにとって特別な……」
聞こえてきた甘ったるい声に思わず息を飲む。本人には絶対に言わないけど密かに本当に兄だったらいいのにと慕っている人が、不審者に口説かれているのを意図せず盗み聞きしてしまっていることにようやく気がついた。二人に見つかる前に早く挺内に戻ろうと、そっと足を動かす。
「あ、あぁ~っ、そうだ団長ちゃんと約束があったんだ。もう行かなくちゃ」
特にシエテと約束をした覚えはない。適当なことを言って会話を打ち切ろうとしている。こういう時は一発殴ってから走って逃げればいいと、次に顔を合わせた時にでも教えてあげよう。
「ノンノン、今日こそははっきりさせよう」
バンッと壁を叩くような大きな音がした。喧嘩にならないか心配でドアの前で立ち止まってしまう。この二人が争ったら艇どころか空域全体が大変な騒ぎになってしまう。
「わぁぁぁっ! よくない、そういうのはよくないよー。だいたい俺は誰か一人を幸せにすることは出来ない、そういう存在だからっ」
勢いよくこちらに向かって走ってくる音がする。ドアの横に棒立ちになり何も知らないふりをしていると、すぐに片手で顔を覆い隠したシエテがやってきて、脇目も振らずにドアを開けて艇の中に入っていった。顔を隠していても耳まで真っ赤になっているのはよく見えた。一体どういう状況だったのか、首を傾げる。
「聞いたかタワー、シエテはオレの幸福についても考えているのさっ!」
それは違うと思う。いや、違わないかもしれない。人と人との関係は多種多様だ。旅をする中で様々な想いを見てきた。喧嘩しているなら団長として仲裁したいが、仲良くなることに干渉はしたくない。それに身近な人の知らない一面を覗き見るのはなんだかとっても気まずい。
見上げた空は青く、雲が強い風に散らされて見たことのない形をしている。
ロベリアまでこちらに来てしまう前に、そっとドアを開けて艇内に戻る。今会ったらどんな顔をしたらいいかわからない。誰にも言わずに忘れてしまおう。
そうと決めると、ルリアのいるキッチンへ小走りで向かった。